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第95話 剣は嘘をつかない

 


 敗北を宣言すると同時に、南雲(なぐも)さんの体からは、ふっ、と力が抜けていった。

 薙刀(なぎなた)が手から離れ、地面に落ちて大きな音を立てる。

 すると、その上に乗っていた誰かさんは急に足場が無くなったので——バランスを崩して手前につんのめった。


「あっ——!」


 そしてその誰かさん——つまり私は、前方に向けて無様に倒れていく。

 決着がついたと思って完全に気が抜けていたからまるで反応できず、私は前方にいた南雲さんに倒れかかる。そして、そのまま彼女を床に押し倒してしまった。


 私はギリギリで、南雲さんを押しつぶさないように床に腕をついて支える。

 するとその体勢は、南雲さんに対して、床を壁に見立てて壁ドンでもしているかのような格好になった。——しかも両手肘付き壁ドンだ。

 南雲さんは床と私の間に完全に挟まれていた。顔が近い。あと少し手をつくのが遅かったら、そのままぶつかっていただろう。

 少女マンガなら、そのままキスしてしまうことになっていたのかもしれないが、さっきの勢いから考えるにフツーにヘッドバットになってただけだろうな……。


 私と南雲さんは、お互いの吐息が触れ合うほどの至近距離で見つめ合っていた。

 激闘の末、しかも勝負をかけたラストスパートの直後ということで、南雲さんの息は荒く、顔は赤い。

 朱色に染まった顔で、はあはあと荒い吐息を漏らし、私のことを見つめてくる。

 ……まあ、息が切れてるんだよね。なんか体勢的に違う風に感じてしまうけど、そんなわけはないよね。


「……同年代の、相手に負けたのは、これが初めてだ……」


 (ささや)くような小声で、そんなことを(つぶや)く南雲さん。

 至近距離で、吐息に混じる声の振動すら感じられるかのように、その声と、そこに含まれた感情は、私の耳を通して全身に伝わってくる。

 それは——敗北の悔しさか、全力で戦い抜いた満足か、未知なる相手への驚きか、(みずか)らと並び立つ者と出会った歓喜か……あるいは、そのすべてか。


「はじめての、敗北……はじめての、相手、か……」


 そう言って、私のことをなおも見つめたままの南雲さん。

 初めての相手——というなら、私にとっても南雲さんは初めての相手だ。対人戦の初対戦の相手という意味で。

 さっきまでの彼女との戦いは、素晴らしい体験だった。つい先程にも、私は魔法で空を飛ぶという人生初の素晴らしい体験をしたが、あれに勝るとも劣らない。まさに「黄金体験ゴールド・エクスペリエンス」だった。


 緊迫の戦いが終わったことによって生まれた安堵と、それに(ともな)う脱力により、私はどうにもすぐに立ち上がることが出来ず、しばしの間、南雲さんを押し倒した体勢のまま動けずにいた。

 なんだか立ち上がる契機を無くしてしまったので——南雲さんから退いてくれと言われるだろうから、それから退けばいいかな——と思ったのだが、しかし当の南雲さんは、上から退くように要求してくることはなく、ただ黙って私の方を見つめるだけだった。


 そんな彼女を見ていたら、何となく、何をしているのかが伝わってくる気がした。

 きっと、彼女は振り返っているのだ。私の瞳を見つめているが、その先に見ているのは先程の戦いの映像だろう。それが分かる。まるで、さっきまでの戦いの時のように。伝わってくる。

 私も彼女の瞳を見つめて、彼女の瞳に映る自分を見つめて、ここに至るまでの戦いの記憶を、振り返る。


 たった一撃、その一撃が遠かった。

 南雲さんの薙刀(さば)きは、時に力強く、時に優雅で、時に芸術的で、時に繊細で、時に技巧的で、時に美しく、時に恐ろしく、そして何より感動的(ドラマチック)だった。

 彼女の薙刀には、彼女の人生が詰まっていた。その重みを一身に受けて、私の心身には一体どれだけの負荷がきたことか。

 しかしその重圧は、今までにない興奮を私にもたらしもした。こんな体験(ゲーム)は私も初めてだった。


 なんと濃密な体験だったことか……。終わってみれば、あのルールが良かった。お陰でこれだけ白熱した勝負になった。

 たった一本、たった一撃、触れればそれで終わってしまう。その条件から生まれた()()()が、二人の実力を余すことなく発揮させたといえよう。……きっとルールを考えた奴は天才に違いない。


 ——……。


 無言のモノローグなんて訳の分からないことをしてからに。なんやねん。


 ——別に。勝ったからって、浮かれすぎだなーって思っただけだけど。


 だって嬉しいんだもん。自分でもなかなかに達成感を感じる勝負だったし。なるほど、私はこの勝負をするためにここにやってきたのだな——と腑に落ちたわ。


 ——いや、そもそもは救助活動だから。戦うことになったのは完全な成り行きだし。てか、そもそもなんで竹刀と薙刀の他流試合なんてすることになっているのかしらね。冷静に考えたら意味わからないじゃない。


 確かに。まあ話の流れだったよね。

 とはいえ、この勝負に勝つことは、実力を示して信用してもらうためには必要だったんだから、そういう意味でも勝てて良かったわー。


 ——てゆうか、さすがにそろそろ退いたら? いつまで押し倒した状態で見つめ合ってんのよ。


 そうなんだけど、なんか完全に立ち上がるタイミングを逃してしまったというか……。

 それに、さっきからずっと、南雲さんが目を逸らさず見つめ続けてくるものだから、私もなんだか、目を逸らし辛くて。どうにも、せっかく感じられた南雲さんとの繋がりが切れるみたいで、名残惜しいというか……。

 あとなんか、あれほど強くて顔も凛とした美人の南雲さんが、赤くなった顔を緊張の解放からか緩ませている上に、荒く息をはあはあさせてるのを間近に見るというのも……悪くないというか、もう少し見ていてもいいかなっていうか。貴重なシーンなのかなっていうか。


 ——いや意味わからないし……。


 なんて思ってたら、しばらく無言だった南雲さんが口を開いた。

 すわ、ついに退去要請が来るか、と思えば、


「カガミさん……よく見れば貴方(あなた)は、とても美しい瞳をしているのだな……なんだか吸い込まれそうな……。それに、まつ毛も長くて、全体としても魅力的な造形の目だ……」


 と、よく分からないことを言い出した。

 私はなんと反応してよいか分からず、


「あ……南雲さんも、とても意志の強そうな、素敵な瞳だと思います……」


 と、これまた訳の分からない返答を返してしまう。


 そこからは、お互いの顔を見ながら先程の仕合内容を反芻(はんすう)するのではなく、純粋にお互いの顔を拝見する時間が始まってしまう……?

 かと思ったら、私はグイ——と服を上に引っ張られるようにして体が持ち上げられていき、南雲さんの上から離れて立ち上がった。


 突然のことに驚いて、周囲を確認すれば、すぐそばにはマナハスが。

 どうやら、私を引き起こしたのはマナハスか。しかもコイツ、手じゃなくて念力で私を持ち上げたな? 手で掴んだ感触では無かったぞ。

 当のマナハスは(あき)れたような顔でこちらを見ていた。そして、私に苦言を(てい)してくる。


「いやお前、いつまでのしかかって見つめ合ってんだよ……。てか、仕合の結果は? 決着ついたのか……?」

「あー、えっと、それはね——」

「決着はついた。私の負けだ。……約束通り、貴方を信用しよう。カガミさん」


 南雲さんが床から立ち上がりつつ、私の代わりにマナハスに返答する。そして彼女は言葉を続ける。


「これ程の実力者とは、想像もしていなかった……。あの戦いを見たのだから、皆も納得しただろう。——大門(だいもん)部長、そういうことだから、その(かたな)はカガミさんにお渡しして構わない」

「……実力は理解した。だが、それだけですべてを信用できるのか……?」


 ん、(かたな)……?


 見れば、こちらより少し離れた場所に立っている大門さんの手には確かに、私が床に置いていたはずの刀がしっかりと握られていた。


 ……あれ、これ、刀、取られた……?


「南雲を倒すほどの実力者となれば、むしろ余計に警戒心が芽生えてもおかしくないだろう……正直、お前が負けるとは思わなかったぞ」

「……ふっ、実力があるのは喜ばしいことだろう? このような状況下ではな。頼もしいではないか。彼女なら外の連中も一顧(いっこ)だにしないだろうよ……その刀があればな。だから渡して——いや、返す、と言うべきか。それは元々、彼女の持ち物だ」

「だがっ、真剣なんだろ……!? 立派な凶器だぞ。使い手が達人なら尚更だ。大体、本物の刀なら普通に違法行為だろ……」

「……法律よりも優先すべき場合もある」

「外の連中を殺したって言っているぞ! あいつらがまともではないのは誰の目にも明らかだが、それにしたって、殺すと決めるのは今の時点では早計ではないのか……!?」

「……だとしても、その罪を背負うのは彼女であり、何もしない我々が口を出すべきことではないだろう。第一、我々が助かるためには、奴らに対して彼女にその刀を使ってもらうしかないのではないか?」

「……何も殺さなくても、ほかにやりようはあるんじゃないのか? 実際、ここを閉めきる前に入ってこようとしたやつらは、みんなお前一人で追い返せたじゃないか」

「……あれは、扉から入ってこようとした連中に対しての話だろう。今回はこの人数で移動するのだから、まるで話が違う。——それに、外はもうあの暗さだ。私一人ではとても対応しきれない。他にも戦闘要員がいるなら話は別だが。いるのか? この中に連中と戦えるという者が、彼女達以外に」

「……だったら、俺も——」

「素手で立ち向かうのか? お(すす)めしないぞ。大門部長、君の実力は認めるが、連中は柔道が効果的な相手とは思えん。というより、極力、近寄るべきではないと思うがな」

「……そんなことは、分かっている」

「なら、諦めて彼女達を頼るべきではないか?」

「……なぜだ、南雲部長」

「なぜ? 理由は今、説明したはずだ。我々だけの力ではどうしようも——」

「違う! そうではなく……なぜ、そうも彼女達を信用しているのか、と言ってるんだ。何の根拠があって、この人たちが信用できると判断している? 初対面の相手だろ」

「それは……」

「なぜそう彼女らの肩を持つ? ——そもそも、戦いの最中に隙を見て刀を確保しておけと俺に指示したのはお前だろう。つまり、最初は信用していなかったわけだろ。それがこの短時間で、一体どういう心境の変化なんだ?」


 二人の話の剣幕に、横から入ることもできず聞くに徹していた私はしかし、大門さんの発言を聞いて思わず南雲さんの方を向く。

 南雲さんは、私の視線に少しバツの悪そうな顔をしたが、目を逸らしたりすることなく見つめ返してきた。——その視線には、こちらを(おとし)めようとしたという雰囲気は感じられない。


 南雲さんは私の方を見つめたまま、大門さんに向けて返事をする。


「無論、私としても、見ず知らずの、初対面の人間が真剣の刀を持っていたら、警戒はする……当然だ。

 だが……先の立ち合いの攻防を通して、私は彼女の内面を、その戦いぶりの中に垣間見た。その結論として、彼女は危険人物ではないと、そう判断した。これはあくまで私の感覚の話であるから、言葉にして説明できる(たぐ)いのものではない。

 これでは納得できないというなら、私はこれ以上の説明をする(すべ)をもたないが……私の根拠を聞いた上で、君はどうするのだ、大門部長」

「……そんなこと言われたって、納得できるワケが……」


 まあ、そうだよね。

 いや、まさか南雲さんが裏でそんな指示をしていたとは……まあ、真剣の刀を持った奴とか警戒するのは当然だと思うので、まあそれはいいんですけど。


 ——思い返せば、最初は刀を腰に差したまま戦おうとしてたけど、それを外すように言ってきたのも彼女だったわね。


 確かに、そうだったね。まさかアレも、私の刀を武装解除させて、隙を見て確保するためだったのかー?

 ……まあでも、実際、外してなかったら動きが(にぶ)って負けてた可能性は高いと思う。かなりの接戦だったし。

 つーかそもそも、戦いをしようとか言い出したこと自体、刀を外させるためだったりするとかまでは、ないか……ないか?

 まあとにかく、結局はその戦いのお陰で、南雲さんは私のことを信用してくれることになったわけだけど、大門さんの方はそうではないと。まあそれは……むべなるかなって感じですかね。


 とはいえ、このままじゃ(らち)があかない。

 刀を取り戻すこと自体は、わりとどうとでも出来るけど、問題はそこではない。結局のところ、私たちのことを信用してもらえていないということが問題だ。

 なんなら、このまま刀を預けていたっていい。実際のところ、外をうろついてるゾンビはもうほとんど居ないし、仮に残っていた少数のゾンビと相対したとしても、マナハスもいるのだから問題無かろう。

 でも、それもなぁ……やっぱなるだけ装備は万全にしておくべきだし……


 というか、もうめんどくせえなぁ。

 南雲さんさえ説得できれば、どうにかなるかと思ったんだけど……このままここで話を続けるのは時間の無駄だし。

 決着もついたのだから、やはり早急に体育館に向かうべきだ。


 だとすれば、もうアレだな……


 はい、聖女ムーブの出番です。



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