第94話 かように雄弁なる語り合い……私、こんなの初めて……っ!
私と南雲さんは、三度、開始位置に来てお互いに向き合った。
南雲さんは準備として、足につけていた防具を外していた。腕の防具は元々外していたので、いまやすべての防具を外したことになる。——これでより身軽になったんだろうか。
もしかして……実はその防具が何キロもある重りになっていて、外したらめっちゃ速くなるみたいな設定無いですよね?
——バトル漫画の世界じゃない……。
でもこの人、マジでフィクションに片足突っ込んでるレベルと思わない……? 大体、今の私の存在がステータスとか既に色々とフィクション入ってるのに、それと互角に戦えるって時点でおかしくない?
——確かに……実際、南雲さんって何者なのかしらね。薙刀部とは聞いたけど、薙刀の競技者ってみんなこんなに強いのかしら……。
流石に、これは南雲さんが特別なんだと思う……。
だとすれば、むしろこの出会いは僥倖であったのかもしれない。
なにせ強敵とのバトルは、たくさん経験値が得られるわけだからねっ。
そして、向き合う私と南雲さんの間の雰囲気が、変わった。
準備完了、お互いの気配からそれは察せられた。
私と南雲さんは武器を構えて向き合った。どちらも既に臨戦態勢だ。
大門さんもそれを感じ取ったようで、無言で準備に入る。
そして、三度目の開戦の合図が発せられた。
「始めッ!」
前回同様、私は開始の合図と共に下がって距離を取る。
しかし、今度の南雲さんはそんな私にすぐに追従してくる。
今回の私は、初っ端から飛ばしていくつもりだ。
今までの立ち合いとは違い、意識を切り替えた。私は尋常の武芸者ではない。私の身体能力は常人を遥かに超えている。
だから、こんな事だって出来る。
私は下がるのをやめ、間合いを詰めてくる南雲さんの方に進みだすと同時に、スタミナを解放して超人的な跳躍をしてみせた。
結果——南雲さんの頭上の空中を、私は彼女を飛び越えるように進む。
当然、ただ飛び越えるだけではない。ちょうど彼女の頭上で逆さまになるように緩やかに回転していき、交差する刹那に、南雲さんの頭に向けて竹刀を——振るっ!
ビュン、と風を切る音をさせて振り抜かれた竹刀はしかし、躱された。
まさかの頭上からの攻撃という予想外の筈の攻撃に、南雲さんは固まることなく動き、その場で屈みつつ転がるようにして避けた。
私は攻撃の反動をうまく回転運動に変え、足から着地。すぐさま南雲さんに向き直る。見れば、南雲さんも立ち上がってこちらに向き直るところだった。
その彼女の横、竹刀が届くスレスレくらいを目指して私は瞬発で加速、一瞬で距離を詰めた移動と共に突き込まれた我が竹刀は、薙刀によって受け流される。
勢いを殺さないように大きく回り、南雲さんの後ろから再びの攻撃。しかし私の進路に先回りしたかのように置かれていた南雲さんの薙刀に、急遽、攻撃動作を変更して防御する羽目になる。
動きの止まった私に対して、南雲さんの連続攻撃。私は限界まで集中力を発揮させ、反射と直感に従い彼女の攻撃を竹刀で受け捌いていく。
南雲さんの攻撃の質が変わっている。今までの威力のある攻撃よりも、当てることを重視した攻撃だ。威力よりも速度重視と言った感じだ。
それ故に今までより軽く、竹刀で打ち払うことで捌くことが出来る。
ただその分、攻撃の鋭さは増している。反射神経を研ぎ澄ませて集中力を維持し続けなければ、これは受け続けられるものではない——!
たまらず私は引いて距離を取る。
そのまま下がり続ける——と見せかけて、瞬時に間合いを詰めて反撃する! ——が、当然のように南雲さんに防がれる。
めげずにひたすら打ち込みまくる。攻撃を防御させているうちは向こうは攻撃できないハズということで、ずっとこちらのターン!
——と、いきたかったが、薙刀と体の動きを巧みに操り攻撃を捌いていく南雲さん相手では、少しでも気を抜こうものならあっさりとカウンターなりで反撃を受けそうなので、まったく気を抜けない。
そして気がつけば、いつの間にか攻守が逆転しており私が受けに回っている。そこから薙刀のリーチを押し付けるような攻め手により、私は竹刀が届かない距離に追いやられる。
くっ、これはキツい。まるで付け入る隙がない。スタミナ身体強化を使おうにも間合いに入った途端に対応されるし、上に跳ぶなんて奇策もまるで通用しないし。
私の竹刀を操る技術は、南雲さんの薙刀を操る技術には劣っている。ギリギリでついていけている、という印象だ。刀と竹刀では若干の違いがあるとはいえ、彼女相手ではその若干の差が大きい……。
それでも本来なら、リーチも技術も劣っていればすでに勝負はついてしまっているはずだろう。
そうならないのは、やはり私が身体能力で優っているからだ。リーチと技術の差をそれで補っているのだ。
私は南雲さんの薙刀を捌いて、なんとか懐に潜り込み、攻撃し、しかし捌かれ、そして徐々に押し返されていき、また距離を取る。そんな感じの攻防を繰り返した。
私たちの実力は拮抗していた。
やばくなったら距離を取る私を南雲さんは追い詰めきれず、そして私も、竹刀の距離に持ち込んでも彼女の体までは届かない。
しかしその拮抗とて、たった一つのミスや気の緩みがあれば崩れるようなギリギリの綱渡りのような状態だ。気持ちの上ではまさに実戦そのもの。一つのミスで勝負が決まる。
しかし私はといえば、この状況を楽しみ始めていた。そうはいっても所詮は試合、所詮はゲームである。本物の命がかかっているわけでもなし。全力の本気でやるのは、それが楽しむための絶対条件だからだ。
緊張感は依然としてある。だがそれはむしろ、ちょっとしたミスでこの戦いを終わらせたくないという思いによるもので、これまでのような焦りの気持ちはなく、今の私にあるのは、純粋な闘志と、武を競える喜びだった。
そう思えるようになったのは、相手の南雲さんのことが分かってきたからだ。そして彼女も、私と同じように感じているということが伝わってくるからだ。
私と南雲さんのお互いの武器による攻防は、まるで会話のようだった。
千の言葉よりも雄弁に私たちは会話していた。その手を、武器を通して、互いの想いを伝え合っていた。
それは例えるならば、長年ペアを組んだ相手と踊るダンス。
実際、今の私たちを外から見れば、まるであらかじめ決められている演武を踊っているかのように見えていてもおかしくない。それくらい息の合った攻防を展開していた。
私たちは戦いを通してお互いを理解していった。互いを攻略するために、自分の持つものをどんどんと引き出していくのだ。相手の繰り出してきたものを受け取り、自分もまた相手に返す。
それはまごうことなき会話であった。私が今まで経験したことのない方法での会話。あえて表現を当てはめるのなら、肉体言語とでも言うのだろうか……まさかそれが、こんなに魅力的なものだとは。
だけどそれは、きっと相手による。相手が南雲さんだから、これだけ感動を覚えるのだ。
私と南雲さんは、確かに絆を深めあっていた。雑念のはいる余地のない純粋な戦闘行為というやり取りによって、お互いを深く知っていく……
——これソシャゲだったら絆が深まるイベントだろうな。絆クエスト発生したか。
——って、言ったそばから雑念入った。
やべ、受けミスるっ!
南雲さんの攻めが変化する。私のミスを見逃す事なく突いてくるのは当然、その動きから伝わるのは、攻めではなく責めるような……これは叱責だ。
——私との戦いの最中にどうでもいいことを考えているなんて、ずいぶん余裕ではないか……? みたいな。
——ハイ、すいません。余裕なんてありませんから、どうか許してつかぁさいっ! 集中! 集中しますから! だからっ、堪忍してぇっ! ミスの影響を徐々に広げていくようなその連続攻撃、マジキツいっす! 負ける! 負けちゃうからぁ!
……アホな原因により危うく勝敗が喫するところだったが、私は何とか耐え抜いて拮抗を取り戻した。——マジで、今更あんなくだらないことで決着になんてしたくない。
これほど楽しくて素晴らしい交流、いつまでも続けていたい。夜が明けるまでだって構わない……
——なんて思っても、すべての物事には終わりがやってくる。
当然、私たちの語らいについても、例外なく。
拮抗が、崩れ出した。
原因は、今の私ならわかる。伝わってくる。
二人の実力は拮抗していた。バランスを保っていた。しかし、ある一点において、私と彼女には明確に差があったのだ。
それは……体力差。
ステータスの力により、私の“スタミナ”は色々な意味で人間を超えている。この戦いの間も、まるで息が上がる様子はなかった。この分なら比喩でなく、実際に夜を徹してすら戦い続けることが出来るだろう。
対する南雲さんは、とんでもない実力者であるとはいえ、あくまで普通の人間である。体力には限界がある。長期戦となればいずれは息切れして、どうしたって動きは鈍る。
これはむしろ、いままで私の動きについてきていたのが驚きというべきか。
このままいけば、南雲さんの体力切れにより私の勝利が決まる——そう私が理解したことが、おそらく彼女にも伝わっていることだろう。
そして、それと同時に、私がそのことをとても残念に感じているということも、あるいは。
だが、その返答のように南雲さんから伝わって来たのは、ありったけの“気迫”だった。
“そんな負け方にするつもりはない。私は勝つ。すべてを出し切る……!”
——そんな、気迫。
そして、その想いを表すかのように、南雲さんの動きが加速する。ここに来て今までで一番の速さ——!
まさにラストスパート。息継ぎ無しの無呼吸運動とでも言わんばかりの、怒涛の連撃が私を襲う。
立ち止まってはとても耐えきれないと、私は流されるように後ろに下がりながら南雲さんの攻撃を捌いていく。
そうしながら、脳裏には確信にも似た予感が一つ。
——この攻防が最後だ。この連撃が止まった時、決着がつく。
様々な想いが脳裏に去来する。彼女とのこれまでの濃密な語らいが反芻される。
それらを追考してゆき、至る先、今現在の戦闘の行方、その決着は——
私は壁際まで後退していた。
もう後がない……? いや、そうではない。私の身体能力なら、壁も足場となり得る。壁を利用して三角跳びで南雲さんを飛び越えれば、窮地にはならない。
少しだけ、このまま逃げてタイムアップのような決着になることに対して思うことがないでもなかったが、すぐに——どんな形であれ決着だ——と、自然と納得した自分がいた。
もちろん、南雲さんの猛攻に対応しつつ、タイミングを見極めてそんな曲芸をすること自体、そもそもが至難の技だろう。しかし私に迷いはなく、絶対に決めるという固い意志のみがあった。
後ろを確認する余裕など無い。感覚を研ぎ澄まして壁との距離を感じ取らねばならない。
だが、それぐらいのことをこなして見せてこそ、この勝負の決着に相応しいというもの。
うおぉ、やってやらぁ!
私は、己の感覚に従い、ここだ、という場所で、後ろの壁に向け跳躍するため床を強く踏み込んだっ————ら、なんか踏んだ。
あ?
ズルッ、と踏み込んだ足が床の上を滑っていく。崩れる体勢。
当然、そこに攻撃してくる南雲さん。——狙いは足元。
ぬォォォォォン!
私は脳内で謎の咆哮を上げながら、この攻撃を躱すために、崩れた体勢の勢いを逆に利用して後ろにのけ反りつつ竹刀を床に突き立てる。
すると予想通り、竹刀は壁と床の接する角にはまった。——そのぐらいの距離だと思っていた!
私はその竹刀を支えにして、足を無理やり持ち上げた。
そうして薙刀をギリギリで回避するのと同時に、竹刀から床に力を伝えて体を起こしながら、薙刀の上に着地して押さえ込みつつ、竹刀を南雲さんの首筋に突きつけた。
触れた。竹刀が、南雲さんの首に。
だが私も、薙刀の上に乗っかっている。つまり触れている。
……と見せかけて、実は、踏んづけて滑らされた何かを足で持ち上げて薙刀との間に挟んでから着地していた。だから直接は触れていない。
……とかってアリなんですかね?
——またルールの有耶無耶なところを突いたカスみたいな発想ね。そんな言うなら、靴履いてるからセーフ! とかなっちゃうじゃない。
靴は体の一部でしょ。でも今回は、なんかそこにあったやつを使ったから、アリじゃないの、かなぁ。……やっぱダメかな。
——ダメだったらこっちの負けよね。踏んだ方が先だったから。
ほとんど同時ではあったけど、まあ、確かにそっちのが先だったね。
じゃあ、結局は決着は判定になるのか。ワンクッション挟んで触れるのはアリなのかどうかという。
——すんなり負けを認めなさいよ。みっともない。
……せやな。ここは私の負けです、と潔く言った方がいいかな。
「——私の、負けだ」
先に言われた——ッ!