第93話 完全なる決着、求めるはまさに、ソレよ……!
先程は接戦の末、南雲さんが武器を取り落とすという結果になったが、決着とはならず再度続行との運びになった。
しかし、その際に軽くルールの確認などしていたこともあり、勝負中の空気は霧散している。
この状態でそのまま続行というのも、なんだか締まらないというか、やり辛いというか……
そう思っていたら、南雲さんも同様のことを思ったのか、
「水を差してしまったな……一度、仕切り直さないか?」
「そうですね、そうしましょうか」
というわけで、我々は開始の位置まで戻っていく。そして、始めの時と同じように向かい合う。
南雲さんがちらりと視線を向ければ、大門さんが心得たとばかりに立ち上がって掛け声の準備をする。
その隣を見れば、ちょうどマナハスがいて体育座りで観戦していた。他の人たちは大体が正座で行儀良く座っているので、一人だけ体育座りだとなんか目立つな。まあ、正座は慣れてないと長く持たないからね……。
と、余計なこと考えている場合じゃないな。また緊迫した戦いが始まるんだ……気を引き締めよう。
——リラックスも必要よ。アンタ、さっきの戦いはだいぶ視野が狭くなってたわよ。
それは自覚してる。仕切り直しのお陰でだいぶ落ち着いた。
初手でいきなり負けそうになったからか、かなり動揺してたよね。ギリギリ持ち直して何とかこうして仕切り直しまで持ち込めたけど。先程の戦闘中の頭ん中は、かなり意味不明なことになってた気がする。
——なんかやけに回避にこだわってたりしたわよね。受けという選択肢もあるんだから。
そうだね。正直、途中まで忘れてたよ。
——このリーチ差じゃ、受けを使わないと多分無理よ。近寄れないもの。
そうなんだよね。思ったより竹刀と薙刀のリーチ差って大きいわ。実際にやると実感した。
それに、南雲さんの薙刀捌きってマジで隙が無いから、それも合わさるとマジで近寄れなくなる。
つーか、このルールだと薙刀とのリーチ差がモロ影響してくるんだよなー。自分で決めたルールにめっちゃ首絞められてるんだが……。
——公平な勝負にしたいから(キリッ)とか言ってたのにね。
ルール決めミスったな……。だがもうしょうがない、こうなったからには……
——どうするの?
スタミナ使うか。
——……舐めプは終わったのね。
舐めプだったよ、マジで。第一ラウンドはね。お陰でやられそうになって、精神的に追い詰められて謎のポエムを詩いだす始末だよ。まあ、そのお陰で何とかギリギリで精神力を保てたんだけどね。
——だからって、追い詰められるたびにポエマーになられても困るのだけれど。
私だって嫌さ。だからもうスタミナを使って決めにいく。
いくら南雲さんと言えど、突然、私の身体能力が上がったら対応できないはず。だからそこを突く。
機会を見極めないといけない。スタミナの使い所を。実際、ゲージには限りがあるから、いくらでも使えるというわけではないし。それに、南雲さん相手に下手に使ってしまえば、彼女ならすぐにその一段上の動きにも対応してきそうだもの。
この人ってマジでヤバいから、そんぐらい普通にしてきそうだもん。だから、慣れる前にヤる。
ただ当然、スタミナで強化した膂力で攻撃したら彼女に大怪我させちゃう可能性があるから、そこは気をつけないといけない。
いくら怪我を治すアイテムもあるとはいえ、怪我をさせること自体、あってはならない。
なので、スタミナ強化は移動のみに使う。攻撃にはもちろん、念のため防御の時にも使わない。
そういう意味でも使い所が難しいけど……やってやろうじゃないの。
——作戦はオッケー? もう始まるわよ。
ああ、南雲さんの度肝を抜いてやる……!
「……両者とも、準備はいいか?」
心を決めて竹刀を構えたところで、合図を任された大門さんが私たちに、というか私に聞いてくる。
ちょっと頭の中を整理するのに時間を使いたかったので、今まで私は、あえて構えたりせず、なんかゆらゆらしたり、服を整えたり、靴紐結び出したりして時間を稼いでいたので、彼も合図のタイミングに迷っていたのだろう。
——しょーもない時間稼ぎして。
しゃーないやろ。ゆっくり考えられるのは今しかないんや。
そういや私は靴のままだけど、南雲さんは裸足なんだよね。こりゃ、足とか踏んだら痛そうだから気をつけておかないとだね。
気をつけると言ったら、後はとにかく“アレ”に気をつけないと。——開始直後が勝負だな。
……さて、もう考えることはない。時間稼ぎは終了。お待たせして申し訳ない。始めましょう。
対面の南雲さんは防具を直していたくらいで、すぐに準備を終わらせて、いつでもいけるという感じで直立不動だった。それでも私に催促することもなく、黙って待ってくれていた。
そんな彼女は、今も大門さんの呼びかけにこんな返事をする。
「私の準備は出来ている。ただ、急かすつもりはない。カガミさんの準備が整い次第、始めよう。緊張感が完全に途切れる前にと思ったのだが、少し急いてしまったかな……なんなら一度、休憩を挟んでも構わないが」
「あ、いえ、大丈夫です。休憩は必要ありません。もう準備は出来ましたので。お待たせしました」
「そうか。それなら、始めよう。大門部長、よろしく頼む」
「……では、始めッッ!!」
開始の合図と同時に、私は後ろに跳んで距離を取った。
これは先程の第一ラウンドの時の、初手の南雲さんの攻撃を警戒しての行動だ。
あのよく分からない突然来る攻撃を次も避けられる自信はまったくないので、まずは“アレ”が来ないように、きても対処できるように間合いを取るために後ろへ下がった。
警戒したあの攻撃が来ることは無かった。
南雲さんは、下がった私を追ってゆっくりと進んでくる。
私は一定の距離を保ちつつも、一方に追い詰められないように円を描くように動こうとした。——が、南雲さんがそれに対応するように同じ方向に動くので結局周りこめず、徐々に一方に追い詰められていくことになった。
……ヤバい。このまま行けば壁まで下がってしまう。すると結局“アレ”が届く間合いまで狭まってしまう。前回、初手で使ってきた“アレ”が……。
“アレ”だけはマジでヤバいんだって。どうしよ。てか、動きながらでもあの攻撃って出来るんだろうか?
こうなったらスタミナ使って一気に動いて回り込むか? いや、それは悪手な気がする。やはり“攻め”に使わないと勝てないような予感がする……しかし、ならばどうする……!
——それならもう、ギリギリのところまで引きつけてこっちから攻撃しましょ。“アレ”が届かないギリギリの間合いでね。本来ならこっちの攻撃も全然届かないんだけど、スタミナ使った身体能力でなら十分いける間合いでしょ。
……だな。それでいこう。
それなら完全に壁際まで行く前のタイミングで行くか。
……よし、ここだッ!
私は、ジリジリと下がり続けていた動きから反転、スタミナを使用して南雲さんに向け一気に踏み込み一瞬で間合いを詰めた。
それは普通に考えたら人間の動きとは思えないような瞬発力で、さすがの南雲さんも驚きに目を見開いて——いないっ!?
だが反応は遅れていた。——いや、それでも彼女は私の攻撃をしっかり受け止めているのだが、それもかなりギリギリだった。
しかし、常人ならば確実に間に合わないはずの攻撃に反応している時点で、南雲さんの実力はやはりずば抜けている。
私は間髪入れずに、南雲さんの右腕を上から抑えるように左手で掴んだ。
そうして薙刀の動きを封じつつ、今度は躱されないように体の中心を狙って右手の竹刀を振るう——!
——が、右腕を南雲さんに掴んで止められた。
南雲さんは瞬時に反応して薙刀を捨てると、自由になった左手で即座に私の右腕を掴んで封じてきた——この人、対応力が半端なさすぎるっ!
薙刀が地面に落ちる音がする。
南雲さんは完全に武器を手放していて、私は右手に竹刀を持っている。だが右腕を掴まれており動かせない。
でもなんとかっ、手首を捻って当てれないかっ!? ショボい勝ち方だけどっ、もうそれでいい! だって——ほえっ!?
しっかり掴んでいたはずの南雲さんの右腕が、なぜか私の左手からすっぽ抜けた。
そんなバカな、と思って思わず左手を見たら、そこには南雲さんが手につけていた防具が。——忍法変わり身ですかっ!?
すわ、薙刀を拾うのかと思いきや、南雲さんは自由になった右手を即座に私の右腕の方に移動させ————ッ!?
ヤバい回れッ——!!
とっさに自分から勢いよく倒れ込むように回ることで極まるのを避けつつ、掴まれた腕を引っこ抜く。
バランスを崩して背中から地面に落ちるが、勢いのまま床を転がり距離を取る。
十分に離れたところで立ち上がり南雲さんの方を見ると、彼女はちょうど薙刀と竹刀をそれぞれ両手で拾い上げているところだった。
——今のは、関節技かしら……?
……多分、そんな感じのやつだろう。手首が完全に極まってる感じだった。
とっさに自分から回ってなかったら、あのまま腕を極められて抑え込まれていたと思う。——南雲さんって素手でも普通に強いのね……。
私は極められかけた右手の調子を確認する。痛みは無い。極まる前に外せたからか、はたまたHPのお陰か……。
まあ、HPあっても普通に関節技は効くみたいだったけど。——けっこーそういう系の技が普通に効くんだよね、このバリアは。
——今度はこっちの武器が無くなったわね……。
腕を外した際に、竹刀は取り落としてしまっていたようだ。そして当の竹刀はと言えば、今はすでに南雲さんの手の中にある。
前回とは完全に立場が逆になった。……だが、まだ負けてはいない。……まあ、一応は。
武器では打たれていない。関節は極められかけたけど。というか、極めは外したけど完全に投げられた感じではあるけど、投げは別に一本では無いよね……?
南雲さんの方を見る。
落ちた武器を拾い両手に持って二刀流(?)となった南雲さんは、しかし、こちらに向かっては来ていない。
どうも襲いかかってくる様子がないので、もしや私が気が付かないうちに一本取られてしまったのかと思って、私は南雲さんに確認するために口を開こうとしたところで、南雲さんの方から話しかけてきた。
「右手は、痛めてはいないか? 怪我は……?」
「あ、はい。それは全然、大丈夫です」
「それは重畳、無事で何よりだ。……加減する余裕はなかったのでな」
「はぁ、なるほど。……それで、あの、さっき投げられたのは、あれは一本では無いですよね……?」
「ああ、武器は触れていない。私も、貴方も」
「では、続行ということで、いいですよね?」
「もちろんだ。……ああ、その前に」
そう言って、南雲さんが私の方に竹刀を放り投げてきたので、キャッチする。
やった、武器が戻った! さすが南雲さん! フェアプレイ精神ですね! それとも、前回の借りを返しただけだったり? まあどっちでもいいけど。
……ただ、これ渡さなければ、多分、南雲さんが勝ってたと思うのだけど。
そう思ったら、私は確認のために彼女に声をかけていた。
「……いいんですか?」
その問いに、南雲さんは無言で頷いて、
「……もう一度、仕切り直さないか。私も、できればそれを拾っておきたいからね」
そう言って南雲さんが視線を向けた先には、外れた腕の防具が。……よく見たら二つある。
右腕だけじゃなくて、左腕のやつも外してたのか、いつの間に? そういえば、右手を掴まれた感触は素手だったか……。
「……いいですよ。私の方こそ、お願いします」
「では、そうしよう」
そう言って、南雲さんは防具を拾ってから、開始位置へ戻っていく。
私もその後に続くが、頭の中ではすでに色々と次の戦いのための考えを巡らせていた。
——あの言い方、竹刀を渡した代わりに防具を拾わせてもらった、みたいにも取れるけど。別に、拾わなくてもあのままやれば勝てるんだから、意味無いわよね……
まあ、アレかな。普通にフェアプレイ精神的なのでもあるだろうけど、南雲さんにも少し負い目があったのかな。
——負い目? 何が?
いや、その防具が外れたことだよ。通常の薙刀の競技では腕を掴まれることとか無いはずだけど、だとしても普通あんな簡単に外れないと思う。
ということは、彼女が自分で外れやすいように細工してた可能性がある。それが小細工みたいで負い目に感じてるとか……?
——だとしても、それってアンタが掴んで来るからその対策だろうし、まず掴みなんて反則くさいやり方し始めたのアンタなんだから、その対策をしたところで何も悪くないと思うけど?
私もそう思うけど……そういえば、仕切り直しにする提案も南雲さんからしてきたよね。アレも、もしかしてその細工をするためだったり……?
——そのお陰でこっちも作戦立てられたんだけどね。……ただ、もし本当にそれも含めて南雲さんの狙いなんだったとしたら、この人、直情径行で正々堂々を重んじる武人タイプって感じでもないのかもしれないわね。
私も最初はそんな印象だったんだけど……うん、かもね。それなら、油断ならんよね。
つーかマジでどうするよ。スタミナ使っても普通に対応されたんだが。てか、掴みはもうダメだろ。むしろ南雲さんの方が掴み技は上手なんだけど。
もう掴みは使えないな……次はもっと上手いこと対処されそうだ。むしろ私が掴まれるのを警戒すべきなくらいだ。
となると、ある程度間合いを取って戦うことになるけど……そうすると完全にリーチ長い向こうが有利になるんだよね。
——そこは、スタミナ使って身体能力上げて、なんとか対抗するしかないんじゃない?
リーチで不利な分はそれで補うってことか。でもなぁ、南雲さんはスタミナ使った速度にも対応してきそう。……つーか、すでにさっき対応されたんだよね。
……さて、二回の仕切り直しを経て、次が第三ラウンドか。
考えようによっては、お互いに武器を落として仕切り直してるから、これまでの分は引き分けでイーブンとも言える。そうなると、次で勝ったならばそれが真の決着……か。
……こうなったらもう、腹を括るか。正々堂々、真っ向勝負だ。小細工なしで今の私の持てるすべての力を使って戦う。
それで南雲さんに通用しないならば、その時はそれまでだ。それでも、当初の目標の一つだった、私の実力を測るという目的は達成される。
まあ全力で戦うといっても、本当の全力ではないけど。それは当然。だって私がスタミナ強化の全力を出したら、竹刀といえどもおそらく南雲さんに大怪我させることになる。なので、南雲さんに怪我をさせないように戦いつつの全力ということである。
それが本当に全力と言えるのか、という感じではあるけど。まあ、そういうルールでの戦い、そういう縛りでのゲームだと思えば、その中ですべての実力を出すことはやはり全力ということになるだろう。
私にとって全力で戦うということは、つまりゲームのように戦うということなので、ある程度の制限があるのはむしろ慣れたものだ。
それに、この人との戦いはそれ自体に大いに価値があると強く感じる。——私の経験値になるという意味で。
南雲さんとの戦いの中で、剣術のスキルが体に馴染んでいくような感覚がした。もはや勝敗については置いておいて、後はこの感覚をもっと追い求めることを優先してしまうか。南雲さんがこれだけ強いなら、そっちの方がよほど有意義な気がしてきた。
もちろん、勝つつもりで戦うけど、負ける場合もあるだろう。でもまあ、最悪、私が負けても聖女様が後始末してくれるし。その点は安心だ。
まあ、私としても出来れば聖女様に出番は回したくないのだけど。これだけ強い南雲さんが聖女の奇跡に一撃でやられちゃうシーンとか、私も見たくないもん。
——でも、南雲さんなら、なんか光輪も避けられそうじゃない?
そんなことを言うんじゃない! マジで出来そうで怖いだろうが!
……やっぱり、そんな怖いものを見ないためにも、なるだけ勝たなあかんゾ、コレ。