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第92話 向かい合って……始めッッ!!

 


 そして、仕合(しあい)は始まった。


 ——始めぇぇ!

 その大きく響いた声が消えていくと、後にはピンと張り詰めた空気が辺りを支配した。

 沈黙——誰かの息遣いすら聞こえるほどの。


 すでに仕合は始まっているが、私と南雲(なぐも)さんのどちらも動かない。

 まるで微動だにしていない。まさか、先に動いた方が負ける、とかいうアレでもあるまいが……。

 私が動いていないのは、とりあえず南雲さんに先手を譲るつもりだからだ。私はどんな攻撃にも対応できるよう体と心を構えつつ、南雲さんに意識を集中させている。

 対する南雲さんは、まるで樹木か何かのように不動だった。

 しかし、その姿から、なんだか猫が飛びかかる前の前傾姿勢にも似た猛々(たけだけ)しい気配を感じるのは——私の穿(うが)ち過ぎだろうか……?


 てっきり開始の合図と共に彼女の方から仕掛けてくると思ったので、少し拍子抜けしてしまったくらいだ。もちろん、それで隙を見せたりはしないが。

 両者、まったく動くことなく対峙しているだけだが、私は自分の中の剣術のスキルが今までになく活用されているのを、まざまざと感じ取っていた。

 それに対して思うのは——やはり剣術とは対人の技術なのだな、ということ。


 実際に仕掛ける前の時点から、すでに戦いは始まっている。

 目線、重心、呼吸、表情……攻撃の予兆となる要素は無数にある。それらの読み合いは、立派な戦闘だ。

 そういう意味では、眼前の相手——南雲さんは、まごうことなき強敵だった。


 彼女の静かに(たたず)むその立ち姿からは、いかなる予兆も読み取れない。それこそ、本当に私と戦う気があるのかすら疑うレベルだ。

 立ち合いとしてこうして向き合ったのならば、普通、もう少し何かのアクションがあると思うのだが……落ち着きすぎではないか、この人。

 だって目の前にいる相手((私))は、日本刀の()()持ち歩いてて、ゾンビを平気で殺せると豪語して、返り血で染まった服着てるんですよ?

 ……それはどう考えてもヤベェ奴ですわ。

 私が南雲さんの立場なら、躊躇(ためら)うことなく通報するね。


 ——ちょっと、真剣勝負の最中にナニ下らないこと考えてん——ッ!!


 (かわ)した——

 後ろに跳んだ。

 ギリギリだ。

 つかリーチ(なげ)ぇわこれ。


 南雲さんは何の前触れもなく突然動いた。

 滑るように間合いを詰めての攻撃——それは、まるっきり一動作で完結しているような動きだった。

 狙いは私の足、(すね)の辺り。払うような突くような攻撃。

 私は軽く後ろに飛び上がるようにして、その攻撃を避けた。


 いやこれ、よく避けられたな私。実際に躱した上で自分で言うのもなんだけど、避けられる攻撃では無かっただろ、コレ。

 ではなぜ躱せたのかというと、ほぼ勘だ。というのも、攻撃がくる瞬間に、自分であることに気がついたのだ。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なので、攻撃が来るかもしれないと思い、念のため後ろに下がろうという動きをし始めようとしたのと同時に攻撃が来たので、そのまま躱すことになった。

 おそらく、その初動をしていなかったら躱せていなかったのではないかと思われる。


 なんせ南雲さんの方には、一切の予兆が無かった。南雲さんを見ても攻撃が来ることは察知できなかった。

 自分の隙を自覚して動いたから、結果的にタイミングがピタリと合うことになり、躱せた。そういう意味では、偶然感が強い。


 ——っぶねー! ちょっと神経質なくらいに自分の予感に従っておいて良かった。(あや)うく初撃で瞬殺されるところだった。——そんなことになったら恥ずかしいとかいうレベルじゃねーよ。

 つーか、この南雲さんて人……多分、おそらく、十中八九、ほぼほぼ、そうだろうという事前の予想はあったけど——案の定、めちゃくちゃ強いじゃんよ。

 雰囲気に微塵の偽りも無し。強者オーラ(まと)って出てきて、実際に死ぬほど強かった。

 ——いや、まだ戦いは全然終わってないし、どころか始まったばかりだけど。


 はい、もちろん戦いは続いています。

 初撃を躱された(かたち)になる南雲さんだが、そのことに欠片(かけら)の動揺すら見せることなく、すでに流れるような追撃に移っている。

 対する私は、初撃のインパクトにより内心はめちゃくちゃ動揺しながらも、なんとかそれを躱しつづけていた。


 南雲さんの薙刀(なぎなた)によるリーチを生かした連続の斬り払いを、私はタイミングと間合いを見切って距離を取ることで躱していく。

 彼女の攻撃は(よど)みなく繋がっていて、それが一瞬も途切れることなく続いて、私を徐々に追い詰めていく。


 その完成された動きには、まるで付け入る隙がない。今も、少しでもタイミングか間合いを測り間違えたら当たってしまうだろう。

 彼女の動きに私が合わせているのか、私の動きに彼女が合わせているのか。だんだん分からなくなっていく。


 彼我の境界が曖昧になっていく。

 まるで——私の身体は南雲さんに操られているのでは無いか……? という疑心すら芽生え始めてもおかしくないような状況。


 ——なんだかおかしい。そう、私がおかしい。なんでこんなに精神が動揺している感じなのか。よっぽど最初の攻撃が衝撃的だったのか……?

 集中力が飽和して、頭の中はモヤモヤしている。しかしそんな中で、私の頭の中のスキルの知識がひときわ異彩を放っている。

 パチパチと何かが弾けるような感覚がする。——ってか、今って何時なんだ。もうだいぶ夜だよね。これは俗に言う深夜テンションってやつ? 疲労が一周回ってハイになっている?

 まるで思考はまとまらないけれど、身体は別人が操作してるかのように勝手に動く。

 なんだかコントローラーでゲームキャラを操作しているような感覚だな——と、ふと思った。


 極限の集中の中——私はふいに、広い武道場の中の空間が、まるで一分(いちぶ)の隙も無く尖った針で埋まっているかのような錯覚を覚えた。

 その針には人一人(ひとり)が辛うじて収まる隙間があり、それは常に変動している。

 その動きに自分の身体(からだ)の動きをぴったりと合わせられなければ、次の瞬間には私は串刺しになってしまうのだろう。


 その強烈で凶暴なる針山を指揮して操っているのが南雲さんだ。まるで指揮者が振る指揮棒(タクト)に合わせて踊るように、針山は鳴動する。

 つまりは、そのタクトが彼女の持つ薙刀だ。それは今、一分(いちぶ)の隙もなく私を追い詰めていくという内容の曲目を演奏中である。

 そしてどうやら、その曲はそろそろクライマックスに近づいているようだ。

 この曲が終わる時には同時に——勝負の終わり、(私の体に彼女)つまりは(の武器)敗北が訪れている(が触れている)のだろう。


 ——いやアンタ、何の(うた)? これは。途中からいきなりポエム始まってるじゃん。


 敗北を 悟りしときに 我が内に 目覚めしものは 詩心(うたごころ)かな

 ()み人知らず——名もなき武人の詩。百葉集より抜粋——


 ——マジで短歌を詠み出すな、コラ。百葉集とか勝手に変な歌集作らないで。つーかマジでなんなのよ。


 テンパってる。ただただテンパってるの。コレこのまま避け続けたら詰む。負ける。それは分かってるの。

 だけど避けなくても負けるの。だから困ってるの。つまりは詰んでるってことなの?


 ——落ち着け。焦るな。答えは簡単でしょ。避けてダメなら、別の事をしろ。


 (うた)は詠んでるけど?


 ——それは今すぐやめなさい。だから、避けてダメなら、攻撃よ! と言いたいけれど、攻撃する隙などまるで無いから……まずは防御よ! この暴風のような連続攻撃を止めるのよ!


 受け太刀、いけるかー?

 下手に受けようとしても、押し込まれると思うのだけど。


 ——両手で支えて、しっかり受ける必要があるわね。


 受けるには、相手の攻撃の軌道を正確に読む必要があるけど?

 当然、間違えたら攻撃を食らうことになる。


 ——間違えなければいいのよ。


 それが難しいのだけれど……?


 ——軌道を読む必要は無いわ。攻撃のタイミングだけ読めばいい。それに合わせて、こちらからも踏み込んで根元を押さえれば、軌道がどうとか関係無いわ。


 それはそれで難しそうだけど、もうそれでやるしかないね……!


 このままではいずれ避けきれずに当てられるか、あるいは、壁際に追い詰められてどっちにしろ躱せなくなる。

 そうなる前に、やるしかない……!


 私は腹を決めた。そして、彼女の攻撃のタイミングに神経を研ぎ澄ます。

 彼女の動きよりも、むしろ自分の動きの中から機会を探す。連続回避の中でも体勢がまだ持ち直しているタイミング。

 ——そう、ここだッ!


 私はこの戦いが始まってから初めて、南雲さんに向けて後退ではなく前進した。

 迎え撃つ南雲さんの薙刀を、左手を添えた竹刀(しない)でっ——受け止めた!

 瞬間、押し込まれないように踏ん張ろうとした刹那——私の竹刀にかかる重みはあっさりと消え、体ごと反転させ引かれた南雲さんの薙刀の、切っ先とは逆の先端が襲いかかってくる。


 私は上半身へ向かってくるその攻撃を躱すために、大袈裟なぐらいに大きく動いた。

 その場にしゃがみ込むように体を沈めつつ、斜め後ろに向けて肩から飛び込みローリングする。

 ——まさに間一髪といったところで、その回避は成功した。


 私は回転の勢いをそのまま利用して跳ねるように立ち上がり距離を取ろうとするが、当然のようにピッタリと間合いを詰めてきている南雲さんの攻撃が、起きぬけの私に襲いかかってくる。——しかも、狙いはこれまた(すね)……! 


 ふおおっ! つえぃっ!


 まさかの飛び込み前転による回避。薙刀を全身で(また)ぐように越える。

 そして、そのまま地面を這うように飛び込みながらの反撃! ——こっちも足元狙ってやるんだよぉぉぉ!


 私のトリッキーな足払いのような攻撃を、南雲さんは縄跳びのように、ぴょんと軽く跳んで回避した。


 すると、床にうつ伏せっぽくなってる私と、フツーに立ってる南雲さんという図式が完成する。——オイオイオイ、死ぬぞコレ。

 南雲さんは当然そんな私に攻撃を仕掛けてくるが(この人も大概容赦(ようしゃ)ないわ)、地面に張り付くような低姿勢(笑)の私にはどうにも攻撃しづらいようで(別に心理的な抵抗の話ではなく物理的な話だ。床に攻撃するようなものなので)、それはいままでの攻撃に比べて精彩に欠ける動きだった。

 お陰で私は、なんとか床の上をゴロゴロ転がることで回避できた。すぐさまそこから、なるだけ迅速かつスタイリッシュな動きで立ち上がる。

 迅速なのは、とにかく速く動かないと当然危険だからであるし、スタイリッシュなのは、あまりにも泥臭い今までの一連の動きをなんとか取り繕うためである。……効果の程は疑問だが。


 ここでも立ち上がると同時に南雲さんの追撃がくると思ったが——案の定、来ております。

 今度の攻撃は、ちょうど私の腰の辺りを狙っていた。——多分だけど、今までの事から、下手(ヘタ)に上や下を狙うと突拍子もない動きして躱してくると思われたのではないかと思う。

 中心への攻撃は確かに最も避けづらい。しかも、下がって回避もさせないとばかりに深めの攻撃だ。——これはピンチですか……?

 ——いいえ、これはチャンスです。なぜならそういう攻撃こそが、逆にもっとも受けやすいというわけなのだから。


 ——ガッ! と、私の竹刀が薙刀を受け止める。体に竹刀をほとんど密着させるような構えで。お陰で安定している。

 受けると同時に私は前進する。南雲さんはすぐさま下がって距離を取ろうとするが、私はそうはさせじと追い(すが)る。

 薙刀の距離で戦ってはダメだ。距離を詰めたここで勝負を決めなくてはならない——!


 下がりながらの南雲さんの攻撃はしかし、腰が入っていないので私は竹刀で切り払った。

 間髪入れずにこちらからの攻撃、南雲さんは薙刀を(かか)げて受け止める。鍔迫(つばぜ)り合いとなりそうで——

 ——ここで決めたい! しかし武器を掴んで押さえつける事はできない。触れたらダメだから。いや、ならば——

 ——掴んだ。それは南雲さんの右手首。

 武器に触れずともこれなら捕まえられる。腕を握って逃げられないようにして、かつ薙刀の動きも封じつつ、同時に竹刀を振る。——薙刀は両手で振るが、竹刀は片手で振れる。

 ——もらった!?


 しかし、南雲さんは驚異的な反応で体を()()らせて躱した。

 彼女は瞬時の判断で、掴まれていない左手を薙刀から離して自由にして、その分、目一杯動いてギリギリの回避。

 しかしこの体勢では、どちらにしろ次撃は躱せな——!

 ——反応、掴んでいた手を引く。バシンッ、と薙刀が床に落ちる音が響く。

 躱した拍子に緩んだのか、右手も手放した南雲さんの薙刀が落下して、危うくその右手を掴んでいた私の腕に当たりそうになったので、慌てて引っ込めたのだ。


 掴みから解放された南雲さんは、すでに距離を取っている。しかし、その腕には武器がない。

 当然だ。当の薙刀は私の足元に落ちているのだから。

 仕留めきれなかったが、相手は武器を手放してしまっている。

 これは、勝負あり……?


 南雲さんの方を見る。私が目線で問いかけると、


「……武器を手放したら負け、というルールは無かった。負けの条件は相手の武器での攻撃を受けた時のみで、私はまだ攻撃を受けてはいない……だろう?」

「ええ、そうですね。では、続行ですか」

「ああ、そうして欲しい」

「では、この薙刀はお渡し……するべきです……?」

「当然、そのままでいい」


 そうは言われても……それで勝ったとしても微妙な感じだよね。……うん、やっぱそれで勝っても素直に喜べない。

 それに、素手の南雲さんに竹刀で襲いかかるのは絵面がアレだし……ここはやっぱりお返しするべきでしょう。


「いえ、やっぱりお渡ししますよ」

「……そうか」


 そう言って私は、足元に落ちている薙刀を……竹刀で(つつ)いて動かしていった。

 ……いや、だって、触れたら負けるんだもん。


 ——落ちてるやつは、流石にいいんじゃないの……?


 ……ルールはルールだからね。


「……いや、その薙刀はすでに私の体から離れているのだから、私の武器とは言えない。だから、触れても負けにはならない——と、私は考えるが……」

「そうですね……じゃあ、手放した武器は無効ということで」


 見かねた南雲さんがそう言ってくれたので、私は落ちている薙刀を手で掴んで持ち上げる。

 手放した武器が無効なら、さっきの時に当たってても無効だったってことだね。まあ、あの時はまだこのルールは確認していなかったわけだけど。


 私は手に持った薙刀を——少し迷ったが、南雲さんに向けて放り投げる。

 まあ、仕合の中断も宣言してないので、続行中といえば続行中だし。だから、近寄らないで投げ渡す。


 飛んできた薙刀をキャッチした南雲さんは、少し複雑そうな顔で私を見て、


「……いいのか?」


 と言った。

 それに私は、どう返答を返すかと逡巡したが、結局、無言で頷くことで返事とした。


 いいのか? と言われたら、それは当然、いいですとも。

 私としても、やっぱり南雲さんとはちゃんとした決着を付けたいからね。

 ……それに、禁止のルールは無かったとは言え、いきなり腕掴んだのもちょっと反則くさいしね。なのでここは、いったん仕切り直しといきましょうか。

 まあでも、掴みに関しては南雲さんも何も言ってこなかったので、ルール上問題なしとして隙あらばまた狙っていきますけど。


 ——……つーかこのルール、わりと何でもありだし、やっぱアンタに有利よね。南雲さんは真面目に正々堂々って感じだけど、あんたはルールを逆手にとってなんでもやりそうだもの。


 実際、実戦なら何でもありなんだから、とやかく言われる筋合いはないったらないのだよ。


 

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