第91話 真剣(ガチ)ルールによるセイバーデュエル
さて、あれから南雲さんと話し合って、立ち合いのルールを決めた。
そのルールは、通常の剣道の試合のルールなどとはまるで別物だ。それも当然。私が提案したルールなのだから。
そもそも私は、意味不明に叫びながら叩きつけないと一本にならないとかいう謎ルールで戦うつもりなんて毛頭ないのだ。
いや、剣道のルールって確かそんな感じなんだよね? 別に剣道をバカにしているわけでは全然無いよ? でも私って戦いの時は基本無口なんで、あのルールはちょっと合わないんだよねぇ……。
なので南雲さんには、こちらからルールを提案した次第だ。
最終的に彼女も私の提案したルールに了承してくれたので、私の考えたルールもそんなに的外れってわけでもなかったんかな。
ではここで、立ち合いの前に私が提案したルールをおさらいしておこう。と言っても、分かりやすく簡単なルールにしておいたから、別に難しいことはない。
ルールの基本は一本勝負だ。先に一本を取った方が勝ち。
では、何をもって一本とするかだが、それは「(相手の)武器が体に触れたら負け」である。単純明快。ルールはこれだけだ。
これは私としては、実戦を想定したルールである。実戦とはつまり、お互いに真剣を持った状態での戦いということだ。
もしも、お互いに持っている得物が竹刀ではなく真剣だったとしたら、それで立ち合ったらどうなるだろうか。
真剣での立ち合いは、基本的に一撃必殺である。
甲冑などの防具でも付けない限り、どこに食らったとしても大怪我は避けられず、場合によっては致命傷、最悪の場合は即死だ。かすり傷となる方が稀であろう。
たとえ命に関わる怪我でなくても、一撃を食らったならば当然、動きは鈍るし、出血により徐々に体力は失われていく。そうなれば、そこからの逆転は非常に困難になるだろう。
というわけなので、真剣勝負を想定したならば先に一撃食らった方が負けなのである。だから今回のルールもそれに準じている。
まあ、本当に実戦を想定するなら、軽く触れただけとかは除いて、ちゃんと有効打のみを有効とかにするべきなのであろう。本来の剣道のルールも、多分、その辺を考慮して制定されている感じなのだと思う。
だが今回は、そんな判定を誰がするのかという問題もあるし、面倒なので一律触れたら負けだ。掠っただけでも負けだ。もはや、ライトセイバーの戦いか何かだと思ってもらえればよい。
なので、戦いの際は相手の攻撃は躱すか武器で受けるか、それだけだ。それ以外はアウトだ。今回はそういうバトルだ。
このルールを南雲さんに提案した際には、彼女は「そのルールだとこちらの方が有利になるが、それは折り込み済みということか……?」みたいなことを仰っていた。
なぜ南雲さんが有利になるのかと一応聞いてみたところ、返答としては——薙刀の方がリーチが長いから、とのことだった。
そりゃ当然、竹刀よりは薙刀の方がリーチは長そうだが、言うほど違いは無いような気が……私はするのだが。そんな大差ない気がするくない?
まあ、当然リーチが長い方が有利だというのは、私だって理解している。
しかし有利というなら、私はそれこそ謎パワー宿しているのでひたすら有利というか、むしろ卑怯であるとすら言うべきであろう。
なので、多少のリーチの差なんてものは、むしろハンデとしてちょうどいいのかもしれない、なんて思ったり。
だから結局、彼女の忠告を受けてもルールの変更は行わなかった。一本勝負、一撃当たれば負け。分かりやすくていいじゃないですか。
他にも南雲さんは——防具無しだと競技用の薙刀と言えどもかなり痛いし、最悪怪我をする可能性もあるが——と親切に私に忠告してくれたけど、HPのある私としては全力でぶっ叩かれても痛くも痒くもないだろうので、親切のみ受け取り防具は固辞させてもらった。
当の南雲さんは、薙刀用の防具を着用している。ただ、頭部と胴体はそのままだ。
本来ならその部分にも防具をつけるようだが、今回はつけないらしい。まあ実際、けっこう邪魔になりそうだしね。
今回はただ当てれば勝ちなんだから、身軽さは確保したいところでしょう。
私の方も——頭とかは狙わないほうがいいですか、と一応、聞いてみたのだが——気遣いは不要、と却下された。
ま、軽く当てただけでも勝ちなわけだから、別に強く打たなければいい話なんだけど。
相手に怪我させないよう勝つという点でも、一応、このルールならやりやすかろうという目算でもある。
ルールを決めるところから、すでに勝負は始まっている。なんて、頭脳バトル風に気取るつもりはないんですけど。
てか、どっちかというとこのルールは、私と南雲さんがハンデをなくしてお互いにイーブンに全力で戦えるように、私なりに考えた結果でもある。
どうせ戦うなら南雲さんにも勝敗に納得してもらいたいし、私としても、南雲さんと全力で戦ってみたいという気持ちがあるので。
それはなぜかといえば、これが私にとっては初めての、武器を持った相手とのちゃんとした対人戦であるからだ。——それも相手はなかなか実力者そうな人だし。
そんな人と戦う事によって、私は自分のスキルの強さがどれくらいのものなのかを相対的に評価することが出来るのではないだろうか、ということを考えたのだ。
なんせ今まで戦ってきたのは、ゾンビとか怪獣とかまともじゃない相手ばかりだったので、自分の剣の腕が実際どんなもんかというのは、正直言って自分でも測りかねているのだ。
なので、南雲さんとの戦いが、ある程度の尺度になるんじゃないかなと期待しているわけだ。まあ、南雲さんの実力がどの程度の評価を受けているレベルなのかにも依るだろうけど。
真剣の刀ではなく竹刀だから、武器についてはイーブンだ。
まあそもそも、これが実戦だったら、私はHPがあるのでほぼ無敵みたいなものだし戦いにすらならないだろう。
だが、今回のルールは実際のダメージとは関係無く「先に一撃入れた方が勝ち」である。となると、後は純粋な技量での勝負になるような気がする。
スキルをインストールした私と、自ら研鑽を積んできたのであろう南雲さん。果たしてどちらが強いのか……。
というか、そもそも南雲さんの実力ってマジでどれぐらいなんだろう? めっちゃ気になってきた……。
スキルの強さを知るという意味でも、南雲さんに対して正々堂々と戦うという意味でも、私は最初はスタミナは使わないで戦おうと思う。
素の身体能力で戦う。そうすれば完全にイーブンだ。——まあ、パッシブスキルな剣術はあるわけだけど。
そうしてスキルのみを利用して戦うことで、純粋に剣術のスキルの性能を測ることが出来るというわけだ。
じゃあ、負けそうになったとしたら?
その時は……当然、スタミナ使いますよ(笑)。——いや私、意外と負けず嫌いだし。
てか、私が負けたら話が面倒になりそうだから、そういう意味でも勝たなきゃいけないしねぇー。
——スタミナ使わないって……人はそれを舐めプというのよ。
舐めてはいない。正々堂々の騎士道精神だよ。
——なら最後までスタミナ無しでやりなさいよ。
全力を出すこともまた騎士道よ。
——都合のいい騎士道だこと……。
さて、それではいよいよ仕合が始まる。
開始位置というわけではないが、私は建物の中心に立って南雲さんと向き合った。
改めて、私は戦いの舞台となるこの武道場の中を確認してみる。仕切りはない広い空間だ。床は全体の半分が板張りで、半分が畳張りとなっている。
先程ルール決めの際に聞いたのだが、この建物は武道系の部活が使う武道場という建物だということだった。畳張りなのは柔道部が使う部分で、板張りの方は剣道や薙刀部が使う方だとか。
ちなみに、今この場にいる人たちは、女子は薙刀部、男子は剣道と柔道のそれぞれの部員達であるそうだ。
そういえば、ルールでは場外というか舞台の範囲を決めていなかったけど……まあ、この建物の中全部ってことでいいでしょう。
邪魔になるものも特にないし。置いてある荷物は隅に固めてあるし、ギャラリーは……自分達で離れて貰えばいいよね。
そんなギャラリーの皆さんは、今は行儀良く壁際に座って私たちの方を緊張した面持ちで見つめてきてるけど、いざとなればサッと動いて退いてくれればね、いいよね。
ちなみにマナハスもそのギャラリー達に混じって座っている。若干、遠巻きにされていて微妙に距離が空いているけど。
私は改めて南雲さんの方を向いて竹刀を構える。
あれ、そういえば開始の合図とか決めてなかったな。どうするか……
合図について確認しようと口を開きかけたら、南雲さんの方から先に話しかけてきた。
「カガミさん、準備は万全か? お節介かもしれないが、その上着や腰の刀は動きの邪魔ではないか……?」
「あ、そうですね……すみません、ちょっと外させてもらっていいですか?」
「無論だ。万全の態勢を整えてくれ」
確かに、これ邪魔といえば邪魔だね。……ルール的に、竹刀以外の武器を使うことは別に禁止してないけど、それで刀を利用したら竹刀使ってる意味ないし、外しとかないとだよね。そんで上着は普通に邪魔い。
うーん、でもそういえば、上着の下の服はトラの返り血で汚れているんだったな……
ま、いいか。私もちゃんと万全の態勢にしておきたいし。南雲さんは血くらい別に気にしない気がする……多分。
というわけで、開始の前に私は上着と刀を外しておく。とりあえずマナハスの元に向かい、その隣に刀を置いた。そして、上着もその場に脱ぎ捨てる。
現れた私の返り血ファッションに気がついた近くの子が、小さく「ひっ……!」と悲鳴を上げた気がするが、ザ・スルー。
準備を終えた私は、竹刀だけを携えて南雲さんの前に立つ。準備は万全。
いざ、尋常に勝負!
「その服は……! その体、怪我は……? 平気なのか……?」
「あ、はい、大丈夫です。安心してください。すべて返り血ですので」
——いや、何も安心できないでしょ。むしろ不安倍増でしょ。猟奇感満載だし。
「怪我は、無いのか? 動きに支障は……?」
「まったくありません。私は無傷です。……まあでも、気になるのなら着替えますけど」
実際、怪我の有無の確認は現在の情勢では重要事項だ。特に、咬み傷なんかの場合はね……。
彼女も、それを警戒している可能性が……
「いや、怪我が無いのなら、私は気にしない」
「……分かりました。それでは始めましょう。ええと、開始の合図はどうしましょうか?」
「……大門部長、『始め』の合図を頼む」
そう言って南雲さんが視線を向けた先には、ガタイのいい男子生徒が。
その彼は南雲さんの要請に無言で頷いて答えた。
「彼の掛け声で開始としよう。……それでは、最後の確認だ。準備はよろしいか?」
「……はい。いつでもどうぞ」
私の返事を聞いて、南雲さんは薙刀を構える。私も竹刀を構えた。
南雲さんが大門部長さんに視線を向けて、頷いた。
大門さんも頷いて、私たち二人を見て、大きく息を吸ってから、一呼吸の後に、
「始めぇぇ!」
と、武道場に響く大声を上げた。




