第90話 よし、こうゆう時は、一番手っ取り早いやり方でいこうぜ
私の目の前には、まるで武人のような佇まいと格好をしている人物がいた。
袴姿のような武道着の彼女は、ゾンビを殺した——という意味の私の言葉を受けて、少しの間、考え込むように黙り込んだ。
その彼女が、再びこちらを見た。その表情からは内心を読むことは出来ない。完全に平静そのものである。
その落ち着いた無表情は、むしろ今の状況に対してはとても不自然で、なんなら不気味にすら感じるほどだ。
後ろの子たちがその内心をありありと映す表情をしているだけに、尚更、彼女のそんな表情の特異さを際立たせている。
「そういえば、まだお互い名前を名乗ってもいなかった。私は南雲翠子と言う。この学校の現二年、来月からは三年生となる。薙刀部に所属していて、部長を任されている身だ。では、お二人の名前をお聞きしてもよろしいか?」
「私は火神ライカと言います。学年はあなたと同じです。そして、こちらのお方は……真奈羽様です」
「……様?」
「高貴なるお方ですので」
彼女は意外にも自己紹介を始めた。まあ確かに、お互い名乗ってもいなかったですけど。
こちらも名乗りを返す上で、ちょっと聖女マナハスの紹介の仕方に迷ったが、無難な感じにしておいた。この場で聖女とか言うのはアレだし。名字を飛ばしたのは、普通に説明がダルかったので。珍しいから字とかよく聞かれるのよね。
そして彼女は薙刀部なのか。なるほど、この袴みたいな格好はそれか。ということは、さっきから手に持っているあの長い棒みたいなやつは薙刀なんだね。
まあ競技用の、竹刀的なやつの薙刀版なんだろうけど。なんかその棒にも竹刀みたいに正式名称とかあるのかね?
そして、この人も部長か。確かにこの中では一番強そう。この場には女子だけでなく男子もいるけど、彼らと比べても一番強そうだよ。だって男子も黙って彼女に従ってるんだもん。
てか、薙刀って確か女子の部活じゃなかったっけ。だとすると、この男子たちはなんなんだろうか。別の部なのかな。
「まあ、いい……ではカガミさん、貴方に一つ頼みがある」
「……何でしょう」
「貴方の実力を、この場で見せてもらいたい。納得のいくものであったのなら、その時はそちらのことを信用して付き従う事にしよう」
「はあ、なるほど。しかし、どうやって実力を証明してみせればいいのでしょう」
「それなのだが……」
そこで彼女は一区切り挟んだ後、改めて私の目を射抜くように鋭く見つめてくると、こう切り出した。
「私と、この場で立ち合ってはくれないか」
「……立ち合い、ですか? それはつまり、あなたとこの場で戦えということですか?」
「不躾な提案をしていることは重々承知している。詫びろと言うなら詫びよう」
「いえ、それは別に、構いませんが」
「実力を測るのに、実際に戦う以上のものはない。この場で戦ったのならば、結果は一目瞭然。皆が納得するはず。無論、受けるか否かはそちら次第だが……いかがだろうか」
「ふむ……いいですよ」
ほう、まさか実際に戦おうと言われるとは。しかも向こうから。
確かに向こうも武道をやっているわけだから、戦ってみるって手もあるかもしれないなんて考えなかったわけじゃないけれど、さすがに私からそれを言うのは憚られるというものですが、向こうから言ってきてくれるとはね。
まあ、なんか色々とグダグダ言葉を重ねるよりも戦って白黒つけちまうのが手っ取り早いよね。私としてもこのまま話を続けるよりはそっちの方が賛成だよ。
「……本当か? 本当に、いいのか?」
「ええ。あなたの言う通り、それが一番手っ取り早くて分かりやすいですから」
「……そうか、分かった。その剛勇に敬意を表する。——それでは……仕合に参加するのは貴方だけか? そちらの、もうお一人は……?」
「いや、私だけです。彼女は戦いません。高貴なる方ですので」
「彼女は、戦えないのか? 戦力ではないと?」
「そういうわけではないんですが、今この場での立ち合いには向かないですので……私が立ち合うだけでは不服ですか?」
「いや、そういうわけでは……」
「彼女は私よりもよほど腕が立ちます。なので、まずは私の実力を見ていただきたい。もしも私が負けたのならば、その時は彼女の実力をご覧にいれましょう」
「そうか……そういうことなら、まずは我々で立ち合おう。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします。——では早速、始めますか?」
「ああ、私はいつでも構わない」
「分かりました。……それで、戦うのはいいんですけど、具体的にどのような感じに戦うんでしょう……?」
「そうだな……そちらの得物は、やはりその腰の刀なのであろう?」
「そうですね。……さすがに、これをそのまま使うわけにはいかないですよね。でも、他に……うぅん……」
「剣道部の使っていた竹刀がある。そちらを使ってもらうということで、どうだろうか」
「あ、なるほど。ならそれで」
「刀とは、少し勝手が違うが……?」
「大丈夫だと思います」
「そうか。なら、それで。こちらの得物については、この薙刀を使わせてもらうつもりだが、よろしいか?」
「ええ、もちろん。お好きなものでどうぞ」
「……分かった。それでは、まずは竹刀を用意してこよう。ああ、合わせて防具の類いも用意はできると思うが……?」
「いえ、必要ありません。……あ、そちらは付けてもらってもどちらでも私は構いませんので。良いようになさって下さい」
「了解した。では準備するので、しばしお待ち願う」
そう言って南雲さんは奥の部屋の方へ向かっていった。
ふう、なんかアレだね、南雲さんの話し方って若干時代がかった感じだから、私の喋り方も少し釣られている気がするわ。私って、相手の喋り方にけっこう影響受けやすいのよね。
なんて思ってたら、私のそばにマナハスがやって来て少し小声で話しかけてきた。
「おい……なんか戦うことになってるけど、大丈夫なのかよっ……!?」
「それ、私が勝てるかどうかを心配してるの? それとも、私にやられた南雲さんが大怪我しないかの心配?」
「いや、まあ、諸々だよ。——そりゃあお前が本気出したら、いくらあの強そうな部長さんでも敵わないだろうけどさ。……や、でもなんか竹刀で戦うんだろ? それってどうなんだ? だいぶ勝手が違うんじゃねーの?」
「まあ、考えてみれば……確かにね」
「おいおい、ならこれ、意外とラクショーってわけでもないんじゃないの……?」
「……かもしれない、かも」
「おいっ! お前負けたら私が戦うことになるんじゃないのっ!? ヤベーじゃん! あんな強そうな人とやったら、私ボコボコにされちゃうじゃん!?」
「いや、マナハスは圧勝できるでしょ。光輪で一発じゃん」
「え、光輪とか使っていいの?」
「なんでダメだと思ってるの? マナハスの得物はその杖なんだから、それを使って戦うに決まってんじゃん」
「いや、だって反則じゃね?」
「なんのルールに従ってるの? ゾンビ相手の実力を示せばいいんだから、得意な得物を使って当然よ。それこそ、仮に藤川さんがこの場にいたなら、当然、普通に銃を使って戦ってもらうことになるよ」
「反則にも程があるだろそれ。てか、撃ったら相手死んじゃうんじゃ……」
「もちろんスタンは使うさ」
「あ、それあったな」
「そしたら一発で終わっちゃうから、実力は示せてもなんか空気は微妙になりそうだよね。そういう意味では、私ならまだ良い感じの試合運び出来そうじゃない?」
「まあ、最悪、私が出れば確実に勝てるのはわかったけど……実際、アンタはどうなん? 竹刀で勝てそうなの?」
「さあ……分からないよ。相手の南雲さんがどれくらい強いかも分からないし。あとは、立ち合いのルールがどんなもんかで決まると思う」
「ルールか……ルール、あるんだよな? ルールってどんな感じになるんだ……?」
「うーん……てか私、普通の剣道のルールもよく知らないし、当然、薙刀のルールなんてのも知らないし……その辺に準ずるルールにされたらマズいんだよなぁ……」
「あー、私もその辺のルールは知らねぇわ」
「なんか自信あり気の態度してるくせに、剣道のルールも知らないの? ってなりそうだよね。今んとこの私って、いかにも経験者って感じの雰囲気出してるのに」
「確かに。剣道もしたことない奴が刀持ってるとか、普通思わないよな」
「てか、その辺のルールの場合って審判いるよね? それくらいは私も流石に知ってるけど……審判、誰がするんだろ」
「まあ、他の人らも経験者だろうし、誰かがしてくれるんじゃない?」
「えー……。私、戦いの勝敗を審判が決めるの好きじゃないんだよねー」
「いや、んなこと言われても」
「大体、判定勝ちとか意味わからなくない? そんなんで勝敗ついたとか言われてもしっくりこないでしょ。そこはもうさ、どっちかがぶっ倒れるまでサドンデスとかしたいよね」
「いや無茶言うなよ」
「だからさ、私が戦うとしたら、もっと分かりやすいルールで誰にとっても勝敗がはっきり分かるような感じにしたいね。異論の余地なしって感じの」
「それは、どんなルールだよ?」
「……とりあえず、ルールについてはこっちからも提案してみるかな」
そんな話をしてる間に、南雲さんが竹刀を持って戻ってきた。何本かを手に抱えている。それぞれ若干長さが違うようだ。好みの長さを選んでってことかな。
こいつを受け取ったら、いよいよ戦いの始まりだ。ルールをまだ決めてないけど。
さて、ではこちらからルールを提案させてもらおうかな?
「お待たせした。こちらの中から好きな物を選んでくれ」
「ありがとうございます。——それで、あのー、立ち合いの具体的なルールなんですけど……」
私は受け取った竹刀の中から手頃な一振りを選んで確かめつつ、南雲さんと話しながら具体的なルールを決めていった。




