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第8話 その身に刻みましょうキョウの運勢を

 


 ——早く起きて! 今すぐ回復をッ!


 そんな声が脳裏に聞こえた気がした。

 爆発が起こった気がする。それもすぐ近くで。あれ、そういえば私って今まで何してたっけ……?


 ——ダイナソーをDIE(ダイ)ナソーよ!


 一瞬——何言ってんだコイツ? と思ったが、なぜかそれで直前の記憶をすべて思い出した。

 視界の隅の緑のゲージを見る。緑のゲージは赤い点になっていた。


 ——回復っ!


 分かってるッ! 『回復』っ!

 くそう、もう一個使っとくべきかな? しかし、残りの個数も少ない……。

 てか、直前にも回復使ってなかったら即死だったかも……。


 ——アレっ! あっちはもう起き上がってるわよ!


 ちっ、早いな。回復が終わるまでは逃げ回るか……?

 いや、今のヤツならどこにブレスを撃ってもおかしくない。安全な場所はどこにもない。

 こうなったら、速攻をかけて倒すしかない。おそらく、ヤツ自身も今の爆発でダメージ入ったハズ。今なら届く……っ!


 ——来るわよっ!


 そうと決まれば回復を待ってる時間はない。

 前に出るんだ。

 攻撃だ。

 むしろ攻撃だっ!


 恐竜くんが突進してくる。

 しかし、その動きはまるで鈍い。確実に向こうもダメージはあった。

 私は動きに支障はない。——いける! 死中に活を開く!


 突進からの噛みつき。あえて前に出てそれを掻い潜る。

 直後に迫る両脚を、まるで踊るようにクルクルと避ける。

 そして、すれ違いざま振り向きながら刀を振ると、ちょうど尻尾の断面に当たった。——(やいば)は尻尾を切り裂き、鮮血が飛び散る。

 恐竜くんは悲鳴を上げて走り続け、そのまま前方の瓦礫に頭を突っ込んだ。

 ——チャンス。


 丸出しの尻尾を滅多斬りにする。

 恐竜くんは暴れて震える。血が飛び散り、辺りを紅く染める。

 それすら振り切って刻む、刻む。


 ドゴッ!!


 恐竜くんが暴れて瓦礫から抜けた。

 もはやその様子は絶対的な捕食者ではなく、追い詰められていきり立った手負いの獣のようだ。

 しかしその凶暴性は、それまでよりも強力になっている。恐ろしいのは、むしろこれからか……。


 なーんて、知ったこっちゃねぇや。

 ヤツは死にかけだっ。ここで仕留めるっ!


 今度はこちらから突撃する。

 恐竜くんは一瞬、狼狽(うろた)えたように身を引いたが、すぐに前傾して噛み付いてくる。

 ——(かわ)す。そのまま脚に向かって攻撃、走り抜ける。

 確かな感触。脚への攻撃は阻まれることなく、その身を浅くだが切り裂いた。


 攻撃が通った! いける、()れるッ!


 (はば)まれ続けた攻撃が確かに肉を貫いた。その実感に狂喜する。

 これからの攻撃では肉を引き裂けると思うと、自然と満面の笑みが(こぼ)れた。


 ——うわぁ、ナイわぁ……。


 お預け食らった犬の気分だったよ。今は、ご馳走を前にした猫の気分だね。


 ——犬から変わってるし。


 猫は我慢とかしないから。思う存分、アイツをトムトムニャーゴしてやるぜ。


 ——……仲良くケンカしてないって。殺し合いなのよね、コレ。


 私はまさにネズミを前にした猫のように、目の前の恐竜くんと対峙した。

 もはや私の頭には、彼をどうやって斬り刻むかしかなかった。


 獲物は、お前だっ!


 ギャオオオオォォォォォンンン!!!


 すると、恐竜くんが咆哮(ほうこう)した。

 一瞬、ビビって悲鳴を上げたのかと思ったが、全然違った。

 その咆哮の衝撃は凄まじく——私の体は、金縛りにあったように動きが止まった。


 バカなっ、こんな技持ってたのッ!?

 マズイ、体が全然動かない……!!


 恐竜くんの咆哮が終わった後も、大気はビリビリと震えていた。その振動の余韻が過ぎても、私の体は動かないままだった。

 恐竜くんがゆっくりとこっちを見る。咆哮の余韻が止まる。

 恐竜くんが、私目掛けて突進する。


 私は全力で体に力を込めて動かそうとする。スタミナも総動員して、心の中ではめちゃくちゃにレバガチャしながら、ひたすら(動け!動け!動け!)と念じていた。

 まさかこんな一発逆転にやられて死ぬなんて絶対認めないっ! 初見殺しかよふざけてやがるっ!


 ——せめて、回復を……!


 体は動かないが回復アイテムは使用できそうだ。

 しかし、使ったところでどうにかなるとは……くそっ!


 恐竜くんの大きく開いた顎が迫る。

 びっしりと生えた鋭く尖った牙。まるでスローモーションのように、そいつが見える。

 大きく口を開けたその顔は、なんだか笑っているようにも見えた。


 なに(わろ)っとんねん殺すぞボケが。


 怒りが胸に満ちる。瞬間——金縛りがようやく解けた。


 ——ッッ!!


 全力で飛ぶ。ギリギリで噛みつきは(かわ)すッ——!

 しかし、とっさに空中に飛び上がった私は、もはや追撃を躱すことは出来ない。

 追うように迫ってきた、恐竜の巨大な頭部によるハンマーのような動きのブチかましは、構えた刀でガードするしかなかった。


 バチン!!


 弾ける音と共に、あっさりと刀は手から弾かれて飛んでいき、私の体は宙に打ち上げられる。


 攻撃が直撃した——。

 これは、残りのHPが耐えられたとは思えない。——見れば、緑のゲージは完全に消失していた。

 しかし、私はまだ無事だ。怪我もない。バリアが最後の力で防いだ……?


 しかし絶体絶命には変わりない。空中の私を口でキャッチしようと、下には恐竜が待ち構えている。

 この高さなら、そのまま地面にぶつかっただけでも、HPの守り無しでは、どっちにしろ死にそうなものだが……。


 恐竜の口は、まるで地獄へ通じるゲートか何かのようだ。

 グロテスクな口内へ吸い込まれていく、私の体……


 ——諦めるな! ここはアレだろっ!


 そうだ、噛みつきにはアレですよね。でも肝心のブツが無い——いや、『()る』。


 牙に食いちぎられる瞬間——私の手には光とともに日本刀の鞘が現れた。

 そしてそれを、閉じられる口の間に挟み込む。


 ガキンッ!


 鞘は牙の間に挟まって、私の体が噛みちぎられる寸前のところで止まった。——ああスリムで良かった。そうでなければ牙が刺さってたわ。


 ギャウ!


 恐竜くんは衝撃でよろめいた。——すると口の位置が下がっていく。

 そうして地面に最も近づいた瞬間、私は飛び出す。とっさの判断というか、自然に体がベストのタイミングに動いていた。

 結果——私は無傷で地面に降り立つことに成功した。

 ——QTE成功……かなりの難易度だったゾ、コレ。ゲームならフツーにクレームくるレベル。間違いなくこのシーンはスレで叩かれてる。


 やー、まさにミラクルな着地でしたわー。

 ……あのまま落ちても死んだだろうに、ほんと、奇跡的に助かったじゃんよ。


 ギャウウウウウ!!


 恐竜くんは、どうやら鞘が挟まって抜けないらしい。どころか、口を開くことも閉じることも出来なくなっているようだった。

 はっ、調子乗って踊り食いとかしようとするからそーなるんだよ、お調子者め。


 ——でもこれで、ブレスも噛みつきも封じられたみたいじゃない?


 さて、そうなるとこれは最後のチャンスということだ。


 私は恐竜くんがギャスギャス言ってるうちに、ササっと落とした日本刀を回収しに行った。そして、すぐさま恐竜くんの元にとって返す。


 ——やるの? 正直、HPがない時点で無謀よ。かすっただけで死ぬわよ。


 そうだね。


 ——なぜか回復アイテムでも回復しないし……。


 別のアイテムが必要なのかな?


 ——生身でスタミナの力を発揮したら、体が耐えられないんじゃないの? HPはそのためのものでもあったのよ。


 なんとなく、そんな気はしていた。


 ——スタミナで強化出来ないとなると、生身の身体能力で、果たしてダメージを与えられるかしら?


 そこは、この刀の威力を信じるしかない。

 それに、ヤツの身の護りはもう消えてる。


 刀にパワーを送ってみる。スタミナを消費して刀を強化することは、問題なく出来た。


 恐竜くんは、口が動かないのがよっぽど気になるようで、私がこっそり背後から近づいても気がついていない。

 脚をやったら動けなくなる……。まだチャンスはある。

 よし、おら、食らえっ!


 私は恐竜くんの後ろ足に向けて、思いっきり刀を振る。

 スキルのお陰で、私の剣筋はまさに達人だ。ここ一番で、集中力が極限に達している感のある私のその一撃は、今日イチの冴えをみせた。

 その達人の技量の一閃は、刃の根本までめり込むほどザックリと脚に食い込み——そのまま振り抜かれた。


 かなりの深傷(ふかで)だ。骨まで断ち切ったかのような感触があった。人間で言うなら、アキレス腱断裂って感じだ。とても立ってはいられまい。

 案の定、恐竜くんはバランスを崩し、倒れる。こっちに倒れてくるから潰されそうになった。——ギリギリで躱したけど。

 地面にぶっ倒れてもがく恐竜くん。トドメは今しかない!

 しかし慎重に。暴れる体がぶつかろうものなら、私は即死だ。焦りは禁物……。


 狙うはやはり、頭か。

 でも、一撃で仕留めなければ反撃を食らう可能性がある。

 それならむしろ……。


 私は、刀の届くギリギリの距離で恐竜くんを斬る。キル。KILL。

 もはや後は、無理をせずひたすら安全にチマチマ攻撃して死ぬのを待とうという作戦である。

 (さいわ)い恐竜くんは、脚の一本が完全に使えなくなっており、もはや立つことは出来ない。

 なので、立ち位置を見極めれば、そんなやり方も可能だ。


 ——いや、一思(ひとおも)いにトドメ刺してあげなさいよ、可哀想に。ここまで死闘を繰り広げといて、最後こんな殺し方するとか……ないわぁ。


 私だって、出来ることなら、こんな事したくなかった……。ぐすん。


 ——嘘つけ、顔めっちゃニヤけてるわよ。


 あ、バレた? アハハ、めんごめんご。

 だって実際、安全にやるにはこれしかないでしょ。HP残ってたら、多少のリスクをとっても良かったけど、生身でそんなリスクは取れんわー。


 ——だからって、そんな楽しそうにしなくても……。


 恐竜刻んで楽しんでたら悪いって言うの?


 ——そうストレートに言われると、反論し辛いわね。そもそも、この恐竜っぽい怪物の存在自体が色々とアレなんだから。


 そうだね。

 ……さて、それじゃ、ここに大きなキャンバスもあるし……せっかくだから、某金髪トンガリさんの“凶斬り”の真似でもしてみるかな?


 ——恐竜さんが可哀想になってきた。


 その後、恐竜さんは九個目の“凶”の辺りで動かなくなり——その生涯を終えた。



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