第87話 なんて優雅な夜のお茶会(ブレイクタイム)
私が食べ物に手をつけると、マナハスもそれに倣う。
そして私たちは、お喋り休憩食事タイムを開始した。
「それじゃ、少し休憩しようか。食事も兼ねてね。マジで、ここに来てからはほとんど休み無しだし。ゆっくり休みながらおしゃべりと洒落込んでもいい頃合いでしょ、そろそろ」
「そうだな……まあ、お喋りなら今までも結構してたと思うけど」
「あれはどっちかというと、必要な連絡事項の伝達って感じだから、気軽なお喋りという感じでは無いし……だからまあ、せっかくだから話題も楽しいものを選ぼうか? 何がいいかな……そうね、『好きなゾンビ映画』について、とかはどう?」
「なんでこの状況で、わざわざゾンビの映画について話さないといけないんだよ……」
「むしろ、この状況だからこそ楽しいかと思ったんだけど……」
「ゾンビから離れさせろっつーの。楽しい話題というなら……そうだな。楽しい話題とは少し違うかもだけど、アンタに聞きたいことがあったんだよね」
「聞きたいこと? なになに?」
「いや、ちょっと前にも話してたじゃん。トラとの戦いの時の話。アンタ、トラとの戦いで一番活躍してたのは自分じゃなくて別にいるって言ってたじゃん」
「ああ、その話」
「そう、それが気になっててね。私としてはトラ戦のMVPはどう考えてもアンタだと思ってたから。違うって言われたのが意外で……他には全然思い当たらないし。後で話すって言ってたし、それ今話してよ」
「うーん、でもなぁ……」
「なに?」
「いや、できれば話すなら藤川さんもいる時に話そうと思ってたんだよね。どうせなら三人そろってトラ戦の映像でも一緒に観ながら、と」
「ああ、まあ、そうだね。藤川さんも一緒の時の方がいいか。——まあ、その藤川さんにしても、私は十分活躍してたと思うけどね。本人はあんまりそうは思ってないみたいだったけど。そもそも、最初にカガミンを助けに行こうとしたのも藤川さんだったし。私も行こうとは思ってたけど、自分ではなかなか踏ん切りがつかなかったかもしれない……と、思うし。その点では、迷いなく行くことを決めてた藤川さんはすごいと思う。多分、よっぽどアンタの力になりたいと思っていたんだろうね……。少し前までゾンビと戦うことだって躊躇してたのに、すごい変化だよね。いや、もしかしたら、よっぽどアンタがゾンビにやられそうになったのがショックだったのかな……アレは、私もかなりショックだったけど……」
二人が私のところにやって来るまでの経緯を私は知らないわけだけど、藤川さんが率先して来ようとしてくれてたんだね。
確かにすごい成長だ。なんとなく初期のイメージでの藤川さんは、あまり自分から率先して何かをしようとする人ではないような、控えめな人だという印象だったんだけど。
それが、短時間でトラの怪物に自ら戦いを挑みかかるまでに変わってしまうんだから、本当にすごい変わりようだ。……まあその原因としては、やはりこの特殊な状況が大きく関係しているんだと思う。
今の状況は否応なしに人に変化をもたらす。それが上手くはまれば、あるいは爆発的に人を“成長”させることもあるということなのかもしれない。
……つーかマナハス、後で話すことに納得したように見せて、結局、トラ戦の話続けてるけど。コイツそのまま、なし崩し的にトラ戦の話続ける気じゃねーの?
まあ別にそれでもいいけど。やっぱ私としては、藤川さんも入れて三人で話したいんだけどね。あるいは越前さんも含めてもいい。その方がリアクションが面白そうだし。映像を見せれば多分かなり驚いてくれるんじゃないだろうか。
なんとなく、仲間はずれというわけじゃないけど、せっかく話すなら一度で済ませたいとも思うし。一応、戦略的な話にもなるので、これからまた怪獣と戦う可能性もあるのだから、そのことについてはパーティーメンバー全員で共有しておきたい。
「まあ、トラ戦についてはかなり上手くいったと思ってるよ、私は。誰も負傷することもなかったし、無傷で倒せたんだからね。実際、全員が活躍してたと思うし、誰か一人でも居なかったらあれほど上手くはいってないってのは本心だしね。——でもまあ、それは割と偶然の要素もあるし、だから一応、戦闘の様子を振り返っておく必要もあるかなと思っているのよね」
「振り返り、ね。恐竜との戦いのヤツみたいにか。んじゃ、トラとの戦いも映像に撮れてるの?」
「たぶん、そうだと思うけど」
「へぇ……トラとの戦いの記録か、確かに気になるな……自分がどんなふうに動いてたか、外から見てみたい気もする」
「だよね、私も恐竜くんとのバトルを映像で観てみるのは、実際に戦ってた時とは違って色々と気がつくことがあったよ。まあまず、戦闘中はゆっくり見てるってことも出来ないしね」
「そりゃそうだろ。私なんて映像見てるだけでもヒヤヒヤしたんだから。アレに生身で相対したらマジどうなるんだっての」
「どうかな、トラとの戦いでマナハスも何となく実感したんじゃないの」
「そうだな……私には恐竜との一騎打ちなんて絶対に無理ってことが分かった」
「まあ、マナハスがもし恐竜くんと戦うとしたら、直接相対する必要は無いよね。遠距離に隠れながらひたすら魔力弾を撃ち込めばいい。的もデカいし多分いけるでしょ。そうすれば私と違って直接相対する必要はない」
「そうか……それで倒せるのかなぁ……?」
「問題はやっぱブレスでしょ。隠れてても大体の位置が分かれば普通に反撃されるだろうね」
「ならダメじゃん」
「だから攻撃するたびに場所を移動するとか、——あるいは、マナハスなら防御技を使えばなんとかなるかなー?」
「いやー、さすがにあのブレスは防げないんじゃないのー? 魔力の盾とか使ってもさー」
「直撃さえしなければ、爆発は防げるんじゃないかなぁ。まあ、それでもやっぱ厳しそうだね」
「アイツはやっぱ無理でしょー。魔力弾だってどれくらい効くものか……いやー、いま思えばマジでよくアレに勝てたよな、カガミンは」
「むしろ接近戦してたから勝てたのかもね。ブレスをメインでやられたら私もひとたまりもないから」
「マジかー。いや、それはそれで無理ゲーなんだけど。まあ、ブレスと比べたらまだ可能性はあるのかもしれない……かぁ?」
「まあ、運が良かったんだよ。奇襲が二回も成功したし、その時点でだいぶ相手も弱体化してたからね」
「ほんと運が悪ければ死んでたでしょ……はぁ、次あんなのが出てきても絶対挑んだりしないでよね」
「それは……フリ? というか、フラグでは……?」
「ち、ちげーし! もしもの話だよ! トラだって出てきたんだから、またいつ他の怪獣が出てきたっておかしくないでしょ! だから、次またなんか出てきたとしても、下手に戦いを挑んだりしないでってこと!」
「いや、私も別に、怪獣出たから倒し行こーってんで戦いに行ってるんじゃないよ? 一応、色々考えた上で戦うのが最善と思ったから挑んでいるのであってね」
「分かってるよ……でも、それでも、出来れば危険なことはして欲しくないってこと。それが難しい状況なのも分かってるけど……」
「……まあね。怪獣に限らず、ゾンビだっているからね。夜のゾンビは実際かなり強敵だし、数が集まったら私らでも危ない。それに、なんか他とは違うゾンビもいるみたいだし……」
「……そういやアイツ、なんだったんだろうな。明らかになんか他のヤツとは違ってたでしょ」
「うん。確認できた分だけでも、他のゾンビには出来ないことが色々できてた。屋根に登ってたし、防御行動を取ったし、逃走したし、物を武器にしたり投げたりしてたし……極めつけは、“叫び”によってゾンビを引き寄せてたし」
「まるで別物じゃん……。つーか、そんな事もしてたのかよアイツ……改めて挙げていくとヤバいなその項目。てか最後の叫びは、アレはマジでそうやって集めるためのやつだったんか……?」
「分からない……ただの断末魔的なヤツだったのかもしれない。……でもなんとなく、そういう意図があってもおかしくないと思う」
「断末魔だとしたら、死ぬほど迷惑なヤツだぜ……」
「——ふふっ、……まあ、とりあえずは、ああいう奴もいると分かったから警戒しておこう。存在を知った以上は、次は対処できる。余計なことする前に倒す」
「……だな。次は一撃で消し飛ぶ威力の魔力弾を撃ち込んでやるわ」
「そうだね。……んじゃ、ゾンビの話はこのくらいにしとこうか。他の話しよ、普通の話」
「……ああ、もうゾンビはうんざりだな。——さて、それじゃなんの話しようか」
「うーん、普通の話っていうと、やっぱり恋愛の話とか? 我々、高校生ですからね。ゾンビハンターとかではなく」
「恋愛の話って言ってもねー、お互い恋人も居ないでしょ?」
「居ないけど……んじゃ、気になる人とかは? クラスメイトとか、居ないの?」
「……いやウチ女子校なんだが。知ってるだろオマエも。むしろ、そっちはどうなんだよ」
「いやウチ共学なんだが……」
「は? いや、だから聞いてんだけど?」
「は? 何その共学なら恋人できるのが当たり前みたいな言い方は」
「なんでキレてんの? 別に当たり前とまでは言わないけど、女子校よりは可能性あるでしょ」
「いやいや関係ないでしょ。別に学校だけが出会いの場でもないし。相手が異性だけとも限らないでしょ。時代は多様化じゃん。あらゆるジェンダーに対応してこその現代人だから」
「いや、それでも普通は身近な異性となるじゃん。その点では私よりアンタの方が可能性あるじゃん」
「恋愛なんて個人の裁量がメインでしょ。その点で言えば、私よりもマナハスの方が可能性あるじゃん。私って基本、異性と話すの苦手だし」
「いやいや、まず出会いがないからさ、女子校なんだから。——つーか私もそんなに異性と話すの得意ってわけでもないし。女子校だし」
「出会いがないとかただの言い訳、甘えだから、それ。そーやって環境のせいにしてる限り何も進展しないよ?」
「なんでアンタにそんなこと言われなきゃいけないワケ〜? つーか私まず出会い求めてないし、別に。恋人めっちゃ欲しいってわけでもないしー」
「ホントにぃ? てかさ、今まではともかく、これからの状況を考えたらさ、恋人とか欲しくなるかもよ?」
「まあ、それはあるかもだけど……でも逆にこの状況だから、むしろ一人で居ようっていう選択肢もあるんじゃない? だって、いつどうなるか分からないからさ。せっかく作った恋人も、すぐに失うことになったりして……」
「うーん、それもそうだね。でも、それならマナハスが守ってあげればいいんじゃない? 今なら聖女パワーで戦えるし……ってだめじゃん。マナハスは今聖女なんだから、下手に恋人なんて作れないよ」
「は、何それ? そんなん聞いてないけど」
「アイドルみたいなもんだよ。むしろアイドルよりももっと厳しいよ。やっぱ聖女といえば清純なイメージじゃないとさ。だから不純異性交遊とか、もっての他です」
「はぁ? 勝手に決めるなよ! 私の恋愛をどうするかなんて私の自由だろうが。聖女にそんな制限あるなら、聖女なんてやめちまうっつーの」
「なんだ、そんな言うってことは、やっぱ恋愛がめっちゃ重要って考えてるってことじゃん?」
「い、いや別に……私はただ、変な制限を課されたくないってだけだし」
「まー、アイドルみたいに隠れて付き合うならいいんじゃない? みんなにバレないように」
「なんでわざわざコソコソしなきゃいけないんだよ」
「でも、おおぴっらに恋人とイチャイチャなんてしたら、信者の人たち発狂しちゃうかもよ?」
「怖ぇーよ、なんだそれは……」
「荊の道だよ、聖女を極めるのはね……」
「なっ、オマエに勝手にやらされてるのに、なんでそんな苦労しないといけないんだよ!」
「まあまあ。その代わりに、みんなに神の如く崇め奉られることが出来るんだよ?」
「要らんわ! マジでいらんからそれ」
「なりたくないの? 新世界の女王になれるかもしれないんだよ?」
「まるで望んでないから」
「そこまでいけば、選りすぐったイケメンを侍らせて逆ハーレムとか作れるかもよ」
「それこそ望んでないわ。恋人なんて一人いれば十分だろ。……お互いだけを想い合ってる二人って、そーいうのがいいんだろ」
「へぇ、意外とロマンチックなんだね」
「意外とってなんだよ……じゃあなに、オマエは逆ハー作りたいの?」
「いや別に、要らんけど。そんなたくさん居てもうっとーしいし」
「なんなんだよ……」
「まあ、私も一人居ればいいかな。本当に大切な存在が一人……それで十分だね」
「そうそう、だから普通が一番なんだって。……だからもう、聖女とかいうのもやめていいんじゃね?」
「それはダメ」
「なんてだよー、もういいだろ」
「いやいや、聖女伝説はまだ始まったばかりだから。これからだから」
「まだ始まりだから、今ならまだ間に合うってことじゃん」
「そう、だからこそ、ここが大事なところなんだよ。しっかりと聖女伝説を打ち立てるためにも、ここで踏ん張らないとね」
「打ち立てなくていいんだって……」
「大丈夫、私もずっとそばでサポートするから、安心して」
「それが一番不安なんだよなぁ。むしろ、オマエが居なくなるだけですべてが解決すると思うんだけど〜?」
「そんな、酷いこと言わないで〜」
「いやこれ、被害者私の方だから〜」
そんな感じで、私とマナハスはいつもの調子で会話をしながら、ゾンビのひしめく地上を尻目に、屋上での束の間の休息を過ごすのであった。