第84話 本日、二度目
マナハスと一緒に走って、光輪が落ちていると思われる地点に向かう。
途中、ゾンビの腕ごと地面に突き刺したナイフも回収しておいた。ついでに腕自体も一応、回収しておく。
ナイフを拾うために止まったと思ったらすぐまた走り出した私に、同じく走りながらマナハスが尋ねてくる。
「つーか、そんなに焦ったように急がなくてもっ、大丈夫じゃね? 別に誰かが持って行ったりすることもないでしょー?」
「まあ、それについては確かにそこまで心配してないけど、他のことが心配だからねっ」
「他のことっ?」
「いや、大きな音が出たら大抵良くないことが起こるじゃんっ、今の世の中」
「あーっ、そうだったな……とびきりデカい音だったからなー……」
「だから、とりあえず準備は万全にしておきたいっ。何も起きないならそれでいいんだけどっ」
「……それは正直、望み薄そうだぜっ……」
私もそう思う。まあ、だからこそ準備が必要なんだけど。
私たちは正門の前までたどり着いた。
ここの先、おそらく向こうの辺りだろうけど……あ、マップに反応。
もう来たか!? これは……また鳥かよ!? 畜生めが!
「マナハス! また鳥が来てる! あちこちから集まってる!」
「くそっ、また奴らか!」
「まあ今は守らなきゃいけない人たちはいないし……存分に迎撃できる」
「おうよ、叩き落としてやるぜ」
「光輪ないけど、大丈夫?」
「あー、まあ、衝撃波でやるか……」
「私はこっちやるから、マナハスはそっちお願い……来るよっ!」
「よしっ、やったらぁ!」
私とマナハスは背中合わせになって鳥ゾンビを待ち構える。
マナハスは少し物足りないフォルムになった杖を構えて、私は鞘を左手に持って二刀流だ。
鳥は数が多いが耐久はザコなので、とにかく手数がいるのだ。
マナハスの衝撃波は、射程は短いが範囲は広いし鳥相手なら威力も十分倒せるレベルだ。ただ、連発は出来たんだっけか……?
しかし、それを彼女に尋ねる暇もなく、鳥は到達していた。
きたな……羽の生えた畜生め……オラオラ祭りじゃあああ!!!
私はいつかのように両手をひたすら高速で振り回していた。プラス、微妙にその場から移動し続けることで撃ち漏らしの攻撃の被害も抑えていく。
後ろからマナハスの衝撃波の発動を感じる。大量の鳥がいっぺんに撃ち落とされる音と一緒に。
その間隔はそれなりに短い、連発と言える。——が、正直、この鳥の際限ない連続ダイブに対しては間に合わないと思わざるを得ないが……!?
私にはマナハスの様子を窺う余裕はまるでない。自分を襲う鳥への対処だけで精一杯だ。
それに、私が手を抜けばその分マナハスも襲われる。今はとにかく出来るだけオラオラするしかない……!
幸い連中の攻撃力は低い。攻撃を食らったとしてもHPはほとんど減らないし、当然、怪我もしない。多少の被弾は問題ないから防御より攻撃を優先か。
そうだ、攻撃こそ最大の防御だ!
「——きゃっ……あっ! ヤバッ! 落ちたっ! くそっ!」
「マナハスっ——!? どうしたのっ!?」
「ゴーグル落とされたっ! ヤバい、何も見えん……!」
なっ、ゴーグルをやられた? 顔に攻撃を食らったのか——はっ、まさかっ!
「マナハス! 防御体勢! 頭を守って! 顔を庇って!」
「えっ!? なっ、何?」
「いいから! 地面に伏せて!」
「う、わ、分かった!」
私は鳥と戦いながらも、マナハスに向けて焦ったように叫んだ。
ゴーグルを落とされたと聞いて、すぐに頭に浮かんだのは——ヤツらはゴーグルを狙ったわけではなく、顔の、目を狙ったのではないか——ということだ。ゴーグルはむしろそれを防いだのでは、と。
HPも万能ではない。眼球などは弱点としてダメージが通るかもしれない。またいつ顔を狙われるか分からない。ゴーグルも無くなり視界が効かなくなってしまったなら、もはやマナハスは防御に徹した方がマシかもしれないと判断した。ヤツらの攻撃の威力は低いので、防御体制なら耐えられるはず……。
そして私もゴーグルを狙われたら非常に不味い。なので私は、他の防御を捨ててでも、首から上の防御を最優先にするように動き方を変える。
「マナハスっ! ダメージはっ? 耐えられてるっ?」
「あ、ああ! めっちゃ突かれてるけどっ!」
「顔を狙われたらヤバそうだから、顔は出さないでねっ!」
「そ、そうだねっ、分かった!」
「私がっ、なんとかするからっ、少し耐えてて!」
「わ、私も! 見えないしこの体勢だけど……攻撃は出来るぞ!」
マナハスの方から衝撃波の発動を感じる。そうか、衝撃波ならあの状態でも攻撃できるのか。
とにかく、一方的にやられるだけじゃないのはよかった。それに、少しでも加勢があるのは助かる。
マナハスは大丈夫なはず……なら私は、少しでも早く鳥どもを全滅させる!
——ゴーグルだけは死守するのよっ! 今、アンタまでそれを無くしたらガチで死ぬわよ!
分かってる! このサイバーゴーグルが文字通り生命線だ! 今の状況で視界をなくしたらガチで死ぬわ!
うおおお! 私は死なねぇ! 死ぬのはお前らだ! 本日二度目のオラオラだぁ!
私はまるで狂ったように全力で両腕を振り回した。振り回し続けた。足も動かし続ける。移動し続け、攻撃し続ける。
夜の鳥ゾンビはやはり昼間よりは強化されているのかもしれない。縦横無尽に四方八方から襲いかかってくる。
私はそれをひたすら両手の武器で打ち払っていった。ただ、敵の耐久力はそこまで変わっていない。一撃で倒せる。
それなら、いける……!
それからどれくらいの時間が経過したのか、体感的には長かったが、おそらく実際はそうでもないはず。
とにかく、鳥の襲撃は終わった。私はなんとか最後までゴーグルを死守して戦い抜く事ができた。
マナハスの方を見る。彼女は頭を抱えて地面にうずくまるようにして、その手の杖を地面に突き立てるようにして持っていた。
その杖から発せられた衝撃波が全周囲に発散されて、マナハスの半径数メートルには鳥の死体すら排除してポッカリと穴が空いているかのようだった。
もはやすべての鳥は退治済みだが、未だに定期的に衝撃波を発し続けているマナハスに私は終了を宣言する。
「マナハス! 鳥は全滅したよ。もう大丈夫だから……」
「あぁ……そ、そうか、ようやくか……」
マナハスはヨロヨロと立ち上がり、こちらを見る。
しかし真の暗闇の中で、マナハスは私の姿がよく見えていないようだ。——そうだ、まずはゴーグルを探してやらないと。
私はゴーグルを探しながらも、マナハスに確認する。
「怪我は無い? 大丈夫?」
「ああ、平気。一応、反撃してたし、バリアもあるからね……」
「それなら良かった……。ちょっと待ってて、今ゴーグル探してるから」
「ありがと……カガミンの方は平気?」
「うん、大丈夫だよ」
「はぁ……それならよかった。……つーか、ゴーグル無いとマジで何も見えないな」
付近には鳥ゾンビの死体(まだ動いているもの多数)があり邪魔だったが、なんとかゴーグルを見つけ出した。
そこそこ離れたところにあったけど、もしかしてマナハスの衝撃波でこれも飛んでってたのかも。……壊れてないよね?
見つけたゴーグルをすぐにマナハスの元に持って行って渡す。
「あったよ、はいコレ」
「サンキュー。……お、見える見える。ふぅ……よかった。もうコレなしじゃ夜は出歩けねぇよ」
壊れてはいなかったようだ。よかった。
……さて、鳥を倒して一段落、といきたい所だけど、そうも言ってられない。
「マナハス、すぐに光輪を探そう。急いで」
私の声から剣呑な響きを感じ取ったようで、マナハスは無言で頷いた。そしてすぐに動き出す。
光輪はそこから近くにあったようで、すぐに見つかった。
「あった! よし、やっぱこの杖にはこれがないとな」
マナハスの杖に戻った光輪。確かに、輪っかがないと杖は少し物足りないフォルムだからね。
杖を完全体に戻すことは出来たが……状況はかなりやばい。くそっ、鳥のせいで時間食った。マズイぞ……
「マナハス……マップを見て……」
「え……うわっ! ヤバくね……?」
マップには四方八方から続々と集まってきているゾンビの赤点があった。
校内からはもちろん、外からも来ているようだ。当然、原因は先ほどの叫び声であろう。
「とにかく、ここじゃマズイ……でもどこに行く……?」
「いや、これ今から動いても間に合わねんじゃ……ウソ、ど、どうしよ……」
「……とにかく! 移動しよう」
「どこにっ!?」
「……駐輪場! ゾンビを倒しながらあの屋根に乗る!」
「うぅ、畜生! やるしかねぇー!」
すでにゾンビは来ていた。
私は先頭のゾンビに斬りかかりながら、マナハスに注意を伝える。
「とにかくゾンビを近づけさせないように! 倒すことよりぶっ飛ばすのを優先して! 衝撃波メインで!」
「うあぁ! わ、わかった!」
「スタミナ残量気をつけて! 後ろは任せた! 離れないように私についてきてっ!」
「うおぉ、了解ぃ!」
私は可能な限り速く動き続けて、攻撃と回避を連続して途切れないように続けていった。
もはやこの人数のゾンビが四方から襲いかかってきたら、止まっていられない。止まった瞬間に捕まってしまうだろう。そして捕まったらアウトだ。
とにかく動き続けること。攻撃と移動と回避を同時に行う。そうしながらも、狙うのは頭部だ。
下手に四肢を切り落としたら、その方が脅威になる可能性がある。単体で動く小さな腕とかにまで意識を回す余裕はない。だから、大変だろうが頭部に一撃で仕留めるように心がけるしかない。
その上で私は、マナハスにも意識を向ける。側で守護ると言った以上、それは絶対に果たさなければならない。
この状況はマナハスにはかなり厳しいはずだ。だが私にも余裕はまるでない。自分がやられないようにするので精一杯だ。
だが、それでも、私は……マナハス……あなたを……!
ギリギリの攻防の中で隙間を縫うようにマナハスの様子を見ていく、と——
……意外となんとかなっていた。
というのも、衝撃波を使うことで広範囲のゾンビをいっぺんに吹き飛ばせるのだ。案の定、ダメージは入らないのだが、接近されて攻撃を受けるという致命的な事態は回避できていた。
やはりというか、どうやら衝撃波はマナハスの周囲360度への全方位攻撃が可能のようで、それさえ使えば四方から同時に襲われても対処可能だった。——いや、やっぱ魔法TUEEE!!
そうと分かれば、私はマナハスへの心配を抑えて逆に信頼することにした。大丈夫、ちゃんと自分で自分の身は守ってくれる。
なら私の役目は、ゾンビを倒して道を切り開くことだ。駐輪場までの道を。
大した距離では無い。しかし、その距離が今は遠い。ゾンビの大群が続々と集結してくる中を倒しながら進んでいるのだから、その進行速度は遅々としている。三歩進んで二歩下がる、まさにそれ。
それでも進まなければ。なんとなく、ゾンビたちは時間が経つほどその密度を増している気がする。
このまま増え続けると、さすがに私の対応能力を超えてしまう。そうなるともう進むことは出来ない。どころか、その場で耐えることすら出来なくなる。
つまり、そうなる前に駐輪場にたどり着かなればならないということだ。
あと少し、あと少しなんだ……もう少し、いや、助走あればもう飛べるくらいのとこ来てない? 行くか? いやもう行くしかねぇぞコレ!
——問題は、マナハスがどうやって上に跳ぶのかということ。私が抱えるしかないか。でも当然、そんな余裕はない。……ないなら作るしかないな。
私は戦いながら、マナハスにその方法を伝えるべく声を張り上げる。
「マナハス! もうここから跳ぶしかない!」
「うあぁっ!?」
「だからせーので、全方位を衝撃波で吹き飛ばして! 私はマナハスにピッタリ引っ付くから! それならいけるっ? 私以外、全部吹き飛ばせるっ?」
「あー、ああ! イケるぞ! たぶん! ちゃんと密着しろよ!」
「オッケー! なら準備はいいっ?」
「いつでもっ!」
「なら……今っ!」
そう言うと私は振り返ってマナハスに飛び寄り、抱きついた。
「かがめっ!」
その声と同時にマナハスが体を沈めるので、私もそれに倣う。
周囲からはゾンビが猛然と襲いかかる。もはや逃げ場はどこにもない。このままでは四方八方から飲み込まれるだろう……
だが、私はマナハスを信じている。彼女の魔法を、奇跡を、そして……やる時はやる女だということを。
「はぁぁっ!!!」
ゾンビ達に飲み込まれる寸前、掛け声と共にとりわけ強い衝撃波が全方位に解き放たれた。
私たちを飲み込もうとしたゾンビ達が、まるで——清きものには触れられないっ、とばかりに吹き飛んでいった。
そうして生まれた一瞬の空白。
マナハスがしっかりと役目をこなしたのだから、次は私だ。
私はマナハスを下から抱える。立ち上がるのと同時に走り出す。衝撃波を免れたゾンビがもう来ている。
助走可能な距離は短い。それでも——っ!
地面を蹴って飛び上がる。マナハスが私にぎゅっとしがみ付く。
大きく飛び上がった私の体は、駐輪場の屋根の端に——ギリギリで足が届いた。
私はとっさに右手の刀を屋根に刺してバランスを取る。しかし、体勢は不安定で後ろに重心がいってしまっている。——だがせめて、マナハスだけでも……っ!
私はしがみ付いていたマナハスを、左手で押し出す。その反動で私の体はさらに後ろに傾く。
屋根の上に降り立ったマナハスと目が合う。なんだかこんなシチュエーション、前にもあった気がするね。
だけど、さすがに今回は下に落ちたら無事では済まないだろう。——まあ落ちるつもりないけど!
私は足と右手に力を込める。もはや完全に後ろに重心がいっちゃってるけど、刀を掴めば耐えられるハズ!
バギッ!
その刀はいとも容易く屋根を破壊して外れた。
おええええええええ!! ダメだもう敬礼するしかねぇ!
——なに諦めてんのよ! 最後まで足掻いてから死になさいよせめて!
死ぬつもりはない! 諦めるか! たとえ噛まれようともパワー全開で振り切ってやる! ——んおっ!?
しかし、私の体は落下していなかった。
刀が取れたと思ったが、しかしなんかまだ手応えがあるというか、いや、これは——まさかっ?
マナハスの方を見た。こちらに手を差し伸べるように左手を突き出している。
その手は届いてはいない。しかし、そこから発せられた超常の力は、確かに私の刀に届いていた。
マナハスの念力が、私の刀を“掴んで”いた。
その力に支えられて、刀を掴んだ私はまだ落下していない。
そう理解した瞬間、私は両手で刀を掴むと懸垂の要領で体を上に持ち上げてキープする。——間一髪、下のゾンビが伸ばした腕が私の足をかすり、空を切った。
私はそのままの体勢のまま、刀が動くのに任せてゆっくりと屋根の方へ移動していき、しっかりとその上に来たところで、フッと刀から浮力は消え去り着地した。
マナハスの方を見る。
彼女はサイバーゴーグルの下でニヤリと口角を持ち上げて、
「オマエってヤツは……私を残して落ちるのが好きなのか? まあ、二度もやらせねーけどな」
と、不敵に笑った。