第76話 一番好きなヒーローが彼です♡
マナハスには、今のうちに伝えておきたいことがある。
正門に辿り着く前にやっておきたいし、ここは一旦、歩みを止めて会話に集中できるようにした方がいいかな。
そう考えた私は、マナハスと共に周囲を確認して良さげな場所を見繕うと、そこで立ち止まって話をしやすい態勢を整えた。
そうしてから私はマナハスに、戦略についての大事な話を開始する。
それは以前にも考えていた、彼女の——魔法使いの立ち回りについての話だ。
「それでさ、マナハス。マナハスの——魔法使いの戦い方についてなんだけど……スタミナ以外で考えておいて欲しいところもあってね。さっきマナハスが窮地に陥ったのは、スタミナが切れたのが直接の原因だけど、それは見方を変えれば、スタミナが回復する間もないくらいゾンビが断続的に襲ってきたことが、まず問題だったと言えるわけじゃん? だから、そうならないために必要なものとして、戦闘時の立ち回りってのがあるんじゃないかと私は思うわけでさ」
「立ち回り、ね……確かに、あの時は何も考えずに、やって来るゾンビをひたすら順番にその場で倒していくだけだったな……。それが全然ダメだってのは分かるけど、じゃあ、他にどうすれば良かったのかと言われても、なにも思いつかないかも……。カガミンは、なんか思いつくの?」
「そうだね。私もそんな大層なことは言えないけど、まあ、マナハスが自分の強みを最大限に生かすんだったら、やっぱりその“射程”じゃない? 私と違って、マナハスは遠距離から一方的に攻撃できるわけだからさ。極論言えば、ゾンビの手の届かないところに陣取れば、それで無敵になるということだよ。アイツら遠距離攻撃はないからね。——まあ、今のところは、だけど」
「手の届かないところか……例えば……?」
「基本は“上”かな。戦いの基本、高所を取った方が有利。広い範囲を見渡せるし、上から撃ちおろせる。だからまあ、適当なところに登ればいい。ゾンビが来れない高さの」
「ああ、そういや今までも屋根に登ったりしてたね。実際は近くに来る前にアンタが倒してたから、そういうのあんまり実感してなかったけど。確かに、届かないから安全か。それに私なら、そっから攻撃できるわけだし」
「後はまあ、壁を背にするとか、なんか狭い通路で移動を制限するとか……そんなもんかな、私が思いつくのは。実際、さっきもあの部室棟の前で私がゾンビと戦った時は、階段の上に陣取って、やってくるゾンビを一体ずつ仕留めたから楽勝だったよ。なんかもう、ただの流れ作業みたいだった」
「マジかよ……。確かに、あの階段なら狭いからいっぺんには来れないし、上から見渡せば周囲の様子もよく分かるし……高所と狭い通路と、地の利をめっちゃ活かしてるわけじゃん。——え、なんかすごくない? なんでそんな有利な地形とかすぐに把握して活かしたりとか出来るのよ? なに、プロなの?」
「いや別に、ゲームならよくあるじゃん。たくさん敵来た時に、いったん逃げて狭い通路とかで迎え撃つとかはさ。……つーか、実際は、最初に扉の前のゾンビ倒そうと思って突っ込んで、そっから後はただの成り行きだから、そこまで考えてたわけじゃないよ」
「うーん……でも、なんかやっぱり、カガミンはちゃんと意識して最適解を選んでるような感じするなー。だって、それって逆に考えたら、階段登っちゃったら上で逃げ場無くなるとも考えられるし。——私ならそう考えちゃうかも。だから、先に手近なゾンビから倒していこうとして、それで失敗しちゃうんだろうね。……でもアンタなら、ゾンビを自力で倒し尽くせる確かな実力があるから大丈夫ってことか」
「まあ、倒せるとは思ってたけど。でも、いざとなったら普通に逃げられるとも思ってたしね」
「え?」
「いや、私の今の身体能力なら、あの階段の上から——つまり二階から飛び降りても平気ってことだよ。いざとなったら、それこそ、さらに上の——建物の屋根に逃げてもいいし。スタミナで強化した身体能力なら、普通にそれくらいは出来るからね」
「……そうか、まず認識からして、アンタは自分の実力をしっかりと把握できてるワケね。私の場合、たとえそれが出来たとしても、ついつい常識的な範囲で考えてしまいそう……。そうだったね、スタミナ使ったらかなり身体能力上がるんだったか」
「そう。これは別に私だけじゃなくて、パーティーメンバーなら誰でも出来るはずだからね。マナハスにも出来るはず。——まあ、まずは練習が必要だろうけど。だから、マナハスもスタミナを上手く使えるようになったら、戦いの幅が広がると思うよ。そうしたら夜のゾンビからでも普通に走って逃げられるし、普通なら登れないような所にも楽に登れるだろうし」
「なるほどね……戦いにおいては、その辺の能力も重要なわけか」
「そうだよ。つーか、機動力は戦闘力より重要だからね」
「そうか? 敵を倒す強さが一番じゃないの?」
「だって、ノロマだと敵から逃げられないし」
「あー……」
「敵も複数いるかもだし、一人一人は倒せてもいっぺんにこられたら負けるなら、まずは逃げないとだし。てか、勝てないくらい強い敵が来た時、逃げられなきゃそこで死んじゃうし。まあ、普通に正面から戦うにしても、移動速度は速いに越したことないしね」
「なるほどなぁ……確かにそうかも」
「まあ一番重要なのは、戦闘力でも機動力でもなく情報収集能力だけどね」
「情報収集?」
「そう。まあ、この場合は、索敵能力とかその辺のやつ」
「え、それが一番なの? 索敵能力が?」
「そうだよ」
「でも索敵って……なんかゲームとかのジョブでいうなら斥候でしょ? 斥候が最強とかある?」
「最強っていうか、最重要ね。納得いかない感じ?」
「うーん、あんまピンとこないなぁ」
「えー、マナハスって——ステルスアクションゲームの最高峰、メタで始まってギアで終わる、あのゲームをやったことない感じ?」
「なんだよその言い方……。つーか、なんで今そのゲームが出てくるのよ?」
「いや、あれやったことあったら分かるでしょ。アレに出てくる伝説の傭兵のクローンの人だって、相手が視覚と思考能力におそらく重大な欠陥を抱えているであろうゲノム兵相手でも見つかったら苦戦するんだよ? それってつまり、見つからないようにすることが重要ってことでしょ」
「なんか知らんけど、ゲノム兵ってのはそんなにアホなの?」
「ゾンビとゲノム兵のどっちがアホか迷うくらいにはアホかな」
「それって相当でしょ」
「まあだから、ゾンビも侮れないってことだよ」
「ううん……?」
「あの主人公は一流の傭兵だから、戦闘能力はハンパないレベルの実力者なわけでしょ。でも、やっぱ見つかったらアウトなんだよ。相手が一人や二人なら倒せるかもだけど、一人に見つかればワラワラと援軍もやってくるからね。それはゾンビにしても同じことじゃん。戦いになって騒がしくしたら、周りのゾンビもやってくる。そうやって戦い続けて、マナハスはピンチになったわけでしょ」
「うぅん……まあ、そうだな……」
「そこで、周りにゾンビがたくさん居るって分かってたら、下手に戦わずに逃げるとか、あるいは有利な地形に移動するとか色々とやりようはあるわけだよ。でもそれをするためにも、相手がどこにどれだけ居るかの情報が必要になる」
「なるほど……」
「初めからそれらの情報が分かっていれば、戦う前から作戦を立てられる。今回はそれをする時間も能力もなかったから、ぶっつけで挑んで失敗したわけだよね。……まあ、私の当初の考えでは、ゾンビ相手なら私もマナハスも苦戦はしないと思ってたんだよね。——それについても、まず自分たちの能力についての情報が足りてなかったとも言えるし」
「ううぅん……」
「だから、まず戦いになる前の段階から、すでに戦いは始まってるとも言えるんだよね。なんか孫子のアレにもあったよね。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』的なやつ。あの孫氏も言ってるわけだから、やっぱそういうことなんですよ」
「まあ孫子はな、すごいよな。よく知らないんだけど」
「私も詳しくは知らないけどね」
「知らないのかよ」
「——だからまあ、戦いが始まる前から、敵がどこにいるのかの情報はマジで重要ってことよね。それこそ、なんかでっけぇ恐竜と戦ってなんとか倒せるくらいの人だって、車の下にゾンビがいる事に気が付かないで死にかけたりするわけだし」
「あれは……う、ん……」
「……とにかく、戦う前の情報収集はとても重要ってこと。敵の位置情報も大切だけど、敵がどれだけ強いのかについても大切だよね。その恐竜くんとの戦いだって、事前に少しだけど調べることが出来たからなんとかなったわけだし」
「……少し調べただけで勝てるってのも、ちょっとおかしいと思うけどね」
「それでも実際は、隠し球の咆哮食らって動けなくなって死にかけてたしね。なんかもう初見殺しの必殺って感じの技だったし。運良く助かったけど、普通はあんなん食らったら負けると思う。アレはやっぱ、ちゃんと咆哮無効のスキルついた防具を着て対策しとかないと勝てないんだよ普通は。あるいは、ちゃんとガンランス持って咆哮ガードしなきゃだったよね」
「モンハンちゃうねんぞ! おい! あんたマジで死にかけてんだからねっ、真面目に心配したんだからね!」
「だけど、あの時は情報不足でも挑まざるを得なかったから……。まあ、下手にあんな技あるとか知ってたら尻込みしてたかもだし、そういう意味では結果オーライじゃない?」
「もう、マジでアンタって奴はさ……」
「……まあ、それで言うなら、トラについてもそうだよね。火を吹くとか知らんかったし」
「ああ、アイツね。火を吹くトラとか確かに意味わかんないけど。まず大きさが普通じゃないし」
「アイツもまるっきり初見だったけど、あん時は準備に助けられたね。事前準備は大切って痛感した」
「……なんか準備してたっけ? 特に何もせずにすぐに行かなかった?」
「いや、あのシール、汚れバリアの」
「アレ? が、どーした?」
「いやアレ、少しだけど炎も防げたみたいなんだよね。初見で火炎放射の直撃食らった時はそれで助かった」
「——えっ!? アンタ直撃食らってたの!?」
「マナハス達が来る少し前にね。ギリギリのところでシールの機能停止してたから、あと少しもたなかったら私、黒焦げになってたかも」
「いや……ガチで死にかけてるじゃん……嘘でしょ……」
「いや分かんないよ? 案外、服が燃えるだけで体はHPが守ってくれたかも。……まあどっちにしろ、服が燃えたら社会的にも乙女的にも死ぬんだけど。つーか髪も燃えてたかもね。——そしたらショックで死ぬわ、精神的な」
「——そんなに危ない橋渡ってたんだ……やっぱカガミン一人に任せちゃいけなかったじゃん……私、何やってんだよ……」
なんだか、マナハスが泣きそうな顔をしているような……気がする。声が震えているから、その可能性は高いと思う。
いや、目元がサイバーゴーグルで隠れてるから微妙に分からんのよね……。
確かにコイツはシリアスブレイカーだわ。——暗視能力は別のスキルとかで取ったがいいのかもしれないと、少し思ったかも。
そんなことも考えつつ、マナハスが私の話を聞いてショックを受けたような様子になったのを見て、私は慌ててフォローという名の弁明を始める。
「い、いやまあ、あの時は二人も来て助けてくれたし。ナイスタイミングだったよ。お陰で逃げずに済んだからね。あのまま私一人だったら、さすがに態勢を立て直すために逃げなきゃいけないところだったから。それに、最終的には被害もなく勝てたんだから、結果オーライさ。終わりよければすべてよし、と。……だからまあ、そんなに気にしないでね、マナハス……」
「カガミン……私も、これからはアンタのそばを離れないから。一緒にいるから。私も、カガミンのことを守るから。だから……もうあんまり無茶はしないでよ……」
「マナハス……ごめんね」
「いいよ……謝らないで」
「いや……このゴーグルして真面目な話するとなんか笑っちゃいそうだからさ——ンフフッ」
「おまっ、おまえぇッ!! 人が真面目な話してるのにっ、ナニ笑ってんだよっ!!」
「だって……このゴーグルぞ? ほれ、ほれほれっ」
「あっこのっ、動かすんじゃねー! ——てかポーズとるな! そのビーム出すみたいなポーズやめろっ! クソッ……ふっ……んふっ」
「いや、マナハスだって笑ってんじゃん」
「オマエが笑わせてんだろっ! っつーかマジでやめろっつの。——いや、なに叫んでんだよ、その口はよ……」
「やっぱ、ビーム出す時は大口開けるでしょ、なんか」
「知らんわっ!」
「からの、逆に無表情で流し目を送るようなビーム、と……」
「……んぐ」
「——楽◯カードマーーン!!!」
「ブッ! ふっ、ふざけんな! それカンケーねーだろっ!」
「いぃきなりですがっ! ——ムムッ! ダメですか? いぃんですっ! 年会費無料!」
「…………アンタはマジで、まずはその頭をどうにかしないと……やっぱ目を離しちゃダメだったコイツは」
「マナハス……一緒にいてくれるんだね……ありがとう」
「いや、いきなりしんみりした感じの声出しても騙されねーぞ? ついさっきまで楽◯カードマンだったくせに、なんだコイツっ、変わり身早すぎ……」
マナハス……マナハスも私のことを守ろうとしてくれるの、すごい嬉しい。
離れないって、一緒にいるって、プロポーズかな? これは一気に二人はゴールインな感じ? 『Butterfly』流れちゃう?
——黙りなさいよ、このイカレポンチが。
すげー罵倒してくるじゃん。せっかくいいシーンの余韻に浸ってたのに。
——いや、そのいいシーン台無しにしたのは誰なのよ……
楽◯カードマンでしょ?
——殺されたいの? ふざけるのも大概にしときなさいよ。
えー、……そもそもはこれ、中野くんのせいじゃんね。彼奴が私のゴーグル笑ったせいで、なんか私も気になるようになったんだよ。
——いや、それだってアンタのせいでしょ。アンタがビームは出ませんとか余計なこと言ってからだったわよ、中野くんがツボに入ってたのは。
些細な一言に反応しすぎなんだよなー、あの人。だから、からかいたくなるんでしょー。
……さて、話も大体できたし、楽◯カードマンのお陰で雰囲気も明るくなったから、そろそろ正門に行こうかね。