第74話 聖女の護衛(ガード)が専門ですから
会長さんと中野くんが言い争いを続けるのを尻目に、私は藤川さんの方に向かい、会長さん達から少し離れたところへ移動した。
すると、そばに来た私たちに、藤川さんが話しかけてくる。
「お二人とも、お帰りなさい。ご無事でしたか?」
「藤川さん。こっちは大丈夫だったよ……一応は」
私の含みのある言い方にキョトンとする藤川さんだったが、その視線がマナハスの方に移ると、すぐに怪訝そうな顔に変わった。
「あの、真奈羽さん、大丈夫ですか……? なんだか元気が無いように見えるんですが……」
「あ、藤川さん……えーと、その……」
どうにも煮え切らない様子のマナハス。私はそんな彼女の様子を見て、この場ではっきり確かめておくことにした。
「ねえ、マナハス。さっきのことでショックが大きかったなら、無理しないでいいんだよ?」
「カガミン……?」
「だって、気にしてるんでしょ、一人で戦ってた時にピンチになったこと」
「それは…………そうだな」
ピンチになったと聞いて心配そうにし始めた藤川さんに、一応、大丈夫だったという報告も兼ねて簡単にその時の状況を説明した。
「——そうだったんですね……真奈羽さんでもそんなピンチになるなんて、やっぱり夜のゾンビは侮れませんね……」
マナハスは、改めて自分の失態を突きつけられたからか、さらに落ち込んだ様子を見せている。
私はそんな彼女に優しく語りかける。
「マナハス、きついなら無理しなくていいんだよ……? マナハスがどうしたいのか、無理しないで本音を聞かせて」
「……それで、もしも私が外に行きたくないって言ったら、どーするのよ……?」
「その時は、ここに残ってもらうよ」
「……探索は?」
「大丈夫、代役を頼むよ。越前さんに」
「そう……」
「だから、マナハスが辛いなら無理しなくていいからね」
「私は……」
だがその時、マナハスが続きを話す前に、会長さんと中野くんがやってくるとこちらに話しかけてきた。
「カガミさん、すみません、お礼もちゃんと言えてない途中だったのに。——あ、えっと、取り込み中でしたか?」
「あ、いや……そうですね。お礼はさっき言われた分でもう十分ですよ。それに私も、またすぐここを出ますので。まだ生存者は残っていますからね」
「あ、そうですよね、まだ他の人もいますもんね。まだ全員助かったわけじゃないのに、お礼を言うのは早かったですね……。えっと、それじゃあ、またすぐに向かわれるんですか? 休憩なんかはされないで大丈夫ですか……?」
「そうですね……」
どっちにしろ、マナハスの気持ちを聞くまでは出発できない。それなら、少し休憩してからでもいいかな……?
そう考えていたら、突然マナハスが言葉を発した。
「いや、これからすぐに向かいます。休憩はしないで大丈夫です。では、行きましょう……かがみ、さん」
そう言って、マナハスは私の手を取って出入り口まで向かう。
私は驚いて彼女を見る。しかし、何か声をかける前に、中野くんが走ってきて扉の鍵を開けた。
「それじゃ、お二人ともお気をつけて!」
中野くんのそのセリフに見送られて、私たちは扉の外に出る。すぐに扉は閉められて、鍵の閉まる音が後ろから聞こえた。
私はすぐに隣のマナハスの方を向く。彼女の表情は、やはりどこか恐怖の影が見える。それに、握られている手も少し震えているような気がする。
「マナハス……?」
私は、唐突に外に出ると言いだした彼女の真意が分からず、疑問系で呼びかける。
するとマナハスは、よく分からない返事を返してきた。
「なあ、私って、足手まといかな……?」
「えっ?」
「このままついて行っても、邪魔になっちゃう……?」
「いきなりどうしたの……?」
「いや、だって私、さっき一人になった途端にやられそうになったし、ふつーに足手まといなのかなって……」
「……えーと、仮にだけど、そう思うならなんで外に出てきたの?」
「いやそれは、なんか、あのまま体育館には残りたくなかったというか……」
「まあ確かに、残ると色々面倒そうではあるよね。今度はテニス部の人たちにも色々聞かれそうだしさ」
「いや、そうじゃなくて……まあ、それもあるかもだけどさ。そうじゃなくて、あそこで体育館に残って外に出るのを怖がってやめたら、なんだか置いていかれるような気がして……」
「置いていかれる? それって、どういうこと……?」
「なんて言えばいいのかな……なんか、取り残されるような気がしたというか」
「取り残される……って、何から?」
「それは……状況に、かな。——あるいは、そう、カガミン、アンタにも……」
「えっ、いや、そんな、私はマナハスを置いていったりしないよ……? 私はちゃんと、集団行動の時は誰かがトイレとか行ったら出てくるまで待つ人だから。置いて行っちゃうような奴じゃないよ? 私、自分がそれされるのマジで嫌だから、自分は待つようにしてるから」
「いやまあ、そういう話じゃなくてさ……」
「……?」
「なんというか、カガミンは多分、一人でも平気で外に出てゾンビと戦えるじゃん? でも、私にはそれは無理というか……だから、それで一度怖がって戦いから逃げることを選んだら、もうカガミンと一緒に戦えなくなるような気がして……だから、とっさに外に出たんだけど……」
「マナハス……」
「でも結局、私はさっきの失敗を未だに全然乗り越えられた気はしてなくて、ただ勢いで外に出ただけで、実際はさっきから何も変わってない……実力も、気構えも。また一人になったらゾンビが相手でも勝てないんじゃないかって、今もそう思ってる……」
「……それでも、こうして外に出たってことは、やる気はあるってこと? ……無理はしてないの?」
「まったく平気、ってわけじゃないけど……だけど、やっぱりゾンビに怯えて安全地帯に篭るだけなのは……なんか嫌なんだよ。ここで逃げたら、もうゾンビを倒せなくなるような気がするから……。でもそれは私のワガママで、結局それで迷惑かかるのはカガミンだからさ。もし、アンタが今の私なんて連れていけないってんなら、そう言って。その時は大人しく戻るから。……あ、でも、その場合でも越前さんは連れて行くようにしてね。やっぱアンタ一人だと心配だからさ。万が一があるし」
「……マナハスが自分の意思で行くと言うなら、私は全然構わないよ」
「そう……? でも迷惑かけるよね、いいの?」
「迷惑なんて全然ないけど?」
「え、でも私、足引っ張っちゃうかもだし……」
「それは、さっき失敗したから、だよね」
「……そうだよ」
「ま、アレはしゃーないよ。ショックだろうけど、結果的には無事だったんだし、切り替えていこ。ドンマイ」
「えぇ……まあ、アンタは気にならないかもだけどさ」
「気にならないってことはないけど。でも、マナハスも、そんなに落ち込むほど気にする必要はないと思うよ」
「いや気にするって。だって私の失敗だろ」
「失敗は失敗だけど、あれは別にマナハスだけの失敗じゃないし。あれは私の失敗でもある」
「アンタの? 何がよ」
「マナハスのそばから離れたのが失敗だったってこと。私はあそこで離れるべきではなかった」
「でもそれは、あの時はそれがベストだと思ったし……それに行ってくれって言ったのは私だし」
「まあ、そうだけどね。それは確かに判断ミスだったよ、お互いにね」
「判断ミスって、別行動になったことがか?」
「そうだよ」
「でも、そうしないと間に合わなかったんじゃないの……?」
「どうかな? 実際、私が先行しなくてもそんなに遅れずに到達できたと思うし。そうすれば、少なくともマナハスが危ない目にあうことはなかっただろうし。仮に、それで間に合わなかったとしても、その時はその時でしょ」
「それは……どうなんだよ」
「前提を間違えてたよね。最善を尽くすとは言ったけど、それはできる範囲で最善を尽くす、だからね。それで無茶をしてマナハスを危険に曝してたら本末転倒でしょ」
「……そうかな」
「だって私が一番優先するべきは、当然マナハスの方なんだから。そりゃ、知り合ったばかりの会長さんの友達より自分の友達を優先するのは当たり前だよね。だから、自分達の安全にちゃんと配慮した上で、出来るだけのことをやるのが最善——だと私は思う。だから、あそこでは一緒に行くのが最善。その結果、少しの遅れで間に合わなくても、それは仕方がない。私たちは最善を尽くしたから」
「それは……その通り、なのかな」
「納得いかない?」
「いやまあ、確かに、自分達の身の安全もおぼつかないのに、誰かを助けたりとかは出来ないよな……あ、でも、それなら、私以外の人を選んだ方がいいんじゃないの? 最善ってゆうならさ、越前さんとかにした方が万全なんじゃ、実力的には……さ」
「……どっちにしろ、相手が越前さんでも二人組で一緒に行動するのは同じだから、特に変わらないと思うけどね。越前さんも私の速度について来れるわけじゃないし」
「まあ、それもそうか」
「それに私としては、やっぱり越前さんと行くよりマナハスと行きたいし」
「……そうなのか? 越前さんの方が実力的には安心じゃないの?」
「いや別に? 実力は特に変わらないと思うよ」
「そうか? 一番安定していて実力あるのは越前さんじゃないの? まあ、アンタは除いてだけど」
「精神面的にはそうかもしれないけど、それもそこまで変わらないと思うし。それに、実力が一緒ってのは私も含めてだからね」
「えっ、それは無いでしょ。一番戦えるのはどう考えてもカガミンじゃん」
「いやいや、そんな違いはないって」
「いやあるでしょ! 他の誰が正面切ってトラと戦えるって言うのよ!」
「アレだって三人で倒したじゃん」
「でも一番活躍してたのはカガミンでしょ?」
「いや、トラ戦で一番活躍してたのは私じゃないよ」
「ウソォ!? ——いや、他に誰っていうのよ?」
「それについては……長くなりそうだからまた後でね」
「えぇー、気になるんだけど」
「まあ、あの時も軽く話したけど、役割が違うから、一概に実力がどうとは言えないんだよ」
「いやでも、役割で言っても一番活躍したのはカガミンじゃない?」
「違うんだなそれが。一番重要な役割してたのは他にいるから」
「ウソぉ……」
「まあ、その役割でいえば、マナハスは後衛の火力担当メインでサポート役もこなす、ってところでしょ」
「うーん、ま、そんなとこか」
「だからさ、それを前提にしたら、さっきの失敗の理由が分かる」
「理由……?」
「うん。まずもってマナハスは後衛なのよ。だからゾンビと直接相対している時点で間違ってるの」
「あー、えぇー? マジ? んでも、昼間は私が先頭だったけど」
「昼と夜は状況が違うよ。昼間のあいつらはノロいから正直、ただの的だし。それに四人体制でサポートもあったし」
まあ、ほぼ三人体制でこなしてたけど。私は後ろから何もせずについて行ってただけだから。
「その点も問題だよね。ソロってのもさ。つまりマナハスは、ソロで近距離戦やるのは完全に間違ってるのよ。そうやって失敗するのも言ってみれば当然ってこと。だから、気にする必要はないっていうのはそういうことなのよ」
そう言うと、マナハスは少し考え込むような顔になる。あっさりと納得できるわけではないのだろう。
それでも、さっきまでの思い詰めたような顔に比べたら幾分はマシになったか。
「どう、少しは気が晴れた?」
「あー、まあ、少しはね。とりあえず、私のさっきの失敗には私の実力不足以外にも理由があるっていうのは分かった」
「そうだよ。そこを改善すれば今度は全然大丈夫ってこと。だから、もう心配する必要は全然無いよね」
「え、なんで?」
「なんでって、だってもう改善されてるじゃん。私が居るんだから」
そう言ってもマナハスはまだ理解していないような顔だったので、私は続きを話す。
「私が前衛としてマナハスのそばに居れば、マナハスは後衛として安全に戦えるってこと。安心して。今度はピッタリ張り付いて離れるつもりはないから。マナハスに近づくゾンビはすべて私がガードするから、マナハスは何も気にせずひたすら光輪ブッパしてればいいんだよ」
「マジかよ……いいのか? 私、そんなんで」
「いいんだよ。だってマナハスは奇跡の聖女なんだから。本来、ゾンビなんて存在は、聖女の半径五メートル以内には入っちゃいけないのよ。それを排除するのが聖戦士の役目よ」
「マジか。聖戦士ってちゃんと役割あったんだな」
「当たり前でしょ。聖戦士は聖女のための戦力なんだから。聖女の言うことを何でも聞くんだよ。だからね——」
「——?」
「だからマナハスは、ただ私に命令すればいいの。『わたくしにゾンビなんて穢らわしい汚物を近づけさせるでないぞ! 我が聖戦士よ』ってね」
「なんだよそのキャラ、私はそんな高貴な姫君みたいな喋り方はしないぞ」
「でも聖戦士は高貴な姫君言葉にしか反応しないから、他の言い方はスルーするよ?」
「何だその設定。勢いで変な設定作るなよ」
「まあ、聖戦士カガミは初期設定で聖女様のそばから離れないように設定されてるから、命令しなくても勝手にそばで戦ってくれるけどね」
「はあ、それは便利だな」
「ただ、聖女の命令の方が優先されるから、下手にお使いに出すとさっきみたいにピンチになるからね。気をつけてね」
「そうか……気をつけるわ」
「ただ、さっきピンチになったから設定変更されたんで、しばらくは命令してもそばを離れないから」
「そうなのか? ……まあ、私は別にそれで構わないけど」
「そう、だから安心してよ。ここからはマナハスは一人になることはもう無いからね。だから大丈夫、もう怖くないでしょ?」
「……そうだな。強力な前衛の聖戦士がついてるからな」
「私としても、マナハスが一緒の方がいいからね。マナハスが不安なく行く気になってくれたなら、それが一番だよ」
「……ホントに、越前さんじゃなくていいの?」
「まあ、越前さんには悪いけど、私はマナハスの方がいい」
「……それは、なんで?」
「なんでって……越前さんは、そりゃ悪い人ではないと思うし、全然いい人だと思うけど、まだ会ったばかりの——てか今日会ったばかりじゃん。それほぼ他人だよ。大体、一回り歳上の男の人だよ? それでほぼ初対面で二人きりとか、気まずいっしょ。今までは何やかんや複数で居たからよかったけど、二人きりとか、本来は私、相当仲良い相手じゃないと無理だからね? だから、必然的に私とペアを組むのはマナハスしかいないんだよなぁ。お分かり?」
「いやお前、気にしてるのそこかよ……戦力とかその辺はどうなの……?」
「それは別に、ぶっちゃけ私一人でも問題ないし」
「ぶっちゃけるなー」
「もう一人は不測の事態への備えだよ。私は失敗から学ぶ女だから」
「あぁー……」
「それに、どうせならやっぱ深夜の学校探検デートはマナハスと行きたいやん?」
「なんだよその、デートって」
「だって知ってる? 私たちがこっちに来て再会してから、二人きりになるの、この探索が初めてなんだよ」
「あれ、そーだっけ? ……んー、いや、確かにそうか」
「本来なら、私たちフツーに昨日から二人だけで遊んでたはずなんだけどね」
「そうだなぁ」
「もはや遊びどころじゃないけどさ……それでも、私は今回マナハスと遊ぶのをすごく楽しみにしてたからさ、すげー残念なんだよ」
「……まあ、それは私も同感だな」
「だから、ようやく二人きりになれたんだし、シチュエーションが深夜の学校でゾンビ退治という完全なホラーでも、楽しまないとさ。せっかくだからね」
「いや、別に無理して楽しまなくていいやろ」
「肝試しみたいだし、案外、楽しめるんじゃない?」
「フツーに命懸けなんだが。てか、アンタってホラー苦手じゃなかったっけ?」
「いや、ゾンビは平気。倒せるし。苦手なのは、幽霊とか、そういう系」
「ゾンビは平気ね……でも、幽霊は苦手なんだね」
「うん。——だってホラーゲームの幽霊って、なんやかんや結局倒せなかったりするし。逃げるだけって私にはストレスなんだよね。フツーに倒したいんだよ」
「いや、苦手ってそういう意味かよ……」
「でも今ならマナハス魔法使えるし、魔法攻撃ならゴーストにも効きそうだよね? ——じゃあ大丈夫だね。ゾンビは私がやるから、ゴースト系のやつはマナハスに任せるよ」
「いや、そんなん任されても……つーかマジで出てきたらどーすんだよ。フラグ立てちゃダメだろ」
「……いやいや、大丈夫大丈夫。フラグとかないから」
「すでにトラという前例がだな……」
「いやいや! ……まあ、フラグというより備えだよ備え。もしかしたら物理攻撃の効かない敵も出てくるかもしれないと。そういう想定をしてるんだよ」
「じゃあ、実際に出てきたらどーすんのよ?」
「聖女パワーで滅殺だよ。頼んだよ、聖女さま。私もちゃんと……後ろで応援してるから」
「私任せかよ!」
「いや自分、専門は物理なんで……」
「専門家みたいな言い訳! 物理って物理攻撃だろっ」
マナハスの鋭いツッコミ。どうやら彼女もだいぶ本調子に戻ってきたようだ。
——それで、いつまでおしゃべりしているつもり?
分かってる。もう出発するさ。
でも、準備は出来るだけしとかないとさ。マナハスのメンタルだって大事な要素なんだからね。
むしろ一番大事だろ。だってこれからデートする相手の精神状態がブルーとか、そんなの最悪だから。
——あんまりデート気分で浮かれちゃダメよ。
まあ、少しは楽しませてくれよー。ホントに楽しみにしていたんだよ、私は。今回マナハスに会えるのをさ。
——久しぶりだったものね。まあ、気持ちはワタシも分かるけど。……しょうがないわね。あまりはしゃぎすぎないようにしなさいよ。
分かってるけど、実際どうなるかは私にも分からないなー。マナハスに会って、はしゃがないというのは、私には無理だからなー。
まあでも、すでに夜も遅いし、私もさすがに疲れてるし眠い。だからとりあえずやる事終わらせて、はしゃぐのは明日にしますかね。
さて、それじゃ、再びの校内探索、行きますか。