第73話 それはもう、熱烈としか言いようがないアレ
私はマナハスと共に、救出したテニス部の人たちを体育館へと連れて行きながら、先行して襲いくるゾンビを撃退していた。
そうして進みつつも、私は特に苦戦することもなく、むしろ余裕があり、なんなら後ろに合わせた進行速度の遅さから手持ち無沙汰になるくらいだった。
そうすると——ついつい頭の中で色々と考え事を始めてしまうのが私という人間なのである。
さて、さっきまではずっとマナハスのことについて考えていたけれども、マナハスのこと以外に気になる事といえば、活性化ゾンビについてだろうか。
結局、判明した情報を見ても、何がどれだけ活性化するのかの詳しい内容については分からなかった。なので、詳しいことは自分で調べてみるしかないのだけれど。
とりあえず、今のところは——夜のゾンビは走るようになって、全体的に動きが機敏になる——ということは分かった。それだけで十分脅威だけど、それだけでもないような気がする……。
気になることは色々あるが、特に気になるのは、ゾンビの知能についてだろうか。
さっきの階段での戦闘の際には、ゾンビに攻撃を躱された……ような気がした。
もし、本当にゾンビが回避行動をとったのだとしたら、明らかに知能が向上している。いや、向上しているというか、それまでのゾンビには知性のカケラも感じられなかったから、知性が芽生えていると言えるレベルかもしれない。
だとしたら、それまで出来なかったことも可能になるのではないか……?
思えば、体育館の中に入ってきたゾンビがいたが——アイツ、どうやって入ってきたんだろうか。
いや、確かにドアの鍵は開いていた。だが、さすがにドア自体は開いていなかったはず。しかし実際にヤツが入ってきたということは、ドアを開けたということだ。ゾンビが、自分で。
人間ならそれは普通のことだけど、ゾンビならそうではない。だってアイツら、ドアの開け方知らないもん。
少なくとも、今日の最初に藤川さんの部屋に入ってきたゾンビは、ノブを回すことなく強引にドアを開けていた。というか壊していた。
同じことを体育館に入ったゾンビがやろうとすれば、さすがに大きな音が出て、入る前に気がつくだろう。てか、実際にドアは壊れていなかった。普通に開いてた。てことは、だ。やっぱりアイツが開けたってことだろう。
鍵がかかっていたら、ヤツの侵入は防げただろうか。どうだろう。開けようとして開かなかったら、次はどうするだろうか。その時こそ強硬手段に出るのだろうか。
ともかく、夜のゾンビは一味違うということだ。
階段もスムーズに登れるし、ドアだって開けられる。何度も見た攻撃なら、学習する可能性もある。
その上、それまでのゾンビの特性である、自らを顧みない特攻じみた攻撃性はなんら変わってはいない。
昼間のゾンビとは、もはや別物と考えるべきだ。
……昼間のゾンビだったら、マナハスもピンチになることはなかっただろう。あのノロさなら、いくら集まっても余裕だ。マナハスもまだ夜のゾンビに慣れていないということか。
まあ、それも当然か。慣れるも何も、ゾンビとの戦闘自体、今日が初めてなんだし。
てかそもそも、リアルでの戦闘自体、今日が初めてか。リアルで魔法使ったのも初めてだし。……初めてづくしだな。
マジで、普通に考えたら無茶振りなんじゃなかろうか。初めて使う技術で、初めて戦う相手と、ぶっつけの実戦を命がけで戦えなんて……。
……まあ、状況が異常なのだから、普通のことなんて言ってられない——というのが本音だけど。
ビーム恐竜や火吹きトラやゾンビが出てくるような事態に、常識が通用するはずがないのだ。適応できなければ死ぬしかないだろう。
当然、私はマナハスをみすみす死なせるつもりは毛頭無い。だからマナハスには、否が応にもこの力を使いこなせるようになってもらわなくては。
もちろん、それまでは私がそばについて守護る。——私が守護らねばならん。
と、色々と考えていた私がマナハスを守護る決意を新たにする頃には、ちょうど体育館に到着するところだった。
体育館では、あれから私の忠告に従い対策をしたようで、外に漏れる光はかなり抑えられていた。
それでも僅かに漏れる光が、そこに人がいることを伝えていた。
光を目にしたテニス部のメンバー達から小さく歓声が上がった。夜の闇の中を進んできて目にしたそれは、彼女達にとってはまさしく希望の光のように見えたのかもしれない。
体育館の扉の前まで行き、ゴーグルを外す。マナハスに視線を向けると、彼女も察して外した。
——また会長さんにファッションがどうたらとか言われたくないから、ちゃんと外しておこうね。
扉をノックして、「私です、開けてください」と声をかける。中野くんには、ちゃんと私だと確認してから開けるように言ってある。まあ、うっかりゾンビのノックに扉を開けたら困るからね。
扉の向こうから中野くんの返事があり、鍵の開く音がして扉が開いた。
扉の向こうには中野くんと、会長さん、それから藤川さんも来ていた。
会長さんが私の方を見てくる。
私はその視線に無言で頷くことで答えると、すぐに振り返って後ろを示す。
するとそこには、中に入ってくるテニス部メンバー。当然、そこには部長さんも居る。
「レイコ……!」
「サエ……!」
会長は幽ヶ屋さんに気がつくと、すぐに駆け寄って行った。
そして、そのまま幽ヶ屋さんに抱きついた。
「よかった……! 本当に……無事で、よかったぁ……」
「サエちゃん……無事だったんだね、よかった……」
「ずっと、心配だったの……だけど、私、怖くて何も出来なかった……ごめんね……」
「そんな……謝らないで。私だって、自分のことで精一杯だったんだから」
会長さんは途中から涙声になっていった。
見れば、その両目からは涙が溢れだしていた。
「だって、私は安全な体育館に避難できていたのに……やろうと思えば、何か出来たはずなのに……怖くて、不安で……頭の中にはそれしかなかったの……」
「私だってそうだよ。誰だってそうよ。サエは頑張りすぎなんだよ。人より色々とこなせるからって、何でも一人で抱え込むことないのよ……いつも言ってるでしょ」
「レイコ……」
「私の方こそ、辛い時に一緒にいてあげられなくて、ごめんね……これからは、そばに居るから……離れないから……」
「レイコぉ……」
「サエ……」
二人は抱き合ってお互いを至近距離で見つめ合っていた。
こうして見ると、容姿の整った二人の美少女が感動の再会に抱き合っている姿というのは、実に絵になる光景だった。
なんだか完全に二人の空間が出来上がっている。周りには私たちも居るんですが……我々の存在は二人にはまるで見えていないような感じですぞ。
ん、てか、二人は友達同士なん……ですよね? これもう友達とか、そんなレベル超えてる気がしないでもないですよ。ほっといたらこのままこの場でおっ始めちゃったりしないよね? いや、何がとは言わんけど。
アレか? うおっほん、とか言った方がいいのかね。
「レイコ……!」
会長が、すでに至近距離の顔をさらに近づけていって、これはもういよいよかっ? と思ったその時——
「あ、ごめん、サエ——」
そう言って、幽ヶ屋さん改めレイコさんが、何かに気がついたように会長さんから離れた。
そして、少し恥ずかしそうにこう続けた。
「あ、えっと、実はずっとトイレを我慢してて……」
「え、あっ、そ、そうだったんだ……そ、そうだよね、それじゃあ、トイレは、あそこにあるから……って、知ってるよね」
「あ、うん、それじゃ、ちょっと、トイレ、行ってくる……から」
「う、うん、分かった……」
そう言って、幽ヶ屋さんはトイレに向かった。その後ろには他の部員さん達も続いていく。どうやら、他の皆さんもトイレに行きたかったようだ。
まあ彼女達って、多分ずっとあの部室に立てこもってたんだと思うし、そう考えればトイレに行きたくなるのは当然か。
私は改めて、会長さんの方を見る。
会長さんはしばらく、幽ヶ屋さんの向かったトイレの方に顔を向けていたが、私の視線に気がつくと、ハッとしたようにこちらを向いた。
彼女は若干、恥ずかしさを取り繕うような表情をしていたが、すぐに気を取り直したようで普段の表情に戻った。
「あの、カガミさん、本当にありがとうございました」
そう言って、彼女は深々と頭を下げた。
「本当に、お礼の言いようもありません。危険を顧みずに、私のわがままを聞いてもらって……」
「いえ、いいんですよ。ありがとうと言ってもらえれば、それで。あんな光景を見せられたら、助けられてよかったと改めて感慨深くなるというものです」
「あ、アレは……そ、そのっ……」
「……お二人って、もしかして、そういう関係だったり……?」
「ち、違いますっ! レイコと私は、そういうのじゃ……って、てか、そういう関係ってなんですかっ!?」
「違うんですか。てっきりそうなのかと。——まあ、会長さんと幽ヶ屋さんの関係がどうであれ、私は別に気にしませんけど」
「いやっ、本当に、そういうのではないので……!」
「そうですか。でもそうなると、ちょっと残念かもしれないですね……ね、中野くん?」
「……えっ! お、俺っ!? な、なんすかいきなりっ、カガミさん!?」
「いや、さっきの二人を見て、すごい嬉しそうな顔してたから、中野くん」
「えっ、マジっ!? 顔に出てた——?」
「中野くんも、もしかして、そういうの好きなんですか?」
「えっ、いや、そりゃ、嫌いじゃないですけど……って、なんの話なんすかっ!?」
「いやー、私に聞かれても……」
「中野くん……また私のことを見て、なんかやってたんですか……?」
「いやいや! 何もしてないっすよ! 俺はただ、会長と幽ヶ屋さんの熱烈なアレを見てただけっす!」
「ね、熱烈なアレって、なんですかその言い方っ!」
「いや、アレはだって、熱烈とでも言うしか……」
「からかわないでくださいっ!」
中野くんに話を振ったら、案の定面白いことになったので、私はそれを見て満足する。
やっぱり中野くんは楽しいなぁ。