第72話 ピンチの後はついつい反省しちゃう性格
私とマナハスは部室棟の前にいた。
部員の皆さんが最低限の荷物を用意するのを待っている間に、私はマナハスと話す。
「マナハス、大丈夫……? さっきのショック引きずってたりしない?」
「ああ、うん……悪い。自分で倒すとか言っておいて、フツーにやられかけてたよな……」
「まあ、なんとか自力で倒してはいたじゃん」
「奴ら、次から次にやって来てさ……休む暇なくて、ゲージ無くなりそうなのも気がつかなかったわ……」
「……とりあえず、帰りは私が先行してゾンビを退治するから、マナハスは部員のみんなを先導してあげてくれる? ゾンビの死体とか踏まないで進めるようにね。少しのライトじゃあんまり見えないだろうし、ゾンビを見ないで進めるなら、その方がいいだろうからさ」
「分かった。ゾンビの相手は、頼むな……」
「うん……」
マナハス、やっぱりさっきピンチになったのが堪えてるみたいだね……。ギリギリ助かったとは言え、怖かったのだろう。
……やっぱり、そばを離れるべきじゃなかった。部長さんを助けるためとはいえ、マナハスを危険に曝してしまった。
私にとって最も大切なものは他でもない、マナハスその人なのだから。出来る限りリスクは減らさないと。マナハスの安全、それが最優先だ。
テニス部の人たちが出てきた。
ライトで足元を照らしながら、恐る恐る階段を降りて私たちの元へやって来る。
「それじゃあ、皆さんは彼女の後ろについて行ってください。ライトは下を向けておいてくださいね。あと、おしゃべりは厳禁です。なるべく音を立てないように。連中が寄ってきてしまいますからね。……それでは、出発します」
みんながマナハスの後ろについた事を確認したら、私は体育館に向けて出発した。
移動速度はゆっくりだ。私たちのように見えていない彼女達の速度に合わせたら、若干遅い歩きくらいの速度になってしまうのは仕方がない。
暗闇——と言いつつ、私にとっては昼間とさほど変わらない視界とマップの両方を見て、ゾンビを警戒しながら進む。
進みながらも、私はさっきのマナハスのピンチについて考えずにはいられなかった。
なぜ、あんな事になったのか——。
実際、マナハス一人でもゾンビは難なく対処できると、私は当初、そう考えていた。ゾンビを殺すことへの忌避感が無いのなら、あとの懸念は純粋な実力で、それについては問題ないだろうと。
それでも一応、二人組にして単独行動しないようにしたのは、不測の事態に備えての事だ。それは怪獣だったり、私が首を絞められた時のように、予期せぬ出来事が起きた場合に対しての備えだ。
逆に言えば、その不測の事態さえ無ければ、彼女の実力なら夜間の活性化ゾンビでも一人で十分対処できると考えていた。
実際、私なら対処できる。視界が万全なら動きが速くても問題ない。マナハスもそうだと考えていた。
だが実際は、そうではなかった。彼女は追い詰められて、ギリギリで切り抜けた。そんな事になるなんて、私は想定していなかった。
なぜだ。私はマナハスの実力を過剰に見積もっていたのか。いや、そもそも私は、マナハスの実力をちゃんと把握できていると言えるのか……?
答えはノーだ。マナハスの使う武器は魔法の杖だ。そう、魔法だ。なんだそれは。意味が分からん。普通はそうなる。そんな武器で彼女は戦っている。
魔法についてわかっていることなんて、殆どない。私もそうだが、おそらく使っている本人のマナハス自身もすべては分かっていない。
車を持ち上げられるかどうかも、最初は分かっていなかったし、気絶したゾンビにしてもそうだ。マナハス自身も、魔法を使いながら少しずつそれを理解して使いこなしていっているのだ。
そもそも、その魔法を使えるようになったのはいつだ? 今日だ。つーか数時間前だ。——マジかよ、マジだ。そんなもんだ。
いくらスキルをインストールしたとはいえ、それですぐにすべてを理解するとはいかないだろう。
私は刀のスキルをインストールしてすぐに大体使いこなしていたが、私と比べてはダメなのだ。私がすぐに適応したからと言って、マナハスもそうだとは限らない。
どうにも、自然覚醒者と契約覚醒者では色々と差があるみたいだし、戦いに慣れるのに時間がかかるのも当然だろう。
てゆうか、まずもって使う武器が全然違う。刀みたいな単純な得物じゃなくて、魔法なんて複雑怪奇なものなのだから。扱いにすぐに慣れないのは当然だろう。
……マジで、冷静に考えたら魔法で戦うとか意味わからないけど、考えられるところは考えないといけない。当然だ。マナハスの安全がかかっているのだから。
なぜ、さっきのようなピンチになったのか。
直接の原因は、スタミナが切れていたことか。だがそれを言うなら、まずスタミナが切れるほど連続して攻撃を続けたことが問題だ。
なぜそんな状況になった? それは……立地か。屋外で、遮るものがない。だから戦いの音に釣られて、周りのゾンビが際限なく集まってくる。
さらに、光輪が光るのも問題なのかもしれない。アレは目立つ。この暗闇では遠くからでも良く見えるだろう。それで遠くのゾンビまで引き寄せてしまったか。
光輪は強力だ。上手く使えばゾンビをまとめて始末できるが、それはゾンビが上手いこと一列にでも並んでいたりと配置がいい場合に限る。
逆に、周囲にバラバラに配置していたら、光輪と言えどもそう簡単に倒すことは出来ないだろう。一体一体倒していくうちにどんどんスタミナが消費されていって……
——いや、そうか! それが問題なんだ。マナハスの攻撃、魔法の光輪は、動かす時に必ずスタミナを消費する。
逆に言えば、マナハスにはスタミナを消費しない攻撃手段が存在しないのだ。だからスタミナが減りやすい。
強力だと思っていたが、魔法攻撃にも思わぬ弱点があった……。
私などは、ゾンビとの戦闘ではほとんどスタミナは消費しない。攻撃にはまず使う必要がない。それは、相手が活性化したゾンビでもそうだ。
なぜなら、素の身体能力と刀本来の攻撃力でゾンビ相手なら十分な威力が出せるから。スタミナで強化する必要がない。戦闘技術も、スキルによって素の身体能力でも危なげなく対処できるレベルにある。
私がスタミナを使うとしたら、それは移動の時だ。さっきみたいに急いで目的地に向かうときとか、あるいは、障害物を乗り越えたり敵の包囲を抜ける時だろうか。
もちろん、怪獣と戦う時は逆にスタミナパワーが常に必須なのだが、ゾンビ相手の時はスタミナの使い所はそれくらいなのである。
だが、マナハスは違う。光輪での攻撃を行使する際は必ずスタミナを消耗してしまう。
ゾンビ相手なら威力は最小限で良かろうが、それでもまず光輪を動かすこと自体にもスタミナを消費するのであろう。その点が私とは違う。そして、銃を使う藤川さんとも違う。
銃もスタミナを使って攻撃できるが、使わないでも撃てる。そして、ゾンビ相手ならそれで十分な威力がある。頭を狙う必要があるが、ちゃんと頭に当てれば一発で倒せる。
消耗するのはスタミナではなく弾だ。その分ポイントが減ってしまうから魔法の方がツエーとか単純に考えてたけど、スタミナの消耗がない分、ゾンビに対しては魔法よりも銃の方が継戦能力に優れるのだ。
もっとも、継戦能力に一番優れるのは近接武器だろうけど。スタミナ使わないし弾切れもしない。
つまり、近接武器も銃も魔法も、それぞれに長所と短所があるのだ。
近接武器は射程が短いのが一番の欠点だが、その分、継戦能力に優れる。威力もそこそこある。
銃は射程が長く、弾さえ潤沢なら継戦能力も問題無い、ある意味万能だ。だが、一番の問題はその弾だ。ポイントを使わないと補給できないという時点で、私にとっては大問題だ。——ポイントを使わずに弾を調達する手段を切望している。
魔法は射程もあるし、何より威力がダントツで強い。スタミナ消費の攻撃なら継戦能力も高そうだが、短期的には消耗が激しく隙がデカい。なので、やはり後方要員なのだ。魔法使いは前線に出るべきではない。後ろからバンバン撃つのが正解。
つまり、マナハスがゾンビと近距離で開戦している時点で間違っていたのだ。私という前衛がついているのが正しい配置なのだ。
だから、前衛が居ない状況なんだとしたら、もっと立ち位置を工夫せねばならない。射程を活かして高所から一方的に攻撃するとか、障害物を利用するとか。
マナハスがスタミナダッシュに慣れていれば、また違っただろうが。やはり、最低限それなりの速度で走れるくらいになるまでは練習してもらうべきか。早急に。まあ、今すぐには無理なんだけど。
だとすると、以降は私が前衛としてピッタリとついておく必要があるな。
まあ、元より私は、マナハスのそばに居ていいならひたすらそばに居たいくらいだから、これからはひたすら聖女様の付き人としてピッタリそばについていることにしよう。
決めた。これからは基本的に私はマナハスのそばを離れないぞ。何か理由がない限り、常にそばについておこう。そうしよう。
——ずいぶん長く考え込んでいたけど、ちゃんと周りの事も見えてる……?
当たり前でしょ。確かにだいぶ考え込んじゃったけど、これは必要なやつだよ。まあ、今じゃなくても良かったかもだけど、早いならそれに越したことはない。
それに、今のところは、考え事していても別に行動に支障はないしね。
実際、体育館までゆっくり進む間に、ゾンビの襲撃はすでに何度かあった。まあ、すべて問題なく退治済みだけど。考え事の合間にね。
近接武器のいいところ、もう一つ。攻撃が静かで、目立たない。ゾンビを倒しても余計な音や光が出ないから、余分なゾンビを集めることがない。
なので、必要最低限の数だけ倒して進める。隠密行動が出来る。
だから、ゾンビが沢山集まってくることがない。ちょくちょく会敵する奴をサッと始末するだけ。
そんな感じなので、考え事する余裕すらあるというわけ。
つーか、移動が遅いから、ついつい色々考えてしまうのだよねぇ……。