第71話 信用は 大事 会長は サエちゃん
バリケードを撤去してようやく部屋の中に入ることができた私は、内部の様子を確認していく。
部屋の中に居た生存者は六人で、見たところ全員が学生のようだった。そして全員が女子だ。
置いてあるラケットなどを見るに、ここはテニス部の部室のようだし、この子たちは女子テニス部の人たちということでいいんだろうか。
では、例の部長さんは……
まあ考えていてもしょうがないので、私はとりあえず、彼女たちに向けて救助に来たことを告げる。
「改めまして、助けに来ました。もう大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます。……あ、あの、今聞くことじゃないかもしれないんですけど、あのバリケードはどうやって退かしたんですか……? 暗くてよく見えなかったけど、なんか、ひとりでに動いていたような……」
「……えーっと、その辺のことは、後でもいいですか」
「あ、ごめんなさい! そ、そうですよね、すみません……」
「いえ、いいんですよ。——それで、ここはテニス部の部室のようですけど、皆さんは女子テニス部の方達なんでしょうか」
「は、はい。そうです」
「……部長さんって、いらっしゃいます?」
「部長は私ですけど……」
そう答えたのは、今まで主に受け答えをしていた彼女だった。
ほっ、よかった。部長さんは無事だったか。まあ、結構ギリギリだったけど、ちゃんと助けられてよかった。
「じゃあ、あなたが幽ヶ屋さんですか」
「はい、そうです。——えっと、私のこと、知ってるんですか? あの、あなたはどなたなんでしょうか? この学校の生徒、ですか……?」
「生徒ではありません。ですがまあ、その辺りのことはいずれ……。今はとにかく、安全なところにすぐに移動しましょう」
「は、はい。そうですよね……」
「これから体育館に向かいます。そこには生存者が集まっていて、安全が確保されていますので」
「分かりました。……でも、あの、体育館まで行く途中に、襲われないですか、えっと、その……」
「ゾンビですか? ——徘徊する死者のことを、まあ便宜上、そう呼んでいます」
「そう、“ゾンビ”、です……私たちも、ゾンビ……に襲われそうになったので、ここに立てこもっていたんです。自力での脱出は諦めて……」
「大丈夫ですよ。ここに来るまでの間に、体育館とのルート上にいたゾンビは大体倒しましたし、新たに出現しても私と彼女が排除しますので」
「そ、そうですか……えと、この周りの、その、ゾンビは……もう、すべて排除されたんですか?」
「ええ。ですので今のところは、この付近は安全です。ただ、いつまた新たにゾンビが現れないとも限らないので、すぐに体育館に移動してもらうわけなんですけど」
「そう、なんですか……あ、あの——」
そこで、部長さんがまた何かを言う前に、別の部員の子が割り込んできた。
「——ちょ、ちょっと待って! 全部倒したって、扉を叩いてた子は?」
「……えと、扉を破ろうとしていたゾンビですか?」
「そうよ! ほのかちゃんは!? どうしたって……?」
ほのかちゃん、ね……。あちゃー、まあ、あれか、知り合いだったんだね。
彼女の死体は……まあ、邪魔だったのですでに回収している。
倒したゾンビはまだすべて回収したわけじゃないけど、邪魔になるゾンビについてはマナハスとここに来る間に回収している。
なので、この辺りのゾンビはあらかた回収済みである。
しかし、参ったな、どうするか……。
いずれはこういう問題に直面する時が来るだろうと思っていた。でもなぁ、とにかく今は急いで体育館まで行きたいので、問答に時間を使いたくはないのだけれど。しかし、この場で適当に誤魔化すのもね……まあ、正直に言うしかないか。
私がゾンビを殺すという方針を変える気がない以上、その辺の衝突については、結局は遅いか早いかの違いでしかない。ただ、今は出来れば言い争いは後にしたいんだけど、そうもいかないかなぁ……というか、言い争い自体、本当はしたくないんだけど……。
私は意を決すると、正直に言うことにした。
「……このドアの前にいたゾンビは、倒しました」
「倒した、って」
「ゾンビは頭部を破壊すると、動きが止まります。なので、頭部を破壊しました」
「う、ウソっ……それって……」
「……」
「そんな……ほのか……うぅぅ……!!」
彼女は嗚咽を漏らしながら号泣し始める。
しかし、すぐに泣きながら私の方を睨みつけてきた。
「どうして……どうしてほのかを殺したのっ!」
私はその彼女の慟哭に、どう答えたものかと思ったが……まあ、ここも正直に言うことにした。
迷ったら正直に言ってしまう、結局それしかないもの。
「そうですね、理由は……あなた達を助けるのに邪魔だったので。あと、うるさかったし。あと、どうせすでに死んでいるわけなので……まあいいかなって」
「な、な、何言ってんのよッ! ふざけないでっ!」
「ふざけてませんよ。……あの、言いにくいんですけど、すぐに体育館に移動したいので泣き止んでもらえませんか?」
「なんですって! あ、アンタねぇっ——!」
「その、うるさくするとゾンビが寄ってきちゃうんです。だから、ゾンビを殺すところを見たくないって言うんでしたら、静かにしていた方がいいですよ。……まあ、どうせ暗くて見えないかもしれませんけど」
「なっ、なっ……」
そう、今も周囲は真っ暗だ。この部室内も電気は付いていないので暗闇だ。
私はゴーグルがあるからこの場の全員の顔がはっきり見えるが、おそらく彼女達は私たちの顔もよく見えていないはずだ。現に、誰も私とマナハスのゴーグルにツッコんできていないし。
彼女の泣き声は少し抑えられてきたが、それでも未だ止まる気配は無い。
「なんで殺したのよ……なんで……」
「殺したというのには色々と語弊があると言いたいんですが……まあ、それについても後でいいですか? 今は早く移動したいんです」
「いいわけないじゃない! アンタ、自分が何したか分かって言ってんのッ!?」
「……何しに来たかと言えば、助けに来たんですよ、生徒会長さんに頼まれたので。——そして、助けるのはあなた達だけじゃないんです。他にも、校内にはあなた達のような生存者がたくさん残っています。ここで時間を無駄してしまえば、そちらを助けに行くのが遅れます。そして、遅れれば遅れるほど、その生存者達の生存率は下がっていきます。それは、理解してもらえますか?」
「そ、それはっ……でもっ——!」
「現にあなた達は、私たちが来るのがもう少し遅れていたらどうなっていましたか? ——その、ほのかさん、ですか。彼女が扉を開けて——いや、壊して、中に入ってきていたと思いますけど……もしかして、それを望んでいたんですか? だとしたら、私はとんだ邪魔をしてしまったわけですが」
「なっ、ち、違っ……そうじゃなくて、大体、アンタが——」
「リコ、ちょっと待って、落ち着いて」
「ぶ、部長……」
「今は、とにかく移動しましょう。話は後でも出来るわ。この場で、この状況で、しなくてもね」
「うぅ……で、でも……」
「するなと言ってるわけじゃないのよ。後ですればいいと言っているの。でも、ここでグズグズしていたら、その後でだって無くなってしまうかもしれない。今はそんな状況だと思う」
「だ、だけど……」
「……大体、リコだって、ずっと救助を待っていたじゃない。ずっと外に出たがっていたのは、あなたも同じはずでしょ?」
「そ、そうですけど……」
「私たちは、今、結構な極限状態だと思う。そんな状態で話したって、上手くいくはずないわ。それは……ただの時間の無駄よ」
「部長……っ!」
「話し合いの内容が無駄だと言っているんじゃないの。今、話すこと自体が無駄だと言っているの。分かる? リコ。……分からないなら、あなたは頭が回っていないっていうことよ」
「ぶちょお……アタシがバカだって、言うんですかぁ……」
「だから、そうじゃないって……いや、あえて言わせてもらえば、今のあなたはバカになっているってこと」
「……うぅ、部長……」
「とにかく、私たちに今必要なのは、安全なところでゆっくり休むことよ。そのためには、ここからすぐに移動するべきで、この人たちが、それを手助けしてくれる。——ただ、あの、私も気になることがあるんですけど」
そう言って、部長さんは私の方を見てくる。
なんでしょう、部長さんの言うことならなんでも答えますよ。
いやぁ、部長さんが上手くリコちゃんを抑えてくれたよ。ありがてぇ。さすが部長だ。部員の扱いを心得ている。お陰で助かったわ。感謝感謝。
さすが、会長さんにもしっかり者と言われるだけある。こんな状況でもしっかり部員をまとめてらっしゃる。尊敬ですわ。
そんな部長さんの言うことなら、私、なんでも答えてしまうんですのん。
「何でしょう?」
「あなたは、たぶん、私と同年代くらいだと思うんですけど……だから、自衛隊や警察の方じゃないですよね? 一体、どういう方なんでしょうか? その、ここから体育館に移動する間、本当に安全なんでしょうか? それだけは、どうしても確認しておきたくて……」
なるほど。それは気になるだろう。時間を無駄にするべきではないと分かっている部長さんだが、そこだけは疎かには出来ないと。
確かに、そこを確かめなければ、ここから移動するのが本当に正しいかの判断が、根本から揺らいでしまう。
私たちの実力がカスだったら、このまま部室にこもってた方が正解、ということにもなりかねないし。
だから、部員の人たちをまとめてリーダーとして判断を下している部長さんは、そこの確認だけは外せない。
……ふむ、私たちが分かりやすく自衛隊や警察の格好をしていたら、彼女も迷うことは無かったろう。あるいは、そうでなくても大人の男性だったりしたら、あるいはもっと人数がいたら、違っていただろう。
しかし、現れたのはそこまで屈強な体格ではない女性。顔は見えないが、声からして若い、自分と同年代くらい。もう一人は変な棒持ってて、まだ一言も喋っていないから謎だ。暗いからやはり顔も分からないが、体格からいって前者と大差はない。——部長さんたちが、今の段階で私たちについて分かっているのは、こんなところか。
……まあ、顔は見えなくてよかっただろう。見えてたら、今までのあらゆる情報をすっ飛ばして「サイバーゴーグルの二人組」ということで完結する。
当然、そんな奴には誰もついていくことはあるまい。
さて、彼女には私たちの実力を信用してもらわないといけない。だが、それはなかなか難しい話だ。なにせ時間がない。短時間で私たちの実力を信じてもらうのは難しい。
しかし、その点に関して、今回の私には使える秘策があった。少し前に藤川さんにやってもらって失敗した奴だが、今回はいけるだろう。なにせ、対象はあの会長さんなんだからね……!
「もっともな懸念だと思います。ですが、私たちのことをあなた方に信用してもらうのは、やはり、難しいですね。なにせ初対面ですから」
「そ、そうですよね……その、差し迫った状況でこんなことを言うべきではなかったかもしれません。すみません、面倒なことを言って。……あの、気にしないでください。やっぱり、そんなこと言ってる場合じゃありませんよね」
「いえいえ、謝らないで下さい。当然の確認だと思います。疑われるような私たちが悪いんですよ」
「いえ、そんなことは……」
「とはいえ時間も無いので、確実な証明をここですることはできません。——ですが、それでも一つ言えることがあるとすれば……」
「……なんですか?」
「さっきも少し言いましたが、私は生徒会長の常盤さんに頼まれて、あなた達を救出しに来たんです。常盤さん、ご存知ですよね」
「もちろん、知ってます! ——え、それじゃ、会長は、サエちゃんは無事なんですか?」
「無事ですよ。今は体育館にいて、避難してきた人たちをまとめています。学生なのに大人も含めた集団のリーダーをするなんて、立派ですよね……私も、彼女のそんな姿には感銘を受けました」
「よかった……無事だったんだ……っ!」
「その彼女に依頼されたんです。私たち二人で、校内に残っている生存者を救出して、体育館に連れてきて欲しいって。それはつまり、他ならぬあの常盤会長が、私たちの実力を認めたということです。私たちなら十分その依頼を全う出来ると会長さんが判断したからこそ、私たちにそれを頼んだんです。会長さんは、そういう人ですよね? 出来ない人には頼まない。短い付き合いですが、私は会長さんをそんな人だと想像しました。——どうでしょう、部長さん。私が考える会長さんの姿は、何か間違っていましたか?」
「いえ、そうです。サエちゃんは、その人の実力を把握した上で適切な仕事を割り振るんです。その指示が的確だからこそ、あの子は部下の子達にもすごく慕われてるんです。そんな評判は私もよく聞いてました」
「——それなら、もう分かりましたね。そのやり手な会長さんが、私たちに託したんです。つまりはその会長さんが、私たちの実力を信用している、ということです。初対面の私たちのことは信用できなくても、会長さんのことは信用できますよね? 会長さんの判断なら信じられますよね。特に、あなたは会長さんとはとても親しい間柄だと聞いています。会長さんも必死な様子であなたを助けて欲しいと私に頼んできました。その必死さを見れば、あなた達の間にどれだけ強い繋がりがあるのかなんて、会ったばかりの私にも伝わってきましたよ。……そんなあなたなら、会長さんの判断を信じられるはず。他ならぬ彼女の判断になら、あなたは自分の命をかけられるんじゃないですか。そして、あなたの判断には、部員のみなさんも従うでしょう。私は会長さんと同じものを、部長さん、あなたにも感じましたから。部長さんも、部員さんたちにはすごく慕われているみたいですからね」
「サエちゃんが……そうですね。生徒会長がそう判断したなら、それに間違いはないでしょう。私は、彼女を信じていますから。……みんなは、私のことを信じてくれる?」
そう言って、彼女は周りの部員達を見渡した。
すると、部員達は口々に——「部長に従います!」「生徒会長が言うことなら、間違いありませんね」「部長……あなたについていきます」「うぅ、部長ぉ、置いてかないでくださいぃ……」「あなたの判断ですでに助かった命ですから、当然従いますよ、部長」——と、部長さんの言葉へ反応していく。
……若干一名、メンタルがブレイクして泣き言を言っているリコちゃんとかいるけど。全員、賛成のようだ。
さすがはカリスマ生徒会長とその親友ってところだな。比べちゃなんだが、どこぞの藤川さんの時とはえらい違いじゃ。
——いや、アレは藤川さんは悪く無いでしょ。普通に紹介するのが不可能な、どこぞのカルト聖女教徒が100%悪い。
「では改めて。皆さん、私たちについてきてくれますね?」
「はい、お願いします」
「了解しました。それでは、私が先行しますので、皆さんはこっちの彼女について行って下さい。灯りをつけると目立って奴らを引きつけるので、ライトは無しで行きます。足元に気をつけて、手でも繋いではぐれないようにしてください。すぐに準備をお願いします。——あ、荷物は最小限でお願いしますね」
「え……あ、灯りなしで行くんですか……?」
「厳しいですかね……それなら、足元だけ照らすようにして下さい。前と後ろで、つけるのは二つくらいにしておいてもらえますか」
「わ、分かりました……」
そうして彼女達は、スマホなどの灯りを頼りに、脱出の準備を始めた。
足元を照らすだけなら、私らの顔までは見えないかな。まあ、前向いてるから大丈夫か。
私はマナハスと一緒に一足先に外に出ながら、そのマナハスの様子に関して、色々と思いを馳せていた。