第65話 唐突に流れ始めるBGM……止めるんじゃねぇぞ……
マナハスは私の声に応えると、寝ている彼の頭上に左手を掲げる。
すると、左手が光を放ち、その手から溢れるように光が彼の上に降り注いでいく。
右手に仰々しい杖を持った乙女が左手から光を降り注いでいく光景は、さながら何かの宗教画の一幕のようだ。いい具合に神々しいではないか。
ふむ、こうなってくると、服装ももっとそれっぽいものにしてみたいですな。聖女っぽいヒラヒラした感じの服とか探してみるかね。
今の服も、まあ悪くはないけど、特別な服ではないしなぁ。まるっきり一般的な服装なので。
降り注ぐ光が終了すると、すぐに反応が現れた。
寝ている彼が目を開ける。そして体を起こして、周りを見渡す。
「アレ、俺、どうなって……」
「……マジか、おい、リキ! お前治ったのかよ!?」
「——マサ? おい、これ、何がどーなってんだ……?」
「お前、覚えてねーのか? 噛まれただろ! んで、ここに逃げてきて、お前は具合悪くなって寝てて、そしたらなんかコイツら、あ、いや、この人たちが——」
そこで私はヤンキー先輩のセリフに割り込んで、起き上がった彼に話しかける。
「お加減はどうですか?」
「えっ、あ、アンタは……?」
「体調の方は、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、そうだな……全然、平気っつーか、うん、そう……さっきまでは、マジでチョーシ悪かったっつーか……あ、そうだ、俺、変なヤツに噛まれて……」
「肩の傷は……結構、酷いですね。痛みますか?」
「肩? ……うわっ、これ、痛そう……ってか痛いわ。フツーに痛ェ……」
「大変ですね……でも、大丈夫。聖女様が癒してくださいますから」
「えっ?」
出血大サービスだ、傷も治しといてやろう。せっかくだからね。まあ、実際に出血してるのは彼の方なんですけどね。
マナハスに視線を向ける。怪我を治すアイテムについては彼女も持っているので、私が渡す必要はないだろう。
一応、いけるか目で問いかける。マナハスは問題ないと目で返事してきた。よし、ならお願いしまっす。
マナハスが彼の肩に手をかざす。しばしの後、その手が光を放つ。そして、出てきたアイテムを即座に使うマナハス。
その光景を傍から見れば、まるで彼女の手から出る光を受けて傷が治っていくようにも見えるだろう。
光は彼の傷口を覆い、傷をあっさりと治すと消えていった。光の消えた後には、アレだけの傷口も綺麗さっぱり消えており、なんの怪我もない状態に戻った肩があるのみだ。
「傷が……痛みが……消えた……!? マジ? 治ってんじゃんコレ……えぇっ!? マジ? これマジで!?」
治療を受けた当人は、当然びっくり。そして、それを見ていた他のみんなもビックリだ。
まあ、毒が消えたのは見た目じゃよう分からんからね。怪我を治す方がインパクトでかいと思ったのだ。
そんな周りの観衆の中でも、特に驚いているのは会長さんだった。
「うそっ……?? 嘘ウソうそ……何が起きた……!? え、ええ、えっ? だって、確かに怪我してたはず……ありえない……なんで……? 分からない……どうやったっていうの……? まさか、本当に奇跡だとでも……??」
めちゃんこ驚いてらっしゃる。まあ彼女、私たちみたいな連中に対して拒否感強かったし、超常現象とかそーいうのは苦手なタイプっぽい感じだったし、この反応も当然か。
ま、今は会長さんのことより、この場ではっきりさせておきたいところをやっておく。今の流れなら出来るはずだ。
私は出来る限り声が通るように、ボリュームを上げて発言する。
「皆さん! ご覧の通り、こちらの聖女様は奇跡をお使いになられます。彼女は傷を癒やし、外の連中に噛まれた影響を浄化できます。それはつまり、噛まれた人が連中のように変貌するのを防ぐことが出来る、ということですね。なので当然、彼女に連れられてきた我々は皆、潔白です。ですので、我々のことは安心して受け入れてもらえると思います」
そこで一旦セリフを区切ると、私は周囲を見渡す。そして続きを発言する。
「我々は大丈夫ですが、今見た通りに、この中にもすでに噛まれた人が存在しました。それが彼一人であるとは限りませんよね? 他にも居る可能性は当然あります。もし噛まれた人が居るなら——あるいは、噛まれた人を知っているのなら、この場で名乗り出てくれませんか? もちろん、その人達も聖女様が奇跡によりお救いします。……ですので、もう不安に思う必要はありません。救われるのです。あなたはもう大丈夫です。ですから、今この場で、名乗り出て下さい。——大丈夫ですよ。聖女様はここにいます。救いはここにあります。もう、恐れる必要はありません!」
見たところ、寝ている人はさっきのヤンキー先輩のダチの人以外には居ないっぽかった。だが、それで噛まれた人が他に居ないとは限らない。まだそこまで体調を崩していないだけかもしれない。
なので、こうして名乗り出てもらう。今なら名乗り出ても大丈夫——と、そういう空気を出すのだ。実際、助かるので、本人としても出てくるだろう。その目で見たはずだし。
まあ、後から噛まれたのを黙ってたことを色々言われるかもしれないけど……それはまあ、しゃーないというか。ま、なんとかなるやろ。
ざっと見回すが動きはない。
ふむ、他には居なかったか……まあ、それならそれでいい。私としても、解毒アイテムはお高いので、実のところは、あまり使いたくはないのよね。噛まれた人が他に居ないなら、それにこしたことはない。
とか思って、そろそろ「他には居ないようですね」と言おうと思ったところで、一人の男性がこちらに近寄ってきた。
彼は私とマナハスの前に来ると、黙って服の袖を捲ってみせた。——そこには歯形がくっきりと付いていた。
彼の顔色を見れば、だいぶ具合が悪そうだ。一応、まだ自力で動けてはいるが、やはり毒の影響はあるのだろう。
「……本当に、救われるのか?」
「ええ、もう大丈夫です。あなたは、そこに跪いて下さい。それでは、聖女様……」
別に跪く必要はないが、まあポーズである。ノリで言ってみた。
男の人は素直に膝をつき、頭を垂れる。
私は、また新たに解毒アイテムをこっそり取り出して、マナハスにこっそり渡す。
マナハスが男性の頭上に手をかざす。降り注ぐ光。
彼は、じっと目を瞑りそれを受ける。その光景は、まるで洗礼か何かのようだ。なかなか宗教感高い。
光の散布が終わり、男性はやおら目を開ける。私は、彼にそっと話しかける。
「気分は、どうですか……?」
「本当だ……気分の悪さが嘘のように消えた。噛まれてからずっとあった気持ち悪さが、スッキリと……すごい、これが、奇跡……?」
「怪我は、痛みますか?」
「あ、これは……あの、聖女様は、傷を治すことで疲れたりとかは、されないのですか……?」
「そうですね……確かに、聖女様の奇跡も無制限に使えるというわけではありませんが」
「それなら……その力は別の人に取っておいて下さい。俺は——ずっと苦しかったんです。体もそうですけど、心が……苦しかった。本当は、ここに居てはいけないとわかってた。でも、怖かった……ここから外に、また奴らの所に行くのが……それに、一人になるのが怖かった……。だから、居てはいけない、迷惑になると分かっていても、どうにも出来なかった……。——でも、もう、大丈夫なんですよね? 俺は、連中のようにはならないんですよね? 誰にも迷惑をかけることはないんですよね? ここに居てもいいんですよね……?」
「大丈夫です。あなたは、もう大丈夫です。安心して下さい。それもこれも、すべて聖女様のお陰です。聖女様に邂逅できて、あなたは幸運でしたね」
「ああ……あぁ……!」
男性は、助かった喜びで感極まったように涙を流した。意識がある分、恐怖と罪悪感も強かったのだろう。誰にも相談できずに一人で、さぞ辛かったのでしょうね。
確かに怪我はそこまで酷くないけど、治さなくていいなんて、よっぽど罪悪感があったのだろう。
治療アイテムは解毒アイテムほど高価ではないが、それでもそこそこのポイントが必要なので、使わないで済むならこちらとしても助かるところではあるのだけど。
まあ、今のところはみんなのチュートリアル報酬によりそこそこの数が手に入っているので、使っても構わんっちゃ構わないけど。だけど私としても、節約できるならなるべくそうしたい。
なんせあのアイテム、死にかけの藤川さんまで救うくらいなのだ。出来るなら、なるべく差し迫った状況から使うべきだろう。
……しかし、そう考えると、あのアイテム一つで相当の怪我を治せそうなんだけど、使っちゃうとそれで一個丸々無くなっちゃうんだよなー。
なんか必要分だけ使って、残りは取っておくとか出来ないもんかな。それこそ、マナハスの捻挫治したやつとか、私の首を治したやつとか、ほとんど無駄にしてる気がするわ、今思えば。
彼の怪我についても、確かにそこまで酷くないし腕も問題なく動くようなので、使わなくても問題ないと言えばそうかな。
まあ、彼はもう存分に救われたということなんでしょうね。
そんなあなたを救ったのが、こちらの聖女様です。さあ、存分に崇めるといいですよ。
——弱みにつけ込んでるわぁ。
通常運転だよ。
「さて、他にはもういらっしゃいませんか? ……どうやら、他にはいらっしゃらないようですね。では、この体育館は今ようやく、一定の安全が確保されましたね。それもこれも、聖女様の御力の賜物です。聖女様がいて下されば、今後もこの避難所の安全は保たれることになるでしょう。ですので、我々の事を快く受け入れていただければと思うのですがね」
そう言って、私は会長さんの方を見る。
会長さんは、何とも言えない表情でこちらを見返してきた。
本当に、何とも言えない表情ですねそれは。——死ぬほど怪しい宗教団体だと思ったら、怪しいどころの話ではなかった、という感じなのだろうけど。
あとは会長さんと話せばいいかなと、私は声のトーンを普通に戻して、会長さんに話しかける。
「さて、これで、この避難所内の安全は、とりあえず確保されたんじゃないでしょうか」
「…………そうね」
「私たちが誰も噛まれていないのも、分かって頂けたと思います。——いえ、実際は一人、噛まれた人が居たんですが、さっきの様に治療されているので、はい、大丈夫です」
「……治療って、いつしたの? その人はその後、本当に平気だったの?」
「えーっと、数時間前くらいですかね? その後は、ええ、至ってなんの問題もないみたいですよ」
「……あなた達は、何者なの?」
「ですから、聖女様とその一行で——」
「そうじゃなくて! その、聖女とかいう人の力は、いったい何なの……?」
「奇跡ですよ」
「何よ、奇跡って……」
「さっき見たでしょう?」
「見たわよ……まるっきり意味が分からなかったけど……」
「まあ、奇跡とは、往々にしてそういうものですよ」
「ちょっと、ちゃんと説明してよっ」
「申し訳ないですけど、私達はまだすることがあるので、説明している暇は無いんです」
「することって、何……?」
「この学校に滞在すると決めた以上は、出来る限りのことをしておきたいので……とりあえず、学校の敷地内の連中——いわゆる、ゾンビ達——を一掃して、その過程で生存者が見つかったら、その方達もここに連れてこようと思います」
「なっ……そんな、危険すぎるわっ」
「大丈夫ですよ。こちらには聖女様がおりますので。それに、戦力は他にも何人かいるのでね。こちらにも残していくつもりです。——言ってませんでしたけど、藤川さんも戦力の一人ですよ。聖女様から力を授かった、まあ、聖戦士といったところでしょうかね?」
セイントですかね。セイヤじゃないけど。
あ、今、私の頭の中にペガサスなOPが流れ始めちゃった。——〜〜〜♪ 〜〜♪
——いや歌い始めるんじゃないわよ。
好きなんだよなーこの曲。私って、こういうのが脳内に流れ出すと、中々止まらないんだよねぇ。止められねぇんだ。
「藤川さんが、ですか……?」
「ええ、あと一人、大人の男性も居ます。——大人の、男性です。なので、とりあえずはその二人をここに残していきます。それで、私と聖女様の二人で外に行きます」
「あ、あなたは、大丈夫なんですか……?」
「はい。私もこう見えて、聖戦士の一員ですから」
大人の構成員もいることを強調しておく。しかし、まさか自分の人生においてこんなセリフを真面目に他人に話す時が来るなんて、まるで想像してなかったよ。——私、聖戦士の一員なんで——なんてさ……〜〜〜♪
——いやまだ続いてんの歌!?
最後まで流れるさ。
——あんまり歌いすぎると請求されるわよ……
私の脳内で流してるだけだから、大丈夫大丈夫……だよね?
私がちょっと不安になりつつも、サビが近づいてきたので、止められねぇっぞ……! と意気込んでいたら、いきなり——ドンッ! という大きな音がしたので、思わず音の方を向いた。
「——ッ! なにっ!?」
「なんだっ!?」
みんなも音のした方、つまり、私たちが入ってきた体育館の入り口の方を向く。
すると、そこから現れたのは……
ゾンビだった。