第63話 聖女教に入信すれば、すべて解決しますよ! さあみんな、入信しよう!
私はマナハスを連れだって、件の床に横になっている人物の元へ向かう。
体育館の中にいた人たちは、(遠巻きにこちらを見ていたので)私たちの会話が聞こえていたわけではないだろうが、外から来た我々に近寄りがたいのか、私たちが近づくと勝手に道を開けてくれる。なので、苦もなくたどり着くことが出来た。
横になった彼は、自分で動くことが出来ないほど衰弱している様子が見てとれる。
そんな彼がその場を動かないのは必然だが、もう一人、我々を避けずにその場に残っている人物がそこには居た。
その人物は、自分達の方に近寄ってくる我々の方に険しい目を向ける。
そして、会長さんの方を向いて口を開いた。
「生徒会長、そいつらはなんなんだ……? 中には誰も入れないって言ってなかったか」
「この人達は……勝手に入って来たんです」
「どういうことだよ? 入り口の管理は生徒会がやってるんだろ、そんなガバガバでいいのかよ。おい、そんなんじゃ外の化け物達も入って来るんじゃねーのか?」
「まさか、鍵はちゃんとかけてます。大人しくしておけば、連中は扉を破ろうとはしません」
「どーでもいーけどよー、一度決めたならその通りにして欲しいぜ。人数が増えたら、食い扶持だって必要なんだからよ。ここにある食料だって、そんなにたくさんはねーんだろ? 中にいる奴らだけでも確実に助かるために、他の連中は締め出したんだろ? アンタそう言ってたよな。救助だっていつ来るか分からねーし、そいつらの分の食料なんかねーって言ってやれよ」
「そ、それはそうですけど……でも、今はその事についての話じゃないんです」
「は? 何がだよ」
「私たちがここに来たのは、そこの……彼の容体を確認するためです」
「な……」
そう言われると、それまで強気で会長さんに意見していた彼が、初めて勢いを落とした。
彼も、床で寝ている人も、おそらくはこの学校の生徒だろう。いや、元かな? たぶん年上というか、三年生だと思われる。まあ、卒業したので元三年生か。
「具合悪そうですけど、もしかして——」
「そ、そりゃ、こんな状況だからな。コイツだって疲れてるんだよ。いいだろ、別に。寝かせといてくれよ」
「ですが、かなり具合が悪そうですよ……」
「それは……」
そこで彼は一瞬、思い悩むような表情をした。しかし、それもすぐに取り繕い、むしろ太々しい態度に居直って続きを言い放った。
「別に、ただ疲れてるだけさ。今日は大変な一日だったからな。それも当然だろ? てかなんだ、コイツが寝てたらなんかいけないのかよ? つーかもう夜なんだから、寝ていいだろ。灯り消してくれたら俺ももう寝るけど。いつ消灯するんだ? 生徒会長さんよ」
「それは……色々と落ち着くまでは、まだですよ」
「あ、そう。それならなるべく早く頼むわ。……話は終わりか? なら、俺も疲れてるから、どっか行ってほしーんだけど」
「いや、それは……」
「まだ何かあんの?」
「……」
うーむ、どうも会長さん、及び腰だなぁ。この相手の人、なーんか強引だしかなり怪しいけど、会長さんはあまり強く出れていない。
まあ、相手は学年上の卒業生っぽいし、ちょっとコワモテ系の男子だし、気持ちは分からんでもないけど。なんとなく雰囲気的にヤンキー系って気がするなー、この人。
ま、私にとっては知ったこっちゃねーけど。会長さんが無理なら私が聞こう。まるっきり他校の人間なんで、私には余計な柵など何もないし、今更ヤンキーの一匹や二匹を恐れる私ではない。
「いえね、私たちが来たのは、そちらの方の様子を確認するためなんですけどね」
「……なんだアンタ、誰か知らないけど部外者は引っ込んでてくれよ」
「もう中に入ってしまったので、部外者でもありませんよ。そして、出ていくつもりもありません。今のところは」
「はぁ? オイオイ、勝手な事を——」
「それより」
私は向こうのペースに飲まれないように、強引に彼のセリフをぶった切る。そしてテンポよく追撃だ。
「そちらの横になっている彼、寝てるだけにしてはとても具合悪そうですけど、大丈夫でしょうか?」
「だ、大丈夫だって、別に」
「どうも普通の様子じゃありませんけど、何か具合が悪くなるような事があったんでしょうか? そうですね、例えば——」
外の連中に噛まれた、とか。
私がそう言い放った瞬間、その場の空気が凍った。
目の前のヤンキーっぽい先輩だけではなく、周囲の人にも私のセリフは聞こえていたはずだ。それなりに大きな声で言ったので。
「な、ま、まさ、か……」
「体のどこかに、あるんじゃないですか? 連中の歯形が……この、どこかに」
そう言って、私は寝ている彼の体を一通り眺める。そしてヤンキー先輩の方に視線を戻す。目力だ。メンチを切るのだ。
ヤンキー先輩は私と目が合うと、すぐに目を泳がせた。——おや? ヤンキーのくせにメンチバトル弱すぎないスか? メンタルでもう負けてますよね?
ヤンキー先輩の視線は寝ている彼の方に向かう。彼の体に注がれる視線が、特定の場所に引っかかったのを私は目ざとく観察していた。
その場所は——
「首元」
ビクンッ、と私の言葉に反応するヤンキー先輩。
すっげー分かりやすい反応、ビンゴっすね。
「首元に、何かあるんですか……?」
そう言いつつ、私は寝てる彼の首元に右手を伸ばしていく。
すると、ガシッ、と途中で腕を掴まれ止められた。掴んだのは当然、ヤンキー先輩だ。
「何もない、何も……そこには何もない」
いや、あるやつやんそれ。もはや、ありますって言ってるようなもんじゃん。
てか、掴む力強いな。掴みは弱点の一つみたいなんで、やめて欲しいんですけどね。
「あの、放して欲しいんですけど」
「なら腕を戻せ、そしたら放す」
「何もないなら別にいいでしょう?」
「よくない」
「何でですか?」
「それは……そう、コイツは……くすぐったがりなんだよ。特に首は。触ると起きちゃうんだよ。だから、そこには触らないでくれ……コイツは、そんまま寝かせてくれや」
「首には触りません。服をはだけるだけです」
「ダメだ」
「何でですか?」
「……恥ずかしいだろ。寝ている男の服を脱がせるとか、破廉恥だぞ。女子がすることじゃねぇ」
「じゃあ、あなたがやってくださいよ」
「寝てる男の服なんか触れねぇ。俺にそんな趣味はねぇ」
「いや趣味とかじゃなくて、別に、ただ少しはだけるだけですけど」
「だから……別に必要ないんだ。そもそも何もないんだから」
埒があかねぇ。しゃーない、もう強行すっぞ。男の服を無理やり脱がしてやる。肉食系女子になってやるよ。
「そうですか、何もないんですね」
「そうだ、だから——」
「でも私、寝てる男の服を無理やり脱がすのが好きなんで」
「——はぁっ?!」
そう言って私は、素早く左手を出して寝てるオトコの首元を掴み、服をめくった。
「あっ! てめっ——」
「——キャッ!?」
露わになった首元を見て、会長さんが悲鳴を上げる。しかしそれは、別にオトコの肌が露出したから純情な乙女が悲鳴を上げたとかではなく——単純にそこに、わりと酷い噛み傷の跡があったからだろう。
やっぱあったか、ドンピシャだ。
まあ、この人の様子を見るに、完全にいつかの香月さんと同じだったし、噛まれているのはほぼ確定だと思ってたけど。
ともかく、すぐに傷跡が見つかったから、全身の服を剥ぎ取らずにすんでよかった。危うくアグレッシブな肉食系女子として有名になるところだった。
——なんの心配をしているのよ。
「こ、これはっ……どういうことですかっ! 完全に噛まれてるじゃないですかっ!」
会長さんの大声に、周囲の人も反応する。声の大きさもだが、その内容が現在の情勢では聞き捨てならないものであるし。
ヤンキー先輩は、すでに私の腕を放していて、その手は力無く垂れ下がっていた。
「す、すぐに対処しないと……ど、どうしよう……まずは、ロープで拘束……? どこかに隔離……? いや、いっそのこと、外に——」
「ま、待ってくれ! コイツは確かに噛まれてるけど、まだ人間だ! そ、それに、外の化け物たちみたいになるとは限らねぇだろ! 気合いで耐えるかもしれねぇ!」
それはちょっと無理でしょ。
私はまず精神論の根性論は嫌いなタイプなんだけど、それを置いといても、ゾンビ毒は気合いでどうこうなるものではないと思うよ。
「そんなわけないでしょ! この人はもう手遅れです! 早く対処しないとみんなに危険が及ぶわ! そうなってからじゃ遅いのよっ!?」
「おいっ、コイツを見捨てろってーのか! まだ化け物になるって決まったわけじゃねーだろ! 助かるかもしれねーじゃねーかっ……!」
「そ、そんな希望的観測には縋れないわ……」
「だからって、ダチを見捨てろって言われて納得できねーよ! 俺はゼッテー、コイツを見捨てねぇ!」
「あ、あなた一人の問題じゃないのよ! あなたのわがままで、この場の全員が危険に晒されるのよ! 一人の勝手な行動でみんなを死なせるつもりなのっ!? そんなの誰も納得しないわっ!」
「んなもん知るかよっ! コイツをどうこうするのには俺が納得しねー! 俺の意見は無視かよ!」
「優先すべきは多数よ! そうでなければ、集団は崩壊する。あなたがどれだけ反対しようと、この場の全員が賛成するでしょうから……どちらにしろ、これは決定事項よ」
「なんだと……! くそっ……」
ヤンキー先輩は周りを見渡す。
しかし、帰って来るのはどれも、冷ややかな視線か、あるいは怯えた視線のみだった。
その様子に、絶望に沈む彼……救いはないのか……
いいえ——あります! 救いはここにあります!
もちろん、“ダチ”想いのこの先輩を、私が見捨てるわけがない。
聖女様は慈悲深いのだ……さあ先輩、聖女教に入信する用意はいいですか?