第62話 互いに初対面なら、共通の知り合いからの紹介は基本だわね
会長さんの口から出てきたのは、藤川さんの名前だった。
藤川さんとな? 知り合いなん……ってそうか、ここ藤川さんの通ってる学校らしいし、そりゃ知り合いもいるっしょ。
なんだ、それなら最初から藤川さんに出てきてもらえば話が早かったかな?
呼ばれて藤川さんが前に出てくる。
ちなみに、今の藤川さんは、ぱっと見は何も武器は持っていないように見える。——ライフルはしまってるし、拳銃は服の下に隠れている。
これは越前さんもそうだ。最初から武器が見えると色々アレなので、しまってから中に入ってもらうことにしていた。
もちろん、私も同様に刀はしまっている。見えるように持っているのは、マナハスの杖だけだ。
「常盤さん、それに、中野くん……」
「やっぱり、藤川さんですよね。無事だったんですね、よかったです。……それで、もしかして藤川さんは、この方達と一緒に行動しているんですか?」
「ふ、藤川じゃん! え、お前ってこの人達の知り合いなの? どういう関係!?」
私は藤川さんに視線を向ける。すると、藤川さんは二人を紹介してくれた。
「あの、常盤さん……生徒会長とは、私、一年の頃クラスが同じだったんです。あまり接点はなかったんですけど……。それと、中野くんは、二年で同じクラスでした」
「そうなんだ。じゃあ二人とも二年生——まあ、次で三年生か。それなら私たちと同い年なわけだ。あ、藤川さん、この二人にも私たちのことを紹介してもらっていい?」
共通の知人からの紹介は基本だよね。これで私たちのことも少しは信用してもらえる……だろうか?
——いや、共通の知人いても無理でしょ。
うーん、確かに……。
「あ、えっと、こちらは火神さんです。私たちと同い年で……す。そして、こちらは……マナハ、ス様は、聖女様です……私はお二人に助けられて、ここまで来られたんです」
「紹介も済みましたので、私たちの事、少しは信用してもらえましたか?」
「なわけないじゃない! あなた、カガミさんですか、同い年なんですね……いえ、それよりも——藤川さんに何をしたの!? 完全にアナタ達に取り込まれてるじゃない!」
「そ、そんな、常盤さん、待って! 私は、火神さん達に本当に助けてもらって——」
「藤川さん、一年の時からあなたって、少し思い込みが激しいところがあると思っていたけど……まさか、こんなにあっさり怪しい宗教に騙されてるなんて……今は状況が特殊とはいえ、同じ学校の生徒として放って置けませんね……」
へえ、やっぱり藤川さんって、元から思い込み激しいところあったのね。
っていや、そうじゃなくて、
「藤川さんからの紹介でもダメなんですか?」
「むしろ、なぜそれでいけると思っているの? あなたは」
「だって、藤川さんはこの学校の生徒ですよね。その藤川さんも受け入れないっていうんですか?」
「それは……いえ、そういう問題じゃないんです。問題は、あなた達が学校の部外者だからというのではなく、ただ単に外からやって来たというのが問題なんです。それについては、藤川さんにしたって同じ事です。生徒かどうかは関係ありませんし、あなた達が怪しい宗教団体であることも関係ありません。……いえ、その点に関しては、信用できないという理由には大いに関係していますけど」
宗教団体ではないけど、そこについてはまあいい。しかし、外からやって来たことだけが問題というのは……
「外から来たことの何が問題なんです?」
「決まってるでしょ、連中と接触した可能性があるということよ。連中に噛まれた人間が一人でもいれば、それを受け入れた時点で、ここの安全は崩壊する。連中が侵入することになる可能性がある以上、相手が誰であれ受け入れることは出来ないし、しない。ここは、そういうルールなの」
ふむ。まあ、安全を考えるなら、それは確かに一つの最適解ではある。さらに言えば、それを今の時点で実行している点はなかなかのものだと思う。
なにせ、こんな事態になってまだすぐの段階なのだ。私たちと違い、この人達にはゾンビについての情報などほとんどないだろう。それこそ、自分で見聞きした分くらいしか。
その不確かな情報しかない中でも、厳格に判断して外部との接触を完全に断ったわけだから、英断と言えるだろう。もしそれをこの会長さんが主導したというのならば、この歳にしてかなりの人物なのだと思われる。
私たちのように勝手に入らない限り、内部から入れるつもりは無かったみたいだし。そこまで徹底しているというならば——一つの懸念は消えたということでいいのかな。
「なるほど、それは確かに効果的な方法だと思いますよ」
私が彼女に賛成したら、まさか賛同されるとは思わなかったのか、彼女は露骨に驚いた顔をした。
「そこまで徹底しているということは、すでに中にいる人たちは全員、確認済みなんですね?」
「え?」
「ん? いや、中にいる人たちは誰も噛まれていないって、ちゃんと確認されているん……ですよね?」
「そ、それは……」
え、してないの……? じゃあダメじゃね?
何のために外からの流入を完全に遮断しているのか。中の安全性を保つためなはずですけど、ならまずは中の人が全員シロじゃないと意味無くない? いや意味ないよ。当たり前じゃん。てか、これは流入がどうこう以前の問題じゃん。
「あの、確認してないんですか……?」
「確認って……そんな、全員の体を調べて噛み跡がないかどうかなんて、そこまでは……」
してないんだ。まあ、確かにそこそこ人数いるし、大変かもだけどさ。でもやらないとダメやん?
「あの、内部が完全に安全である保証もないんだったら、私たちを受け入れても問題ないんじゃ?」
「そ、それとこれとは話が別でしょ! 外から来たあなた達が危険なのは確かなんだから! 今、中にいる人たちは襲われる前に避難できた人たちだから、あなた達より安全なのは確かです!」
「……なるほど。結局のところ、ここが安全である保証はないんですね」
「なっ……」
会長さんの強気の態度にも綻びが出てきたな。
ピキーン、聖女ムーブでゴリ押しのチャーンスっ!
「——でも大丈夫! なぜなら、聖女様がここにいらっしゃいますからね。聖女様が来たからには、安全が保証されたも同然ですよ」
「は、はあ? 何を言って……」
「ここにいる皆の安全のためには、やはり確認は必要です。それが大変な作業だということは、私も重々承知してます……ですが、聖女様なら大丈夫! ——というわけで、さっそくやらせてもらいますね」
「ちょ、ちょっと! 一体、何をするつもりなの!?」
「ですから、確認ですよ」
「そんな、どうやって……? 一人一人見てまわるというの? ——そんなの不可能よ……。私だって、考えなかったわけじゃない……でも、実際やるとして、みんなが素直に言うことを聞いてくれるかどうか……それに、もし仮に、噛まれている人が本当に居たとして……」
「そうですね、まず正直に名乗り出たりはしないでしょうね」
「それが分かっているなら、どうするつもりなの……?」
「簡単ですよ、こちらで見分ければいいんです」
「そんな、見える位置を噛まれているとは限らないじゃない。それに、仮にそうだったとして、隠さないはずがないし……」
「いえ、そうじゃなくてね……知らないんですか?」
「? 何を……?」
「噛まれた人は、連中のようになる前に体調が悪化するんです」
「……えっ」
「ですから、具合悪そうな人だけを調べればいいんですよ。——というか、すでに居ますよね? あそこの人とか……この騒ぎの中でも横になってるって、相当神経が図太いのか、あるいは……」
何らかの理由で、体調がすこぶる良くない、とかね。
その人物の方を指し示すと、皆がそちらに注目する。会長さんも、まさか……という顔をしている。
ふむ、やっぱり、噛まれてからまだゾンビ化してない人間がどうなるのかは、ここの人たちはまだ知らなかったみたいだ。まあ普通は噛まれたら助からないからね。
「では、確認に行きましょうか」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、なんであなたが仕切ってるのっ。それに、まだあなた達の受け入れを許可したわけじゃ——」
「でも、このことを知った以上は、あなたも放置は出来ないでしょう?」
「そ、それは……」
「まあ、あなたが、この件に関しては自分がすべて仕切る——というのでしたら、お任せしてもいいですけど……私が言うのもなんですが、大変だと思いますよ?」
「うっ……で、でも、それはあなただって……」
「私には聖女様がついてますから。聖女様にかかればこの程度、造作もありません。……それに、聖女様にしか出来ないやり方もありますからね」
「何を……」
「ともかく、ここは我々に、聖女様に任せてください。時間がもったいないですから、問答はこれくらいにしておきましょう。……実際のところ、急いだ方がいいです。手遅れになることも、ありますから」
ゾンビになってしまっては、色々と手遅れだ。例の横になっている人が、ただの体調不良という可能性もあるが……それもまずは確認しなくては。
「それに、もしもあの人が本当に噛まれていたとしたら……その時は、私たちが全員、聖女様の加護に守られた清浄なる民だということが証明されることになるでしょう」
「な、何……? もう、訳が分からない……」
会長さんは、まるで理解できないという顔をしている。
そうだね、聖女の奇跡はその目で見て確かめないと理解できるものではないからね。
さて、それじゃここでも、聖女の奇跡をぶちかますとするか。