第61話 ありのまま……さっき起こった事をしゃべるんだよっ
ようやく、体育館の中に入ることができた私たち。
とはいえ、これがゴールではない。まだまだやるべき事は残っている。
しかし、まずはどこからどう手をつけたものか……
私がそんな風に考えていたら——元から体育館にいた集団の中から一人の人物が出てきて、私たちに話しかけてきた。
「あなた達は、何なんですか……? 中には誰も入れないようにって言ってたのに、どうやって入ってきたの? ——中野くんは、何してるの?」
話しかけてきたのは、学生服を着た私と同年代くらいの女の子で——ということは、おそらくここの生徒なんだろう。
ところで、中野くんって誰だろう? と思ったら、後ろから例の門番の学生くんがやってきた。
「会長! こ、コイツら勝手に入ってきて……」
「中野くん。中には誰も入れないはずでしたよね。なぜドアを開けたんです?」
「ち、違います会長! 俺は開けてません!」
「なら、どうしてこの人達が入って来ているんです? あなたが扉を開ける以外に方法はないじゃないですか」
「む、無理やり入ってきたんです! 俺のせいじゃないんです!」
「無理やり? おかしいですね。ドアを壊すような音は聞こえませんでしたけど」
「いや、壊したりとかそういうんじゃ……」
「じゃあ、どうやったというんです?」
「そ、それは……」
ちょっと中野くんが可哀想になってきた。だって説明のしようがないし、中野くんはちゃんと職務に忠実な門番だったよ。ただ、やって来たのが奇跡の聖女だっただけで。
「まあまあ、あまり責めてやりなさんな、かわいそうですよ」
「な、なんですかいきなり! 関係ない人は黙ってて下さい!」
まるっきり知り合いが通りかかって仲裁してるみたいな雰囲気出して口を挟んだら、怒られた。
隣のマナハスが——何やってんのお前、って顔して見てくる。
いや、私らめっちゃ無視されてるし、それに中野くんが可哀想だったから助け舟を出したんだけど。
なんか怒られちゃったけど、でも無視されなくてよかった。ここで無視されたらかなり悲しいことになってたからね。その点は助かったわ。
「関係なくはないですよ。勝手に入ってきた当事者なわけですから。——ね、中野くん?」
「——なんですか中野くん、知り合いなんですか? ……だから通したんですか?」
「え、ち、違いますよ! 知りませんよ!」
「そんな、知らないなんて……あなたと私の仲じゃないですか! 中野くん!」
「……どういうことなんですっ、中野くん!?」
「えっ! えっ!? いやほんと、俺は……ええぇっ!?」
なんか面白いから適当言ったら、中野くんめっちゃ困ってるね。
——いや、何やってんのよアンタ。真奈羽もすごい顔してアンタのこと見てるじゃないの。絶対、アンタに任せたこと後悔してるわよ。
私に任せたらこんな感じになるって分かっていたはずなのに、私に任せたマナハスが悪いよね。
さあ、ではどうやって中野くんをからかう——じゃなかった、どうやってこの場を収めようかね。
——マジで中野くんカワイソウ。
中野くんに聞いても埒があかないと思ったのか、会長と呼ばれた女学生は、それまで無視していた私の方をようやく向いた。
ふむ、会長、ですか。なんの会長だろう。やっぱ生徒会長なのかな。確かに、彼女はそれっぽいカリスマ性をそこはかとなく感じさせる佇まいをしている。
そんな会長さんは、私に訝しげな目線を向けて、口を開いた。
「結局、あなた達は何なんですか……? 外から来たんですよね? どうやって勝手に入ってきたんです? さっきから外が騒がしくなっていましたけど、あれも、あなた達なんですか? ——うるさい音は“ヤツら”を引き寄せるというのに、そんな事を平気でされては、とても迷惑……どころか、この状況では明確に加害行為ですよ、これは……。そのような人たちを、この中に受け入れるわけにはいきません。ですから申し訳ないですけど、お引き取り願えますか? それで、あなた達の代表は誰ですか? というか……そちらのあなたの持ってるその棒、杖? は、ナニ? なぜそんなものを……?」
質問が多すぎて、何から答えたものやら。
なので、一番答えやすいところから答えていこうかね。
「我々は聖女様と、それに付き従う者です。こちらのお方が我々を取りまとめている代表者にして、我々の希望の光である聖女様です。我々は聖女様に導かれてこの地にやってきました。……ちなみに、この杖は聖女様の御力の一部です。杖の意匠の光の輪は、調和と安寧を象徴しています」
「………………は?」
会長さんは、どうやらマナハスの威光に感銘を受けて言葉も出ないようだ。
——いや、ただ単に、いきなり全力で飛ばした自己紹介されたせいでフリーズしているんでしょ。
「聖女様は慈悲深いお方です。我々を冷たくあしらったあなた方に対しても、きっと慈悲の心を見せて下さるでしょう。聖女様は見ての通り調和を重んじる方ですので、出来れば、あなた方とも友好的な関係を築いていきたいものですね」
「え、ちょっ、ちょっと待って……」
「あなた方も突然の事態に打ちのめされ、今は人間の本来持つ美徳——つまり、助け合いの精神や他者への思いやりなど——を忘れてしまっているのでしょう。しかし、聖女様が来たからにはもう大丈夫です。聖女様の惜しみない愛に触れたのならば、きっとすぐに美しい感情を思い出すでしょう。いや、むしろこれまでよりも素晴らしい自分になること請け合いです!」
「待って! 待てと言ってるでしょ!? な、なんなのあんた達……宗教っ? いくら混乱した状況だからって、こんな連中がもう湧いて出てくるなんて……」
いやそんな、虫かなんかみたいに言わないで欲しいんですけど?
「……あなた達がどういう集団なのかは分かりました。この場の秩序を乱さないためにも、絶対にあなた達をこの中に入れてはいけないと、はっきり理解したわ」
「でも、もう入ってしまいましたけど」
「それですよ! どうやって中に入ってきたの? ——中野くん! まさかあなた、この人達の言うことに感化されたとか言わないでしょうね?」
「は? い、いやいや! そんなわけないですよ! て、てか今、初めて聞きましたし!」
焦る中野くんは私の方を見て何か言おうとするが——私がジッと見つめ返すと、照れたように目を逸らした。
ふっ、こういう時は目力を使うのさ。
そんな中野くんの様子を見て、会長さんはさらに言い募る。
「……中野くん、もしかして……この二人がとても美人だから、話も聞かずに中に入れたとか言わないでしょうね……?」
「え、いや、違います! この二人がすっごい美人だって知ったのは中入ってきてからですよ! 扉越しじゃ分からないですって!」
「知ってたら、中に入れてくれました?」
私はそう聞きながら、中野くんに詰め寄ってみる。
「はっ、はぁ? 何を——て、てか近い……」
「やっぱり! デレデレじゃないですか中野くん! そんなに美人が好きなんですか!? ……ていうか、なんでアナタもそんなに中野くんに親しげなんです? やっぱり知り合いなんですか?」
「だから知り合いじゃないですって、会長! こんな美人に会ったことあったら忘れませんよ!」
「いや、そこはほら、昔のことだったから……」
「えっ、ええ!? そんな、えっ、俺にこんな美人の幼馴染みが……?」
「いるんですか!?」
いないけどね。いや、知らんけど。少なくとも、私は中野くんと過去に会ったことなどない。適当言ってるだけっす。
そのことが分かってるマナハスは無表情だ。きっと、聖女としての仮面がなければ、私のことをすごい顔して見ていたことだろう。
てか、会長さんって、なんかやたらと私と中野くんの間に突っかかってきているような気がするんだけど、これは、私の気のせいなのかな。もしかして、二人ってそういう関係なんだろうか。
私って恋愛とかそういうのにはマジで疎いので、そういうやつって全然分からないのよね。
「そんなに気になりますか? 会長——さん? 私と中野くんの間柄が。……もしかして、二人はそういう関係で……?」
「いえ別に、そういうことはありませんが。私が生徒会長で彼は生徒会役員だという、それだけです」
あ、そーなん。
……なんか、ズバッと脈なしみたいに言われた中野くんが落ち込んでいるように見えるけど、まあ、ドンマイ。
「というか、そんなことはどうでもいいんですよ。私が知りたいのは、アナタ達がどうやって勝手にこの中に入ってこれたのか、それだけです」
「知りたいですか……?」
「当然です。中野くんに聞いても埒があかないし……アナタが直接答えてくれませんか?」
「別に構いませんが。しかし、果たしてあなたに聖女様のなさる事が理解できるかどうか……」
「……さっきから聖女聖女って、一体、何なんです?」
「聖女様については……中野くん、あなたなら知ってますね?」
「え……えっ! 俺? えっ!?」
「知ってるんですか!? 中野くん!」
「えっ! えっ!?」
「えっ、じゃなくて、どうなんです!?」
「えっええぇ!?」
「ええぇでもないです! さっきからなんなんですか!」
「うえぇええ?!」
マナハスが、そろそろ中野くんイジリをやめろ、という念をビシビシ飛ばしてきているので、仕方がないから、やめ……ません!
——なんでよ!
もう少しだけ、もう少しだけやらせてよ。少しは楽しいことだってしたいんだよ私も。
——どんな楽しみをこの状況に見出してるのよ……。
「私が直接語るよりも、聖女様については、まずは彼の口から語ってもらった方が会長さんにも理解しやすいかと思いましてね」
そう言って私は、未だ言い合っていた二人の間に割り込む。
そう……中野くんにやってもらいたいのは、ただ、例の——彼のように語ってくれればいいんだよ。
「中野くんはすでに、聖女様の奇跡の一端に触れています。——さあ、中野くん。ありのまま、今さっき起こったことを話せばいいんですよ、ね、中野くん?」
私のセリフを聞いた中野くんは、小さく口の中で「……ポルナレフ?」と呟いた。
おや、まさか中野くん、君は……
「ですから、さっき階段で——じゃなくて、あのドアに起こったことを話して下さい。あなたはさっき、聖女様のスタン——ンン、奇跡を、ほんのちょっぴりだけど体験しましたよね? いえ、体験したというよりは、理解を超えていたかもしれませんが。とにかく、起こったことをそのまま話してください。ありのままに」
「あ、ありのまま……今さっき起こったことを、話す、ぜ……?」
おっ、おっ? 中野くん、アナタやっぱり……
「俺は、扉の前で入ってくるなと喋っていたと思ったら、いきなり扉の鍵が開いて、誰も触ってないのにドアがひとりでに開いていったんだ。
な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も、何が起きたのか分からなかった……」
中野くん……君は、分かっているんだね。
私は彼の後を引き継いで語る。
「中野くんの頭がどうにかなったんじゃありませんよ……そう、催眠術だとか、超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてありません! もっと畏れ多い、聖女様の奇跡の力の片鱗を、中野くんは味わったんです!」
私がそう言うと、中野くんはこちらを見てきた。その目は何かを確信している目だ。私も同じ目を返す。
お互いの間に、今、一つの繋がりが存在することを、私たちは確かに感じていた。確信していた。
ふと横のマナハスを見れば、コイツら何やってんだよ……という顔をしていた。
いやマナハス、あなただって分かる人間でしょ。てか聖女様フェイスが崩れちゃってるよ。ちゃんと幽波紋使いっぽく振る舞ってくれないと、頼みますよ。
「というわけですけど、お分かりいただけましたか、会長さん?」
「まったく分からない……え、中野くん? どういうことなんです?」
どうやら会長さんには、今のセリフは分からなかったようだ。やれやれだぜ。
「いや、俺にも分からないんですよ、会長……。ただこれは、どうやら超常現象の類いのようです。俺たちの理解を超えたものですよ」
「何を……」
会長さんは困惑したように視線をさまよわせる。
すると、その視線がどこかを捉えた瞬間、彼女がハッとした顔をした。
「あれっ、あなた、もしかして藤川さん……? 藤川さんですよねっ!?」