第60話 争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない!!(カンガルーAA略)
トラを倒して避難者たちの元に戻ったと思ったら、こちらもこちらで多数のゾンビたちに襲われており、孤軍奮闘していた様子の越前さんに加勢することしばし——。
私たちは、なんとかゾンビたちの襲撃を凌ぎ切ったのだった。
結果的には、こちらには一切の損害無し。パーティーメンバーも避難者たちも全員が無事で、一安心といったところ。
しかし、このまま外にいては、またいつ襲撃されるか分からない。それに体育館の明かりをどうにかしないと、どっちにしろゾンビが集まってくるだろう。
マップによれば、今も体育館の反対側の辺りにはゾンビが来てるみたいだ。向こうには入り口は無いけど、放っておくのもどうかと思うし。
とはいえ、まずはみんなの安全を確保しないと動くに動けない。つーわけで、さっさと中に入れてもらおうか。
私はまず、越前さんの元に向かって、これまでの経緯を確認する。
「越前さん」
「ああ、君らも無事だったか! よかったよ。それで、あの怪物はどうなった? というか……なんなんだ!? あの怪物は!? ——まさか、ネットに上がってた怪物の動画は本物だった……?」
「……正体は知りませんが、さっきのトラの怪物は倒しました。なので、トラについてはもう大丈夫です」
「倒した!? それは……すごいな。えぇと、誰も怪我とかはしてない?」
「はい、大丈夫です」
「それなら良かった……うぅむ、本来なら俺も行くべきだったんだろうが、マユリから離れるわけにはいかなかったし、この人たちのこともあるし……君らに加勢できずに、本当にすまなかった。君たちにあんな怪物と戦わせてしまって。いや、まあ、俺が行ったところで倒せる気はまるでしなかったけど……」
「いえ、この人たちの護衛は必要でしたし、それは越前さんが適任だったと思います。トラもちゃんと私たち三人で倒せましたし、気にしないで下さい。……それで、こっちはどうなっているんです? 中には入れなかったんですか」
「ああ、そうなんだよね……まったく開けてくれないんだよ。こっちは誰も噛まれてないって言ってるんだけど、連中が集まってくるから、どっか行ってくれって、そればっかりで。そもそも、向こうにはこっちと話すつもりがないんだろうな。もう諦めて別の場所に行くしかないかもね。何を言ってもダメだから……」
ふむ……困ったな。説得しようにも話を聞いてくれないなら、何を言ったところでムダになるでしょうね。
じゃあどうするか。まあ、私の考えはもう決まっているんだけど。
私がその考えを実行に移そうとマナハスに話しかけようとしたら、避難者集団の中から前田さんが出てきて、私たちに詰め寄って来た。
「おいっ、体育館の連中は全然中に入れようとしないし、我々はどうすればいいんだっ? 学校の中にも連中はうじゃうじゃ居るし、まったく安全じゃないぞ! ——というか、さっきのトラの怪物みたいなのはどうなった!? なんなんだアレは!? あんなのが居たんじゃ、すぐにここから逃げた方がいいんじゃないのかっ? この体育館だって、あんなのに襲われたらひとたまりもないだろう! とっとと逃げなければ! ふんっ、こちらを助けようともしなかったこの中の連中など、あの怪物にやられるまでここに籠ってればいいんだっ! だが我々は逃げて生き延びるぞ。なんせ、こっちには聖女がついているんだからな。そうだろっ!?」
どうやら彼は、門前払いをきめた体育館の中の人たちにお怒りのようだ。
だけどこの体育館を捨てるのは勿体ない。つーかもうトラは居ないし、学校もすべてのゾンビを始末すれば安全になるはずなんだよ。
とにかく体育館に入らなくては。もうやるしかないな。
とりあえず私は、皆さんに現状を簡潔に報告して、これからの事も話すことにする。
「落ち着いてください。まず、あのトラの怪物についてはもう大丈夫です。聖女様が倒してくださいましたので」
トラを倒したことを報告したら、みんなは驚きざわめく。しかし、私はそれには反応せずに先を続ける。
「そして、我々はこれから体育館の中に入ります。聖女様が入ると決めたならば、誰もそれを遮ることなどできません。中に入ってからは、皆さんは大人しく聖女様に付き従って下さい。一応、中の人たちが先にいたわけですので、一定の配慮はしなければなりません」
「だ、だが、中の連中はドアを開けないぞ!」
前田さんのそのセリフに、私はニヤリと不敵に笑ってみせる。
「問題ありません。聖女様なら、ね」
そう、マナハスなら扉なんて念力で無理やり開けられる。むしろ、最初の時にはなんでそうやって開けてなかったんだろう。
私はマナハスを連れて少しだけみんなのそばから離れると、彼女に小声で話しかける。
「それじゃ、魔法でちゃちゃっとドア開けちゃってよ。出来るでしょ?」
「出来るとは思うけど……いいのかよ?」
マナハスも小声で返してくる。
「何か問題でも?」
「いや、そんな無理やり入るなんて、いいのか? 揉め事になるんじゃないの?」
「なんだ、最初に来た時になんでやらなかったのかと思ってたけど、そんな事気にしてたの?」
「いや、だって、無理やり開けるってのはさ、やっぱアレだし。……それに、謎の力で無理やり開けたとなれば、向こうもどんな反応するかと思って。そんな事態を私一人で対処するのは荷が重いぜ……」
「ああ、私、居なかったもんね。なら大丈夫。今は私が居る」
「ホントに大丈夫か……?」
「マナハスは、どーんと聖女らしくしておいてくれればいいんだよ。無理やりとか気にすることないから。まず向こうが無理やり締め出しているんだからさ。それならこっちも実力行使に出るだけだよ。——でも大丈夫、揉め事にもならないよ」
「……なんでそう言い切れるんだ?」
「だって、争いは同じレベルのもの同士でしか発生しないから、ね。聖女と民草が同じレベルなわけない」
「なんじゃそら……。まあ、いいよ。アンタがどうにかするっていうなら、アンタに任せる。頼んだからね」
「任せといて」
ま、私らの力があればなんとでもなるやろ。へーきへーき。
大体、こんなところでグダグダと待たされとぅないねん。さっさとやること済ませたいねん。んで休みたいねん。今日も怒涛の一日で疲れとんねん。でもまだ色々やらなあかんねん。それなのにこんなところでグダグダしてられへんねん。てかなんで関西弁やねん。知らんわボケ。
まあアレだ、私もちょっと疲れてきてるんだよね。……ああそうだ、中の人を威圧するとアレだから、武器はしまっておくか。二人にもそう言っておかないと……。
しかるのち、私とマナハスは体育館の入り口の前に立つ。
さて、一応は実力行使の前に今一度、一声かけてみるか。
「あのー、私たち避難して来たんですけど、中に入れてくれませんか?」
返事は無い……かと思ったら、
「誰も入れるつもりはない! そこに居たら連中が集まってくる! 早くどっかへ行ってくれ!」
と、そんな返答。
はあ、さいですか。てか、ゾンビが集まってるのはこの体育館のライトのせいだと思うけどね。それについても、私らが中に入ったらどうにかしないといけないなぁ。
私はマナハスの方を見る。マナハスもこちらを見る。なので、私は扉にチラッと目線を飛ばした後、頷く。
それを見たマナハスが扉に左手をかざす。右手の杖が唸る。
すると、ドアの向こうで何やらガチャガチャいう音が聞こえて、「ん? 何……?」という声がする。
……あれ、なかなか開かないな。どうした、大丈夫か?
マナハスの方を見る。すると彼女は、目をつぶってブツブツと何か言っている。「あれ、こっちか、いやこうか? こうだな?」とかなんとか。
なるほど、手探りでやってる感じだからわりと難しいのかもね。
しかし、どうにか鍵の形状を把握できたようで、ガチャリ、という音がしたと思ったら、これまた触れることなくひとりでに扉は開いていくのだった。
すると扉の向こうから「ええっ!?」という驚きの声が。
扉の向こうには、光に照らされた体育館の内部が見えた。
その明るい空間は、暗闇とゾンビに支配された外から来た我々にとっては、なんだかとても安心感を与えてくれる光景だった。
入り口をくぐってすぐのところには、驚きに固まった男の人が突っ立っていた。——多分、この人がさっきの返事をした人だろう。
門番的な役割の彼は、制服を着た学生だった。まあここは学校だし、生徒も当然いるだろうね。
私は後ろのみんなを振り返り、声をかける。
「さあ、聖女様の前に扉は開かれました。進みましょう!」
そう言って、ゾロゾロと中に入っていく私たち。
すると、それをボーッと固まって見ていた門番の学生くんが、ハッとしたように立ち直ると、慌てて話しかけてくる。
「ちょ、ま、待て! なに勝手に入って来てるんだよ! 戻れ!」
そう言われて戻る私たちではない。
もちろん、そんな事言われても誰も反応しない……かと思ったら、前田さんが出てきて彼に何か言おうとする。しかし、私は素早く前田さんを遮った。——ノンノン、余計な諍いはNGよ。入っちまえばこっちのもんなんだから。
代わりに私が、学生くんに返事をしておく。
「すみません、ドアを閉めといてもらえますか? お願いします」
「え? あ、ああ……いや待て待て!」
だがしかし、私はすでに体育館の中にとって返している。悪いが急いでいるのでね。その扉、ゾンビが来る前に早く閉めた方がいいっすよ。
中に入る際に靴をどうするか迷ったが、念のためこっそりアイテム欄に入れておいた。マナハスの靴も、普通に脱いでその辺に置いてたので、それも入れておく。
そうして私は、先に行ったマナハスの元へ向かった。
体育館の中には中々の人数の人たちがいた。やはり学生が多い。だけどそれ以外の人たちもそこそこいた。
そんな元からいた人たちは皆、今は我々の方に注目している。
中に入ってすぐに、連れて来た避難者のみんなはどっとその場に座り込んだ。どうやら相当疲れていたようだ。まあ、それも無理はない。
なにせゾンビの只中を強行軍でやってきたのだから、身体的にも精神的にも疲れ切ってしまっているのは当然と言える。
実際、私としてもすぐにでも座り込んでしまいたい衝動に駆られていた。だけど、ここでへたり込んでしまうわけにはいかない。まだまだやるべき事は残っている。
それに、ここで地に膝をついてしまえば、もはや立てないような気がする……
安心するにはまだ早い。気を抜いていいのは、やるべきことがすべて終わってからだ。
さあ、それじゃ、もう一踏ん張りといこう。




