第59話 夜になったので……ここからは、ナイトメアモードです
私はトラの上から地面に降り立った。そこに、マナハスと藤川さんが駆け寄って来る。
マナハスがトラのボディを恐る恐る眺めながら、私に聞いてくる。
「た、倒したのか……?」
私はマップを確認する。トラを示す赤い点は消えていた。次に、トラの死体に注目する。すると、回収が可能になっていた。
そしてポイントを確認したら、トラを倒した分が加算されていた。——うおっ、中々の高得点だ。さすがは怪獣。ゾンビとは大違いだな。
てかこれ、みんなで協力して倒したから、多分、二人にもポイント入ってるのよね? だとしたら、私に入った分で全部ではないわけで、ポイントの全体量はもっと多いわけか。さすがに、かなり強かっただけある。
「……カガミン?」
「——あ、ごめんごめん。このトラはちゃんと死んでるよ。もう死体も回収できるし、たぶん二人にもトラを倒した分のポイントが入ってると思うんだけど、どう?」
「あ、マジで? 確かに、倒したらポイント入るんだったよね。こいつのポイントってことは、かなりたくさんなんじゃないの〜?」
「そうだね。私の分だけでも中々の大量ポイントだったよ」
「つーかさ、倒したんだよな、私たち、このトラの怪獣を。……えっ、ヤバくね? つか、自分でも信じらんないんだけどっ。だってこの大きさだぞ? めっちゃ速くて強くて、火まで吹くようなヤツだぞっ? ヤバくない? ヤバいヤバい! ——うわっ、今さらになって手足が震えてきた……」
マナハスが興奮気味にまくし立てる。そりゃあ興奮するだろう。なんせトラだからね、巨大な。しかも火を吹く。
実際、私もコイツを倒した事には大いに感銘を受けている。なにせコイツは強かった。私一人では、たぶん勝てなかったと思う。
今回は、みんなを守るために囮になったみたいな部分があるけど、仮に私一人の条件でやったとしても、けっこう厳しいと思う。
負けるとまでは言わないけど、倒すことも出来ずに、こちらが逃げるか、相手に逃げられるかの、どちらかの結末に終わるような気がする。この三人が居たから仕留められたのだ。
そこで、今まで黙っている藤川さんの方を見る。藤川さんは私の視線を感じると、おずおずと話しかけてきた。
「あの、火神さん……私、この戦いで、役に立てたでしょうか……? お邪魔じゃなかったですか……?」
「え、何を言っているの藤川さん。めちゃくちゃ役に立ってたよ。すごく助かったし」
「ほ、ホントですか……!? だって私、助けに来たつもりで、真っ先に攻撃されてやられちゃったし、その後も火神さんが前に立って、私は後ろで守ってもらってばかりだったし……」
「いやいや、あのトラの速度じゃ回避なんて無理だって。それに藤川さんは、ちゃんと後ろから援護してくれてたじゃん」
「私の攻撃って、ちゃんと効いていたのでしょうか。どうも、あまり効果が無いように見えましたけど……」
「ちゃんと注意は逸らせていたし、それに、ブレスだって防いでくれたでしょ?」
「ですがっ、あの怪獣を直接止めていたのは火神さんです! 私は、ただ後ろに居ただけです……」
「そりゃね、トラを食い止めるのが前衛の私の役割だったし。近接武器は私だけなんだから、当然でしょ。遠距離武器は後ろから攻撃するのが役割なんだよ。——だからさっきは、ちゃんとみんなが自分の役割を果たせていた。いいチームプレイだった。誰が欠けても、こう上手くはいかなかったと私は思う。誰か一人のお陰じゃないね。逆々、誰か一人でも居なかったら成立しなかったんだよ」
「そう……でしょうか?」
「そうそう。だからホントに二人が来てくれてよかったよ」
私がそう言うと、藤川さんはようやく嬉しそうな顔をした。
せっかくトラを倒したというのに今まで浮かない顔をしていたのは、自分が活躍できていなかったと思っていたからなんだろうか。
言った通りに、私は藤川さんも活躍していたと思っているわけだが、本人としてはそうでは無かったようだ。まあ確かに、初っ端からぶっ飛ばされたりはしてたけどさ。
「いや〜、にしてもカガミンはマジでヤバいな。どうやったらあのトラと正面から打ち合えるんだよ。私には絶対に無理だわ」
「そりゃ、マナハスの武器は遠距離の杖なんだから、後衛なんだし、無理でしょ」
「いや、そういう問題じゃなくてさ。たとえ前衛の武器を持ってても私には無理だわ。だって、後ろから見てても意味わからんかったし。トラ速すぎるしデカすぎ。マジで、よくあんな奴の前に立てるわな」
「私も、さすがにあの速度とリーチだと躱せないからさ。だから仕方なく防御してたんだけど」
「よく防げるよなー、その日本刀だけでさ。……でも、今回は私も活躍したでしょ? トラにもかなりダメージ入ってたと思う。突進もガードしたし。……まあ、あれはカガミンの掛け声にとっさに反応しただけなんだけど」
「アレ防げてなかったら多分負けてたよね。その点はマジでグッジョブだった。私一人だけ避けても意味ないからね」
「お前、一人だけ避けようとしてたのっ……?」
「い、いや、あの攻撃は避けれなくも無かったってだけだよ。助走つけた一直線の攻撃だったから、避けやすくはあったというか。——まあ、回避は出来ても、防ぐのは私には無理だったし、二人がやられてたら結局、私一人じゃ勝てないし。だから、防御できて本当によかったねって」
「まあ、間に合わなかったら確かにヤバかったよね。私はアンタみたいに素早く回避とか無理だからね」
「なら、素早く盾を出せるように練習しておくべきかもね」
「またこんなヤツと戦う時のためにかぁ……? まったく、勘弁してくれよなー」
トラを倒した興奮から未だ冷めやらぬ私たちだが、実際のところ悠長にしていられる状況ではない。
せっかく三人で協力して強力な敵を倒したのだから、もっと感想戦をやりたいところだが、そうも言ってられないのだ。
しょうがないので、私は次の行動に移ることにする。
まあ、おそらくこの戦いも記録されてるだろうし、戦闘を振り返って感想を語り合うのはまた後からすれば良い。
私はまず、トラの死体の回収を選択する。
それから、二人に聞かなければいけないところを聞くことにする。
『回収』を選択したトラの死体が光を放ち消えていくのを尻目に——私は二人に避難者たちの話を振る。
「うおっ、マジでトラの死体も回収できるのか……」
「うん、そう、出来るんだよね。——えーっと、それで、連れてきた人たちは、今どこにいる感じ? 越前さんは、そっちについてるんだよね?」
「ああ、それはね……。——カガミンがトラの方に向かった後、とりあえずマップを確認してみたら、体育館に人が集まってるのが分かってね。それも、みんなちゃんとした人間で、赤い点——ゾンビは紛れて無かった。だから、そこに向かったんだよね。そして体育館に着いたところで、藤川さんがカガミンのところに自分も行くって言って、私も行くつもりだったから、後は越前さんに任せて二人でこっちに来たってわけ」
「そうだったんだ……。改めて、二人とも助けに来てくれて、ありがとうね。——でも、怖くなかったの? こんなデカいトラのところに行くなんてさ」
「そ、そんな! お礼を言うのはこちらの方です! 火神さんが足止めしていてくれたから、私たちが安全だったんですから」
「そうそう。大体、アンタがそれを言うわけ? 真っ先にトラんとこに向かったクセに。まあ、そのおかげでこっちは助かったけどさ」
「私は、別に……。いや、実は私、アレよりデカい恐竜と戦ったことがあってね」
「知ってるっつの。——まあ、だから、カガミンならなんとか出来るかも……とも思ったけど、やっぱり心配は心配だしさー。……今なら私も魔法で戦えるわけだし、少しは加勢になるかなって思ったから」
「私は、あんな怪獣が相手じゃ足手まといになるかも、とも思ったんですが、もう火神さんに任せてばかりなのは嫌だったので……」
「そう……。とにかく、二人ともありがとう。二人が来てくれた時、本当に嬉しかったよ」
あんなデカいトラに戦いを挑むなんて、普通は絶対躊躇するだろうに、二人の勇気と友情には脱帽だね。
さて、それについてのお礼も後でたっぷり言うとして、話の続きを聞くか。
「……それで、話は戻るけど、他のみんなは今は体育館の中に居るってことなんだよね?」
なら、とりあえずは体育館に向かって合流するか。
人がたくさん居るなら、まず最初にやっておかなきゃいけないことがある。
「ああ、たぶん……でも、もしかしたら、どうだろう……?」
「うん? 何かあるの?」
「いえ、実は、私たちが体育館に着いた時、中に入れてもらえなかったんです。扉を開けてくれなくて」
「何を言っても聞いてくれないって感じでね。問答をやってる時間がかなり無駄に感じたけど、どうしようもないし。そしたら藤川さんがカガミンのところに行くって言ったから、私も行くことにしたんだけど……。だから、その後どうなってるのかは分からなくて、もしかしたら、まだ入れてもらってない、かも……」
マジか。まあ、外から来た連中を入れるのはリスクなのは確かだけど。
でも、今の校内で一番安全そうなのはやっぱ体育館だと思うし、入れてもらえないと困るな……。
まあ、とにかく体育館に行って合流するか。
「そうか……ま、とにかく体育館に行ってみよう」
というわけで、体育館まで行くわけだけど……その前に、少しやっておかないといけないことがある。鞘の回収とか、アイテムの補充とか、その辺。
ただ私としては、この血まみれの服を一番どうにかしたいのだけど。バリアシールが壊れてなければなぁ……。
まあ、まずはそのシールを貼り直すか。今さら貼っても遅いんだけど。
なんて思ってシールを貼ったら、思わぬ効果があった。なんと、シールを貼って起動したら、体や服に付いていた汚れが弾き飛ばされて綺麗になったのだ。まさか起動した時にそんな効果があるとは、知らなかった。
体の皮膚についた分は全部取れたけど、すでに服に染み込んだ血の色までは取れなかった。まあ、これは仕方ないか。
大分マシになったとしても、見た目がヤバいことになっているのは変わらない。服も結構ボロくなってるし。着替えたいところだけれど……。
服自体は一応、替えのものはある。藤川さんの家を出る時に、アイテム欄に適当に服を突っ込んでいたのだ。もちろん本人から許可は取っている。昨日、服がボロボロになったりしたので、一応、用意しておこうかなってね。
というわけで、持ってきた服の中から羽織れそうなものを出して、それだけ着替える。
無論、その際は藤川さんに服を借りていいか一言かける。当然のように、彼女は二つ返事で了承してくれた。
うん、パッと見はマシになったかな。とりあえず、これでよしとする。本当はシャワーでも浴びたいんだけれど、今はそんなことしてる場合じゃないので仕方がない。
ちなみに、藤川さんも一撃食らってそこそこ服がボロっていたので、一部だけ着替えていた。
彼女も攻撃を食らっていたわけだから、一応、怪我は無いか確認した。ただ、その点は大丈夫だった。ちゃんとHPが彼女の体を守ってくれていた。……服は無理だったけど。
いやー、マジでこうなると、服の問題がなかなか面倒だよね。今回はバリアシールも壊れちゃってたけど、汚れ以外にも敵の攻撃で服自体をボロボロにされちゃったりもするわけだし。こりゃ、本格的になんか対策を考えんとな……。
そんなことを考えつつ、私はトラのよだれでベトベトになってしまった鞘を回収した。
もはや触りたくないな……なんて思ったんだけど、意を決して触れてみたら、その瞬間によだれが弾かれてキレイになったので、私は驚きつつも喜んだ。
これは、私のシールの効果によるものだろうか? あるいは、刀には汚れのつかない機能を追加したが、それが鞘にも機能していたのだろうか。まあ、どちらにせよ、キレイになってくれてよかった。
しかし、こんな感じのことが出来るんなら、何とか汚れた服も一発でキレイにするとかも出来ないもんかなぁ。なんかそんなアイテムないか探してみようかなぁ……。
なんて考えつつも、ふとマナハスの方を見ると、私と藤川さんが着替えている間、彼女はアイテムを使用してMPを回復させていた。
そういえば、今回の戦闘でマナハスだけは無傷なんだよね。炎も完全に防いでたし。攻撃食らってないし。さすがは聖女ってか。まあ彼女が無事なのは、私としては嬉しい限りですけど。
というわけで、私たちは多少の事後処理の後、体育館に向かう。
……が、その前に、これだけは二人に言っておかなければならない。
「日が暮れてきたから、二人とも、じゅうぶん気をつけてね……」
「ああ、確かに暗くなったな……」
「それもあるけど。それだけじゃなくて、夜になったから……」
「あっ、ゾンビ達が活性化するんでしたよね……?」
「あ、そうか……」
「まだ校内にはゾンビもいる。活性化とかいうのが、どれほどのものか分からないけど、出来る限り警戒しておいて」
「あ、ああ……分かった」
「き、気をつけます」
辺りはかなり暗くなったが、まだ完全に見えないほどではない。しかし、すでに視界はかなり悪い。だが、明かりを灯せば、そこにゾンビが集まってくる。
ゾンビの情報を見た中に、それについての記述もあった。ゾンビは光に反応する。夜なら光は目立つから、なおさら気をつけねばならない。
とはいえ、これ以上暗くなってきたら明かりを使わざるを得ないだろう……。
私たちはマップを見ながら、ゾンビを警戒しつつ進んだ。
余計な戦闘は避けるべきだ。マップで適切なルートを選んだこともあり、幸いにして、ゾンビに遭遇することはなく体育館まで辿り着くことが出来た。
体育館は電気が灯されていた。暗くなってきたから、それも当然かもしれないけど……マズイな、ゾンビを引き寄せてしまうぞ。
体育館の前にたどり着いた私が見たものは——未だに中に入らずにいるスーパーからの避難者達と、周囲にある大量のゾンビの死体、そして——現在進行形で襲ってきているゾンビたちを倒している越前さんだった。
「あっ、三人とも、無事かっ!? 戦えるならっ、少し手伝って欲しいんだけどっ!」
越前さんに言われるまでもなく、私たちは駆け出した。そして、避難者たちを囲むように展開する。
周囲はすでにかなり暗い。近くならともかく、離れた場所はもう見えない。
どうする? いや、コレを使えばどうにかなるか……?
「みんな、敵の位置はマップで確認をっ!」
目視では見えなくても、マップには映っている。まばらにこちらにやってくる赤い点。
その速度は——かなり速い! 今までのゾンビの速度の比ではない。これは……
「気をつけろっ! やつら、かなり速いぞっ! あっという間に距離を詰めてくるっ! これまでと同じと思うなっ!」
越前さんの警告、その言葉が終わるや否や、さっきからマップで捕捉していたゾンビが私の目の前に到達し、体育館からの光に照らされる。
次の瞬間には私の間合いに入った。
掴みかかってくるソイツを、私はすれ違うように躱しながら頭部を斬りつける。
ズザザザッ、と地面を削りながらソイツは活動を停止した。
アイツ、今、走ってた。フツーに走ってこっちに来てた。それに、掴みかかる動きも俊敏だったし、私が躱して攻撃する際にも反応していた……。
結果を見れば、それでも問題なく倒すことはできた。しかし油断は禁物だ。これまでとは別次元の動きを見せるゾンビに対して、私は警戒心を新たにする。
それからも、ゾンビたちは断続的に襲いかかってきた。
私達は体育館の光が届く範囲に陣取って、連中を迎撃していく。
最初こそ驚いたものの、戦っていく内に私は活性化ゾンビの動きにもすぐに慣れていった。そもそも、さっきまで戦っていたトラに比べたら、少しばかり連中が速くなったところで、私にとってはそれでもまるっきり遅い。
さっきの戦いで神経が研ぎ澄まされているような感覚もあり、今の私には活性化ゾンビもモノの数では無かった。
私は連中の攻撃を一つも食らうことなく、すべて頭部に一撃で仕留めていった。
ゾンビとのリハビリ戦が暗闇で活性化した相手だなんて、少しだけ緊張していた部分もあったけれど……蓋を開けてみれば全然大丈夫だった。
これは、トラとの戦いがむしろいい影響を与えていると言えるだろう。その点はトラに感謝してもいいくらいだ。
私はむしろ好調であった。しかし、ゾンビは数がいる。
今までのようなノロノロならともかく、この速度の奴らがいっぺんに来るのはさすがにマズいとは私も思う。
ただ、今の私は一人ではなく、頼れる仲間がそばにいる。
パーティーメンバーの三人は、活性化したゾンビの動きにも問題なく対処できていた。
確かに相手の速度は上がっている。とはいえ、基本的に一直線に襲いかかってくる部分は変わっていない。なので、遠距離武器なら少しテンポを上げるだけで、やることは今までと変わりない。
ただ今は、視界が狭いという制限もある。しかし、こちらは敵の位置がマップで判明しているので、見えない範囲からすでに準備できる。敵が多ければ他のメンバーと分担して、確実に対処していく。
体育館の建物を背にすることで、対処するべき方向も限られてくる。
そこに四人の戦力が集中すれば、この状況でも問題なく対処することが出来た。
集まってきたゾンビとひとしきり戦い、ようやく襲撃が終結した頃には……
私たちの周りには、相当な数のゾンビの死体が積み上がっていたのだった。