第58話 おおーっと、ここはゴールポストに弾かれてしまったァ!
私たちはなんとか、三人そろってサッカーゴールに到達することができた。
肝心のトラはというと、今のところは、ゴールの中に陣取っている私たちの周囲をウロウロとするだけで——こちらを警戒しているのか——なかなか仕掛けてこなかった。
しかし、隙を見せた瞬間に襲いかかってくるのは間違いないので、私は一瞬たりとも気を抜かずに、刀を構えたままだ。
私は視線をトラに合わせたまま、背後の二人に話しかける。
「藤川さんは、アイツの注意を逸らすように攻撃して。アイツが何かしようとしたら、邪魔する感じで、何もしてないなら放っておいて。いつでも撃てるようにしておいて欲しい」
「わ、分かりました、やってみます!」
「そしてマナハス、アンタの攻撃が、たぶん突破口になる。ガンガンさっきのを撃って欲しいところだけど、防御する必要も出てくるかもだから、MPの余力は常に残しておいて。こまめに回復して」
「あ、ああ。……やってやるさ」
後は私だ。私がヤツの攻撃を食い止めて、二人の盾になれるかどうか。すべてはそこにかかっている。吹き飛ばされてもダメ。この場を離れちゃいけない。このゴールを守り抜く。——さながら私はゴールキーパーか。
止められなければ、二人が死ぬかもしれない。だから、なんとしても止める……! このゴールは死守する!
私はあえて、少し前に出る。
トラの攻撃がゴールに当たってゴールが吹っ飛んだら、二人を守りきれない。今のところ、トラは直接ゴールを攻撃しようとはしていないが、はずみで攻撃が当たってしまう場合もある。
その偶然を避けるため、私はあえてトラの前にその身を晒す。
さあ……ヤツが、来る!
トラが前脚を叩きつけてくる。
私はそれに攻撃を合わせて受ける。重心を低くして、トラの攻撃の衝撃を地面に伝えられるように受け方を工夫する。
それでもすべての衝撃は相殺しきれずに後ろに押される——が、大きく弾き飛ばされるのはなんとか耐えていた。
それが可能なのは、私が少しは慣れてきたことと、トラの動きが最初より少し鈍っているから、だろうか。
トラは片目を怪我しているし、他の場所に怪我はないけど、ダメージ自体は入っているはず。
しかし、やはりこのトラの体にも何らかの護りが存在するようだ。でなければ、もっと怪我をしているはずだ。
特にマナハスの魔力弾は強力だから、もっと影響があってもいいはず。しかし、そうでないところを見ると、私たちのHPのような存在を疑わざるを得ない。
私はトラの連続攻撃に刀を打ちつけ、ひたすらに防御していく。
何とかその場で攻撃に耐えられているけど、このままずっとは耐えられない。やっぱりスタミナがもたない。回復より消費の方が多い。
だけど、今の私は一人じゃない。守るべき存在であり、同時に頼もしい戦力でもある仲間たちが、私の後ろにいる……!
ズダダダダッ! ——と、藤川さんの銃が火を吹く。トラは攻撃を中断して距離を取る。ヤツの図体がデカイから、私と戦いながらでも援護射撃が出来るので、そこは助かる。
すかさずマナハスの魔力弾が飛ぶ。トラは飛びのいて回避、しかし躱しきれずに当たった。
炸裂する爆発、響く衝撃——やっぱこれは効いてるよ。ダメージ入ってるよ!
しかしこれ、外でゾンビの大群に向かって撃った時にはもっと強力だったけどな。今の爆発はあの時ほどではない。
ただ、それを言うなら、光弾の射出速度も全然違う。あの時はボールを投げたくらいの速度だったけど、今はマジで戦車砲ってくらいの速度だ。いや、まあ、実際の戦車砲とかよく知らないけど、とにかく、避けられないだろってくらいの速度だ。
しかもこれ、若干、追尾入ってね? さっきのトラはけっこう上手いこと避けてたけど、それでも完全には躱しきれずに食らってたし、少し弾道曲がったように見えたのは気のせいかな。
まあ、弾速が速すぎて私にもよく分からないレベルだから、確かなところは分からない。後でマナハスに聞いてみよう。
魔力弾を食らった後、トラは私たちと距離を取って周囲を走り回っていた。どうやら、動き続けて攻撃の的にならないようにしているようだ。やはりコイツ賢いな。あるいは慎重なのか。
しばらく回った後で、トラはゴールの後ろで止まる。ぐ、そっちから来られるのは嫌だな。
藤川さんはともかく、マナハスの攻撃は網が邪魔になりそう。てか、ゴールごと攻撃するつもりか? それはマズいぞ……!
トラが口を開けた。これはっ——!
「撃って! ヤツの口!」
反射的に叫ぶ。
すでに銃を構えていた藤川さんが、私の指示通りの場所をゴールの網越しに射撃した。
ヤツが炎を出すより先に、弾がヤツの口の中に着弾する。
ンギャオォウ!!
トラは悲鳴を上げて火炎放射を断念した。それまでは大して効果無かった銃撃だが、口の中は弱点のようだ。なんかちょっと口から血が垂れてるし、しっかりダメージが入っているじゃないか。
やったね、火炎放射の防ぎ方が分かったぞ! やられる前に口ん中銃撃して発動をキャンセルすればいい。火を吹くときは確実にこちらに口を向けるのだから、そこを狙えば確実に防げる! しかもダメージも入る。一石二鳥だ!
これは狙ってすぐ撃てる銃でないと出来ない芸当だよね。藤川さんが来てくれて良かった。これでトラの一番厄介な武器を封じられたぞ!
トラはまたもや私たちから一旦離れる。
フン、なかなか攻略法が見えてきた。やはりチームプレイは違うなぁ。一人じゃこうはいかないね。
「藤川さん、トラが口開けたら火を吹いてくる攻撃の前振りだから、さっきみたいに口ん中銃撃してね。そうしたら妨害できる」
「どうやら、そうみたいですね……分かりました! でも、もし私が失敗したら……?」
「その時はみんなが黒焦げになっちゃうから、お願いね。いつでも撃てる銃を一つは準備しておいたら、たぶん大丈夫」
「わ、分かりました……が、頑張ります!」
真面目にブレスのキャンセルは藤川さんにかかっている。彼女が失敗したら、その時は……
まあ、大丈夫でしょう。火を吐くまではそれなりのタメがあるし、ブレスの時は動かないし、落ち着いて狙えばいけるいける。
トラはしばらく周囲を動き続けていたが、私たちの正面、かなり距離を取ったところで止まった。
グラウンドの端から端くらいはある。まあ、トラにとってはそこまでの距離ではないか。やつならこの程度の距離、すぐに詰めてくる。
トラは動き続けていた時も、片時もこちらから目を離さなかった。ヤツはまだ諦めていない、私たちを仕留めることを。
だが、アイツの攻撃はどれも対処してきた。もはやお前に打つ手は無いのでは? それとも、まだ何か隠し球があるのか?
——油断大敵よ。少しでもミスしたら私たちは簡単にやられるのよ。それくらい地力に差があるんだから。
分かっている。油断はしない。今も考えている。
もし私がヤツだったら、私たちを倒すためにどうする? どのような攻撃をする?
その答えを、トラは次の行動で示した。
一直線、真っ直ぐにこちらに突っ込んでくる、まるで止まる気が無さそう——ッ!!
「青の盾ッマナハスッッ——!!」
間に合うかっ——!?
目の前に迫る巨大なトラ。
まるで交通事故の一瞬に視界がスローになるように感じるかのような……こんなのが突っ込んできたら一溜まりもない。
ヤツは初めから小細工を弄する必要など無かった。ただ全力で止まらずにその巨体をぶつけてくるだけで、私たちにはまったくなす術がないのだ……この盾以外は。
本当にギリギリのタイミングで発動した半透明の青い盾が、トラの突進を止めた。
目の前1メートルもないところに展開した盾に、ぶつかったトラの巨大な顔が……面白い感じに歪んでいた。
まあ、全力で壁にぶつかったらこうなるよね。しかも半透明だから、こっちからは丸見えなんよな。
……ふぅ、盾が無ければ即死だった。
トラの勢いを完全に殺した直後、盾は消失した。
ポヨンと戻るトラの顔——を斬り刻む! 食らえやオラァァァ!!!
全力全開! 刻め刻め刻め刻め刻めぇぇぇぇええええええ!!!
最大のパワーを込めた刀を全力の身体強化でこれ以上ない連続攻撃だ。
この戦い始まって以来、初めてのまともな攻撃チャンスだ。これまでのすべてのフラストレーションをここでぶつける!
ギィャオウェァン!!!
トラは顔面から血を噴き出しながら飛び退いた。
どうやら、私の全力攻撃はヤツの護りを突破したようだ。あるいは顔は弱点なのかもしれない。
「今だっ! 一斉攻撃してッ!」
そう言いながら私は飛び出す。
トラはすでに逃げの態勢を取っていた。多分、これは一旦の退避とかではなく完全な逃亡な気がする。——させるかっ!
しかし、トラが全力で走れば私には追いつけない。だが、藤川さんの銃弾は易々とトラに喰らい付いた。そりゃあトラも銃弾よりは速くない。
脚に銃撃を受けてトラがよろめき、スピードが落ちる。そこにマナハスの光輪が追撃、後ろ足にヒット、損傷を与える。
さらにトラの動きが鈍った。そこに追いついた私の攻撃。全力のダッシュ斬りが尻尾に命中! 深々と切り裂く。
そこでトラはまさかの行動に出る。痛みに唸りながらも反転してマナハス達の方に向かったのだ。——私を軽々と飛び越して。
嘘っ!? 逃げるんじゃないのかよっ!?
慌てて追うが間に合わない。
トラはあっという間にサッカーゴールまでたどり着くと、二人に向けて前脚を振り抜く。
ああっ!! あっ、あっ?
トラの攻撃はゴールポストに当たった。——手前に倒れるゴール。そして、そのゴールの下敷きになるトラの頭。
トラ、まさかのここにきて痛恨のミス! やはり脚の負傷が響いたかっ!?
——なんでちょっと実況風なのよ! ふざけている場合じゃないでしょ!
でも二人は無事だよ。すでに傾いたゴールの後ろから脱出してる。トラはゴールに引っかかって動けない。よく見たら、攻撃した前脚が網に引っかかってる。
おお、完全に自滅したなコイツ。
当然、私は動きの鈍ったトラに猛攻を浴びせるべくダッシュでトラの元へ向かう。藤川さんも銃を撃ちまくる。マナハスは魔力弾をチャージしている。——強力なのを放つつもりのようだ。
しかし私が攻撃しようと近づいたところ、トラはゴールごと持ち上げて暴れだした。ゴールが邪魔をして俊敏な動きはできなくなっている。だが、振り回されるゴール自体は脅威だ。——これでは近寄れない……。
ちっ、ここは遠距離組に任せるか。せっかく弱った獲物をボコボコに出来ると思ったのに。
——自重しなさいよ。
相手はトラだぞ? 必要無いでしょ。
なんて思っていたら、トラがこっちを向いた。そして口を開けて——ヤバい逃げろっ!!
私は全力で後ろに走り出す。封じたはずの火炎放射。しかし、藤川さんはトラの反対側にいた。キャンセルは出来ないってこれはマジでヤバいっ!
シールも無いんだぞ! 次こそ服が燃える! てか普通に焼け死ぬのではっ?
トラのブレスが私に向けて放たれた——次の瞬間、轟音が響く。
トラの悲鳴、ブレスは中断されたが、残滓が私に襲いかかる。
うおおおっ!!
必死に横っ飛びに躱す。ギリギリで、軽く服を焦がす程度で回避に成功する。
……マナハスの魔力弾か。お陰で助かった。
——最後まで油断するなっての。
油断はしてなかった。トラにしてやられただけだよ。
——それもどうなのよ……。
トラはすでにボロボロにやられていた。マナハスのさっきの魔力弾が相当効いてる。
だが油断はしない。もうとっとと仕留める!
私は全力でトラに向かって疾走する。
走る勢いそのままに、私はゴールを被ったまま仰向けにひっくり返ったトラの喉元に飛びつき、刀を突き立てる。——そして、そのまま横に掻っ捌いた。
血がすごい勢いで吹き出す。私に向かってくるそれを、とっさに腕で顔を庇いガードする。
むせ返る血の匂いが、その場に充満していく。私の全身は、トラの血で真っ赤に染まった。
やっちまった……バリア無かったんだった……まあ、しゃーないか。
トラはしばらく痙攣してのたうっていたが、その動きも徐々に遅くなっていき、やがて完全に停止した。
——ハァ……終わった……。
ふと顔を上げれば、太陽がちょうど地平線の奥に沈もうとしていた。
日が沈む……それはつまり、夜になるということで……。
マップを開く。学校の中には、まだまだたくさんのゾンビを表す赤点が存在していた。
うぅむ……これは、一日はまだまだ終わりそうにないですな……