第57話 ボールをゴールにシュゥッ!! エキサイティンッッ!!
トラはあえてそうしているとばかりに、私の方にゆっくり近づいてくる。
だが、元々の歩幅がデカいので、私のところまではすぐにたどり着くだろう。
私は動かずにその場で待つ。
どうせ、私に出来るのは防御だけなのだし。攻撃に転じたら逆にこっちがやられるだけだ。
トラは攻撃が届く距離の少し手前で止まる。
この距離ならヤツの前脚も届かないが、一体、何をするつもり……?
私は何が起こっても反応できるように身構える。引くことは出来ないので、待ち受けるしかない。
トラが口を開く。口を……? ——えっ!?
瞬間、私の視界が真っ赤に染まる。
その直前から私は全力でダッシュ、とにかくその場から離れる。
体に何かが纏わりついてくる。首元からジリジリと振動のようなものを感じる。なぜか息ができなくなり、目も開けられなくなる。しかし、とにかく走り続ける。
状況を把握したのは、体に纏わりつく何かから出たと分かって、振り向いた時だった。
トラの口からは炎が吹き出していた。
凄まじい火炎放射だ。ギリギリその射程からは離れたが、熱波は未だに凄まじい。
私はさらに距離を取りながら、自分の体を素早く確認する。
どこも燃えているところはない。髪とか服とか燃えそうなものだけど、HPが防いでくれた?
確かに、緑のゲージはかなり減ってる。回復しなきゃ。
……つか、さっきからコレなんだ? 首が……
首元に手をやると、何やらずっとジリジリやってたのが止まり、私の手の中に落ちてきたそれは、例の飛沫バリアシールだった。
しかし、それはもう機能を失っていた。
——もしかしたら、それが炎から護ってくれたんじゃない? HPのバリアがあっても服はやられてたじゃん。でも今回無事だったのは、それが炎にも効果があったから、だったり?
マジか、それはすごく助かったけど、コレもう壊れちゃってる。ギリギリだったんだ、たぶん……。
これのおかげで、服が燃えるという乙女として最悪の事態にならずに済んだけど。ヤバいな、まさかトラがこんな技が使えるなんて。てか火炎放射するトラってなんだよ、ふざけんなマジで。
いや防げないってこんなん、避けるのムリ。射程長いし放射速度も早い。トラ自体が素早いから、回り込むことも出来ん。いや、どーするこれっ!?
幸い、トラは火炎放射中は動けないようで、移動しながら火を吹いてはこなかった。もしそれが出来たなら、私は逃げられずにやられていたかもしれない。バリアももたなかっただろうし。
つーかバリアだ。新しいのをつけたいけど、予備を持ってないんだよね……。新しく買えばいいんだけど、購入して装備してって時間は無いだろう。
すでにトラは、火炎放射を終えようとしている。
連続で火炎放射を使えないとしても、また使えるようになるまでにも普通の攻撃はしてくるだろう。だとしたら、新たなバリアシールをつける余裕はない。つまり、次の火炎放射が来たら詰む。
ならば逃げるか。校舎の方まで走って、中に飛び込んだら時間は稼げるだろう。だけど、そうしたら、今も校舎内にいる生存者を危険に晒すことになる。避難者のみんながどこに隠れたのかも分からないし……。
だが、このままでは私は詰んでる。負けの決まった勝負をするつもりは無い。なんとか足掻かないと。
他人にリスクが生じるとしても、私はここで死ぬわけにはいかない……!
トラが火炎放射を終え、私の方を見る。
そして前傾姿勢へ。——これは飛びつきの予兆だ。
逃げるにしても、コイツの攻撃を凌ぎながらならそれも大変だ。でも、やるしかないか……!
「火神さんッ! 加勢にっ、来ましたッ!」
何っ——!?
見れば、藤川さんがこちらに走ってきている。その後ろにはマナハスもいる。
二人とも、来ちゃったのか。いや、来てくれたのか。
これは、どうなる……?
二人は戦える? 私はどうする? このまま来させていいの? やっぱ戻らせた方が——
私が迷っているうちに、藤川さんはすでに行動していた。トラに向けてアサルトライフルを連射する。
さすがのトラも銃弾は避けきれない様子で、その場で防御姿勢を取った。
だが、銃撃が当たった後のトラに堪えた様子はなかった。——ほとんどダメージは無さそう……。
しかし、それでもトラが藤川さんを敵とみなすには十分だった。
トラが藤川さんに向き直り、一瞬で距離を詰める。
トラのスピードに藤川さんはまったく反応できず——いとも簡単にトラの一撃で吹き飛ばされた。
あっ、藤川さんッ!
即座に視界の隅の藤川さんのHPゲージを確認する。——一撃で半分以上削られていたが、まだ残っている。
一先ずは無事だ。しかし、次もまともに食らえばそれでアウトということだ。
藤川さんは空中を相当な距離ふっ飛んで、最後は地面を削りながら、グラウンドの端のサッカーゴールの中に突入し網に絡まったところでようやく止まった。
「……ゴール」
——言ってる場合かっ!
わ、分かってるよ!
当然、私はすでにトラを追いかけて走っている。
しかし、私のスタミナダッシュを使ってもトラの速度の方が速い。——ってか地味にこの砂のグラウンド走りにくいッ!
トラは一瞬、近くにいたマナハスに視線を向けたが、すぐに無視して藤川さんの方に向かう。
私もそのトラの動きに合わせて、マナハスに向けていた進路を藤川さんの方へ変更する。
くそっ、最初から藤川さんの方に行っときゃ良かったか……だけどマナハスも心配だった。
だが藤川さんはあと一撃とて耐えられないのだ……ヤバい、間に合わん——っ!
トラがゴールに到達する直前——光る物体がトラにぶち当たる。
ゴアァァァ!!
アレはマナハスの光輪! トラが止まった! さすが聖女!
光輪の攻撃は一度で終わらず、トラの周囲をブンブン飛びながらトラの注意を引く。
おかげで私が間に合った。
このトラ畜生めっ! 食らいやがれっ!
走る勢いのまま私は飛び上がり、トラへ攻撃を仕掛ける。
背後上空から迫る私に——しかしトラは気がついていた。
トラの振るった前脚が光輪を捉えて弾く——
ガッギンッ!!
っぶねぇ! 嘘だろオイっ! 弾いて飛ばしてきやがった! 狙った?!
ギリギリで飛んできた光輪を刀でガードしたが、お陰で私は死に体だ。
トラは着地を狩る気マンマンで私を待ち受ける。
バシュバスバスバシュッ!
トラがその場を飛び跳ねた。
藤川さんが両手にハンドガンを持ち連射していた。——トラの顔を狙っているようで、嫌がるトラは距離を取る。
私はなんとか無事に着地して、藤川さんの元へ。
たどり着いた時には、ちょうど藤川さんは弾切れになった。
「火神さ——」
「藤川さんっ、まずはHPを回復してっ! 緑のアイテムを使って、早く!」
「あ、は、はい! え、えーと……」
私は藤川さんとトラの間に立ち塞がる。彼女が回復するまでは、私がコイツを止めないと。
トラは私より藤川さんを狙いたいようだが、サッカーゴールが邪魔で回り込めないようだった。
——このゴール、意外と使えるかもしれないわね。何となく手を出しづらそうだわ。
確かに、やろうと思えばこの程度、軽く吹っ飛ばせそうだけど。なんだろう、網が絡まるのが嫌なのかな。
確かに、猫の爪ってなんかたまに引っかかって取れなくなるもんね。
トラは回り込むのを諦めたようで、私を先に吹っ飛ばすことにしたようだ。
だが、今この場を引くわけにはいかない、耐えてやるっ!
私はトラの攻撃を刀で弾く。
今まではそれで吹っ飛ばされていたが、今はその場で耐えられていた。その理由は、トラの動きが制限されているからだ。
地味にゴールポストが邪魔をして、大ぶりな攻撃が出せないのだ。なので、チョコチョコと猫パンチのような攻撃をしてくる。その攻撃なら、なんとか私にも弾くことが出来た。
しかし、それでもスタミナ全力でないと無理だ。相手は軽い攻撃だが、それを相殺する攻撃を私が出すとしたら、全力じゃないと釣り合わない。つまり、消耗度ではこちらが凄まじく不利ということだ。
これ、長くはもたないっ。スタミナ回復アイテムを使えば続けられるが、それも数が限られている……ぐぐぅ!
ギンギンギャリィン! と硬質な音が響き、ぶつかり合う爪と刀の間に火花が散る。
私はただひたすら、目の前の爪を弾くことだけに集中する。後はただ、スタミナの残量だけ頭の片隅で気にするのみ。
見るともなしに見ていた視界の端で、何かが動いた気がした。しかし、気にする余裕はほとんどない。
——これは、真奈羽の青ゲージが減っていく……魔法攻撃!?
トラの攻撃が止んだ。
見ると、マナハスが少し離れたところで、今まさに魔力弾を放とうとしていた。トラもそれを察知して、警戒している。
マナハスが杖を振る。放たれた青い光弾は、かなりの速度で飛び出し——次の瞬間にトラに着弾した。
ドンッッ!!
爆音と衝撃、トラが大きくよろめく。
しかしすぐに持ち直し、マナハスの元へ突進——ヤバいっ!
瞬間、私も駆け出す。——だがトラには追いつけない!
トラはもうマナハスの元に到着し、攻撃をしようとして——マナハスが反射的に頭を庇うように杖を持つ腕を振り上げる——ビビったようにその場を飛びのいた。
アイツ、マナハスの杖にビビってる? でもこれなら間に合うッ!
トラが口を開ける。あ、それは——マズいッ!
「真奈羽ッ! 防御ッ! してっ!」
私は走りながら叫んだ。
トラが口から燃えさかる炎を吐いたのと、マナハスの前に半透明の膜が出来たのは同時だった。
炎は膜のフチにそって外へ流れる。ちゃんと防がれている。
——真奈羽のスタミナが持たないわ!
分かってる。もう私は追いついたぞッ!
ブレス中に攻撃するのは基本! お前がもっとも無防備なのは今だッ! 食らえ、オラァ!!
私は飛び上がり、今度こそヤツの顔面に刀を叩き込む。——今度はちゃんと目に当たったぞ!
ギャオォン!
トラが仰け反り、ブレスは中断される。ブレスの残滓が私を掠める。
——あぶねっ! 服の端が焦げたかもっ。
私はすぐにマナハスの元へ。
マナハスは、スタミナを使い果たしていた。——かなりギリギリだった……。
「か、カガミン——」
「抱えるよ」
「えっ? ちょっ——」
有無を言わさずマナハスを抱え、藤川さんのいるゴールまで走る。
とにかくあそこに行けばなんとか……
「火神さんッ!」
藤川さんがこちらに銃を向けている。狙いは私、の少し上。——もう追ってきたか。
巨大な足音がすぐ後ろに迫る。藤川さんの銃が火を吹く。後ろから、ウァオゥ! みたいな声がして足音が止まる。
そのまま藤川さんの銃撃は続き、それが終わるころには、私たちはゴールに到達した。
すぐにマナハスを下ろして、私は刀を構える。
「ご無事ですかっ!」
「ありがとっ、藤川さん!」
「うう、助かった……」
トラがまた私たちの方へ来る。
「私が食い止めるから、二人は援護してっ」
「了解です!」
「わ、分かった!」
二人が来たおかげで、攻撃を任せられる。私が防御に徹してトラを二人に近づけさせなければ、後は二人が攻撃してくれる。
藤川さんの銃撃の威力は今ひとつだが、ヤツの注意をそらすことは出来る。
そしてマナハスの魔力弾なら、ヤツにもかなり効いてるはずだ。まるでロケットランチャーみたいだったし。
一つ気がかりがあるとすれば、また火炎放射が来た時だけど——マナハスに防いでもらう……?
ただスタミナが持たないから、攻撃して中断させないといけないだろうか。あの膜の内側から銃撃って出来るのかね?
試す時間は無い。ぶっつけ本番しかないか……
だが、二人が来たことで希望が見えた。私がヤツの攻撃に完全に対応できれば、後は二人が攻撃してくれる。私はただ耐えているだけでいい。
今までは、それではジリ貧だったが、ここからはそれが勝利への道だ。
さあ、このクソったれのトラめ、反撃開始だ!