第56話 ファッ⤴︎キンタァイガァ⤴︎?
私たちが学校に入って最初に見たのは、今まさに塀を飛び越えて校内に侵入してきたデカい怪物の姿だった。
ソレはまるで、虎——だった。デカいトラ。
どれくらいデカいかと言うと、ちょうど今、ヤツが到達した校庭にあるサッカーゴール——アレより一回りくらいデカい。つまり普通のトラではない。
……これは完全に、あの恐竜くんと同タイプのやつだろ。
——やっぱり他にも居たのね。怪獣……
てかなんでこのタイミングで出てくんの? マジ勘弁してほしいんだけど。
——アレじゃないの? さっきの爆発音。
え、じゃあコイツがここに来たのって私らのせいってことじゃん。……ヤバくね?
それならあのトラは、私たちがどうにかしないといけないんじゃないの。ま、一応さ。
マップを見たところ——校内には生存者が結構いるようだし。そもそも、連れてきた避難者たちを襲われたらマズイし。
まあ、校内にはゾンビも普通にいるんですけど。別に、ゾンビを隔離できてるとかそんなことは無かった……。
つかそのゾンビ、今トラに襲われてんですけど。トラってゾンビのことも襲うのかよ。
でも、どうやら邪魔だから適当に相手してるって感じで、積極的に襲っている感じではない。やはりヤツが狙うのは生きた人間なのでは……
マズイな、アイツが私たちに気がついてこっちに来たら、とてもじゃないが、みんなを護りきれない。
こうなったら私が取るべき行動は一つ。即断即決、今すぐトラの元に向かい戦う。倒せるならすぐに倒す。
だが、それが無理なら、みんなのところに行かないように足止めする。少なくとも、みんなが安全な場所に移動するまでは。
——安全な場所なんてあるのかしらね。あのトラの速度を考えたら逃げられる気はしないし、あの巨体による破壊力を考えたら、建物の中も安全ではないでしょ。普通に壊されるわ。
ならもう殺るしかない。
——出来るの? 恐竜の時と違って観察できてないけど。どれくらい強いのか分からないわよ。
戦いながら調べるしかないね。もう考えている暇はない。すぐ行かなくては。
私はトラを見て呆然としている皆さんの横を抜け、マナハスの元へ向かう。——その際には、横で同じく呆然としていた藤川さんの手を引いて一緒に連れて行く。
マナハスの元に着いたら即、要件を告げる。
「あのトラがここにきたらヤバいから、私は戦いに行く。マナハスはみんなを安全な場所まで連れて行って。出来れば倒すつもりだけど、倒せるかは分からないから、お願いね」
「えっ? あ、ちょっ、待てよ!」
有無を言わさずそれだけ言うと、私は驚愕した顔の藤川さんの手を放し、すぐにトラの元へ向かった。
越前さんも近くで話を聞いていた。たぶん、彼ならちゃんとやってくれるだろう。
私はトラに向かって走りながら、少しでもその動きを観察しておく。
アイツの動きはとにかく速そうだ。あの図体で普通のネコ科動物みたいな動きをしている。つまり、めちゃくちゃ速い。これは、ちょっとヤツの攻撃を回避するのは無理かも……。
となると、HP頼みで受けるしかないのか。いや、出来るだけ防御はしよう。ただ、私は盾とかは持ってないし、あるのは刀だけだ。なんとかコイツでガードするしかないか。
隠れる場所のないグラウンドにいるから奇襲も出来ないし、そもそもヤツが私を無視してみんなの方に行ったらヤバい。なので、まずは正面から一撃入れる。攻撃されたら、さすがに私のことを敵だと認識するだろう。そうすれば私を相手にしようとするはずだ。
私が走りながらグラウンドに躍り出た時にはすでに、トラはグラウンドのゾンビたちを軒並み駆除し終えていた。
トラはすぐに私に気がつき、こちらへと駆け出した。
トラがこっちにくる——と思ったらすでに目の前にいた。
とっさに刀を左に構える、と同時に衝撃、私は地面の上を滑りながら吹き飛ぶ。
ぐっ! 速すぎる!
滑る勢いを止めるため、地面に刀を突き刺す。そして体勢を立て直して、未だに滑りながらもなんとか直立する。
すると、こちらの勢いが止まるより前に、すでにトラは私の後ろに回りこんでいた。いや速っ——
またもや衝撃、刀がギリギリ間に合う。吹き飛びながら、今度は空中で体勢を立て直しつつ足で地面を削っていく。またもやトラは私の後ろに回る。
トラの次なる攻撃に、受けるだけでなく今度は私もこちらから刀を打ち込む。
畜生めっ! 食らえっ!
踏ん張りのきかない攻撃だったが——ガギィィ! と耳障りな音を立ててトラの爪と刀が打ち合う。やはりこちらが吹き飛ばされるが、さっきほどではない。
すぐに追撃を警戒するが、トラは一旦、距離を取った。こちらの打ち込みも少しは効いたかっ……?
ようやくしっかりと地面を踏みしめる事ができた。
若干、視界が揺れている気がするが、気にするほどではない。というか気にしている余裕はない。
私は高速で思考を巡らせる。
トラの爪、アレだけは正確に刀で防がないと、直接食らうのはマズい。アレさえなんとか凌げば、吹っ飛ばされるダメージは大したことない。
普通に受けたらどうやっても吹き飛ばされる。こちらからも攻撃で受けるんだ。そしたら少しは向こうの攻撃の勢いが減るし、前脚にダメージも入るかもしれない。
正直、受けるのに精一杯で、こちらから攻撃する余裕はない。回避もムリ。とにかく相手の攻撃を受け続けるしかない。
幸い、ヤツの攻撃でのダメージは大きくはない。スピード特化でパワーは低いのかもしれない。いや、だとしても十分な脅威だけど。
しかしコイツ、私をお手玉みたいに弾き飛ばしやがって、コイツにとっては私なんて愉快なオモチャ扱いか……。
とにかく今は——ってもう来たかっ!
正面っ、と見せかけて後ろからっ!? ——じゃねぇ上!
ガキィィ!!
私はとっさに刀を頭上に構えて、トラの攻撃を両手で支えて受け止める。
くっ、うおおお、受け止めた……! 地面と挟まれば止められた、けどっ……このままじゃ潰れる……スタミナがもたん……! ——いや、そうかっ! アイテムだっ、回復アイテム!
考えるだけで操作出来るのはこういう時役立つ……よし『使用』だっ。
すると減っていくスタミナと回復が拮抗する。いや、少し回復が優勢だ。
こ、これでなんとかもつ、けど……どっちにしろ回復は一時的だ、このままじゃマズい……! だけど、う、動けない……!
受けたのは失敗だった。横薙ぎは無理でも縦の攻撃なら躱せたはず……ミスった……でも今更どうしようもねぇ……
——悠長に考えてる暇ないわよ!
いや他に出来ることないんだよ。だって、あっ——
——何か来るっ!
トラが私を抑える右脚はそのままに、左脚も持ち上げる。——つまり、それで攻撃しようってか。
ピンチ——いや、チャンスだ!
うおおぉ! いけぇ!
私はトラが左脚で攻撃しようとした瞬間、渾身の力で私に被さる右脚を横にズラす。ヤツの気が攻撃に逸れたその瞬間を狙い——成功っ!
右に逸らしたヤツの右脚が、ちょうど私を攻撃しようとする左脚に当たる。だがそのまま、その両手が私にも当たり吹き飛ばされる。しかし、その勢いはだいぶ削がれていた。
今の攻撃でHPは大して減ってない。右脚が緩衝材となって爪は当たらなかったし。
私はすぐに起き上がり、回復アイテムを使用してHPを回復しておく。
トラは地味に右脚が痛かったのか、前脚を擦り合わせてモゾモゾさせており、追撃は無かった。
なんとか助かった……。次は上からの攻撃は必ず躱す。だけど、それ以外の攻撃はちゃんとガードしないと。
くそ、難しいな。ガードだけ気をつけるのと、回避も混ざるのは。その分だけ意識が煩雑になる。集中しなくては。
横払いは攻撃で受ける。縦攻撃は躱す。こちらからの攻撃は今は考えず、受けと観察に徹する……来るぞっ!
トラの攻撃、上っ! ギリギリで横に回避。——トラは攻撃に使ったのとは別の脚での攻撃を準備していた。
二段構えかっ、これ避ける方向が逆だったらやられてたっ!?
外側に回避しないともう片方の脚がくる。だから、右脚なら左に躱して、左脚なら右へ——
——来るわよっ!
これはっガード!
ガキィッ!
またガード!
ガギッィィ!
回、——ガード!
ガキィィン!
こいつフェイント使いやがったな——これはガー、回避ッ! またフェイントかよ!
次の攻撃は——はぁっ!?
トラの両腕で抱き込むような攻撃——とっさに上に飛ぶっ! あぶなっ!
直後の追撃、受けるしかない——って、噛みつきだとっ! バカなっ、ここにきてまた新技——
私は反射で鞘を投擲した。
脳裏にあったのは恐竜くんとの戦いの記憶。瞬間、導きだされた「噛みつき=鞘」の図式。空中という共通点もあった。
鞘はトラの口の中へ真っ直ぐ飛んでいく。ヤバこれじゃ挟まんないじゃん——と思ったら、喉の奥に直撃した。
ゲキャホブェッ!!
盛大にトラが咽せた。
噛みつきは実行されず、私は顔に弾かれる。——ここっ!
とっさに右手の刀で攻撃、狙うは当然、目だ。かなりシビアなタイミングだが、当たった…… ?
いや、奴め、目をつぶっていやがった。それに浅い。
——まあ、今の一瞬で攻撃に移れただけでも大したもんでしょ。噛みつきを潰しただけでも大成功だって。
やれる時にやっとかないとね。チャンスはいつも突然やってくる。
トラは一旦私から大きく距離を取り、ゲホゲホやっていた。そして口の中から鞘を吐き出した。
……うへぇ、ヨダレまみれだ。アレはすぐには回収できないな。
——いや回収できるならしなさいよ? 汚いじゃなくてさ。また必要になるかもじゃん!
いやそれは無理。だから今度は鞘の代わりにナイフを投げよう。
私はナイフを呼び出し、ベルトに挟んでおく。
トラが私の方を向く。だがすぐには飛びかかってこない。初めてまともに攻撃を食らって、慎重になっているのか。
つーかコイツ、なかなか賢いよな。攻撃も単調じゃなくてバリエーションあるし、その点でも難敵なんだが。アホみたいにワンパターンでやってくれりゃあ、こっちも楽なんだけど。
しかし、このまま防御ばかりでもジリ貧だな。なんとか攻撃しなきゃなんだけど、厳しいか……。
トラは口の中をペッペッとやったり前脚を舐めたりしていたが、その間も私からは目を離さなかった。
それも終えたところで、私の方にゆっくり近寄ってくる。
あ、アイツ! 移動のついでとばかりに私の鞘を蹴とばしやがった! 腹いせかっ、この畜生めっ!
——いや、一応、武器だと警戒して遠くへ飛ばしたんじゃないの?
どっちにしろ許さん。鞘さんを足蹴にしやがって。二度も私を噛みつきから救ってくれたんだぞ。——これはお仕置きが必要だな。
まあそもそも、元からコイツに優しく接するつもりなんかないけどねっ——




