第53話 学校へ行こう!(歩いて)
それから私たち二人は、最後尾の藤川ママンの車の所に向かった。
越前さんは、すでに車から出て、こちらに向かっているゾンビを順次始末している。
そんな彼の元へ向かっていると、私たちが近寄ってくるのに気がついたようで、藤川さんも車から出てきた。
「火神さん! 学校の周りは、酷いことになってますね……。車では進めそうにないですが、どうなさいますか……?」
「藤川さん、まずはお礼を言わせてね。さっきはゾンビから助けてくれて、ありがとう。お陰で噛まれずに済んだよ。藤川さんは恩人だね」
「そ、そんなっ! とんでもないですっ! 私はただ、少しでも火神さんをお助けしようと思っただけで……私の方こそ、まだろくに撃ったこともないのに銃を使ったりして、火神さんに当たったかもしれないのに……余計な真似だったら、すみませんでした」
「何言ってるの、全然、余計なんかじゃないよ。アレが無かったら、私、ホントに噛まれてたからね。スキルのアシストがあったとはいえ、全然練習してないのにあれだけ命中させられるなんて、もしかしたら元から才能があったんじゃない?」
「私に才能、ですか? そんなこと、初めて言われました。……そうですね。本当にそうだったらいいんですけど……」
実際、彼女はスーパーの時も、まだスキルのない状況でとっさに銃を使ってゾンビに当てている。近距離だったとはいえ、その時に隣でオタオタしていたマナハスとは比べるべくもない。
まあ、追撃は外してたみたいだけど、トドメを刺すのは躊躇してしまったのかもしれない。一応、あの弾は死なないやつだったんだけどね。
今の状況では、そんな彼女にも頼らなければならない。
私を助ける時には撃てたが、果たして……
「私を助けるためとはいえ、ゾンビを撃たせちゃったことになるけど、藤川さん、大丈夫……?」
心配して、そう聞いてみる。
すると藤川さんは、なぜか気落ちした様子を見せる。
「そんな、私のことなんて心配しないでください! ……火神さんが車を持ち上げた時、私、見ていました。下からあのゾンビが出てきたのも……。私、とっさに車から降りて銃を構えたけど、火神さんは下に入ってしまっていて……でも、すぐに真奈羽さんが持ち上げてくれて、そして火神さんの姿が見えて、ゾンビが迫ってて……気付いたら引き金を引いてました。その後、すぐに火神さんの元に向かおうとしたんですけど、越前さんに車内に入っているようにと言われたので、車に戻ったんです」
ふむ、それじゃあ私が首絞められてヒーヒー言ってたのは見てないってことかな。
まあ、それで良かったのかも。見苦しい姿を見せることになったし、下手したら彼女は、勢い余って私の首を掴んでいた手まで撃っていたかもしれない。
そうなっていたら、どうなっていたのか……普通に助かったかもしれないし、私の喉がやられていたかもしれない。さすがに藤川さんの位置からは、車内の本体は狙えなかったと思うし。
「それで、私、気づいたんです。今まで火神さんに頼りっぱなしだったなって。危険な仕事は火神さんが率先してこなしてくれているのに、私はただ見ているだけで、結局、何の役にも立てていませんでした。何の取り柄も力もない私なら、それは当然だったと思います……。
でも、火神さんのおかげで私も力を得て、戦えるようになりました。それなのに……私は、ゾンビと戦うのが怖いだなんて言って、結局、戦うことが出来なかった。人任せにして、自分は安全なところで何もしないで……。
私、なんて臆病だったんだろう……火神さんはこんなに頑張ってて、越前さんや真奈羽さんもすごい活躍をしてるのに、私一人だけ何も出来ていないんです……!」
「いやあ、そんなことは……」
ないよ、と言おうと思ったが、続く藤川さんの言葉に遮られる。
「——だから私、決心しました。これからは本当に、火神さんの役に立てるよう努力しようって。怖がらずに、戦おうって。
火神さんが車の下に、ゾンビと一緒に下敷きになってしまった時、私、本当に強い衝撃を受けました。その時、目の前が真っ暗になったような感覚がしたんです。
……私、勝手に思い込んでいたんです。火神さんは、何があっても大丈夫だって。どんなピンチも、平然と乗り越えられるんだって。火神さんは、選ばれし人だから。私と違って、とても強い人だから……。
でも、そんなのは私の都合の良い妄想でした。火神さんだって、ピンチになることはありますよね……。何でも一人で解決できる人なんて、そんな完璧な人いるはずない。そんな当たり前のことも、私は気がつかなかったんです。……いえ、ただ火神さんという凄い人に甘えていたんです。そうするのが一番楽だから……本当に弱い人間です、私……。
……でも、そんな私でも今回ばかりは本気で戦えるような気がするんです。私は、臆病な自分を許していると、もっと恐ろしいことが起きると気がつきました。それは、大切な人が目の前からいなくなるということ……。お母さんと再会することが出来なかったら……火神さんが、あの場でゾンビにやられてしまったら……その想像より恐ろしいものはありません。
そうならないためなら、私、どんなことだってします! ゾンビとだって戦います! もっと火神さんの助けになれるように支えます! だから、お願いします……私も、火神さんと一緒に戦わせてくださいっ。こんな私にも出来るって、証明させてくださいっ! お願いしますっ!!」
そう言って、藤川さんは勢いよく頭を下げる。
そんな彼女の熱い言葉を聞いて、私は——やっぱりママンの娘さんだな、よく喋るとこ、そっくりや——と思った。
——オイッ! こんだけ一生懸命に気持ちを宣言してくれたのに、なんだその言い草は!
いや、熱い気持ちはちゃんと伝わってるよ? ただ、あんまりストレートに、こう、気持ちをぶつけられるとさ、私って恥ずかしくなっちゃうから、ついつい茶化してしまうじゃない。
まあ、頭の中でくらい許してよ。こんなこと言ってくれて嬉しいのは確かなんだからさ。
そもそも、戦えないことをそんなに気に病む必要はないと私は思うけどね。だって、いきなりゾンビと戦えっていわれても、無理ってなる人の方が普通でしょ、たぶん。
いくら謎の力があるといっても、精神面は何も変わってないんだから、すぐに——ゾンビ殺すぜオラァン! とはならんよ。私みたいに、普段からゲームでゾンビを殺してたならともかく。
だけど、そんな藤川さんが一大決心をしてくれたわけだから、その気持ちを汲み取らないとね。まあ、この分ならゾンビとの戦闘も大丈夫なんじゃないかな。
彼女を信じて任せてみよう。今の彼女なら、きっと戦える。
「……その言葉が聞きたかった」
「……えっ?」
「ちょうど私も、藤川さんに戦って欲しいって、頼もうと思ってたところなんだよ。——藤川さんには厳しいかもしれない、なんて……無駄な心配だったね。こんなに強い気持ちがあるんだから、ゾンビ相手にもきっと立ち向かえるよね。——うん、私は藤川さんを信じるよ。仲間を信じる。もう一人じゃない。みんながいる。だから、大丈夫だよね——?」
学校まで正面突破しても、ね?
「——ッ、はい! 大丈夫です! ゾンビなんて、けちょんけちょんにしてやりますっ!」
そんな可愛く、けちょんけちょんとか言われたらいきなり心配になってきたけど、まあ、大丈夫でしょう。
では、越前さんにも話を伝えに行こう。なに、彼に関しては実績があるので、心配することはない。
私たちは越前さんの元に向かう。
彼は今現在も戦っている最中だ。なので報告は手短に。
私たちが来ると、越前さんは戦いながら銃声に負けないように大きな声を出した。
「それで、これからどうするんだい!? 学校は見ての通りだけど、別のところに移動するのかっ?」
「いえ、このまま学校に向かおうと思います!」
「それはっ……大丈夫か!? いけるのかっ?」
「この四人が揃えば、いけると思います」
「だがっ、彼女達は……戦えるのかい?」
「や、やりますよっ!」
「私、出来ます!」
私が返事するより早く、マナハスと藤川さんがそれぞれ答えた。
「……分かった。四人もいれば、大丈夫かな……? それに、このままここにいるわけにもいかないしね。それで、具体的にはどうやって学校へ?」
そこで私は、さっき考えた陣形を発表する。
マナハスが先頭で道を切り開いて、その後ろに避難者達が続き、両翼を越前さんと藤川さんが抑える。そして、殿に私だ。
「——銃持ちで両翼か。どっちがどっちをやろうか? 利き腕とか関係するかな……? いやでも、右利き以外って中々いないよなぁ」
「私は両利きなんで、どっちでもいいですよ」
「え、そうなの? なら俺は右利きだから、右でいいかな?」
「じゃあ私は左ですね」
へえ、藤川さんって両利きなんだ。それってむしろ左利きより珍しいんじゃないの。てか、両利きならアレじゃない? ツーハンドとか出来るんじゃね? 二丁拳銃、やっぱカッコいいよね。
「本当に私が先頭か……。え、えーと、どういうルートを通っていけばいいんだろ……?」
ルートか、どうやって進むのが最適なのか……ううむ、とりあえずマップだ。
私は、みんなにも見えるように、その場にマップを表示する。
マップ自体は、縮尺を操作することにより、学校全体が映るように出来る。
ただ、あまり範囲を広げても、敵の反応が映るのは私から一定の距離までなので、ここから学校内部の状況までは分からない。ただ、学校周辺のゾンビについては大体が映っている。
なるだけゾンビの少ないルートを通りたいけど……目的地は学校と言っても、それ自体それなりの広さだし、問題はどこから入るかなんだけど。
私はマップの中で、おそらく学校の出入り口と思われる場所を指差しながら、藤川さんに尋ねる。
「藤川さん、この学校の出入り口って——ここと、ここの二つだけなのかな?」
「そうですね。生徒が普段使うのは、その正門と裏門の二つです」
「ここ以外の出入り口ってある?」
「あるかもしれません。でも……すみません。私、正門と裏門しか通ったことないので、他はよく分からないです……」
まあ、普通はそうだよね。私も基本、普段の学校の登下校は同じ出入り口しか使わないし。
地図を見る分では、その二つ以外にそれっぽいところはない。もっと拡大すれば表示されるのかもしれないけど、あまり悠長に探している時間は無いし、大人数が通るには適さないかもしれない。
なので——結局は正面突破するんだから——よく分からんルートを探すよりも、正門と裏門のどちらかを選ぶことにする。
「いや、大丈夫だよ、気にしないで。一応、聞いてみただけだから。どうせ正面突破するし、正門か裏門のどっちかを選べばいい。それで、どっちがいいかなんだけどね」
正門の方は広い通りに面しているので、その分ゾンビも多い。裏門の方の通りは狭いので、こちらの方が相手にするゾンビは少なくて済むかな? ゾンビ全体の数としても、裏門側の方がすこし少ない……気もする。
ただ、敵が表示される範囲が裏門自体まで届いていないので、それはあくまで途中までの状況での話だけど。だけど結局どちらかを選ぶとしたら、その情報から選ぶしかないし。それなら少ない方、となるだろうか。
「裏門の方が、少しはゾンビが少なそうですね」
「そうだね。それじゃあ、裏門を目指して進むってことで、決定かい?」
「そうですね。ただ、そうなると狭い通りを通ることになるので、あまり広がれないかもしれません。歩道があれば、そこを通れば邪魔な放置車両は無いと思うんですが、狭いですから……その時は、両翼の二人は前後に配置することになりますかね」
「なるほど、歩きなら歩道を通れる……ただ、横につくのは確かに無理かもね」
「そういう狭い経路については、越前さんは前、藤川さんは後ろに配置ってことで、お願いします。その場合もお互いの受け持ちは、進行方向に対して右が越前さんで、左が藤川さんということで」
「了解」
「分かりました!」
全体的な実力を考えて、やはり前の方が重要なので、実績のある越前さんを配置した。学校は目の前だし、マナハスもいるから、まあ、道に迷うことはあるまい。
具体的なルートも決定したので、後は急いで出発だ。
「それじゃ、皆さんに車から降りてもらって……そのまますぐに向かいましょう。グダグダやっている時間は無いので」
「そうだな。——ううん、彼らには色々反発されそうだけど……ここは強引にでも連れて行くしかなさそうだ」
「そこは、大人の越前さんと聖女マナハスの頑張り次第ですかね」
「私かよっ!?」
「うぅん、善処するよ……」
まったく、頼れる仲間たちがいてサイコーだぜ!
——面倒事を押しつけているだけ……いや、何でもない。
さあ、ゾンビを蹴散らして学校に突入だ! と、その前に一つ言い忘れていたね……。
「あ、それと、こんな時に言うのもなんですけど、倒したゾンビの死体は出来るだけ回収してくれると嬉しいです。ポイントに変えれますし、残しておくよりはいいですしね」
「あ、ああ、確か死体を回収することで、なんかメリットがあるんだったか……」
「まあ、無理にとは言いません。余裕があればで。安全第一です。なんなら回収は後からでもいいですし」
「後からでも回収するつもりなんだな……」
そりゃあね、ポイントはあるに越したことはないのさ。
——こんな時まで何言ってんだか。そんなのどうでもいいでしょ。
どうでもよくはない! ポイントは私たちの力の源だぞ。これをどう集めるかが攻略の鍵なんだよ。ゾンビのカスポイントだって無駄には出来ないね。
——分かった分かった。でもMPを使うってこと、忘れないでね。
今のところ、私たちでMP使うのってマナハスくらいだからなー。マナハスには回収を控えてもらった方がいいかもしれないか。
「回収は一応、青ゲージを消費するから、マナハスは無理しなくていいよ」
「ああ、私は多分そんな余裕は無いわ」
「安全第一でね。何かあったらすぐ私を呼んでね」
「殿のオマエが来たらマズイだろ」
「まあ、その辺は支え合いだよ。——両翼の二人も、何かあった時は言ってくださいね。その時は、サポートに入れる人が助けるってことで」
「了解だ」
「分かりました!」
私は、これから共に苦難の道を征くことになるであろう、四人の仲間たちの顔を見回す。……うん、大丈夫だな。
「よし、それでは……行きましょう」