第52話 そんじゃとりあえず、学校集合な!
——なんとなく、回復アイテム使う前にこれで拭いとこ。なんかゾンビの手とかばっちいし。
私はアルコールティッシュをアイテム欄から取り出して、首元を拭う。それから回復アイテムを使用して、首の痣を治療する。
すると、すぐに首の疼きは消えた。
鏡を使って確認してみれば、首の跡はすっかり消えていた。
さて、それじゃあ反省会だ。どうせ車内では暇だし、学校に着くまでに終わらせる。
よし、出てこいモノ子!
——誰がモノ子よ。
モノローグだから、モノ子だよ。“もう一人の私”、とか呼ぶのもアレだから、それでいいでしょ。
——千年アイテムの持ち主じゃないんだから……。まあ、呼び名なんてなんでもいいけど。
さて、さっきみたいな失敗を二度と繰り返さないためにも、きっちりと復習して整理しておこう。さっきちょっとは反省したけど、やっぱりアレだけじゃ足りない。
まずは、なんであんな事になったのか。運が悪かったのも勿論あると思うけど、そんなのは言い訳にしかならない。結局のところ、私の警戒不足だった、それに尽きる。
能力を過信し、確認を怠り、警戒を疎かにした。それが原因だ。
では、どうすれば良かったのか。どうすれば、先程のアクシデントは避けられた?
——運転席のヤツを放置せずに排除するべきだったわね。
そうだ、そうすべきだった。だけどまずは、車に近づく前にもっとしっかり安全の確認だ。マップだけではなく目視でも確認する。車の下にゾンビがいる可能性も当然考えて、そこも調べる。
そもそも今回は、車を撤去するために近づいたのだから、その周辺を特に厳重に警戒するなんて当たり前だ。その上で、ちゃんと運転席のヤツも排除する。
急いでいるからといって、そこはおざなりにするべきではなかった。そういう時こそ慎重に、だ。
まあ、次に同じような状況になったら、その時はマナハスにやってもらうけど。その方が安全で確実だし。そして、その時は当然、私は護衛として彼女のそばで待機する。
そもそも、マナハスの念力が車も持ち上げれる程だと知っていれば……まあ、そこまで調べる時間は無かったんだけど。
というか、動くものは人間サイズでも持ち上げられないのに、静止物なら車だって持ち上げられるなんて、魔法とはよく分からんね。
人間が無理だったから、車も無理と勝手に思い込んでいたけど。それ自体が動く物と静止物との違いは、魔法(の念力)にとってはかなり大きいらしい。
何にせよ、触れずに、しかも遠隔からアレだけの重量物を持ち上げられるとは……これはまさに、聖女の奇跡の面目躍如だなー。
……それに比べて私は、自らの手で持ち上げて、えっちらおっちら運ばねばならないと来てる。その絵面の差よ……。
正直、ここまでの道中でマナハスや越前さんが華麗に活躍していたことで、少しばかり影響を受けていたところはあるだろう。
それでようやく出番が来たと思ったら、地味な運搬作業。それも手作業で、見栄えも何も無い。故にちょっとやる気を無くしていたというか、必死さが無かったというか……とにかく緩んでいた。
——まったく、こんな事態なのに、一体、何を気にしているのかしらね。
本当だよ、バカか私は。見栄えなんか気にしてどうする。そんな事を気にした挙句、本来やるべき警戒を怠って、結果、もっと酷い醜態を晒している。
車の下をわざわざ覗くなんて、カッコ悪いってか? ダサいってか? ……救いようのないバカだな。
——まあ、そんな事気にしている場合じゃないでしょうね。結局、体裁を気にして警戒を怠れば、被害を受けるのは自分なのだから、自業自得とも言えるけど。今は成り行きとはいえ、集団の命を預かっている部分もあるのだから、なおさら慎重になるべきだわ。自分の軽率で被害を受けるのは、自分だけとは限らないのだからね。
その通りだよまったく。真のカッコよさとは、体裁を取り繕い見栄えをよく見せることなんかじゃない。たとえ周りにどう見られようと、必要と思った事を実行する、その信念を貫くことだ。それが本当のカッコいい人間というものであり、私の目指すところだ。
大体、私は他人の評価なんて大して気にする奴じゃなかったのだけど、聖女の付き人とか言ったせいで、変な意識になっていたのかも。
——まあ、それも自業自得でしょ……。
うむ……反省すべきは他にもある。ゾンビを侮ったことだ。
言い訳になるけど、今までは連中のことをあっさり倒せて苦戦もしなかったから、連中の脅威度をいつのまにか過小評価していた。
連中の実態を体験することもなく、データだけ知って分かった気になっていた。実際には一度も攻撃を食らったこと無かったのに、ゾンビは全然強くないなんて思い始めていた。
やつら、動きは鈍いけど力はかなり強い。……これで夜になって速度が上がったりしたら、一体どうなるってのよ。恐ろしいな……。
連中は、一般人にとってはもちろんだが、力を得た私たちみたいな人間にとっても脅威だ。HPのバリアは万能ではなく、掴まれて締めあげられることもある。
実際、さっきもダメージ自体はほとんど無かったけど、首を絞められて呼吸が出来なくなるだけで人は死ぬ。ステータスのあるプレイヤーだって死ぬ。
連中の代表的な攻撃である噛みつきだって、HPのバリアでどれだけ防げることか。毒の問題もあるし。頑丈な服でも着た方がいいんだろうか?
今はまだ春先なんで肌はほとんど出ていない服装だが、ただの服程度では防具としては大して役に立たないんだろうなー。
でも、出来るだけの準備はするべきだよね。後でショップで防具みたいなのもあるのか探してみようかな……。
とにかく、これらを反省して自責すべし、ということだ。これからは体裁など気にせず、最大限の警戒をして出来る限りの安全策をとる。
ゾンビを侮らず、連中は恐ろしい脅威だと改めて認識し直す。解毒や回復があるからといって安心しない。ほんの少しの油断が死につながると胸に刻むのだ。
だが、それで臆病になってはいけない。今まで上手くいっていたのは、慎重になり過ぎずに大胆な行動も出来ていたからだ。でなければ、恐竜くんを倒せるわけがない。
なので基本は今まで通り、大胆不敵に行動する。その上で、ちゃんと冷静に警戒する部分も必要だ。
では、モノ子さん。そっちの担当はアンタに任せる。私の中の冷静な部分をアンタが司ってくれい。
……つーか最近アンタがサボってるから、今回こんなことになったんじゃないの?
——なによ、ワタシが出まくるとそれはそれで色々言うくせに。一人の時ならともかく、他人と行動していたらどうしても独り言って減るじゃない。それと同じでしょ。でもまあ、今度からはちゃんと忠告してやるわよ。
よし。頼んだぞ。
そういえば、反省とはまた別だけど、車の運転手を越前さんではなく香月さんにしたのは正解だったかもね。お陰で越前さんが迎撃として活躍してるし。
香月さんなら目の前でマナハスが魔法をバンバン使っていても、いい意味で順応してるし。これが他の人だったら、こう平然と運転出来ない気がするよ。
よし、とりあえずこれで反省は終わり。これでさっきの件は終了。引きずらないで切り替える。まだまだ状況は続いているんだから。
私が一人で脳内反省会をやっている間も、車はつつがなく道を進んでいった。相変わらず、道ゆくゾンビはマナハスによって排除されていく。
さっきはゾンビも殺せると言っていたけど、今もゾンビは吹き飛ばしていくだけだ。実際、その方が早いし確実なので、別に殺せるようになったからといって無理してそうする必要はない。
殺せばポイントになるけど、どうせカスポイントだし。死体もいちいち回収出来ないし、無視でいーわ。
途中、再び道路が塞がっているところがあった。しかし今度は、マナハスがサッサと安全に片付けた。
車から降りることすらなく、窓から杖をちょいと出して光輪飛ばして、車浮かせてポポイって感じ。
いやマジ魔法便利かよ。聖女スゲーなオイ。
そんなわけで、その後はトラブルも無く、無事に学校の建物が見えるところまで来た。
学校の周囲には車が多い。ゾンビも……多い。やはり、有事の際は避難所に指定されている場合の多い学校には、周りの人たちが集まってきているんだろう。
あるいは、周囲を壁で囲まれた頑丈な建物として、ゾンビから逃げる際には自然と足が向くということもあるだろうか。どちらにせよ、たくさんの人がここを目指したようだ。
そして、人のいるところにまたゾンビもあり、であった。ゾンビは騒ぎに引きつけられるので、人の集まるところには自然、やつらも集まってくるわけである。
その様子ときたら……ここまでの道の中で一番の密度を誇っている——放置車両も、徘徊するゾンビも。学校の前の道を埋め尽くさんほどだ。
そんなわけで、学校の入り口までは到底、車では侵入できない。
我々は今現在、学校から少し離れたところに止まって様子を見ている。
当然、ゾンビは近寄ってきている。それらは今のところ、越前さんが一人で対応できる数だが、次第にどんどん増えていくだろう。これからどうするか、すぐにでも決めなくてはならない。
私は車から出て、外の様子がよく見える場所に移動してから、考えを巡らせる。
——しかし学校がこの有様とは、皆、考えることは同じということか……。これならむしろ、人のいないところに向かった方が安全だったのかなー?
だけど結局は、大勢の人間が滞在できる場所なんてのは、そう多くはない。我々の今の人数では、こういうところに行くしかないのだ。
さて、ここからどうするか。ここにある全部の車両をマナハスの魔法で一つずつ退けてもらうには、さすがに車の数が多すぎる。
では、ここから学校へは車を降りて徒歩で移動するならどうか。
徒歩でなら車ほどのスペースは必要無いかもしれないし、車では通りにくいルートでも通れるだろう。なんなら、放置車両の上を乗り越えて行ってもいい。
だがそれはつまり、ゾンビが大量にいる中を大勢でゾロゾロと進んでいくということだ。
私たちがスーパーに入ろうとした時は、今より断然少人数だったが、それでも色々とギリギリだった。今はあの時よりも遥かに人が多い。
当然、私一人で守りきれる数ではないし、集団の数が増えればそれだけ移動は緩慢にならざるを得ない。戦闘は避けられないだろう。それも、かなりの数を相手にすることになる。
他者を守りながらの戦い。私一人がいくら強くても不可能なこと。
だが今は、私には仲間がいる。それも強力な仲間達が。
皆が十分に武器を扱えるし、一人は魔法なんてものすら使える。そんなメンバーがいる。
私と契約して、力に覚醒した契約使徒たち。
しかし、その中の二名には少し不安がある。——マナハスと藤川さん。二人が問題なくゾンビを倒せるか、という点が。
マナハスはさっき倒してみせたし、これからも倒せるとは言っていた。しかし、実際のところはどうなるか、やってみないと分からないだろう。
それは藤川さんも同じことだ。彼女もゾンビを倒していた。他ならぬ私を助けるために。出来なくはないはずだ。
だが、この数を問題なく倒し続けられるかは分からない。私を助けるためにとっさに倒すのとでは、色々と違いがある。
しかし今は、彼女達の力に頼るしかない。彼女達を信じるしかない。やってもらわねばならない。
おそらく、四人全員が実力を発揮して協力し合えば、この人数を守りつつ学校に侵入するのも不可能ではない……はず。
四人の布陣はどうするべきだろう? それぞれの武器や特性を考えた上で、最適な配置は……
考えていたら、車から出てきたマナハスが私の隣までやって来た。
「おい、この辺りはかなりヤバい状況じゃねーか。これはもう、学校に行くのは諦めるしかないんじゃないの?」
「そう思う?」
「そりゃあ、だってゾンビはウヨウヨいるし、道路は放置車両でごった返してて、どうやっても車じゃこれ以上進めないし。……この数を退かせって言われても、いくらなんでもキツいぜ……」
「それはまあ、無理でしょ。さすがにそんな無茶振りはしないよ」
「それはよかった。ならもう、引き返すしかないんじゃねー? とはいえ、そうすると今度はどこに行けばいいんだろうなってなるけど」
「いや、せっかく来たし、このまま学校の中に入ろうと思う」
「それは……どうやって……?」
「まあ、強行突破だよ」
「……いけるかねー?」
「私たち四人が力を合わせたら、あるいは」
「むむぅ……」
「不安要素は、あるけどね。アンタと藤川さんが、ゾンビを躊躇なく殺れるかどうか。成功するかはそこにかかってると思う」
「私は……大丈夫、やれるよ。もうゾンビには容赦しない。……平気だよ。私はただ、光の輪っかを飛ばすだけだからさ。アンタみたいに近づくわけじゃないし。……ってか、アンタこそ大丈夫なの? さっきはあんな事があったんだし、無理しない方がいいんじゃ……?」
「私も大丈夫だよ。さっきは確かにものすごい失態を犯したけど、ちゃんと反省したから。次は、いや、これからは……上手くやる」
「いや、そうじゃなくてさ……やっぱショックが大きかったんじゃないか、ってことを言いたいんだよ私は」
「……さっきのがトラウマになって、ゾンビを前にすると私が怖気付くんじゃないかと心配してるってこと?」
「まあ、有り体に言えば……そうだよ。でも別に、それを責めてるわけじゃないからね? そうなってもまったくおかしくないし、そうなっても全然悪くないってことだよ、私が言いたいのは。だから別に無理して戦う必要ないってこと。……カガミンの分は、私が戦うから」
「それは頼もしいけど……やっぱり、私も戦うよ。人数は少しでも多い方がいいし、私は……戦える。むしろ、いま戦わないと、トラウマが定着しちゃうかもしれないでしょ? そうなると、むしろ余計に悪影響が大きくなる気がする。さっきのミスを引きずらない為にも、今この場で、私は戦いたい」
「……分かったよ。アンタがそう言うんなら、私は賛成。まあ実際、これからさらに移動するのも時間的に厳しいだろうし。夜になったらなんかヤバいんだろ? 日没まであんまり時間は無さそうだよな……よし。んじゃ、もう学校に突撃するか! 私が先陣を切ってゾンビを排除してやるよ。カガミンの出番が無くなるくらいね」
「そう……それなら思いっきり魔法をぶっ放しちゃおうか。どうせこれだけ集まってるんだから、これから増えても大差ないでしょ。派手な花火を打ち上げちゃおーよ」
「はっ、任せときな」
「あ、でも、MPの残りには気をつけてね。回復アイテムも忘れずに装備しておいて」
「あー、確かにね。アイテムを使うってのは、まだ慣れてないけど……ま、習うより慣れろか」
「魔法もだいぶ使えるようになってるし、すぐに慣れるよ」
マナハスが先頭か……まあ、悪くないかもしれない。一番火力がありそうで、さらに車を退けることも出来る。彼女が最低限安全に通れる道を作って、その後にみんながついていけばいい。
私は……殿がいいかな。遠距離がない私は動き回らないと広範囲のゾンビは倒せない。なら、移動するみんなの後ろにピッタリついて、近くに到達したヤツだけ片っ端から始末する。それが適役だろう。
両サイドには銃組の越前さんと藤川さん。二人に広い範囲を排除してもらう。余裕があれば、前方後方どちらも銃で援護できる布陣だ。
よし、そうと決まれば、藤川さんと越前さんに話を通して、避難者の人たちにも簡潔に説明して——まあ、色々ごねるだろうけど、時間がもったいないので無理やり気味でも決行する。
よし、では、それでいこう。