第50話 歩く死者 そこのけそこのけ 聖女が通る
香月さんの愛車、彼女曰く“スラグホース”は、順調に道を進んでいった。
道中、車内での空気というか会話というかはどうなるかと思ったが、そこまで心配することは無かった。
香月さんは運転に集中しており、余計なおしゃべりは全然しなかった。
マナハスも香月さんの手前、聖女としての体裁を取り繕っているのか、特に喋ることはなく無言。
そうなると私も特に自分からお喋りはしないので、自然と沈黙することになる。
つまり、車内はお喋りなしの沈黙状態ということになるが、それは別に気になるものではなかった。そもそもが緊迫したドライブなので、喋らなくても問題はない。
問題は、やはり進路上の障害物だ。乗り捨てられた車や、明らかに事故ってる感じの車が、道のあちこちに放置されている。今はなんとかその間を縫いながら、学校へ向かって行っているところだ。
意外と言っては何だが、道中、香月さんがゾンビを轢くに迫られたことは、今のところ一度も無い。だが当然にして、ゾンビは道路上にもあちこちにいて、とてもすべてをかわしきれるものではない。
ではなぜ、車で撥ね飛ばさないで済んだのかというと——マナハスが活躍したのだ。
道中、どうしてもゾンビが密集していて車が通れないような部分に差し掛かる。邪魔なゾンビは撥ね飛ばせとは言ったが、何も考えずに突っ込むわけにはいかない。
ゾンビの集まり具合によっては、突っ込んだら上手くゾンビをぶっ飛ばせずに車が止まる可能性だってある。それは不味いので、状況を見極める必要があった。
場合によっては、私が降りてからササっと始末してまた進む、っていう方針を取るべきかとも考えていた。
しかし私の出番はなかった。マナハスが活躍したから。
マナハスの魔法、黄色いゲージを使う方、いわゆる「念力」は、物を浮かせたり飛ばしたりする技だ。では、それでゾンビそのものを持ち上げたりすればいいんじゃないか、とは当然考えた。しかし、そう簡単にはいかなかった。
まず、物を持ち上げる際は基本的に距離が近くないといけない。離れるとそれだけ力が弱くなっていくのだ。
そして、この能力の特性として、動くものは持ち上げられないという制約があるらしかった。——それはつまり、生物全般に対して使用出来ないということだ。
自ら動くようなものは、どうやら上手く“掴め”ないらしい。当然、この法則はゾンビ自身にも当てはまる。やつらが生物かどうかはともかくとして。
スーパーで私がゾンビを始末して回ってた時に、マナハスは「念力」によって藤川さんを持ち上げられるか試してみたようだが、全然出来なかったので、そういう特性なんだとわかったとか。基本的に、浮かせて操れるのは静止物のみらしい。
しかし、この念力の能力はただ物を持ち上げるだけではない。その出力や勢いも調整可能だった。なので、その辺を強く設定すれば、まるで突風や衝撃波を発生させたように、強い力を発生させることも可能だった。
これなら相手が動く生物でも関係ない。例えるなら、これは掴むのではなく広げた手で弾くとか、あるいは空気ごと吹き払うとか、なんかそんな感じなのだ。細かい制御は効かないが、相手を吹っ飛ばすには十分。
ただこれも欠点があり、自分の近くでしか発動出来ない。ゾンビを吹っ飛ばそうと思えば、近寄らなければならない。それは危険だし大変だ。
しかし、それを解決できる方法が存在した。それは、例の光輪である。
あの光輪は、勢いよく飛ばして攻撃に使うだけでなく、それなりの距離を自在に飛行させて制御出来るらしいのだが、そうして飛ばした先の光輪もマナハスの杖の一部として扱われるという性質があった。
それは、光輪を飛ばした場所で魔法が発動させられるということを意味していた。つまり、光輪の飛ぶ距離分、魔法の発動基点を自身の位置より延長させることが出来るわけである。
光輪はそれ自体を飛ばしてぶつける攻撃手段というだけではなく、飛ばした先で、そこを起点として魔法を遠隔発動するガジェットとしての機能も持っていたのだ。
なのでマナハスは、やろうと思えば飛ばした光輪のところで魔力の盾を展開したりすることも出来る。——ただ、これはまだ練習不足というか、技量不足で無理のようだったが。
だが、飛ばした光輪の地点で衝撃波を発生させることは出来た。
その辺のことはスーパーの中で検証していた。ただ、実践してどれくらいの効果があるのかは実際にやってみないと分からなかった。なので、色々と準備をした上でドライバーも覚悟のある人を選出しようとしたわけだが……その必要も無かったかもしれない。
つまり——
前方にゾンビの邪魔な群れが有れば、香月さんが車の速度を落とし、マナハスは窓から光輪を投射する。
そして光輪がゾンビ達のところに到着した時点で衝撃波が炸裂、ゾンビ達を吹っ飛ばす。
その衝撃波の威力は中々のもので、ゾンビらは優に数メートルは吹き飛んでいった。
ただ、この衝撃波は勢いはすごいものの、ダメージ自体はさしたるものはない。ただ吹っ飛ばすだけだ。
なので吹き飛んだゾンビも死んだわけではなく——どころかほとんどノーダメージのようで——しばらくすれば起き上がる。
しかし、私たちの車が通り過ぎるには、それだけの間があれば十分であった。
マナハスとしても、ゾンビを殺しているわけではないということで、躊躇なくぶっぱなせる。
それゆえ、彼女は思いっきり技を発動しているわけだが……傍から見ると、ゾンビ相手にボウリングかなんかしてるみたいだね、これは。——あ、これはまた盛大なストライクだ。
ゾンビの数は少ない場合は、単体を狙って直接光輪をぶつける。衝撃波パワーが込められた光輪に当たったゾンビは、これまた盛大に吹っ飛んでいく。
という感じで、進路上の邪魔なゾンビは、その尽くがマナハスに吹き飛ばされていくのであった。
マナハスが撃ち漏らしたやつが後続の邪魔になることもあったが、その時は後ろの越前さんが仕留めてくれているようだった。
彼は窓から半身だけ乗り出して、邪魔なゾンビをワンショット。ゾンビは吹っ飛んでいく。
どうやら彼は、銃にパワーを込めて撃つ方法をモノにしたようだ。お陰で撃たれたゾンビが一発でバラバラに吹き飛んでいく。これはちょっとグロ注意な感じですわ。まあ、車が通る一瞬でマジマジと見るもんでもないし、大丈夫かな。
この分だと藤川さんの出番とかは無さそうだね。彼女もやろうと思えば、越前さんみたいにやれるんだろうけど。スタンモードを使えば、殺すことなく動きを止められるし。
なんならスタンモード+パワー込めで撃ったら、ダメージ無しで吹き飛ばしたりとか出来るんじゃない? まあ、わざわざ試すことでもないけどね。
ん、私? 私は普通に後部座席に座って、マナハスがゾンビ共をバンバン吹き飛ばしていくのを観戦してるよ。刀使いの私は、車に乗ってるとまるでやれることがないからね。
いやほんと、マナハスが大活躍で驚けばいいのやら喜べばいいのやら。運転席の香月さんは、マナハスが光輪を飛ばしてゾンビを吹き飛ばす度に歓声を上げてるけど。
一回、ハンドルを放して拍手し始めた時はビビった。すぐに手を戻したから、マナハスは気がついてなかったけど。
マナハスや越前さんが活躍しているところを見ると、私も遠距離攻撃あったがいいんかなーとか思ったり。車内にいると私、マジでやることないからね。
この感じだと、ゾンビ相手の戦いならやっぱ銃が断然有効ってことなんかなー。まあ私も最初は、ゾンビ相手に接近戦はないと思ってたけど……。
でも、もし屋内戦とかあれば、射程の長さはあまり関係なくなるし、刀もワンチャン活躍するかな? 屋内では刀がちょっと振りにくいという部分もあるけど……。——その点、銃はハンドガンとかなら十分取り回せるんだよな……。
……ま、みんなが活躍してくれるのはいいことさ。私はただ座って見てるだけでいいんだものね。苦戦して追い詰められるよりはよっぽどいい。
もうこのまま私、後部座席に座ってるだけで学校着いちゃうかな……なんて思っていたら、さすがにそう上手くは行かなかった。
進む先の道が、完全に塞がっていたのだ。それも、ゾンビではなく、放置された車で。
今までは何とか隙間を通ってこれたけど、今回は完全に塞がってる。対向車線まで丸ごと封鎖されている。……これじゃ、どうやっても通れないね。
さすがに車まではマナハスの衝撃波でも吹き飛ばすのは無理だろう。そこまでの威力は無い。となると——ようやく私の出番ですか。
まさか最初の出番が、地味な撤去作業とはなぁ。でも私がやるしか無いから、しょうがないね。
私以外の他のパーティーメンバー達は、まだスタミナを使っての身体強化には慣れていないのだ。
普通に走るのすら成功していない。スタミナパワーで武器の威力を強化したりは出来るようになってるが、身体強化はそれよりも色々複雑で繊細なところあるからね。
なので、身体能力を強化して車を手作業で退かせられるのは、今のところ私しかいない。
まあ、アイテム欄へ“収納”して撤去するという方法なら、私以外にも出来るとは思うけれど……でも、私以外のみんなは、その“収納”のやり方自体にまだ慣れていないので、任せるのは色々と不安だ。
すんなり“収納”できずにモタモタしていたら危ないし、それに、“収納”するには対象物に触れていなければいけないという条件があるので、車のすぐそばまで近寄らないといけない——というのも、いかにもリスクが高い。
その辺の諸々を鑑みても、車の撤去を任せるのは、“身体強化”にも“収納”にも慣れていて、そもそも近接タイプの私が一番無難な選択だといえる。
というわけで、ここは私が出張るしかないのだ。
封鎖地点の手前で車が止まる。
周囲にはそこそこゾンビ達がいるが、この程度なら越前さん一人で問題無いだろう。
車を止めた香月さんが、塞がっている前方の道路を見ながら、私に進言してくる。
「どうしましょう……引き返しますか? でも、ここを通れないと遠回りになりますね……」
「いえ、このままここを通りましょう。今から私が車を退かしてくるので、少し待っていてください」
「えっ、カガミさんが自ら向かわれるのですか? 危ないんじゃ……あ、えと、私も手伝いましょうか? ——いや、もっと人手が必要ですよね……」
「大丈夫です、私一人で出来ますので。危険なので、香月さんは車から出ないようにお願いします」
「え? あ、はい……」
そう言って私は一人、車を降りる。
助手席の横を通った時、チラリとマナハスを見やれば、心配そうにこちらを見ていた。なので、大丈夫だよ——と眉をクイっと動かしてお返事する。
そして私は、車が連なって道を塞いでいる地点に近づいていく。
現場の様子を見るに、どうやらこの地点で玉突き事故だかなんだかがあったようだ。
さて、一体どの車から退かそうか。——いや、あの一台を退かせば、それで何とか通れるようになるかな。
とりあえず、最初に取り掛かる車を決定すると、私はその一台に近づいていった。