第48話 そこでアクセルを全開! インド人をまっすぐ!
バックヤードの扉を開けて中に入る。すぐに皆の注目が集まってくる。
ここはまた、越前さんにまずは話してもらう。やはり大人の彼に言ってもらうのが一番いいのだ。それで上手くいく場合は。
「店内の連中の葬送は完了した……。店の中にはもうゾンビは居ない。これでようやく、この建物の安全も完全に確保されたと言えるでしょう。ただ、我々の方針が移動である事は変わっていません。……それで、そちらの話し合いはどうなりましたか?」
すると、真っ先に香月さんが反応した。
「あ、はい。避難先はここから少しのところにある、私立春日野高校がいいんじゃないかということになりました。学校なので設備は整っているし、あそこは私立校というのもあって、わりとセキュリティはしっかりしているんです。敷地も全部高い塀で囲まれてますからね。その辺は私も赴任予定だったので、知ってましたから。あ、でも在校生の方がいるので、そちらの方が詳しいかもしれませんが……」
そういって彼女は藤川さんを見る。まあ、自分の通ってる高校の事だからね。
んで、行き先は学校か。まあ、避難先としてはポピュラーだろうし、塀で囲まれているというのもグッドだ。
やはりゾンビ相手には塀が無いとね。バリケードを一から作るのも大変だから、元からあるなら、それに越した事はない。
学校なら設備は色々あるだろうし、広さも十分。ベッドやシャワーもあるだろう。数はそんなに無いかもだけど……なんとか優先して使わせてもらえないかなー?
場所は学校でいいとして、結局、誰が行くことにしたんだろう。避難先を話し合ったって事は、みんな賛成に近い意見なのかな……?
「高校か……いいんじゃないだろうか? 確か距離もそこまで遠くなかったはずだ。——それで、どうかな?」
越前さんが、私の方を向いて確認を取ってくる。私も特に反対意見は無く賛成なので、頷いておく。
「よし、それなら避難先はその学校で決定でいいでしょう。——それで、我々についてくることにした方はどれだけいらっしゃいますか? もう一度、手をあげてもらえますか」
すると意外にも、その場にいるすべての人が手を挙げた。あの前田さんもだ。
マジ? みんなついてくるの?
正直、全員ついてくるとは思わなかったんだけど。この人数だと移動大変だぞー。どーしよう?
高校までの具体的な距離にもよるけど、これならもう車使って行った方がいいんじゃ。
「……全員ですか? 皆さん、移動することに納得されたんですか?」
すると、越前さんのその問いに、前田さんが答えた。
「アンタらの事をどこまで信じたものかとは今でも思うが、やはりすべてが適当だとも思えん。それにどうも、アンタらは我々を助けてくれようとしているようだし……今は他に頼れるものがない。助けを呼ぼうにも、どうも電話も繋がらなくなってきたようだし……。——まあ、繋がっていた頃も緊急回線は応答しなかったが……。
そんな状況だから、ここにいても状況が良くなるとはあまり思えん。結局は、自分でどうにかするしかないのだろう。それならここは、アンタらに頼って従うのが一番なのかもしれない。それに、学校には他の人たちもいるだろう。その人らと合流すれば、状況は少しは良くなると思ってな」
まあ、私たちを信用するしないはともかく、学校まで行けば他にも人がいるだろうからね。その後の事は、その時に考えればいい。
別に私も、彼らが私以外を頼るんだったら全然それで構わないし。むしろ、そうして欲しいくらいだし。
どうやら、移動すること自体については意見が一致したようだが、具体的な移動方法などは決めたんだろうか?
私はまず、春日野高校とやらがどこにあって、ここからどれくらいで行けるのかも分からないんだけど。
とゆうわけで、その辺を確認してくれるように越前さんに小声で進言する。
越前さんも頷いて、皆とディスカッションを始めた。
それを傍から聞いていたところ——大体のところは判明した。
例の高校はそんなに遠くないので、歩いて行けなくは無いが、普通に行けば歩いて大体、三十分といったところらしい。
そして今は、ゾンビがそこかしこにいるので、当然もっとかかるだろう。
そもそも、この人数でゾロゾロ歩いて行って、それを私と越前さんの二人+αでどれだけ防衛出来るかといえば……正直言って厳しいだろう。それならまだ、車で行ったほうがいいんじゃないかと思う。
車なら一応はゾンビへの盾にもなるし、車内に居ればそう簡単にはやられない。スピードは当然歩きより速いので、それだけ早く到着出来る。それに、荷物を持っていくにも車の方が楽だろう。
しかし当然、車には車の問題がある。
まずは音でゾンビが集まる事だが——これはスピードで振り切れば、それで解決できなくもない。
一番の問題は、道路が塞がっていて立ち往生してしまうことだ。そうなると別ルートを探すか、そこから歩きで行くかになるが、どちらもリスクが高まる。特に歩きは危険だ。
やはり皆には、最後まで車に乗っていて欲しい。そうすれば下手に動き回られることもないし、こちらとしても管理が容易い。
そうだな、私なら、スタミナパワーを使えば邪魔な車などを退かすのも不可能では無いと思う。実際すでに、瓦礫を持ち上げた実績がある。アレがいけるなら多分、車もいける。
というか、これも別に車をわざわざ持ち上げて運んだりしなくても、車自体を“回収”してしまえばいい。
もしも、どうしても塞がって進めないルートがあれば、その時は私の方でなんとかするか。
後の問題は……誰が運転するのか、だね。
私はまだ高校生だから、当然、免許は持っていない。なので運転は出来ない。それの何が問題かと言うと、おそらく——いや十中八九、車の運転手はゾンビに衝突して撥ね飛ばす必要が生じるだろうという点だ。
まさかゾンビが立ち塞がるたびに、クラクション鳴らして退いてもらうわけにもいくまい。つーか普通に退かずに、むしろ集まってくる。なら最初から撥ね飛ばすしかない。
問題は、それが出来るかどうかなんだけど。
先頭の車が道を作れば、後続はそこに続くだけなので、先頭の運転手さえ度胸があればなんとかなるかも知れない。
しかし私が運転出来ない以上、誰かにやってもらわねばならないが……。はたして、この中にそれが出来る人はいるのか。
越前さんはどうだろう。——彼ならやれるだろう。すでにゾンビを殺した経験を持つ彼なら、いまさら車で轢くのを躊躇はしまい。
ただ、彼はここまで歩きで来たので、運転するとなると誰かの車を借りることになるけど。
とりあえずは越前さんに確認を取ってみるかな。彼が最有力候補なのだから、まずは彼だ。てか、彼以外には他に候補がまったく居ないんだけどね……
これ、越前さんが無理なら無理じゃね?
いや、運転免許くらい大人なら誰でも持ってるし、大丈夫でしょ、たぶん。
一つ、懸念があるとしたら、戦闘要員として私以外では一番活躍出来そうな越前さんに運転をさせていいのか、という点だ。
できれば越前さんには、戦闘の方に注力してもらった方がいいとは思うが、背に腹は変えられないか……。
何にしても、まずは本人に聞いてみてからかな。
「越前さん、車での移動についてなんですけど——」
「ああ、車での移動については、俺も賛成だ。車自体は全員が乗れる分を用意できるみたいだよ。大体の人が車で来てるし、そうじゃない人も乗せて貰えばいい。なるだけ車の台数は減らした方がいいだろうから、できるだけ一つの車にいっぱいまで乗るべきだろうね」
「そうですね。私もそれがいいと思います。それで、車の運転手なんですが……」
「ああ、それだよね……。度胸がある人じゃないと、難しいだろう」
「特に、一番先頭の車です。ここが一番ゾンビを轢く可能性が高いので。ここを誰にやってもらうかなんですが……越前さんは、どうですか……?」
「俺か……」
あれ、その反応は……もしかして、免許持ってないとか?
「こんな時にこんな事を言うのは、本当に、アレなんだけど……俺、方向音痴でね……よく道を間違えるんだよ……。あまり行った事ないところは、特にね……。例の高校は、場所は何となく知ってるけど、実際には行った事ないから、道を聞いてもちゃんと行ける自信がまったくないんだ……」
「……えぇと、車の免許自体は」
「免許は持ってるよ。運転も普通にできる。それに、ゾンビを轢く覚悟もある。ただ、高校まで迷わずに運転できる自信はまったくないんだ……」
「……それなら、横で誰かに道を教えてもらいながら行けば……?」
「普段なら、それで問題無いと思う。ただ……今はゾンビが道端にウヨウヨいるわけだし、それをぶっ飛ばしつつ、横からの案内を聞いて、正しい道をちゃんと通るってのが出来るかどうかは……。
俺が一番不安なのは、そんな俺のミスで皆を危険に晒すことだ。そんな不安を抱えている俺なんかより、別の人が運転した方が確実なんじゃないかって、他でもない俺自身がそう思ってしまっている。そんな精神状態じゃ、失敗するような気がしてならない……。本当に、こんな情けないこと言って申し訳ないと思う……」
「いえ……不安要素があるなら、それは無視するべきではないと思います」
マジかこの人、そんなに不安になるレベルの方向音痴だったの? へぇ……。
もしかして、越前さんが私たちと一緒に避難しようとしたのって、マユリちゃんと二人で行くと自分が道に迷うから……とかじゃないよね?
てっきり、私の戦闘力をアテにしているんだと思ってた。まあ、それもないことはないだろう。
でも、銃を渡してからは自分から戦おうとしてくれるし、私が女の子だからって、色々と気を使ってくれることもある。
そんな彼が家から出られなかったのは、案内役がいなかったから……? ナビを見ながら悠長に進める状況ではなかったし。
ま、まあ、この状況では、ただの方向音痴も意外と洒落にならない危険かもしれないよね。ゾンビが徘徊する街なら、最短距離が鉄則だよ。
だとすると、越前さんは一人で行動させない方がいいのかもしれない。——マップをもっと使えるようになれば、あるいは、大丈夫かな……。
まあ、今の問題は、ちゃんとした方向感覚のあるドライバーを見つけることなんだけど。
「——しかし、そうなると、うーん、誰にやってもらおうかな……」
「私がやりましょうか!?」
「——っ!?」
驚いた。いつのまにか私たち二人のそばに来ていたのは……香月さんだ。
「私の赴任先だったので、高校への道なら完璧に把握してます。車も自分の乗ってきたものがありますし、新しく買ったばかりなんで頑丈だと思いますよ!」
いやアナタ、買ったばかりの車が傷物になっちゃうと思うんだけど、いいの?
いやいや、そうじゃなくて、問題はゾンビを轢き殺せるかどうかなんだけども。
「あの、道中はゾンビが大量にウロウロしていると思うので、どうしても避けられずに轢いてしまうことになってしまうと思うんですけど……」
「私が彼らを轢くのを躊躇すると思って、心配されているのですか?」
「はい、まあ……」
「それなら大丈夫です! 一人では難しいかもしれませんが……横に、助手席に聖女様が乗っていただけるなら……私、きっと出来ます!」
まさかこの人、マナハスを隣に乗せてドライブしたいだけじゃないよね? ドライブデートかなんかと思ってやしません?
「あの方達は確かに人の形をしていますが、彼らがすでに死んでおり、呪いによって現世にとどめられている哀れな存在だというのは理解しました。私には彼らを救う事はできませんが、せめて聖女様のお役に立つために、躊躇なく彼らを轢いて道を開きましょう。聖女様を助けることが、すべての人のためになることなのですから、私に恐怖はありません。躊躇いもありません。きっとハンドルを真っ直ぐと彼らに向けられます!」
ちゃんとインド人を——じゃなくて、ハンドルを真っ直ぐゾンビに向けられるのか……。
その時にならないと分からないけど、多分、この人ならできるんじゃないかと思う。それだけマナハスへの信頼というか、有り体に言って狂信を持っておられる。
それにもう、この人以外には適任者は居なさそうだ。一番成功率が高そうなのがこの人なら、それで決めるしかない、か。
——本当にいいの……? だいぶ不安があるんだけど。
まあ、仕方ない。越前さんがダメなら、他は正直、誰でも変わらないと思う。
——真奈羽が隣に乗るらしいけど?
それで上手くやれるっていうなら……少なくとも本人がそう思っているなら、それでやってみるしかないというか。
ま、当然、私も後ろに乗るけどね。
どっちにしろ、先頭の車には私が乗るつもりだったし。何かあったときに、すぐに対応できるようにね。
「……わかりました。それでは香月さん、先頭の車の運転、よろしくお願いします。私と聖女様も同乗しますので。無茶と承知でお願いしますけど……安全運転でお願いしますね」
「はい、任せてください! きっと聖女様を無事に学校まで送り届けてみせます!」
さて、そうなると香月さんの重要度は上がってくるわけで……
それならここは、彼女にも“アレ”を進呈しておくとするかな。




