第45話 この程度、聖女にとっては日常ですよ
突然のマナハスの奇行(というか、奇術?)により、私は混乱の最中にあった。
マナハスが下がっていった後ろを振り返ると、そこには藤川さんも来ていた。
そしてマナハスは、私と藤川さんに隠れるようにして、俯いている。
いや、だからなんなんだよ。わけわかんないって。
……いやいや、どうすんだこれ……空気が、今、空気がマジで訳わかんなくなってる。直前まで何話してたかすら忘れちゃったレベル。マジでどーすんだよコレ?
……いや、でも、これひょっとしたらチャンスなのでは……? なぜかは知らないけどマナハスがすごいムーブかまして来たし、ここでこの勢いを利用するか……!
瞬時にそこまで思考を切り替えた私は、箱を床に下ろし、語り出す。
「……皆さん。見ての通りに奇跡の御技を使える聖女様ですが、彼女が外の連中に対して新たな知見を得ました。さっきまで彼女は交信により情報を集めていたのですが、その結果が出たようです」
みんなは呆気に取られた顔で私を見ている。私が言うのもなんだけど、その間抜け面、とても洗脳されやすそうですよ。
私はそんな皆さんに畳み掛けるように演説をぶち込む。
「結論から言うと、外を歩いている彼らは、死体です。すでに死んでいるんです。にも関わらず動いており、あまつさえ生者を襲っている。そして襲われた人も、彼ら、彷徨える亡者の一員となる……。重要なのは、彼らはすでに死んでおり、もはや元の人間に戻る望みは無いということです。それも当然です。彼らは死んでいるのだから、それが人間に戻るということは、死からの復活に他なりません。無論、そんな事はあり得ません。しかし、結果として彼らは動いている。ですがそれは蘇りなどではなく、この世の理を超えたおぞましい呪いによるものです。彼らは存在自体が、この世界を冒涜しているのです」
相変わらず、適当な事を言わせたら私の舌はなんともよく回る事だ。自分でもびっくりする。
「そんな彼らを救う方法があるとすれば、ただ一つ。すでに滅びた肉体を解き放ち、彼らを呪いから解放することです。具体的に言えば、頭部を破壊すること。それが、彼らを動かぬ死体として、通常の理に戻す方法です。それこそが、我々が彼らにしてあげることが出来る唯一の弔いなのです。彼らのためを思えばこそ、彼らを呪いから解き放たねばなりません。そしてそれは、まだ生きている我々のためでもあります。彼らを放置すれば、掛け値なしに世界は滅びます。我々が明日も生きるために、彼らについては、決然とした意志を持ってタイジせねばなりません」
これ対峙と退治がかかってるかも? いやいや、そんなこと考えてないで続き続き、えぇーっと……
「ですので、我々はこれより、まずは店内の“彷徨える者たち”——俗な言い方をするとすれば、あの『ゾンビ』達を、弔います。つまり、頭部を破壊します。彼らを完全に排除しなければ、ここから移動することもままなりませんから。皆さんの安全の為には、必要な行為です」
ゾンビを始末する、と言われて、流石に皆に動揺が広がる。しかし動揺なら最初からすでに浸透している。今更この程度は誤差である。なので、このまま突き抜ける……!
「それともう一つ。これも重要な報せです。外の死者、すなわち“ゾンビ”達は、幽霊や死霊の類いよろしく、夜の闇の中でこそ、その真価を発揮するようです。つまり、彼らは夜に活性化します。何が、どれだけ変わるのか、詳しいところは分かりませんが、彼らがたった一晩でこれだけ広がったのは、その特性があるからだと、今ならそう思わざるをえません。だからこそ、私はこの建物で夜を越すことに強い危機感を抱いています。ここは、夜に凶暴化したゾンビ達を凌ぐには、心許ないと言わざるをえないでしょう」
大体、私はスーパーの床で寝るのなんて絶対嫌なのだ。ベッドも無ければシャワーも無い。硬い床で雑魚寝なんてありえねーっす。だから、どっかもっとマシなところ行きたい。
「なので、我々が店内の“彼ら”を弔っている間、あなた方には、避難する方針でもう一度、話し合って欲しいんです。ここよりも堅牢で、安全で、過ごしやすい、避難先に相応しい場所を選んでください。私と聖女様はこの辺りの地理には疎いので、あなた方のお力を借りる必要があります。どうか、よろしくお願いします」
そう言って私は頭を下げる。しかしすぐに上げる。勢いが大事なのだ。勢いが。
「では、私たちはこれから弔いに参りますので……どうぞ、よろしくお願いします」
そして私は踵を返し、バックヤードの扉に向かって歩き出す。その際に素早く視線を飛ばして、パーティーメンバーの皆にも着いてくるように促す。とはいえ、三人とも言われなくても行くつもりだったろうけど。この場に残されるのは絶対に嫌って雰囲気をビンビン感じるし。
そのまま一旦、外に出ちまおうと思っていたが、すぐに背後からの声に止められてしまう。
「あ、あのっ!」
ちっ、なんだ? 頼むから行かせてっ。話はもう終わりにしてっ。
「この箱は……何なんですか?」
私は立ち止まって振り返る。
「その箱は……」
何なんだろうね。知らんよ私も。
マナハスの方をチラッと見るが——露骨に目を逸らされる。これは多分、あの箱には何の意味も無かったってことだろう。
だが、アレだけ意味深に出てきた箱が何もないなんて、そんなこと言えるわけない。どうするっての……!?
考えろ……袋……ビニール袋、うむ……
「……ああ、言い忘れてましたね。その箱の中身は、見ての通り袋です。……えぇ、つまりですね、ここから移動する際には、色々と持っていく必要があるでしょう。物資は多いに越した事は無いですし、幸いここは店の中ですので、持っていけるものはたくさんあります。……本来なら売り物ですが、この緊急事態ですので、そこは店員の方の判断で、良きに計らってくれるものと信じています。……なので、その袋はその際に使ってくださいと、まあそういうことです。……聖女様はすでにそこまでの先を見越して、こうして用意してくださったのですね。……棚の高いところにありましたから。聖女様はとても親切なお方なのです。そして聖女様にとって先程の奇跡の所業は、それこそ背伸びと同じ程度の感覚なのです。あの程度は、聖女様にとって日常動作のようなものですから」
マナハスのせいでこんな言い訳をする羽目になったので、仕返しとばかりに話を盛っておいた。
何だよ、ちょっと高いところの物を取るのに物体浮遊の奇跡を使う聖女って。意味わかんねーよ。
でも知らねー。知ったこっちゃねー。
聞いてきた人も、どんな反応をしていいのか迷ったように、「な、なるほど……」とか言ってるし。
まあ、追加でなんか言われる前に逃げよう。
そして私たちは、皆が箱の中身に気を取られているうちに、今度こそ扉の外に出る。
私とパーティーメンバーの三人と、それからマユリちゃんだ。——彼女もちゃっかりついてきていた。
まあ、おじさんもこっちに居るし、あそこに残すよりはいいだろう。
店内には床の至る所にゾンビが倒れ伏している。
しかし、ゾンビよりも私はまず最初にマナハスを問いただす。当然だ。さっきのアレは一体なんだったんだ。
「それで? 聖女様。別に頼んでもいなかったですけど、なんか取ってもらってありがとうございました?」
「いや、その……悪かったよ」
「マナハス……何だったの? マジで」
「アレは……ええっと、ね」
「うん」
「だから、その、さ?」
「……」
埒があかないと思ったのか、そこで藤川さんが助け船をだす。
「真奈羽さん、いえ、聖女様は、魔法のスキルのインストールに成功したんです」
「そうみたいだね。それはまあ、分かるけど。アレを見れば」
「それで、聖女様はとても興奮なされて、それから——」
「まって藤川さん、私からちゃんと話すから。あと、聖女様って呼ぶのはやめてね」
そう言いつつ、マナハスはしばらくモジモジしていたが、やがて、意を決したように話しだした。
「いやさ、スキルのインストールが終わって、ちゃんと成功したんだよ。それで魔法が使えるようになって、試してみたらホントに使えたからさ。もうめっちゃ嬉しくなって、テンション上がっちゃってさ。これは早くカガミンに見せてやらねぇと——って思って、アンタんとこに行ったんよ」
まあ、魔法が使えるようになればなぁ、そりゃテンション上がるわな。
「それから後は——分かるでしょ? とにかくアンタに見せてやろうって事で頭がいっぱいで、興奮してたからさ。周りが全然、見えてなくてね……。終わった後でようやく、——アレっ? って思ったっていうか」
「……それじゃ、あの箱を選んだのは?」
「え、ああ、適当に目についたから、特に意味はない」
「そう……」
まあ、そうだと思ってたけど。
しかし、ということは何か? マナハスってば、魔法が使えるようになったからって興奮してテンション上がっちゃって、私に見せびらかしてやろうとノリノリでやって来て、私の前で魔法を披露してドヤ顔したあげく、そこでようやく周りの状況に気がついたってこと?
何それ、嬉しくなって周りも見えなくなるくらい真っ先に私のところにやってくるなんて、マナハス、可愛すぎるでしょ。……てかそれ、知能がワンちゃんレベルなんだけど。マジウケる。
まったくよぉ。これはもう、後でたっぷりマナハス犬をナデナデヨシヨシやってあげないとな。くふふ。
——よだれ垂れてるわよ。まったく、どっちが犬なんだか。
おっといけねぇ。犬のマナハスがわしゃわしゃされてくぅーんとか言ってるとこ想像したらよだれが。自重しないと。
つーかまずあの魔法でしょ。
何、魔法ってあんな感じに物を浮かせるやつなの?
何それフォースなの? ジェダイの騎士なの? つーかカッコいいんだけど。あんな風に物浮かしたりすんの。
ちくしょう、マナハスのくせにカッコいいじゃないのよ。
「いやさ、私は昨日からこっち、ずっとアンタに驚かされっぱなしだったんだよ。だからさっきは、ようやく私もアンタを驚かせられるって思って、ちょっと興奮しすぎたな……。それもこれも、アンタが最近、私を驚かせすぎなのが悪いんだよ」
「そんなこと言われてもね。別に驚きなのは私だけじゃなくて、この世界そのものなんじゃないの?」
「まあ、確かに。それもあるけど」
そう言って、マナハスは倒れているゾンビに目を向ける。ほんの一昨日までの世界には存在しなかったであろう連中。
しかし今や、マナハス自身だって魔法を使う奇跡の聖女なんですがね。
「それで、魔法ってのはどんな感じなの? 物を浮かせることが出来るってのは分かったけど……それだけ?」
「ああ、なんかね、魔法って二種類あるみたいなんだよね。この……黄色いゲージを使う方と、青いゲージを使う方。黄色いゲージは物を浮かせて操ったりとか、そんなやつ。——一種の念力みたいな? んで、青いゲージはもっと魔法みたいな、なんかエネルギー弾とか飛ばす系のやつだと思う。……ただ、どんな威力か分かんないし、ここじゃ試せないから詳細は分からないけど」
へえ、なるほど。スタミナとMPでそれぞれ別なんだ。
まあ、MPでしか魔法が使えなかったら、すぐに弾切れしそうだしね。その点、スタミナは使っても回復するから、何回も使えるわけで。
じゃあ、スタミナ使う念力の方は、通常攻撃みたいな扱いなんだろうか? でも、石とか浮かせて飛ばすだけじゃ、大した威力なさそうなんだけど……。
「念力で出来る攻撃って、その辺の物を浮かせて飛ばすだけ?」
「いや、それも出来ると思うけど、本来使うのはコレなんだよね」
そう言って、マナハスは杖の先に付いている——というか浮いている謎の輪っかを指し示す。
「それ……?」
「うん。なんかこれ、ブーメランみたいに飛ばして攻撃出来るんだって。黄色いゲージで威力も上げられるとか」
なるほど。その輪っかってそうやって使うのね。ただの飾りかと思ってたけど、ちゃんとした機能があったんだ。
スタミナで強化出来るなら、威力も申し分ないだろう。じゃあ、杖はその輪っかをブーメランみたいに飛ばすのが通常攻撃って感じなのかな。
まあ、これなら銃と違って弾も必要ないし、遠距離も攻撃出来るし、結構いいんじゃない?
「ふーん、じゃあちょっとやってみてよ」
「いいけど、どこを狙おうかなー?」
「ゾンビ、狙う?」
「う、ゾンビか……」
「そういや、さっき私が言ってたの、マナハスは聞いてた? ゾンビについて」
「まあ、一応、聞こえてたけど」
「とりあえず、ゾンビはトドメ刺してオッケーって分かったんだよ。だから、遠慮する必要はないとは思うんだけど」
「えー、マジで?」
そこで私はこの場でもう一度、ゾンビの特性について装飾無しで掻い摘んで話す。
「マジか……ゾンビになったらお終いなのか……」
「こうなってしまっては、火神さんの力でも救えないんですね……残念です」
「まあ、ゾンビは倒すしかないって分かっても、いきなり殺せるかって言ったら……厳しいよね。別に、二人に無理してゾンビと戦ってもらうつもりはないから、そこは安心して」
「でも、ゾンビと戦うために、私らに力をつけさせたんだろ?」
「まあ、その方が安全だと思ったから。でも、別に殺さないでも無力化する方法もあるし」
「んでも、それじゃ結局、何の解決にもならんわけじゃん」
「まあね。だから私は、ゾンビにトドメを刺すつもりだよ。でも、二人は無理しなくていいよ。気持ちの整理も必要だろうし」
「それは……」
「……ごめんなさい、火神さん。私、やっぱり出来ないかもしれません……」
「いいんだよ、藤川さん。たぶんそれが普通だから。マナハスも、悩むようなら別に無理しないでいいよ。——それに、敵はゾンビだけとは限らないし。恐竜くんみたいな怪物も出るかもしれない。そういうのなら戦えるかもしれないしね」
「それは……気持ち的にはゾンビより楽かも知れないけど、実力的にはキツくない?」
「どうかな。人数がいれば、それだけ楽に倒せると思うよ」
「数がいたところで、私はあの恐竜みたいなのと戦える気がしねーなぁ……」
恐竜くんはねぇ、あれはちょっと規格外だよねぇ。
まあ、いくらマナハスが魔法使えるようになったとはいえ、あの恐竜くんみたいな危ないヤツに近づかせたくはないね。
まあ、その時は私が前衛で引きつければいいのかな。そうすれば後は、みんなに後ろから援護してもらえばいいし。
そう考えれば、私以外みんな遠距離ってのも、私としては気が楽でいいのかも。
さて、それじゃしっかり援護してもらうためにも、みんなには武器をちゃんと使えるようになってもらわないとね。