第44話 今、聖女伝説の、幕が開く——!!
私と越前さんは、集団の前に立った。
十数人の集団だけど、やはり大勢の前に立つと緊張するね。ギリギリで越前さんに丸投げ出来てよかった。
勢いで適当なこと言うならともかく、そうじゃなかったら、私にゃあ、この人数相手に話すなんて無理だ。
こちらに注目が集まったところで、越前さんが話し始める。
「聞いて欲しい。どうも、みんなの話し合いで、ここで救助を待つ方針に決まったと聞いた。だが俺は、いや、俺たちは、その方針には反対だ。というのも、ここは安全とは限らないからだ。だから、もっと安全な場所に移動するべきだと思う」
目の前にいる生存者の皆さんは、いきなりの提案に驚きざわめく。しかし、越前さんはそれを意に介さず続ける。
「もちろん、どう行動するかはそれぞれが決めることだ。別に強制はしない。ついてきて一緒に移動するという人は、手をあげてくれ。ここに残る人はそうしてもらえばいい。一緒に移動する人で、具体的な行き先をこれから話し合おうと思う」
一緒に来たい人だけ誘うのか。まあ、それがいいかもね。ここに残りたい人は別にそうしてもらっていいし。行き先を話し合うにしても、まずは移動組だけに分かれた方がやりやすかろう。
すると、越前さんが話し終わるのも待ちきれないとばかりに香月さんの手が上がる。まあ、彼女は来るだろうと思った。
藤川ママンも、おずおずと手をあげる。こちらに娘さんがいるのだから、これも当然だろう。
しかし、それ以外の人たちに手をあげる人はいない。これもまあ、予想通りって感じだ。見るからに怪しい奴らについて行こうとする人は少ないだろう。
ま、こっちとしても人数が少ない方が身軽でいい。
「それじゃあ、ついてくるのはこの二人だけと言うことで、決まりかな……?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
と、そこで男の人が待ったをかけてきた。
「前田さん。何か?」
「何か、って。突然、移動しようなんて言われても……外は危険じゃないのか?」
「別に、強制はしないので、残りたいならそうしてください」
「いや、そうじゃなくて、アンタ、越前さん、だったか。アンタは警察の人だろ? それが、賛同する人間だけ連れて後は置いて行こうなんて……む、無責任じゃないのかね?」
「いや、俺は警察じゃ……」
「じゃあ自衛隊か? とにかく、銃を持っているということは、そういうことでしょうが。こういう緊急事態には、あなた方には国民を守る義務というものが、あるんではないのですか?」
「いや、自衛隊でもないんだが……」
「じゃあ何なんだ? 前にも聞いたが、結局はぐらかされてよく分からん! ——だ、だが、アンタが外の連中に対抗出来る能力を持っとるのは事実だ。こういう事態なら、それを皆を助けるために使うのが、人間としての正しい在り方というか、助け合いの精神というか……と、とにかく、できる者の責任というものではないのかね?」
「いや、そんなこと言われても……」
うむ、まあこのおじさん——前田さん? が言っていることも分からなくはないけど。要は、ベンおじさんが言っていたところの、“大いなる力には大いなる責任が伴う”ってやつだろう。
越前さんは警察でも自衛隊でもないから、市民を守る義務なんてのはないのだが……しかし、力を持つ者であることは確かなので、ヒーローとして皆を守る責任があるのかと言うと——まあ、それは本人次第というか。
越前さんは結局、自分が何者なのかが曖昧なので、そこを突かれると強く出れないようだ。警察でも自衛隊でもないのに銃を持っている、と言われたらやっぱり困るのだろう。聖女で誤魔化していいって言ったけど、それはそれでね、困るよね。余計意味わかんないし。
越前さんは常識的な人だが、だからこそ、こういう事態には弱いともいえる。
——ここは、少し私が助け舟を出してみるしかないか。
「越前さんは警察でも自衛隊でもありません。ですので、市民を守る義務も無いんです。ですが、皆さんを助けないとも言ってません。ついてくる人とは、ちゃんと助け合うつもりです。そうじゃなくてここに残るというなら、それはその人の勝手ですが、その場合はここで別れることになる、と。それだけの話です」
私の発言に、前田さんは少し怯んだように一瞬、黙る。しかし、すぐに言葉を返してきた。
「き、君は……いや、君たちは、一体、何なんだ? 警察でも軍隊でもないなら、なぜ銃なんか持ってる? それに、向こうにいるもう一人の女の子……あの、負傷した女性を治したとか——ほんとかどうか知らんが——とかいうあの少女は、あの人は何なのかね? そ、それに君自身だって、ここに入る前に連中に囲まれていたと思ったら、無事に戻ってくるし、中の連中は制圧したとか言うし……。君らは、一体、何なんだ?」
「それはすでに言ったと思いますが」
「……?」
「彼女は聖女です。そして私は、彼女の第一の信奉者にして、彼女に力を授かりし剣です。越前さんもそうです。彼の銃も、聖女様より授かったものです」
「……??」
「香月さんの体は連中の毒によって蝕まれていましたが、それを浄化したのも聖女様の奇跡です」
「…… いや、だから、聖女とか奇跡ってのは、どういうことなの……?」
「奇跡とは、言葉で言い表すようなものではありません。その身で体験して実感するものです。——ですよね? 香月さん」
「——その通りです! 皆さんも、外の連中に噛まれてから聖女様の奇跡をその身に受ければ、すぐに実感出来ますよ!」
いやそれは嫌でしょ……。
何となく、助け舟になるかなと思って、香月さんに話を振ってみたが——選択を間違えたか……。
「結局のところ、聖女様を信じていただかないことには、どうしようもありませんね……。奇跡は、それを信じる者にのみ与えられます。聖女の奇跡を信じられないという方とは、残念ながら……ここでお別れするしかないでしょう。その方たちと我々が共に行動しても、いい結果にはならないでしょうから」
「……あくまで、あの女の子が聖女とやらだと言い張るつもりなのか? 大げさなことを言って、こちらを騙そうとしているようにしか思えないんだが」
「騙す、ですか? 皆さんを騙して、私たちに何の意味があるんでしょう?」
「そんなことは知らん。だが私には、出所を明かせない銃の存在を誤魔化すための方便としか思えない」
「香月さんを治したのも方便だというんですか?」
「——そんなっ! アレは確かに本物の奇跡ですよ!」
「アンタは黙っててくれ! どうせアンタもグルなんだろう? ちゃちな光のトリックで騙そうったって、そうはいかないぞ」
「なっ、違います! わ、私は——」
香月さんは前田さんに反論しようとするが、私は手振りでそれを制した。——さっきは話を振っといてなんだけど、スミマセン、話が拗れそうなのでアナタは静かにしておいてください、香月さん……。
香月さんを下がらせてから、私は改めて前田さんに反論する。
「——トリック、ですか。なぜこの状況で、そんな手品みたいなことをしなきゃいけないんですか……?」
「それは……そうやって我々に、奇跡とやらを信じさせるためだろう。——もうはっきり言うが、アンタらはアレだろ? うさん臭い宗教の団体の一員なんだろう、それも法を無視するようなタイプの。だから銃なんて持っているんだ」
うーん、鋭い。言われてみれば、私たちはまるっきりそんな感じの連中であった。
そうだなー、やろうと思えば、すぐにでもなんか教団立ち上げられるでしょ。
——何言ってんのよアンタ。
「そして、この混乱した状況を利用して信者を獲得しようと、そういう策略じゃないのかね。危機的状況で弱った人間を洗脳するのなんて、アンタらにはお手の物なんだろう。……いや、そもそも、こんな状況を作り出したのがアンタらの仕業なんじゃないのか? じゃないと、都合よく薬なんて持ってるハズがない! そうだろ!?」
「え、あれは手品って事じゃなかったんですか?」
思わずツッコんじゃったよ。だって自分で手品のトリックって言っときながら、薬を持ってるのはおかしいって。まあ、それぞれの主張自体はまるっきり正しい指摘なんだけど。私もそこを突かれたらマズイので、聖女とか適当言ってたわけなんですが。
だけど、この事態を起こしたのも私たちだとか言われちゃうのは、さすがにいただけない。私たちだって、この状況には散々困ってるんですけど。そうじゃなかったら、そもそも、わざわざこんなところに来てないんだから。
「いや、それは……。と、というか! どっちにしろ、手品の誤魔化しだろうが、本当の薬だろうが、どちらにしろおかしいと、私はそう言いたいんだ! そう! アンタたちは怪しすぎる! なんでそんなに怪しいんだ! これじゃ警戒するなと言う方が無理だろうが!」
まあ、おっしゃる通りですわ。
でもさ、普通に説明したところで理解されるはずも無いし、聖女云々を除いたら別に嘘は言ってないしね。
その聖女のことにしたって、実際に謎の声が頭の中に聞こえて力に目覚めて……って感じで、ジャンヌダルクを知ってる人だったら、聖女と思い込んでもおかしくない状況だし。
しかし、結局、説明するのは無理ゲーなんで、警戒されてしまうのは仕方ないのよね。だから、嫌ならついてこなくていいと言っているんだけど……それでも突っかかってこられたら、どうすればいいんだろう?
「——大体、君みたいな美人の女の子がいる時点で怪しさ満点なんだ。聖女とかいう子だってそうだし……。人を騙すのに、特に、男を騙すために有効だからって、君らも雇われてるんじゃないのかね……?」
そんな変則的に容姿を褒められたのは初めてだわ。いや、これ褒められたんだよね……?
じゃあなにか、私とマナハスの外見魅力値が低かったら、逆に信用度が増すとでもいうんでしょうかね。そんなことないでしょ。
——そん時は興味持たないだけじゃないの。
人ってそんなもんだよね。
——ただ、こんなことを言い出すって事は……もしかしたらこの人も、心のどこかでは信じたいと思ってるってコトだったりして。
まあね、こんな追い詰められた状況で救いの糸が目の前に現れたら、普通は飛びつきたくなるよね。だけど、その糸の先にいるのがめちゃくちゃ怪しい連中だから、躊躇せざるを得ない、みたいな。
でも迷っているなら、なんかあと一押しあれば、形勢が「信じる」に傾かないかね。
しかし、一体、何をすれば……
と、そこで私の前にいる人たちがざわめきだす。何かに驚いている……?
前田さんも驚いて、私の後ろに視線を向けている。思わず私も、そちらを振り向く。
するとそこには、なんかよく分からない気配をまとったマナハスが、右手に例の杖を持って、なんでかゆらゆらと雰囲気ありげにこちらに歩いて来ていた。
そして彼女は私の隣にやってくると、ギリギリ聞き取れるくらいの小声でボソッと「我、魔法の悟りを得たり」と言った。
皆が黙って彼女を見つめる中、マナハスは私の方を向く。そして、徐に左手を宙空に掲げる。
すると、何やら右手の杖からウゥゥン、と振動のようなものが発生し、先端に浮いてる輪っかが荒ぶったように回りだす。そして、私の前に出された左手から、異様な気配が発せられた。
その時——その手の先、棚に置いてあった段ボール箱が突然、動く。ガタッ——という音に誰もがそちらに目を向ける。
箱は宙に浮いていた。
そして、そのまま空中をゆっくり移動して、私の前までやってくる。思わず私は、それを受け取る。
私は恐る恐る箱を開けて、中身を確認する。
その場の全員の視線を感じる。全員が固唾を飲んで私に注目している。——前田さんなんて、身を乗り出さんばかりにして目を見開いている。
箱を開けて中を見る。
中に入っていたのは……ビニール袋……? ——これは……レジ袋のストックが入った段ボール……?
えっ……と、何これ。
え、マジでどうゆうこと?
私は、自分がポカンとした表情をしていることを自覚しつつ、マナハスの方を見る。
すると彼女は、どーよこれ? って感じのドヤ顔をこちらに見せてくる。
いや、……は? 何そのドヤ顔。どーゆう意味なの……?
私は、まるっきり意味が分からないって感じの顔で彼女を見つめ返す。
しばらくニヤニヤと笑っていたマナハスだが、ふと周りに視線を向ける。そして、そこで初めて自分がみんなに大注目されていたことに気がついたかのように、ビクリと体を固まらせた。
そして、そのまま油の切れたロボットのような動きでギギギッとこちらを向くと、私の耳元に近寄り、小声でボソッと「アトは、マカセタ」とカタコトを発してクルリと反転、そのまま、私の後ろに下がっていった。
……は? いや、は……?
……え、何これ。