第43話 ゴーサイン、ゴー!
魔法のスキルのインストールをしているマナハスは、なんだか難しい顔をして、黙って目を瞑っていた。
インストールを開始してからの時間を考えれば、前回の失敗の時のタイミングはとっくに過ぎている。しかし、それで成功かどうかは分からない。
それに、私がインストールした時より長い気がする。まあ、今のところ自分の成功例の一つしか比較できるものがないから、なんとも言えないけど……頼む、成功してくれぇ……!
と、祈りつつも、私は自分の画面のゾンビの情報を見ている。
いや、だって長いし、何もせずに待ってるだけなのもアレなんで。
時折り藤川さん達に質問されるので、そちらにもアドバイスを送る。
藤川さんたちも、銃についてのレクチャーが大体終わったので、そろそろスキルのインストールになるみたいだ。
どうも銃を使う時でも、スタミナパワーによる武器の強化は使えるらしい。銃自体にスタミナパワーを浸透させると、発射する弾丸も強化される、みたいな感じとかなんとか。まあ結局、ここで撃ってみるわけにはいかないので、威力の違いは試せていないけど。
他にも、銃を装備していると、視界に今持ってる銃の装填している弾の種類やら、残弾数やらの表示が出るみたいだ。さらに、銃を構えると照準も視界に自動で表示されてるらしい。それは便利だ。わざわざレーザーサイトみたいな部品をつける必要も無くなる。
それから、視界の一部をズームすることなんかも可能で、あとは、予想着弾点なども表示されるとか……なんか至れり尽くせりだな。それにスキルの補助が入れば、百発百中じゃないの?
その辺のやり方も分かったので、いよいよ後は、スキルのインストールという段階にきた。
まさか失敗の可能性があるなんて私も思ってなかったので、緊張する。もしここで失敗するなら、今までのレクチャーも水の泡? ——いや、別に普通に撃つことは出来るし、アシストも色々あると分かったわけだから、そうでもないか。
マナハスだって、それだけアシストが入れば、スキル無しでもそこそこ撃てるんじゃない? ……まあ、スキル有りとは雲泥の差だろうけど。
それについては、私も刀を振るたびに実感している。やっぱりスキルの存在はデケーわ。
さて、そうこうしている内に、藤川さんたちがいよいよスキルのインストールの段階になったようだ。
「スキルインストール、出ましたね……」
「俺もだ。てかこれ、失敗することもあるんだね……」
「か、火神さん、私、失敗したらどうしましょう……?」
「その時は……その時だよ。大丈夫、成功するまで色々なやつを試せばいいんだから。まずは、試してみよう」
「わ、分かりました」
藤川さんとおじさんが、スキルインストールを開始する。
マナハスが失敗した時は割とすぐの段階だったが、今のところ、二人にその兆候は無い。
ふむ、この二人も時間がかかりそうだ。時間がもったいないので、その間、私もやれることをやっておく。
やれること——それすなわち、ゾンビについてのお勉強だ。
。
。
。
然るのち、私はゾンビの情報をあらかた確認し終えた。
そこにあったのは、なかなか衝撃的だったが、今の私には必要な情報だった。
ゾンビに関して分かったことで、重要なのは次の三つだ。
一つ——ゾンビとは動く死体であり、すでに死んでいる。ゾンビを元の生きた人間に戻すような方法は存在しない。
二つ——ゾンビの体液は毒であり、その毒の致死率はほぼ完全に100%である。ゾンビに噛まれた人間は、ゾンビ毒に侵される。ゾンビ毒で死んだ人間はゾンビになる。そして、ゾンビは周囲の死体をゾンビにする影響力を持つ。
三つ——ゾンビは夜になると活性化する。逆に、昼間、特に日光の下では動きが鈍くなる。
一つ目は、ゾンビそのものについて。
ゾンビを迷いなく始末できるようになるという点で、この情報は重要だ。
まあ、この情報自体を、どこまで信用するのかという問題はあるが、ゾンビの毒を治療するアイテムを作るような存在が出してる情報だ。現役の医者や研究者よりも、よっぽど詳しいんじゃないかと思う。
少なくとも、彼らがゾンビを元に戻す方法を見つけるよりも、この不思議な力の方がよっぽど可能性はあると思う。その不思議な力が無理って言ってるんだから、たぶん、そうなんでしょうよ。
まあ、これで今後はゾンビを遠慮なくぶっ殺せるようになる、ということだ。
ちなみに、ゾンビの弱点はやはり頭だった。逆に言えば、頭を潰さない限りは動き続ける。たとえ四肢を切り離しても、切り離した部分すら動く。
こんなやつら、もはや死体であるとか以前に、真っ当な存在ではないのは明白だ。
二つ目は、ゾンビがどうやって増えるのかについて。
噛まれた人間がゾンビになるのはその通りだが、どうも、そう単純な話でもないようだ。
どうやら、ゾンビに噛まれてなくても、死因が何にせよゾンビの近くで死んだなら、その死体が起き上がるということらしい。あるいは、すでに死体があるところにゾンビが近づいても、そうなるということか。
そして、どうやらゾンビとの距離云々に関わらず、噛まれてゾンビ毒に侵された人間が死んだらゾンビになるらしい。
これで一つ謎が解けた。恐竜くんを倒した後に突然現れた大量の敵の反応は、恐竜くんにやられた死体がゾンビになったことによるものだったんだろう。
恐竜くんにやられた際に運良く、(あるいは運悪く?)頭を破壊されてなければ、ゾンビとして復活するのだ。——あの辺には元からゾンビいたっぽいし。
だから、恐竜くんが大量殺戮した後に、死体がゾンビとして復活した、と。
うーん、こうして考えると、このゾンビと怪獣のコンビ、マジでえげつないな。
そして三つ目、これはこのゾンビの特性についてだ。
こうしてみると、ゾンビというよりアンデッドモンスターって感じだ。闇の眷属、的な。なんか、太陽光が弱点って吸血鬼みたいだし。まあ、浴びても灰にまではならないみたいだけど。
これで分かったが、屋内と屋外で連中の動きが変わってたのは、直射日光を浴びているかどうかの違いというわけだ。あるいは、日光に限らず、暗いところの方が動きが良くなるのかもしれない。今思えば、以前の駅の地下の暗闇の中では、昼間でもなかなかの動きをしていたような気がする。
しかし、問題は、夜にどれほど活性化するのかということ。何が、どれくらい変わるのか。その内容によっては、ゾンビの脅威度がまったく変わってくるはずだ。
例えば、歩くゾンビと走るゾンビ。例えば、段差に躓くゾンビと、壁を登るゾンビ。例えば、かなり近寄らないと反応しないゾンビと、遠くからでも人間を見つけるゾンビ。例えば、虫なみの知能しかないゾンビと、ある程度の知能があるゾンビ、などなど……。
何にせよ、最大限の警戒をしておくべきだろう。こいつらがたった一晩でこの辺り中に広がったことを考えると、過少な予想をする気にはとてもなれない。
しかし、昼と夜、屋内と屋外、晴れと曇り、場所と時間や天候なんかによって、難易度が変化するタイプのゾンビってわけか。……なんだそれめんどくせぇ。統一せろし。一律でバカでノロマなゾンビにしといてくれよぉ。イージーモードでいいよぉ。
——泣き言言ったってしょうがないでしょ。現実にそんな相手なんだから。でも、こんなに早い段階でそれだけの情報が得られたんだから、ワタシたちはかなり恵まれているのよ。
そうだね。こんな情報、本来なら多大な労力と犠牲を払った上で、ようやく手に入るやつだよ。
それをホイと渡してくるんだから、なかなかこの不思議パワーくんも粋なことしてくれるよ。
まあ、もう少し親切に色々説明してくれたら、もっと助かるんだけどね……。
でも、これで今後の方針が決まった。
やっぱり、このままこのスーパーに籠城するのは不安だ。夜になって活性化したゾンビに襲われたら耐えられないかもしれないし、出来るだけもっと頑丈で安全そうな場所に行くべきだ。
そういえば、ミッションも安全の確保がどうとか言ってたけど、あのミッションの具体的なクリア条件とかないんかなー。なんかそこにヒントがないだろうか。
なんて考えて、私がミッションについてもう一度詳しく確認しようとしたら——それまで微動だにしていなかった藤川さんとおじさんが動いた。
「…………はっ! 火神さん、インストール、成功しました!」
「…………これは、成功、かな?」
「すごいです……初めての知識、技術なのに、まるで昔から知ってたみたい。私、今なら完璧に銃を扱えそうです……!」
「すごいな、本当にすごい。まさに蒙を啓くという感覚だ。……今なら俺、サバゲーで大活躍できそうだな」
どうやら二人はインストールに成功したか。よかった。私の時よりだいぶ時間かかってたけど、成功したならそれでいい。
しかし、藤川さんたちは終わったのに、先に始めたマナハスはまだ終わってないんだけど。いつまでかかるんでしょうか。
と、このタイミングで誰かがこちらへやって来た。
見れば、それは香月さんだった。——さすがに、向こうの話し合いもまとまってきたのかな。
香月さんは私たちの元に来ると、遠慮がちに私に話しかけてきた。
「あのぅ、カガミさん。その、話し合いが一段落したので、皆さんにも来て欲しいと……」
「……そうですか。それで、どんな結論に?」
「それなんですが、とりあえずは、このスーパーに留まって救助を待とうってことになりました。ここは食料もあるし、その点は問題ないってことで……。ただ、さすがに店内に倒れている“あの人たち”を放っておくわけにはいかないだろうって話になったので、その問題をどうにかするためにも、あなた達を呼ぼうってことになりまして……」
ふむ、つまりはゾンビの処理を私たちにやらせようってことね。まあ、誰にやらせるかってなると、そりゃ、私達になるだろうけど、さ。
ま、どっちにしろ情報を得たことで、ゾンビを始末するのに憂いが無くなった以上、店内のゾンビは始末するつもりだったから、それはまあ、いいんだけど。
でも、だからといって、なんか都合よく利用されるのは、あまりいい気持ちしないけどね。そこを軽々しく引き受けてしまえば、私たちにとってはもちろんだけど、あの人たちにとっても良くない気がするよ。
頼まれるにしても、それなりの筋を通してもらってからの方がいいと思うけど、さて、ではどうやってその道筋をつけるかというと、これはもうさっぱりなんですけど。そもそも私、そういう交渉事って苦手だし。
適当に聖女云々で誤魔化せたらいいんだけど、肝心の聖女が今、電波の受信に手間取ってるからなー。……しゃーない、とりあえず行きますか。
しかし、マジでどうしよう。移動するように説得しなきゃだし、ゾンビのことについても説明したいし。でも、ゾンビを殺すとかって言って、果たして、すんなり事が進むだろうか。
ああ、問題は山積みだぁ……。面倒臭い。マジめんどくさい。帰りたい。でも帰る場所がない。南無、いや、病む……。
「……分かりました。向かいます」
「お願いします。……それで、聖女様は今、何をなさっているのでしょう?」
「えーっと……彼女は今、天より神託を授かっているところです。つまりは、天との交信ですね」
「なんとっ! やはりそういうお力もあるんですね!」
「ええ、そうなんですね。——じゃあ、今から行きますんで、先に行っておいてもらえますか」
「分かりました!」
そう言って彼女は集まりの方に向かっていく。まあ、それほど離れた距離ではないので、先に行ってもらうも何もないのだが。
私は藤川さんに「ちょっとマナハスを見ててくれる?」と聞いて、了承した彼女がマナハスのそばに行くのを見届ける。
それから、私は集まりの方ではなく越前さんの方に近寄って行き、気持ち小声で話しかける。
「あのぉ、向こうの人たちと話す役、やってくれませんか?」
「……俺か。まあ、大人の俺がするべきなんだろうが、どう話せばいいのかな……。そもそも、店内の連中の片付けを俺たちにやらせようってのは、考え直してもらうべきだよな」
「いえ、それはいいんですけど。——どうせ、連中にはトドメを刺すつもりだったので」
「えっ、そうなの?」
「はい。さっき分かったんですけど、ゾンビ達はもう、トドメを刺す以外の方法はないみたいなんで」
「……それはつまり、連中は人間には戻れないってことかい? この不思議な力を使っても?」
「おそらく。その不思議な力自体がそう言っているので」
「そうか……。それなら多分、そうなんだろうね」
「ただ、それをあの人たちに納得してもらう必要があると思うんですが」
「それは……難しいかもしれないね」
「知り合いの人とか、いなければいいんですけどね。家族とかいたら、最悪ですよね」
「……確実に揉めるだろうね」
「それと、出来れば他の避難場所に移りたいんです。ここより安全そうなところに」
「それは……移動はリスクになるんじゃないか? 君以外にも戦力は増えたかもしれないけど、俺たちはまだなりたてだし……」
「ですが、ここは安全ではないと思うので」
「それは、そうかもしれないけど」
「これもさっき分かったんですが、ゾンビは夜になると活発になるらしいんです」
「えっ、そうなの?」
「はい。それがどんなもんかは分からないんですけど、昼間のうちに出来ることはやっておきたいんですよね」
「夜に活性化か……恐ろしいな。確かに、ただのスーパーじゃちょっと心許ないな」
「なので、どこかもう少し安全な所へ行きたいんです。……最悪の場合は、彼らをここに残して、私たちだけでも」
「……それは、俺とマユリもついて行っていいのかな?」
「もちろん。現状、越前さんは私を除いて唯一の戦力ですから」
「……あの二人は?」
「二人は……正直なところは、アテにはしていません。というか、アテにしたくないんです」
「そうか……。まあ、本来なら、まだ高校生の君も矢面に立つべきじゃないんだろうけど。戦うとしたら、俺一人だろう。本来なら……」
「それは無茶ですよ」
「……だよね、俺も一人じゃ無理だと思う。……でも、君なら、一人でも何とかしそうな気がする。直感というか、想像だけど……もしかしたら、君はこの場で最も適切に、この事態に対処出来ているのかもしれない。ただ、それが本当にいいことなのかは、俺には分からないんだけど……」
「……いいことですよ。だって、そのお陰で、友達を助けることが出来ましたから」
「そうか、それなら、よかったんだろうね。……まあ、これからは俺も君に力を貸すから」
「ありがとうございます。……それじゃ早速、あの人たちを上手いこと言いくるめて貰えますか?」
「……ぅ、善処するよ……」
「私も出来るだけサポートします。でもあんまり期待しないでください。ゾンビと戦うのと違って、そういうのは苦手なんで」
「それは、頼もしいと言うべきなのかな……?」
そんな会話を交わしてから——私と越前さんは、大人達の集まりへと向かっていった。