第37話 お前それサバンナでも同じこと言えんの?
正直、ちょっと面倒になってきたから、香月さんには向こうに行ってもらったけど、大丈夫だったかな?
あんな感じで向こうに行って、どうなることやら……。
そんな風に思いつつ香月さんを見送っていた私に、マナハスが話しかけてくる。
「おい、あれ、大丈夫なのか……? 行かせていいのか? なんか悪化しないだろうな」
「大丈夫じゃない? ……たぶん」
「おい」
「なんならマナハスも向こう行く?」
「それは勘弁してくれよ……一体、何言われることか……」
「ならまあ、彼女は代わりってことで」
「んぐぅ……」
というわけで、大人達は話し合いだ。
藤川ママンや越前おじさんや香月さんも含めて、大人は全員参加している。
香月さんは物理的に少しばかり距離を置かれているが、気にせずに堂々と発言している。多分、心を支えてくれる大きな存在が彼女にはいるのだろう。
絶対的な信頼を捧げる相手がいる時、人は強くなれる。今の彼女は強いだろう。……色々な意味で。
さて、私たち子供は子供達で集合して、床に座る。
マユリちゃんもこちらに来ていて、マナハスの隣に座っている。マナハスが気に入ったのかな。あるいは、マナハスのそばに居れば安全だと察していたりして。確かに、この場で一番近寄りがたい存在だからね、今のところ。
というわけで私は、ようやくウィンドウの閲覧に集中出来る。色々と見たい事があるので、じっくり取り掛からせて欲しい。
「それじゃあ私は、ちょっとやりたい事があるから……後は二人に任せていい?」
「やりたい事? ってか任せるって言われても、私はどーすりゃいいんだよ。オマエのせいで聖女とかなってるのに、放っておかれても困るんだけど!」
「私は構いませんけど、何をすればいいのでしょう?」
「まあ別に、特にすることはないけどね。とりあえずマナハスは、聖女様っぽく振る舞う練習でもしておけばいいんじゃない? 藤川さんは、そのサポートをしてくれたら」
「聖女っぽく……それが分からないんだけど」
「分かりました。真奈羽さん、いや、真奈羽様の信奉者に私もなればいいんですね。お安い御用です!」
「うん、お願いね」
「——あの、わたしは……?」
ん、最後のはマユリちゃんか。マユリちゃんも放っておかれるのは不安なのかな。確かに、何か言っといてあげた方がいいのかもしれない。でも、何をしてもらえばいいかなー。
「そうだね、それじゃマユリちゃんもマナハス——えっと、こっちのお姉ちゃんのサポートをしてくれるかな?」
「さぽーと、ですか?」
「うん。まあ、普通に横に居てくれたらそれでいいんだけど」
「それだけで、いいんですか?」
「そうそう。マユリちゃんが横に居てくれたら、それだけでなんかイメージが良くなるからね」
子供に好かれているのはなんかプラスイメージになるだろう。子供が懐いているならあの人はいい人なんだろうな、みたいな。
まあ、場合によっては、何も知らない子供を騙しているようにも思われる可能性もあるけど。マナハス自体まだ十代の子供なわけだし、特に問題無かろう。たぶん。
「大人達の話し合いには参加したくないけど、何もしないのは、それはそれで手持ち無沙汰だな……」
「ならご飯でも食べる? 朝から何も食べてないし、お腹すいてるでしょ。手持ちの食料出すよ。……まあ、こんな事態だし、この店の中のやつをもらってもいいような気もするけど。取ってくるのも色々面倒だしね」
「ああ、ご飯か……確かにお腹すいてはいるかも。でも、あんまり食欲無いような気もする……」
「色々ありましたからね……」
「でも、食べられるときに食べておいた方がいいよ」
そう言って私は、アイテム欄に収納しておいた食料を取り出していく。
「マユリちゃんもお腹すいてる? すいてるなら好きなの食べてどうぞ。これは普通に店で買った食料だから。変なものじゃないから、心配しないでね」
当のマユリちゃんは——突然、目の前が光ったかと思うと袋が現れる、という現象に対して目を見開いて驚いている。
そして、私に遠慮がちに話しかけてきた。
「あの、おねえさんたちは、魔法使いなんですか……?」
ふむ、子供らしい質問だ。いや、実の所、なかなか的を射ている質問だと言える。
「うーん、どうだろう。確かに、なんかそれっぽい超常現象は起こせるみたいだけど」
「魔法使いの、かけいなんですか?」
「いや、ごく一般的な家庭だよ」
「じゃあ、どうやって魔法使いになったんですか?」
「どうやって……うーん、気がついたらなってたね。割とつい最近」
「そう、なんですね」
「つーか実際、私なんかよりアンタの方がよっぽど聖女に相応しいでしょ。なんなら名前からして神々しい感じするじゃん。なんせ神って入ってるし」
「だからこそ嫌なんだよ。ガチっぽくなりすぎる気がしてさ」
「火神さんの神々しさは常人のレベルを超えていますよ。やはり、火神さんが選ばれたのは必然だと思います!」
「うんうん、分かった分かった。いいから君らもう食べな?」
そう促すと、ようやく二人は食べ物に手をつけ出した。マユリちゃんも、おずおずと手を伸ばしている。私も適当に取ったヤツを食べながら、ウィンドウを開く。
名前ね。読みだけなら割と普通なんだけど、字面を見たらやっぱりアレなんだよね、私の名字って。まあ、中学生のころは割と気に入ってたんだけど。やっぱ強そうだし。
まあ、そんなことよりウィンドウだ。やりたい事が色々ある。まずはレベルアップだ。
みんなが食事し始めたことで、ようやく私もこっちに集中出来る。
この先やっていくには、私の能力を向上させる必要を感じる。人数も増えたし、今のままの私じゃ、この人数を全員守護するのは不可能だ。越前おじさんの協力があっても厳しい。
なので、まずは私の強化だ。それで現状を打破出来るかは分からないけど、やれる事はやっておく。
さて、ではまず、ウィンドウを開いてレベルアップを……
《新たな目標が発生しました》
うお、久々に聞いたな例のアナウンス。あるいは天の声。
んで何、ミッションすか。まあ、ゲームならミッションは付きものですけど。……これはやっぱり、私に何かやらせようってことなのか……?
ミッション……これがどういう内容なのかを見ることで、私に与えられた力が何のためのものなのかを解き明かす鍵になるかもしれない。
どんな内容か知らないけど、まずはミッションを確認するか。できれば、強制参加とか強制進行とかじゃなければいいんだけど。せっかく今は一応、ここに落ち着いたところなんだから、またすぐに何かするのは勘弁して欲しい。
だけど緊急性があるかもわからないので、まずはミッションの内容を確認だ。
受注可能なミッションは一つ。
その内容は……【生存者の安全確保】とのことだった。
どういうことだろう。生存者ってのは、ここにいる人たちのことだよね? この人たちの安全を確保するのがミッション……?
——どうやら、受けるかどうかは自由みたいね。別に、強制的にやらなきゃいけないわけではないみたい。
確かに、強制ではないようだ。でも、こうしてミッションとして出てきたからには、何か意味があるんだよね。その辺を見極めるまでは、軽々しく無視はできないんだけど……。
まあ、とりあえず緊急性があるわけではないのかな。マップを確認してみたけど、敵の反応でこれといって何かがある様子もなかった。
こんなミッションが出てきたから、てっきり、敵かなんかが迫っていて排除しないと皆が危険だとか、なんかそういう話なのかと思ったが、別にそうでもないらしい。
まあ、依然としてゾンビが周囲に大量にうろついているのは事実だし、その点ではいつだって危険と言えば危険だ。そう考えれば、やはりこのスーパーに居るのは安全とは言えないということか。少なくとも、このミッションからすれば、バックヤードに立て篭もることは安全とはみなされていない、ということか。
なら、これからの方針としては、ここを出てどこかの避難所とかに行った方がいいってことなのかな。
正直さっきまでは、ここに留まるか移動かだったら留まる方が良いかと思ってたんだけど、私の中では。全員の安全を考えたら——ここはスーパーだから物資はあるし——下手に動くよりは様子を見た方がいいかもって。
まあ、私の心情としては、留まるよりも移動する方なんだけど。なぜなら、ここには泊まるための設備が何もないから。床に直寝とか嫌だし、ベッドか、せめて布団に寝たい。できればフツーにシャワーかお風呂にも入りたい。
まあ、この状況では、すでにその辺は贅沢だと考えるべきなんだろうけど。私は足らぬを知らない若者なので。当たり前にあるものが無くなるのは足りない事だと考える、イマドキのヤングメンなんで。
——災害時に何を贅沢言ってるの。今なんてもう、生きてるだけで幸せだって考えないといけないレベルだと思うわよ。
それは嫌だなぁ。生活の質は落としたくない。災害時だからって最初から諦めるのは嫌だよ。
まあ、そうは言っても、安全と生活の質なら当然、安全を取るんだけど。私一人ならともかく、今はマナハスや他の人たちもいることだし、それは分かってる。
だから、避難するなら、ここより安全でさらに生活の質も上がりそうなところに行くべきだよね。それなら何も問題はない。
——結局、生活の質を諦めてはいないわけね。
当然、簡単に諦められるものではないからね。やっぱ必要だよ、QOLは。
さて、これからどうするにしろ、結局は能力強化だ。ミッションについても、やるにしろやらないにしろ、強くなっていた方がいいだろう。
安全とはいつだって戦って勝ち取るものなのだから。戦力は高いに越したことはない。
平時には忘れがちだけど、安全とは本来、高い対価を支払ってようやく得られるものだ。この世は常に戦場である。そんな事は、自然界を見れば言うまでもなく理解される。
サバンナでは水を飲むのも命がけ。いつワニが襲ってくるか分からない。だからみんな水場のギリギリのところで、いつでも逃げれるようにおっかなびっくり及び腰でピロピロ水飲んでるんだよね。まったく、水くらいゆっくり飲ましてくれってな。
そんな、みんなが必要な命の水に住み着いて他者を襲うワニ。やっぱりワニって悪者ですわ。もう顔が悪者だもんねアイツらって。
——サバンナのことはいいから、早くレベルアップやりなさいよ。
なによ、今こそサバンナを生きる心意気を思い出す必要があると思ったから、サバンナに想いを馳せたと言うのに。
——サバンナ行ったことないでしょ。つーか日本から出たことまったく無いくせに。
海外かー。憧れるけどちょっと怖いよね。まずは英語を勉強しないと。英語ペラペラな友達が居れば楽なんだけどなー。
——そもそも、この状況だと海外旅行なんて夢のまた夢じゃないの。
はぁ、いつかは私も海外に行ってみたかったんだけどなー。私、今なら手ぶらで海外行けるし。危険なゾーンだってへっちゃらでしょ。かなり海外楽しめると思うんだけど。
——まずは海外よりこのスーパーよ。この建物から一歩でも出たら、外は普通に歩くのだってままならない状況なんだけど。
……分かってるよ。少し現実逃避してみただけ。
この街に来てからこっち、ずっと心の休まる暇がないんだもん。ちょっとは下らないこと考えたくもなる。
でも、このスーパーも安全とは限らない。……ふぅ、仕方ない。やるか。
——なんだか、レベルアップするのを躊躇しているようにも見えるけど、どういう心境なの?
ああ、なんだろうね。だって、少し考えてみたらさ、私の力ってやっぱり結構やべーよなーって思って。なんか——このままどんどん強化していって大丈夫なのか? って少し思った。少し怖くなったのかもしれない。
——じゃあ、どうする?
まあ結局、悩んだところで答えは決まってるけどね。
この力は使える。なら強化するしかない。じゃないと生き残れない。誰も守れない。たとえ、強化の結果、人間の範疇を超えてしまったとしても、その力が必要なら“やる”という選択肢以外はありえない。
それに、別に怖いばかりでもないし。強化したら次はどんな風になっていくんだろうってワクワクする気持ちもある。
どっちかを選ぶなら、私はワクワクの方を選びたい。
実際、私がレベルアップに慎重になっているのは、このポイントの使い道が正しいのか不安だからという理由もあるんだけど。むしろ、それが一番か。
出来ることなら効率的に最高の選択をしたいわけだけど、攻略サイトがあるわけでもないから自信が無いんだよね。
ならせめて、後悔しないような選択をするべきだよね。ひとまず、マナハスと藤川さんの分のアイテムはもう渡したし、後は私の強化だ。
レベルアップ、いっきまーす。