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第36話 さっすが聖女様、もう一人目の信者を獲得したみたい

 


 さて、当初の目的である藤川ママンとの合流はなんとか達成出来た。

 ママンも無事だったし私たちも無事に着いた。ひとまずは一件落着である。


 さて、一旦、落ち着けそうなのでアレをやっておきたい。アレ——とはつまり、昨日の夜もやっていた確認作業のことだ。

 ここに来るまでのことで、私の実力不足を感じる事になった。だから、私自身を強化する必要がある。そのための確認作業だ。


 まあ、私一人ならゾンビなどモノの数では無い。しかし、同行者を守りながらだと途端に厳しくなる。いくら、ゾンビの攻撃に対する治療薬があるとはいえ、そもそも使わないで済むなら、それに越したことはないのだし。

 ここに来て一気に人数が増えた。……まあ、ここの人達を私が守らなきゃいけない義務があるのかと言えば、別にそんな事は無いと思うけど。

 だからといって、この場で藤川ママンだけ連れて、ハイさよなら、というワケにはいかないだろう。


 そう見越したからこそ、マナハスを使ってあんな演説をしたわけである。どうせそうなるなら、こちらの意見を重視して貰えるように布石を打っておいたわけだ。まあ、マナハスへの悪戯(いたずら)でもあるけど。

 そうしてマナハスを矢面に出すことに成功したので、私は一人で落ち着いてウィンドウの操作に集中することが出来るのではないか、という目論(もくろ)みである。


 これから先のことを考えたら、戦力の増強は必須だろう。できる事はやっておく。

 まずは大量にあるポイントを使ってしまうか。ポイントは慎重に使っていきたいところだけど、必要な時に使わないのでは意味がない。

 そうと決まれば、まずはレベルアップだろうか。このポイント全部使えば大分上がりそうだ。

 まあ、レベル以外にもポイントの使い道は色々あるので、何が最適なのかを考えながら使っていかないといけない。そのためにも色々確認したい。


 私としては、一人で黙々とウィンドウと向き合いたいところなのだけれど、周りの状況からするとそうも言ってられないのよね。この集団の中で、私たちはかなり目立っている。

 今のところは遠巻きにされていて、接触に来る人は居ないが。まあ、それはそうだろう。私たちって、いきなり出てきためちゃくちゃ怪しい奴らだし。

 でも気にはなるのだろう。だから、知り合いっぽくて元からここにいた藤川ママンが色々聞かれている。藤川ママンも何も分からないはずだけど、それでも得意のおしゃべりでなんとかなっているっぽいのは流石だ。

 だけどさすがに、このまま藤川ママンに任せきりでもいけないよね。そろそろマナハス本人をあそこにぶっこむか。私はその注目の影で、一人落ち着いて作業をする。


 とか思っていたら、集団の中から一人の人物が出てきて、こちらにやって来た。

 この人は……さっき助けた女の人だ。彼女はまだ若い、おそらく二十代前半くらいじゃなかろうか。——そこまで歳が離れていないので、年上が苦手な私としても許容できる範囲内だ。


 そんな彼女は、マナハスの元にやってくると——突然、(ひざまず)いて(こうべ)を垂れ、感謝の意を述べ出した。


「ありがとうございます……聖女様。あなた様のおかげで、私は救われました。さっきまでの私の体は、耐えようのない程の気持ち悪さと悪寒(おかん)に満ちていました。そのおぞましい感覚といったら、いっそのこと死んでしまった方が楽ではないかと思うほどでした……それに加えて、このままだと私は、あのおそろしい連中のようになってしまうという、そのことを考えた時の絶望といったら……これまでの人生で、これほど絶望を感じた事はありません……」


 なんかいきなり懺悔(ざんげ)みたいなことをし始めたぞ。てゆうか、マナハスに跪いた人第一号は彼女だったか。先を越されちゃったよ。


「しかし! もはや、朦朧(もうろう)と消えゆく私の意識に、その時、光が差したんです! 光を浴びたと思ったら、それまでの苦しみが嘘のようにアッサリと消えていきました。あの時ほど奇跡の存在を身近に感じた事はありません! そうして顔を上げてみれば、そこにはまさに、奇跡のような(うるわ)しの聖女様がいらっしゃるではありませんか……! 神は存在したのですね……奇跡は存在したのですね……! これまでの私は信仰とは無縁の存在でしたが、今、私の()く道がはっきり見えたような気がします……!」


 ふむ、死の絶望より救われた人間というものは、こんな風になるんですね。

 マナハスの方を見てみれば、絶句していた。きっと、自分の救った人間に感謝されて嬉しいんだろう。聖女だからね。


 ——絶対違うでしょ。ドン引きでしょ、ただの。


 藤川さんの方を見てみれば、満面の笑みでうんうんと頷いていた。……ノーコメントで。


 ——多分、シンパシー感じてるのよ。でも、あの子のヤツの矢印が向かってるのはアンタだからね。


 うーん、(はた)から見てみると中々ヤバい絵面だね、これは。えー、私と藤川さんもこんな風に見えてるの? ヤベェじゃん。

 そのヤベェ人第一号(あるいは二号)の彼女は、顔を上げてマナハスの方を眩しそうに見上げる。別に、このバックヤードの明かりはそんなに眩しくないけどね、むしろ薄暗い方じゃないかなー。


「聖女様、私、分かりました。自分の人生の意味が。あなた様について行き、この身のすべてを捧げて尽くす、私の人生は、そのためのものだったのですね……」


 マナハスが救いを求めるような眼差しをこちらに向けてくる。いやいや、救いを与えるのはキミの方なんだけど。

 ほら、早くその迷える子羊の手を取ってあげなよ。たぶん今なら、命令すればなんでも言うこと聞いてくれると思うよ、その人。——まあ、普通に接してって言っても却下されると思うけど。

 しょうがないから、私が少し手を貸してやるか。私も信者の(かた)の扱いに詳しいわけじゃないけど、今のマナハスよりは上手く対応出来るだろう。


 そんなわけで、私は二人の元に近寄っていき——マナハスの隣に立つと、(いま)だに(ひざまず)いている彼女に声をかける。


「どうぞ、腰を上げてください。そう(かしこ)まる必要はありませんよ」

「あなたは……聖女様のお付きの方でしょうか」

「はい。そして、一番の信奉者でもあります」

「まぁ……そうだったのですね」

「えぇ、なので、この方の考えている事は、私にはよく分かります。どうぞ、お立ちになってください。彼女は過度に(かしこ)まられる事を望みません」

「そうなのですね……! 失礼いたしました」


 そう言って、彼女は立ち上がった。しかし未だ腰は低く、その手は祈るように胸の前で組まれている。

 それはまるで、手を開いたらそこから大切な何かが(あふ)れてしまうとでも言いたげな……必死さを感じさせる所作だった。

 ……うん、自分で言ってて分からない。何が溢れるんだろう。まあ、なんか溢れちゃいけないヤツなんだろうね。


「それで、あなたのお名前は……?」

「あっ、そうでした、名乗るのが遅れてすみませんでした……。——私は、香月(かつき)綾乃(あやの)と言います」

「香月さんですね。私は火神(かがみ)です。そして、こちらの方はマナハス様です。聖女様と呼んでもらって大丈夫です」

「聖女様……マナハス様というお名前なのですね……!」


 マナハスが——オイ! みたいな目で見てきた気がするが、多分、気のせいだろう。

 さて、何とかこの場を取り繕わないといけないな。どうしよう、とりあえず、会話を続けながら考えるか。


「……香月さんは、お仕事は何をされているんですか? それとも、もしかして学生の方ですか」

「あ、えっと、仕事は一応、決まってるんです。私、今年で大学を卒業して、教師の道に進むつもりで……」

「ああ、先生なんですか」

「まだ、ですけどね。ちょうどこの春からこの近くの、私立春日野高校に赴任する予定だったんです」

「高校教師ですか、聖職者ですね」

「はっ、そうですね」


 いらん事言ったかもしれん。今時、教師が聖職でもないだろうけど、何となくピッタリだと思って口に出ちまったよ。

 そういえば、さっき高校名が出たところで藤川さんが反応していたけど、知ってるところだったんかな。まあ、藤川さんもこの辺住んでるし、ここの近くの高校なら知ってても不思議はないけど。

 なんて思って藤川さんの方を見てみれば、彼女もおずおずと話に参加してきた。


「あ、火神さん……、私立春日野と言えば、私の通ってる高校ですよ」

「え、マジ、そうだったの?」

「はい。——そうか、香月さん、いや、香月先生は、私の高校に来ることになってたんですね」

「——へぇ! あなた、春日野高校の生徒さんなんだ。近所だから、生徒と会うこともあるかぁ。それにしても偶然ねー。なんか感激だなぁ、私の行く学校の生徒に会うって」

「そうですね、こんなところで会うなんて偶然ですね」

「うんうん。新学期になれば、ちゃんと教師としてあなたの前に立つことになったんだろうけど……こんな状況だし、ちゃんと新学期できるのかな……」


 香月さんも、藤川さんと話す時は普通だなー。それにしても、藤川さんの通っている高校だったのか。

 うーん、確かにこの状況だと、普通に学校の新学期が始まるかどうかは、正直、かなり厳しそうだけど。


「——でも大丈夫ですよね? 聖女様がおられるんですから! 聖女様の奇跡で、この事態もすぐに解決できますよね?!」


 そしていきなり教師じゃなくて狂信者になるんだもんなぁ。ビックリだわ。

 マナハスも、そんなこと言われても困るって顔してるわ。


「いかに聖女様と言えども、出来ることには限りがありますよ。救いの手の届く範囲にも……。ですが聖女様も、その手の届く範囲でなら、出来る限りのことはしようと思っておられます」

「ああ、さすが聖女様です。素晴らしい崇高なるお考えです。私も聖女様の慈悲に救われたのですね……」


 そう言って香月さんは、手を組んで顔の前に掲げる祈りのポーズをした。

 すると、服の袖が(まく)れて、その下の彼女の腕が私の目に入る。そこには、歯形のようなものが……。

 そういえば、この人って噛まれたらしいけど、怪我は治してなかった。さっきのアイテムは毒を治すだけみたいだから、怪我までは治ってないのだろう。

 ……わりと痛そうだし、ついでに治療してあげようかな。


「ところで香月さん。噛まれた箇所はどこだったんでしょう? ちょっと見せてもらえませんか」

「あ、はい。わかりました」


 そう言って彼女が差し出したのは、右腕の上腕。そこには、くっきりと歯形が残っていた。


「噛まれたのは、そこだけですか?」

「はい、ここだけです」

「痛みますか?」

「触ると少し……。でも、大丈夫ですよ。聖女様の奇跡ですでに浄化されたわけですから……そうですよね?」

「はい、それは大丈夫です」

「このくらいの怪我なら、我慢できますから」

「そうですか……でも、我慢する必要は無いですよ」

「えっ……?」


 そこで私はマナハスに目配せをして、取り出したアイテムを彼女にこっそりと渡す。——そのアイテムとは、例の怪我を治す回復薬だ。

 マナハスも理解したようで、無言でそれを受け取る。


「腕をこちらへ……では、聖女様、お願いします」


 よく分からないまま彼女が差し出した腕に、マナハスがアイテムを持った手を差し出す。そこで私は、アイテムを『使用』する。

 すると、マナハスの手から光るゲル状のものが香月さんの怪我へ降り注ぐ。そして、しばらくすると……彼女の腕の歯形は綺麗さっぱり消えてなくなった。


 香月さんは、心底驚いた表情で怪我の癒えた腕を見つめる。そして、次はマナハスの方を見る。

 その表情は、渇きで死にかけた旅人が、砂漠でオアシスに出会ったかのようであった。——つまり普通の人間のする顔ではない。

 その顔を見たことで私は、——これ以上香月さんとマナハスを一緒にしておいたらなんかヤバそうだな……。と思い、一旦、香月さんには離れてもらうことに決定した。


「——さて、怪我も癒えたことですし、もうあなたは大丈夫ですね。……そこで、香月さん。あなたにも、向こうの皆さんの話し合いに参加してほしいのですが」


 香月さんは私に話しかけられて——はっ、と気がついたように、マナハスからこちらへ視線を戻す。


「話し合い……ええ、分かりました。——どうも私は、皆さんに避けられているようなのですが……あんなことがあったので、それは仕方のないことなのかも知れません。しかし、皆さんも見たはずです。私の助かった時の奇跡を……。そして私は今、新たな奇跡をこの身に受けました。これだけの奇跡の力を聖女様はお持ちなのですから、きっと、皆さんも話せば分かってくれるハズですよね」


 そこで彼女は、決意を確かめるように一息挟んだ。そして続ける。


「——分かりました。私も皆さんの話し合いに参加してきます。我々には聖女様がついているのだから、不安になる必要はないと。むしろ、他の人たちの助けになるようにしなければならないのだと。聖女様を助ける。それがみんなを助けることになる……。きっとすぐに皆さんも分かってくれると思います。——では、聖女様。行ってまいります」


 そう言って香月さんは、大人たちの集まりへ向けて旅立って行った。



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