第31話 こうして、越前は、クリムゾ——っんん——を、手に入れた
スーパーの建物は、大きな道路を挟んで向こう側にあった。
今や、その道路を走っている車はまったく無く、ところどころに乗り捨てられた車が放置されている。
そして、車が走る代わりに道路上をフラフラしているのが、ゾンビ達である。
スーパーに行くには、この道路を横切らねばならない。放置車両があるとはいえ、かなり見通しがいいので、ゾンビに発見されずに通り抜けるのは難しいだろう。
普通に進んでいったら、まず間違いなく途中でゾンビに囲まれることになるだろう。よっぽど素早く走り抜ければ行けるかもしれないが、それもかなり危険な賭けだ。途中で何か一つでもアクシデントがあろうモノなら、それだけで失敗する可能性が凄まじいのだから。
特に、今は子供の同行者もいる。ついてくるのを許した以上、この子の安全にも配慮せねばなるまい。
現在、私たちは、その道路の前の建物の影に身を潜めていた。
そして、ひととおり周囲の現状を把握した後で、私たちは小声で意見を交わす。
「——えと、見ての通り、スーパーまでの現場は見通しのいい道路で、ゾンビがたくさん徘徊している。では、ここをどうやって通り抜けるか、なんだけど」
「やっぱ、この数を相手にするのは、今のカガミンでも厳しいか」
「いや、出来なくはないと思う」
「出来んの!?」
「私一人ならね。強行突破でも行けると思う」
「一人なら、か」
「みんながついてくるとなると、厳しいだろうね。——私一人で全周に対応するのは」
「だよな……。それじゃ、私たちも戦えば、何とかなるかな」
「どうかな……、実際のところ、撃っても多分当たらないだろうし、銃声にゾンビたちが集まってくるだけかも」
「だよなー……」
主に私とマナハスの会話に、おじさんが驚いたように入ってきた。
「え、君たち銃持ってるのかい?」
あー、まあ、そうなんだけど、どうするか。
日本刀もヤバいけど、銃はもっとヤバいかな。まあ、もう誤魔化すのもアレだし、ぶっちゃけるか。
「まあ、はい。持ってるんですよ、実は」
そう私がぶっちゃけて、マナハスの方を見ると——私の意図を察したように、マナハスが自分の銃を取り出した。
「これは……本物なのかい?」
「はい……たぶん」
性能的には本物と言っていいと思うけど、謎の能力で手に入れたので、実際のところは分からん。
というか、試しに撃ったこともないので、実際のところはマジで分からんのよね。本当に使えるのかどうかすら不明。まあ、多分使えるんだろうけど。
「み、見せてもらってもいいかな?」
そう聞かれたマナハスが、こちらをチラッと見てくるので、頷いておく。
「いいっすよ。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
そう言って、おじさんは銃を受け取ると、しげしげと珍しそうに眺め回した。そして、ブツブツと何やら言っている。
どうやらおじさんは銃に詳しいようで、この銃が何の銃なのか気にしているようだった。なんか、銃の名称がいくつか疑問系で出ているが、私は銃自体にはそこまで詳しくないので、なんて言っているのかはよく分からない。
「銃に詳しいんですか?」
「ああ、えっとね、本物を扱ったことは無いんだけど、俺はサバイバルゲームっていう、銃の撃ち合いを擬似的にする遊びが趣味でね、だから、それなりに銃に対する知識はあるんだけどね」
へぇ、おじさんはサバゲーする人だったのか。なら、エアガンだけど、実際に銃で狙って撃つのをやったことがあるわけだ。
「上手いんですか? そのサバゲーの腕は」
「まあ、それなりかな。趣味といったら、ツーリングとそれぐらいしかないから。空いた時間は大体それに費やして、結構、練習なんかもやってきたしね」
「サバゲー歴は、何年くらいなんです?」
「そうだね、少なくとも、十年以上はやっているかな」
ふぅん……。
——……何を考えてるの?
いや、このおじさんが銃を使えるならさ、使って貰えばいいんじゃないかと思ってね。
——いや、サバゲーでしょ? 本物じゃないんだから。
でも経験はあるんじゃない。少なくとも、完全に素人な女子二人よりはマシでしょ。
それに、相手はノロノロ動くゾンビだし。むしろ、実際のサバゲーよりも簡単なくらいかもよ。
——本気なの?
私は本気でゲームをする人を信じているんだよ。そのゲームに対する情熱をね。
おじさんのサバゲーに対する想いを、見せてもらおうじゃない。
——上手くいかなかったらどうするの? 皆を危険に晒すことになるわよ。
危険なのは百も承知だよ。現状がこんなになっている以上、絶対の安全なんてありえないんだから。
それなら、私は私の信じるところを信じる。人がゲームにかける情熱を信じる。
——ほんと、アンタってゲームに関することになるとおかしくなるんだから。
でもそのお陰で、今まで生き残ってるところもあるでしょ。私がこれまでゲームで培ってきたことが無ければ、あの恐竜くんは倒せなかったし、ゾンビ相手もこんなにスマートにはいってないよ。
——……ゲームの経験を過大評価し過ぎてると思う。
私の人生経験はほぼ全部ゲームだぞ。それを否定するということは、私の人生を否定するということだよ。
——他にもあるでしょ。学校の経験とか。
学校の経験が社会に出て何の役に立つのよ。学校ではゾンビが発生した時の生き残り方なんて、教えてもらってないけど。
——当たり前でしょ。
でも、私はゲームから学んでいたよ。ゾンビには銃、頭を撃ったら死ぬ、ってね。
——音で集まるとも学ばなかったの。
そうだった。実際撃つなら、あの——サイレンサー? サプレッサー? あれもあったがいいな。てか、あるんかいな。
まあとにかく、まずはおじさんに聞いてみないとね。
「……あのー、銃を使えるんだったら、それあげるんで、戦ってもらえませんか?」
「——えっ!? 俺が!? この銃で……?」
「はい」
「いや、でも、本物の銃とか撃ったことないよ……」
「サバゲーの経験はあるんですよね。なら大丈夫じゃないですか?」
「ええぇ……」
さすがに、おじさんも驚いているようだ。
すると、おじさんに自分の銃を渡した当人のマナハスも、驚きを露わにした。
「お、オマエ、この人に戦わせるつもりか……!?」
「素人の二人が戦うよりはマシだと思って」
「——あ、いや、俺だって素人だよ? 銃の実物なんて、触ったこともないんだって」
「でも、経験自体はあるんですよね。銃を撃った経験は」
「エアガンというオモチャではね」
「エアガンも本物も大して変わらないですよ」
「いやぁ、そんな事はないと思うけどね……」
うーん、サバゲープレイヤーなら、本物の銃が撃てるとなったら飛びつくもんかと思ったが……違ったのか?
——普通はそうでしょ。常識ある人なら。
「……それに、本物の銃なら、これは普通に銃刀法違反だよね……? 君は、何か特別な許可とか持っているのかい?」
そんなものは無い。でも、ゾンビを撃つのに許可は要らないと思う。
ゾンビを見たら撃っていいとは、これは世界の常識のハズだ。たぶん、アメリカとかなら普通にみんな撃ってる。日本には銃自体が無いから、誰も撃たないだけ。あるなら撃つ。私は撃つ。
まあ、普通の人なら、ゾンビとはいえいきなり撃つのは躊躇うか。だが、私の銃の弾は普通ではない。それならどうだろうか。
私は銃刀法云々の部分はまるっと無視して、その辺りのことを話してみる。
「実はその銃、特殊な弾を使っているので、撃っても怪我しないし死なないんです。だから撃っても大丈夫ですよ」
——何が「だから」なのかは、よく分からないけど。
「え、そうなの? ゴム弾でも入ってるのかい?」
「まあ、そんなところです」
実際は、スタンバレット的なやつなので、だいぶ違う気がするけど。まあ、言ってる事は間違ってない。
仮に誤射しても、誰かが死ぬ事はない。その点は大丈夫なハズだ。
「なので、相手がゾンビでも殺すことはないですし、仮に外したとしても大事にはなりません。そこは安心してください」
「うぅん……そうは言ってもね」
うむ、なかなかしぶといな。
何とかやってもらえないか、適当にもっと色々言ってみるか。
——いや、なんでそんなにこのおじさんに戦わせたいの……?
いやだって、実際のとこ、戦力になりそうなのはこのおじさんだけだし。迷ってる時間が惜しいし。何より、私はサバゲー歴十年以上のおじさんの実力を見てみたいんだよ。
ゲームで培った技術は無駄ではないってことを、このおじさんに証明して欲しいんだ。それは、このおじさんも望んでいるはずなんだよ。
「おじさん、今ここで戦えるのは私以外にはおじさんしかいないんです。みんなを無事にスーパーに辿り着かせられるかどうかは、おじさんが銃を取ってくれるかどうかにかかっているんです」
そう言って、私はおじさんの目を見つめる。
おじさんは、私の眼光に気圧されたように、僅かに体をのけぞらせる。
「おじさんがサバゲーを今までやってきたのは、きっと今日この日の為だったんだと、私はそう思います。ここで戦うのは運命だと、きっと、そう決まっていたんです」
そうして私は、おじさんの隣の女の子に視線を向ける。——釣られておじさんもそちらを見た。
「この子を守れるのは、おじさん、貴方だけです。この子を守るためには、おじさん、貴方が銃を持って戦うしかないんです! この子を守れるかどうかは、貴方の意志にかかってます……!」
おじさんは、神妙な顔で女の子を見つめる。
男はみんなロリコンだから、小さな女の子を守るためなら、ゾンビとだって戦うよね。
——台無しなんだけど、何その偏見。
YESロリータNOゾンビ。
ロリータな明日のために、ゾンビには今日死んでもらわないと。
「お願いします、おじさん。どうか、貴方の力を、私に貸してください」
「…………分かった、やるよ。確かに、女の子の君にだけ戦わせて自分は何もしないなんて、大人の男のすることじゃないね。俺にどこまで出来るか分からないけど、やってみるよ」
「ありがとうございます……! ——いやぁ、サバゲー歴十年以上のおじさんなら大丈夫ですよ。相手はノロマなゾンビだし、きっと当てられますよ」
「そうだといいんだけど……」
うんうん、おじさんやってくれるんだね。よかったよかった。
「その、実際にこの銃を使うとしたら、音がちょっと問題なんじゃないだろうか。銃声はけっこう響くと思うし、あの——ゾンビ? 達は、音に集まってくるみたいだし」
「ああ、そうですね……」
ふむ、確かにその問題がある。やっぱり銃を撃つなら、サイレンサーは必要だよね。
サイレンサー、無いかなー。探してみるか。
私はウィンドウを表示して、ショップのアイテムを探してみる。
突然、空中を見てボーッとし始めた私に、おじさんは「?」となっているが、説明はしない。マナハスと藤川さんは何となく分かっているので——ああアレか、という感じ。
銃のアイテムについて探したら、色々と出てきた。付属品たち。
——お、サイレンサー的なやつあるじゃん。この筒みたいなやつ。これやろ。
私はそのアイテムを購入する。
さて、こいつを取り出すのを見られるのも面倒なので……
私は背中に手を回し、そこにアイテムを出現させる。——よし、上手くいった。
どうやら、おじさんにはバレていないようだ。
私はさも懐から取り出しましたよ〜って感じで、そのアイテムを取り出した。
「——えっと、これでどうでしょう? 音がマシになるんじゃないですかね」
「これは……消音器か? こんなものまであるのかい。これ、装着出来るかな……」
そう言って、彼は受け取った筒を、ガチャガチャやって銃に装着した。
これでどれくらい音が減るのか知らんけど、まあ、無いよりはマシでしょ。
それからおじさんは、実際に銃を構える仕草をしてみたりと、感覚を確かめるようにしていたが、その顔にはまだ不安の色が強かった。
「うぅん……狙って、ちゃんと当たるだろうか。せめて、サイトかなんかがあればな……」
なんか小声でブツブツ言ってる。
「サイト? サイトってなんですか」
「あぁ、聞こえた? サイトっていうのは、レーザーサイトとか、そういう、狙いを付ける補助になる装置のことなんだけど……さすがに、そんなのは無いよね」
ああ、レーザーサイトか。あるよね。ゲームでもよく出てくる。
レーザーサイト、さっき色々見た中にそんなんなかったっけな。
再びウィンドウを開く。
虚空を見つめる私。困惑するおじさん。
「えっと、これは一体……どういう……?」
「あ、気にしないでください。コイツはこういう、変なヤツなんで」
ちょいマナハス、その説明はどうなの。もうちょい言い方なんかあるでしょ。
と、脳内で文句を言いつつ……やっぱりありましたね。これ多分、レーザーサイトじゃないの。
さて、これまた手を後ろにやって——ホイと。
……うーん、今気がついたけど、なんかこういうのって、ゲームでよくあるよね。
主人公がNPCからアイテムとか受け取る時にさ——なんかこう、どこからともなくアイツらアイテムを取り出すじゃん?
たまに、やたらデカいのがポンッて出てきたりしてさ。お前これ、どこに持っとったんや……っていう感じのを、ポケットのあたりをゴソゴソしただけで取り出すやつがさ……(笑)。
——いや、たしかに言われてみればそれっぽいけど。……そう考えると、このおじさんからみたら、アンタ完全に超怪しい系のNPCじゃん。
むしろ、チュートリアルで手解きを授ける謎の少女的なナビゲートお助けキャラでしょ。このおじさんにとって今の私は。
そう考えると、なんか感慨深いな……せっかくだから、なんか意味深なセリフでも無駄に発しておこうかなー。
——いや、ふざけてる場合じゃないから。急いでるんだから、変なことしてる時間無いわよ。
うーん、残念。こんな機会そうそうないのに。——銃を構えるにはL2ボタンを押して、発砲はR2ボタンです——とか言いたかったんだけど。
名残惜しいけど時間も惜しいから、しょうがない。謎の案内役少女ムーブは控えるか。
さて、それじゃこいつも懐からポンと出しますかね。
私は、おじさんに取り出したブツを手渡す。
「はい、これ、サイトだと思います。どうぞ」
「うわ、それも出てくるんだ……いや、最初から持ってたんだよね……ね?」
語尾がなんか不安になりつつも、おじさんはそれを装着する。そして、再び銃を構えてみる。
すると、前方の壁にレーザーのポイントが付いた。——うん、確かにこれがあったらかなり狙いやすくなるよね。ゾンビにこれを合わせて撃てばいいんだから。
おじさんもそれを見て、「これなら何とかなるかもしれない……」と言っている。よし、それならこれで、銃の準備はオッケーかな。
練習することは出来ないので、ぶっつけ本番でやってもらうことになるけど、そこは何とか頑張ってもらうしかない。
「使い方とか、大丈夫そうですか?」
「ああ、うん。その辺は、俺の知っている知識で何とかなりそうだよ。あんまり見たことない銃なんだけどね、使い方は同じみたいだね」
なら良かった。
それなら後は、弾だね。持てるだけ渡しておこう。弾はいくらあってもいいけど、持てる数には限りがある。
というわけで、再び虚空を見つめることしばし——。
懐から取り出されていく、大量のマガジンを見て、
「これ、どこにこれだけ入ってたんだ……?」
と、おじさんは首を傾げていた。
さすがのおじさんも、この量には驚いたようだ。まあ、どう考えても、身につけていたにしては多すぎるからね、この数はね。
大体、私がまず、手ぶらみたいな格好しちゃってるんだもんね。
それでもやっぱ、懐からポンと出てくるんすけどねぇ〜。
どこに入ってたんだ……? なんていう質問へ答える過程で、私なら、色々とこのおじさんをからかうことが出来るけど……今は急いでいるしそんな場合ではないので、断腸の思いで、私はそれを断念した。
私、えらい……本当は、いくらでも、そういう返し考えられちゃうんだからね……。
——どこで精神力発揮してんのよコイツは。フツーに自重しなさいっての。
というわけで——おじさんのその問いには特に答えることなくスルーして、私は話を進めていく。
「じゃあ、準備が出来たら行きましょう。私が先頭を行くので、おじさんは殿をお願いします。——ぶっつけ本番になりますけど、よろしくお願いします」
「あ、ああ。分かった……」
「二人はその子のこと、お願いね」
「オッケー、任しとけ」
「はい、任されました」
「二人から離れないようにね」
「……」
女の子は無言で頷く。静かなのはうるさいよりいいけど、あんまり静か過ぎても、それはそれで心配になる部分もあるね。この子、さっきから全然何も言わないけど、大丈夫だろうか。
まあ、この状況であまり喋るもんでもないか。この子くらいの歳ならむしろ、銃や日本刀が出てきてもあまり疑問に思ったりしないのかもしれない。私も子供の頃は、人間って銃で撃たれても輸血すれば普通に復活できると思っていたし。
——何よそれ。
まあ、漫画的表現てやつ? 次のコマでは治ってる、みたいな。だから、銃とか結構ザコ武器なんだと思ってたよ。
——現実には、銃の一強なんだけどね。
そうだね。それじゃ、その銃を使える人も増えたことだし、反撃開始だ。
「そういえば、お名前を聞いていませんでしたね」
「ああ、越前だ。越前章太郎。この子は、越前マユリ」
こっちだぁ、越前ェ。




