第30話 こいつぁお利口さんだ
目の前には痙攣するゾンビの気絶体が無数に転がっていた。
私は特に問題なく、集まって来ていたゾンビをすべて排除した。
二人が安全な所にいるとなれば、とても身軽だ。それまでの緊張から解き放たれた私は、颯爽とゾンビ共に襲いかかり倒していった。
ゾンビ達は二十体近くいたが、全部片付けるのにそう長くはかからなかった。頭を打てば、一撃で倒せる武器の強さのおかげでもある。
すべてのゾンビを倒した私は、刀を納めて二人の元に向かう。
二人は私がゾンビ二十体を楽勝で倒しても、もうそこまで驚いていなかった——が、おじさんの方はめちゃくちゃ驚いていた。
私が屋根に軽々と飛び上がると、それにも驚いた。そして、驚いたまま私に質問してくる。
「な、な、な……何なんだ君は?」
なんだキミはってか? そうです私が……って何を言わせるつもりだ。私は変なおじさんではない。おじさんはあなたでしょ。
——確かにおじさんだけど。おじさんだって驚くわよね、あんなの見せられたら。
まったく、危うく変なおじさんのダンスを踊るところだったじゃないか。
——やめなさいよマジで。キチガイだと思われるわよ。ゾンビをあんなに簡単に倒した後だから、余計に怖いわよ。
とりあえず、なんて言おうか。だっふんだ、でいいかな。
——良いわけないでしょ。真面目にやりなさいよ。
あんまり話してる暇は無いんだよ。急がなきゃだし。適当に誤魔化すか。
通りすがりのサムライ系女子です、とかでいいかな。
——それで納得されても困るけど、確かに、なんて言ったものかしらね。
つーか、二人がなんか説明してくれてなかったのかな。
——いやー無理でしょ。アンタって、初対面で紹介できるレベルの人間じゃないし。
まるでやべーヤツみたいだなー。
「えーーーっと、そのー、まあ、怪しいヤツじゃありません」
我ながら説得力が皆無だ。
まあ、どうせこの人と長話することはない。すぐに行くのだから、どうでもいいだろう。
おじさんが何か言う前に、私はさらに続ける。
「では、私たちはこれで……失礼しますね。あのゾンビ——徘徊してる人達は、一応、死んでいるわけではないので、しばらくしたら、また動き出すと思います。なので、近づかない方がいいですよ。……それじゃあ、さようなら。勝手に屋根を使ってすみませんでした。ご迷惑をおかけしました。それでは」
そう言って、私はマナハスと藤川さんに視線を向ける。二人も理解して、降りる準備をし始めた。まあ、自力で降りられなくもないかもしれないけど、やっぱり私が降ろした方がいいよね。
まずは藤川さんから降ろそうと彼女を抱えようとしていたら、おじさんから慌てた声で引き止められる。
「ま、待ってくれ! 君たちは、いや、君は、特殊な訓練でも受けているのか?」
そう言って私を見てくる。
「まあ、そうかも知れません」
私は適当に答える。
スキルのインストールのことを考えたら、まあ、よっぽど特殊な訓練を受けたとも言える。
「救助の人ではないんだろうね……」
「ええ、そうですね。普通に避難しているというか、人を探しているというか、そんな感じなので」
「そ、そうか……あ、えっと、これからどこに向かうつもりなんだい?」
「えーと、もうちょい行ったところのスーパーです。そこに探してる人がいると思うので、まずは合流しようかなと……」
「スーパーか……連中がいるんじゃあ、危険じゃないかね」
「まあ、大丈夫だと思います、多分」
「そうか、そうだな。君なら大丈夫だろうな……」
おじさんは、私たちを心配してくれているのだろうか。そうなら気持ちは嬉しいが、結局、危険でもスーパーに行くのは決定事項だ。
長話は無用だ。そもそも私は、初対面の年上の人と話すのが苦手なのだ。この人はまだマシな方だと思うが、人によっては、相手が私のような女子高生と言うだけで、なんか話にならない人とかいるのだ。年配の男性には特にそんな人が多い。なので私も、そんな人と話すのは特に苦手だ。
というわけで、完全に切り上げるつもりで、私は藤川さんを抱えて道路の方を向く。
「あ、待って、ちょっと」
「……まだ、何か?」
わたしは振り返ることなく言う。
「その、俺も一緒について行ってもいいだろうか? ——いや、どうか一緒に行かせて欲しい。頼む」
ふーむ、さて、どうするか。
正直、問答する時間が惜しい。なんか断ったらすごくめんどくさそうだ。ついてこられるのも面倒ではあるが、どちらが早く済むだろうか。
チラリと二人を見る。二人とも嫌がっている感じはない。マナハスは私に任せるといった感じで、藤川さんもそうだが、どちらかと言うと、連れて行ってあげたい——と思ってそうだ。そんな顔をしている。
そうやって二人の顔を見ていたら、私がすぐに返事をしなかったのを断られると思ったのか、おじさんが更にこんなことを言った。
「幼い子供がいるんだ。この子の安全を考えたら、ここで君たちについて行った方がいいと思って……どうか、頼む!」
子供か……。同情を引くには効果的だが、足手まといといえば足手まといだ。むしろ、おじさん一人の方がマシな場合もある。
なーんて思っていたら、おじさんの後ろから本当に女の子が出てきた。最初から出てこなかったのは、私たちを警戒していたのか。まあ、警戒するのは当然だと思う。
「えっと、この子は?」
「姪っ子なんだ。この子の両親はすでに二人とも亡くなっていて、俺が預かってるんだ。この子が大人になるまで守ってやる責任が、俺にはある……」
「……。えーっと、あなた、いくつ?」
「……十一歳、です」
小学生か。五年生かな。
藤川さんは、女の子を見てから反応が顕著に変わった。藤川さんってお人好しそうだし、女の子は放って置けないよね。ふぅん……。これは連れて行く流れでしょうなー。
まあいいか。どうせ、スーパーに行ったらもっと増えそうな気がするし。
この家に来たのも何かの縁か。短いやり取りだけど、おじさんは悪い人では無さそうだと感じた。女の子の方は、どんな子かまだ分からないけど、この子はおじさんが面倒見るんだろう。
「分かりました。ついてくるのは構いませんけど、安全の保証はできません。自己責任でお願いします。もちろん、こちらもできる範囲では手助けしますが」
「あ、ありがとう。恩に着るよ」
「すぐに出発するので、なるだけ早く準備して貰えますか」
「準備はもう出来ているよ。避難しようと荷物はまとめていたんだが、なかなか踏ん切りがつかなくてね……。君たちが来たから、踏ん切りがついた」
「分かりました。それでは下で待ってますので」
「すぐに行くよ」
そして、私たちは道路に降り立った。
おじさん達が出てくるまでの待ち時間で、私はカラスの死体を回収していった。それをやりながら、マナハス達に確認する。
「二人を連れて行くことになったけど、よかった?」
「カガミンがそう決めたなら、私はそれに従うよ」
「せっかく会ったので、私としては、出来れば助けになってあげたいです。でも、結局は火神さんに頼ることになるので、火神さんが決めてください」
「まあ、屋根を借りた分もあるしね。すぐに出発出来るみたいだし、いいんじゃないかな」
「よかった……火神さん、ありがとうございます」
「まあ、連れて行かないとなると中々揉めそうだしなー」
「まあね、それもある」
「……つーか、さっきからそれ何やってんの? カラスの死骸が光って消えていくんだけど」
「回収してる」
「え、なんで……?」
「何かに使えるかもと思って。まあ、ドロップアイテムみたいな扱いなのかも」
「え、死骸丸ごと? 一体、何に使うってゆーのよ」
「分かんないよ。でも、なんか回収出来るんだもん。だから一応、回収しておく」
「そうか……」
「実は、恐竜くんの死体も回収してるんだよね」
「え、マジで!? あのデカいヤツを?」
「あんな大きなモノを回収出来るんですか?!」
「出来たんだよねー。まあ、放置しても邪魔だろうし。それに、あの怪獣くんなら、色々と得るモノありそうじゃない?」
「確かに、なんか強げな防具とか作れそう」
「実際、一体丸ごとだから、素材は足りるんじゃないかなー。というか、あんなの何体も倒さないといけないとかなったら、街がいくつあっても足りないよね」
「実際、駅前が壊滅してるしな……」
カラスを全部回収し終わったくらいで、家からおじさんと女の子がリュックを背負って出てきた。
「お待たせしたね。準備出来たよ」
「じゃあ行きましょうか。——あ、そうだ、傘って持ってます?」
「傘? 玄関に置いてるのが……持ってくればあるけど」
「一応、持ってきといてもらえますか。二人分」
「はぁ、分かった」
おじさんは、素直に傘を取りに戻った。
すると、マナハスが聞いてくる。
「傘いるかね? 今日は雨は降らなさそうだけど」
「でも、カラスが降ってくることはあったよね。マナハス達と違って、二人はバリアがないからね」
「ああ、なるほど……。傘で防げるかな」
「まあ、無いよりはマシじゃないかと」
二人にまでシールを配るのは、説明が面倒だし時間もないのでパス。
またカラスが襲ってこないことを願おう。今度は上にも警戒して、もしカラスがいたら、みんなにはすぐに避難してもらうか。
まったく、動物ゾンビまで出てくるとは、なかなかハードな方のゾンビパニックじゃないの。
つーか、鳥がいるなら犬とか猫とかも居るんじゃないの。あー、やだなー。私は猫好きなんで、猫ちゃんとかやっつけたくないんだけど。まあ犬も嫌いではないし。
ワンちゃんネコちゃんにこそ、スタンモードを使うべきだな。人間よりも、よっぽどやりにくいかも。
まあ実際、人間ゾンビより動物ゾンビの方が動きが速そうだし、そういう意味でもやりにくそうだ。出来れば、もう出てきて欲しくないね。
二人、同行者が増えて、私たちはスーパーへ向かう。
とは言え、目的地まではもうすぐだ。近くのゾンビはさっき倒したので、進みも早い。
新たな同行者二人が増えてどうなるかなと思ったが、おじさんはもちろん、女の子の方も、おじさんに手を引かれて黙々とついてきている。
道中、何度かゾンビとの戦闘もあったが、女の子は騒ぎ出すこともなく静かにしていた。これはお利口さんな子だ。普通の子供なら、もっと騒々しくてもおかしくないだろうに。
もしかしたら、子供ながらに状況の異常性を感じ取って大人しくしているのかもしれない。まあ、子供って感受性は高いっていうしね。
結局、その後も問題が起こることはなく……。
私たちはみんな無事に、目的のスーパーのすぐ近くまで辿り着くことができた。




