第2話 え、何これ……ついに変な電波受信しちゃった?
『だからさ、事故って電車が止まってから降りて歩くじゃん? するとさっきも言ったけどさ、周りに散らばってるんだよね、色々と……。一応、警察の人とかが集めてくれてるみたいなんだけど、やっぱ残ってるのもあってさ、んで私、見ちゃったんだよねー』
「見たって、何を……?」
『……腕』
なんだか絞り出すような一言だった。あー、確かに千切れた腕を見るのはキツいよなー。
「腕だけってことだよね? その……千切れた。それは、キツいね」
『そう、腕だけ。千切れた断面とか、マジ生々しかった。あんまマジマジ見るつもりはなかったけどさ、たまたま目に入ったから……』
「ショックだよね……。電話越しじゃなかったら今アタマ撫でてあげるのに」
『……ありがと。でもそれだけじゃないんだよ。それだけなら、私もそこまで動揺しないんだけど』
そうかな。フツーにかなりの動揺モンだと思うけど。
ただ、確かに私の知ってるマナハスは意外と動じない女だ。結構メンタルは強い。ショックは受けるだろうが、いつまでも引きずることはないだろうと思う。
しかし、どうもそういうことでもないらしい。
「えーっと、千切れた腕を見ちゃったってこと以上の事があるってコト?」
『そう……なんだよね』
マジでぇ? もうこれ以上となると、あとは頭部を見つけて目があっちゃった、とかくらいしか思いつかないんだけど。
「それじゃ、何があったの?」
『それは——あ、駅に着いた』
「は? あぁ、駅についたんだ」
『電車乗るから切らなきゃだね』
「いやいや、ちょっと待ってよ。ここで終わり? 嘘でしょ?」
『でもマナーは守らないと……』
「それはそうだけどさぁ! 何、もう次の電車来てるの?」
『うん、もう来るよ』
「えー、ちょっとオチのところだけサッサと話してくれない?」
『それはお楽しみってことで』
「なんじゃいそりゃ」
『一駅だけだし、すぐだよ』
「そう言われてもさぁ」
『後で直接話してあげるって』
「……なんか、これさぁ、死亡フラグっぽくない? この会話を最後に私とマナハスは二度と会うことが出来なくて、私は答えを一生知ることが出来ないって感じのやつ」
『ちょっと、不吉なこと言うなし。てかマジで電車来たから乗るわー。最後の言葉が不吉な感じで終わるのはアレだけど』
「んじゃアレだ、ゾンビに気をつけなよ」
『何ソレ』
「神回避しろ! 無理なら他人を犠牲にしてでも生き残るんだぞ。私が許す」
『お前は何様なんだよ』
「イエスだよ」
『マロだろ。……じゃ、また後でね』
「グッドラック」
そうして電話は切れた。
まあ、私がゾンビに会ったんだから、コイツも会ってもおかしくないからな。なんつって。
——でも実際、心の中では割とガチでゾンビの心配してるのよね。
まだ出てくるのキミ? このまま居座る気じゃ無いだろうね。
——別にいいでしょ。むしろ必要かもよ?
こういうのは中学までで卒業しとくべきだったんだよなー。
さて、マナハスが来るまで暇な時間をどうしようか。あんなこと言って通話終えたけど、フツーにメッセージのやり取りに切り替えるか……。
なんて思っていたら、不意に頭の中に声が聞こえた。
《——を——に選定——……》
《対象に#×%△^◯※□°*〜を導入開始》
は?
いや、今のは私じゃないぞ。お前か?
——私でもないわよ……?
うん、分かってる。結局コイツも私のモノローグの一種なのだから。しかし今のは違った。
どっかから聞こえてきたやつだったのかな。でも頭の中で聞こえたような気がしたんだけど。てゆうか、なんて言ってたっけ? いきなりだったから聞き逃したかも。
——たしか、インストールがどうとか言ってなかったかしら?
言ってた気がするね。
つーか声が違うんだよな。私の声とは全く違う声。モノローグは別人のように振る舞ってるけど元は私だから声も私の声と大差ない。でも、さっきのやつはまるで違ったんだが。
おいおい、まさか妄想のし過ぎでついに頭がイカれちゃったの……? 変な電波受信しちゃってるのぉ……?
——それは今更って感じするけど。
そろそろお前を消すべきなのかもしれない。こんな癖があるせいなのか……。
《導入完了》
《画面を表示します》
すると目の前に突然、半透明の画面が現れた。いやいや、いや——
…………………………。
——あーらびっくり。幻聴の次は幻覚ってことかしら。いやいや、これはいくらなんでもそういう類いのものではないわ。現実よ。不可解だけど、そう認めるしかないでしょうね。
…………………………。
——それで、あなたはいつまでフリーズしているつもりなの? まったく、やっぱりワタシが必要じゃない。……どうでもいいけど、なんだかゲームのメニューみたいねこれ。
…………はっ!!
完全に頭がフリーズしてた。
いやいや、これは完全に、私の頭がおかしくなったのか、現実が私の認識を超えてきたのかのどっちかだわ。
——後者ってことにしときましょ。大体、どっちにしてもあなたにはあまり変わりないんじゃないの?
まったく、何でお前はそんなに冷静なのよ? フツービビるでしょ。いきなりこんななったら。そういう反応されると、こっちも冷めちゃうんだけど。
——冷静になったならそれでいいじゃない。ワタシって、物語とかなんかで、こうゆう状況になった主人公がひたすら慌てまくるようなシーン好きじゃないのよ。
そりゃ見てる方からすればそうかもしれないけど、自分の身になって考えてみろって。いやお前は私だけどさ。
……もういいわ。まあ私もそういうシーン好きじゃ無いのは確かにそうなんだけど。だってうっとおしーんだもん。どーでもいいからとっとと確認しろって感じ。
——そゆこと。分かったらとっとと確認しなさいよ。
言われなくてもするよ。
うーん、マジでゲームみたいだなー。大体のゲームでメニュー画面開いたらこんな感じって風のインターフェースだわ。
それで、これ何? って聞いていいのかな。ダメと言われても困るけど。
《基本操作教習を開始可能です》
はあ、チュートリアルすか。まあ最初はチュートリアルだよね。
チュートリアルせずにゲーム始める場合もあるけど、私はどちらかと言えばチュートリアルちゃんとやる方だよ。
さすがにここでチュートリアル飛ばしたりしないよ。いや、別にフリとかじゃないから……。
——マジでやめなさいよ、マジで。
分かってるって。この状況で飛ばす奴とかいないって。
リアルでこの状況だよ? 今は少しでも情報が欲しいんだからさ。
てかフツーに、これ飛ばせないタイプのチュートリアルじゃないの?
——だから飛ばそうとすんなって! いい加減にしろよオメー!
確認しただけだよ。確認は大事だろー。
そもそも、このチュートリアルをやって大丈夫なのかも確認したいんだけどな。
——それは、まあそうよね。むしろ、一番賢い選択は完全に無視することかもしれない。だって明らかに普通じゃないし……。
いや、やらないという選択肢はないでしょ。
——はあ?
こんな面白そうな状況になってナニ安全策取ろうとしてんの? そーゆう主人公も見てて腹立つんだわ私。お前それ主人公失格だからな。
——いやいや、普通警戒するでしょ、こんなの。即決するやつはバカじゃん。
キミに人の心はないの?
——そこまで言う?
人類が発展してきたのはな、絶え間ない好奇心の賜物なんだよ。それこそが人類の文明を発展させてきたの。
——知ったような口聞きやがって。
じゃあやめる? このチュートリアルやめて今から精神科行く?
——っ……。
それかチュートリアルやるか。どっちが楽しい人生ですか? あーん?
——ち、チュートリアル……。
フン。考えるまでもないんだよ。慎重と臆病を履き違えるなよ。これは今すぐやるべきことだ。
実際、今の私はワクワクがとまらねぇんだよ。
——さっきまでフリーズしてたくせに。
あれは今までの人生を振り返ってたんだ。走馬灯ってヤツ。たとえこれが何かの罠だとしても、私は後悔しない。それを確かめてきた。
これまでのつまんねー人生なんてフイにしてもいいから、私は主人公になる道を選ぶゼ。
——……なら、ワタシはそれを最大限サポートするだけね。気持ちは同じよ、同じ私だからね。
葛藤があるのが人間だけど、決めるところは全会一致で行きたいからね。
まあ私は、このチュートリアルが危険なものだとは思ってないけど。
——それはどうして?
勘。感覚。言葉で表せる類いのものではないヤツ。直感ってそういうものでしょ。でも、そうゆう直感にこそ真実がある気がする。私はそれに賭ける。
——なんかダメなギャンブラーみたいなセリフ。
人は皆、人生のギャンブラーでしょ。言っとくけど、人生ほど運ゲーなクソゲーも他にないからね。
だからこそ、ここぞと言うときには全力でベッドするんだよ。
——ベットね。寝ちゃダメでしょ。
全力でぐうたら寝るだけの人生もいいよね。……それじゃ、チュートリアル開始じゃぁあ!
——散々なんか言っといて最後にそれ? やっぱりワタシは私だった……。