第28話 サイレント・シティ
「さて、それじゃあ、行こうか」
「お、おう」
「わ、分かりました。火神さん、お願いします……」
プレゼントも渡して、使い方の確認や持ち物の準備などの諸々がひとしきり終わったので、私たちは遂に、藤川さんのお母さんを救出しに向かうことになった。
二人の様子を見れば、やはりかなり緊張している。無理もない、これから危険の只中に自ら入っていくのだから。
私たちが早く行かなきゃと言いつつ、なんやかんやと時間を使っていたのも、結局は、踏ん切りがつかずに出発を先延ばしにしていたところはあるだろう。
なにせ、見える範囲だけでも、割とゾンビがウヨウヨとしているのだ。先程、女性が襲われたシーンも目撃してしまったし、怖がって当然だ。
まあ、私自身としては、今更ゾンビ程度は怖くないのだが。新アイテムで準備も万全になったし。私が時間を使っていたのは、偏に二人の安全を考慮したからだ。
この中で一番早く助けに行きたいであろう藤川さんにしても、母親を助けに行きたい気持ちと、ゾンビの中を進んでいく恐怖は別の問題だ。誰だって怖いものは怖いだろう。いくら武器があって、謎のバリアがあったとしても、怖いもんは怖い。
うーん、だけど銃とバリアがあるって、実際かなり恵まれてる方だよね。普通は武器なんて鈍器がせいぜいだし、バリアなんてもっての他だ。そう考えれば、私たちはかなり優遇されていると言えるだろう。
それでもやっぱり怖いものは怖い。特にゾンビなんて、バリアがあっても防げない攻撃とかフツーにしてきそうだし。私としても、バリアで色々と完全に防げるもんなのかはわからない。
ま、そこは私が矢面に立って戦えばいい。二人に銃を渡したのは、あくまで保険みたいなものだ。無いよりマシ程度の。二人を戦力と考えるつもりは私にはない。
さて、それでは実際に屋根から下に降りる前に、安全を確認しよう。二人を抱えて着地と同時にバッタリ、なんて状況は勘弁だ。
こんな状況だ、警戒は過剰なくらいで丁度いいと私は思う。私一人ならともかく、二人の安全には極力配慮したい。
なのでまずは私は、一人で地上に降りて周りを探索する。
先ほど倒した連中も確認したが、まだ気絶しているのかまったく動きは無い。それ以外の連中も、今は近くにはいない。マップも確認したが、近い範囲には赤点は無し。
よし、これなら大丈夫か。
ちなみに今の私は、刀を腰に差して身につけている。刀を身につける用のベルトみたいなのもショップに売ってたので、買っておいたのだ。
刀という物が物だけに、今までは極力目につかないように仕舞っていたが、周りがゾンビだらけのこの状況なら別にいいかなと思って、こうして身につけることにした。
装備を呼び出す場合、やはり若干のタイムラグがあるし、それに、出し入れする際に、少しとはいえMPを使う。これも極力無くした方がいいなと。
なぜなら、これからゾンビどもはスタンモードで倒していくわけだが、スタンモードはMPを消費するのだ。何体も倒すとなれば、それなりにMPも消耗する。なので、少しでも節約しようというわけである。
周囲の確認を終えた私は、一人ずつ屋根から地面に下ろしていった。
ゾンビがいるのと同じ高さに降り立った二人は、途端に緊張の度合いを高くする。
やっぱ高いところから見下ろすのと、同じ高さにくるのは全然違うよね。高いところでは、やっぱり心に余裕が出来るのだ。
高いところは有利。これは戦いにおいては鉄則だ。地の利だ地の利。地の利さえあれば、オビワンだって才能の塊みたいなアナキンに勝てるんだから。
つーかオビワンって、勝つ時大体トリッキーな勝ち方するよね。あのメチャ強のダースモール倒した時もぶら下がってたし。
——いや、関係ないこと考えてる場合じゃないでしょ。ここは安全じゃないんだから、気を引き締めなさいよ。
分かってるよ。
「じゃあ、行こう。私が先頭を行くから、二人は付かず離れず、でついてきてね」
「りょ、了解」
「分かりました……」
私が先頭を歩き、その後ろを二人が、まさにおっかなびっくりといった感じについてくる。
付かず離れずというのは、近すぎても私の戦う邪魔になるし、もちろん離れては守るのに手が届かないので、なるだけ近くにというわけである。
しかし、周りをキョロキョロとおっかなびっくり進む二人の歩調はかなり遅い。意識していないと、私だけどんどん進みそうになる。
だからと言って、二人に急げと言うのも気が引ける。
移動は早いに越したことはない。ノロノロ進んではゾンビに囲まれる危険があるのだから。しかし、警戒を疎かにしては元も子もないので、周りを見ながらゆっくり進むというのも間違いではない。
だが、私にはゾンビの位置が分かるレーダーのようなマップがある。なので、やろうと思えば警戒は最小限で進める。
マップも完全とは限らないので警戒は必要だが、視界に映らない範囲の敵の位置も分かるというのは、割と破格の能力と言える気がする。地味にこのマップ機能凄いんだよねー。
基本的な方針として、必要にならない限り戦闘は極力避けた方がいいだろうと思う。
ゾンビと戦えば、やはりその分足が止まるし、付近のゾンビも寄ってくることになる。ゾンビとの戦闘が発生すれば、周りのゾンビも集まってきてしまうのは避けられない。
そうはいっても、ゾンビはすでにあちこちに存在しており、完全に避けて行くのは実際不可能に近い。それに、今回はなるだけ急いで向かいたいので、別の道は通らずに最短距離で進むつもりだ。なので、今回は通り道にいるゾンビは、基本的にすべて退治するつもりだ。
気分はまさに、ゾンビゲーをプレイしているかのようだ。緊張とともに、道路の上を進んでいく。
とはいえ、それは見つかったら終わりなタイプのゾンビゲーというよりは、私の場合は、見つけたそばからどんどん倒していく感じのゾンビゲーだ。
気をつけないといけないのは、青いゲージの残量だ。後は、出来るだけ速やかにゾンビを始末する、という心がけか。
そんなことを考えながら、進み始めた私たちだったが、藤川さんの家から少しも進まないうちに、最初のゾンビが道路上に現れた。——その数は二体。
ゾンビ達はこちらを見つけて近寄ってくるが、フラフラとした歩き方で動きは遅い。走れば普通に振り切れるだろう速度ではある。
しかし、ついてきている二人の安全のためには、やはり倒した方が確実だろうから、倒す。
私は鞘から刀を抜き放ち、構える。即座に非殺傷モードを発動、刀がバチバチと放電する。
なんか、こういう感じのエフェクトってさ、カッコいいよね。やっぱり、刀身に特殊効果が発動する系のヤツっていいわー。
——ちょっと、戦闘に集中しなさいよ。
二体程度ならラクショーだって。
——油断大敵よ。敵がゾンビだけとは限らないんだから。
確かに、ゾンビならともかく、昨日の恐竜くんみたいなのが出てきたら、二人を守れる自信は無いな。
その場合は、私が時間を稼いでいるうちに逃げてもらうとかするしかないか……。
などと考えつつも、私の体は正確に動く。
手前のゾンビとの間合いを測り、ピッタリの位置で踏み込み、刀を振る。それは相手の脳天にヒットし、相手はその場に崩れ落ちた。
すぐに後ろの一体にも近づいていく。そして同様のやり方で、そいつもあっさりと地に伏した。
やはり、今の私にとっては、ゾンビ程度は敵ではなかった。
——相手が一、二体なら、そうでしょうね。でも、いっぺんに大勢来たら、そう簡単では無いわよ。
それだよね。ゾンビの恐ろしさの一つとして、数というものがある。結局、数の暴力というものが一番恐ろしいのだ。
私がいくら一人で奮闘しようと、この道を埋め尽くすような大群が一気に来たら防ぎようがない。そうなれば、後ろの二人を守ることも出来なくなる。
今のところは、そんなに大群がいる様子はないが、それでもそれなりの数がいる可能性はある。マップはこまめに確認しておくべきだろう。
マップについては、基本的にはミニマップにして視界の端に常に表示している。しかし、広い範囲を確認する時は、大きく展開する必要がある。なので、ちょくちょくそうやって確認するようにしよう。
私がゾンビ二体をあっという間に倒してみせると、後ろの二人が小さく感嘆の声を漏らす。それに反応してあげたいところだが、あまり声を上げるわけにはいかないので、私は、振り返って無言でサムズアップするに止める。
私がゾンビをあっさり倒したことで、二人にも少しずつ余裕が出てきたようだ。さっきまでに比べたら、幾分、足取りも軽くなったように見える。
スーパーまでの道のりは、昨日、車で向かった時には十分とかからなかった。なので、歩いてでもそうはかからない。……普通ならば。
今は至る所をゾンビが徘徊している。ヤツらに対処しながら進むとなると、なかなか時間がかかるかもしれない。焦ってミスるわけにはいかないので、慎重にもなる。そうなると、やはり進みは遅くなっていく……。
それからも、私たちはスーパーへの道を進んでいく。道中に、新たにゾンビに出くわすことも幾度かあったが、どれも私が排除していった。
この辺りは、基本的に住宅が密集して狭い道になっているので、ゾンビは一方向からしか来ない。なので、私一人でもなんとかなっていた。
しかし、進みが遅いと後ろから追い付かれる可能性があるので、余裕とはいかない。
ゾンビとの戦い自体は問題ない。相手が複数でも、動きはそこまで速くないし、バラけて配置していれば、一体一体、順番に排除していけばそれでいい。密集している場合は、近くまで行って攻撃を釣って、引き寄せた奴から仕留めるなどしていく。
たまに、なかなか思うようにゾンビが動かなくて焦ることもあるが、この辺の立ち回りはゾンビゲーで散々やってきたので、お手の物だ。
今回現れたゾンビたちは、基本的にそのまま襲ってくる近接攻撃だけで、物を投げたり遠距離攻撃はしてこない。そういう意味では、ゾンビの中でも対処が楽な部類と言える。
しかし、他の問題も出てきた。それは、私の視界に映っている青いゲージ、私がおそらくMP的なものだろうと想像しているヤツである。これが結構減ってきていた。
スタンモードはこのMPを使う。一回一回の消費は大したことないが、積み重なると大分減ってくる。すでにそこそこのゾンビを倒しているが、その分、青いゲージは半分以下に減ってしまっていた。
一応、MPの回復手段については予め発見してはいた。普通に回復のアイテムがポイントで入手出来たので、すでにいくつか買って装備している。
だが私の気分的に、あまりこういう消耗品のアイテムを使いたくないなーという気持ちがある。
ポイントはレベルアップなど自分の強化にも使うので、出来ればそちらに集中して使いたいのだ。なので、MPの回復などはポイントを消費しない手段で行いたい。
しかし現状、MPの回復手段として見つけたのはこのアイテムだけなので、これを使うしかない。……うーん、他に何か回復する手段はないものか。
てか、ゾンビを倒してポイントが入手出来るなら、まだマシなんだけど、ポイント増えてないのよね。これは、気絶させてるだけで殺してないからなのか、そもそもゾンビは倒してもポイントが貰えないヤツなのか……。でも、恐竜くんを倒したポイントは入ってるみたいなんだけどなー。
そもそも、未だにゾンビをどうやったら完全に倒せるのかも分からない。千切れても動くという情報もあるし。
まあ、やっぱりまずは頭を破壊してみることでしょーね。
ゾンビと言えば頭部破壊。逆に、それ以外では死なないというのは定番。頭部を破壊しても死なないようなら……これはもう、どうしたらいいか分からんのですが。
なんてことを考えつつも、歩みはちゃんと進んでいる。
道中、私たちの間に会話はない。どうもゾンビは騒がしくすると寄ってくるようなので、自然とそうなる。
静けさに関していえば、実際、今の街中は静寂に包まれていた。
まず、車の音が聞こえない。全然走っていないのだ。まあ、車なんて音でゾンビを引き寄せるだろうことは想像に難くない。スピード的には、ゾンビは追いつけないだろうけど、道が他の車なんかで塞がっていたら、万事休す、である。おすすめ出来ないね。
その静寂の中、自分たちの足音だけを響かせて私たちは進んでいく。他の音といえば、風に乗って聞こえてくるゾンビの唸り声くらいだ。
人の気配が消え、静まり返った街のあちらこちらから虚に響いて聞こえるものといえば、いまやそんな音のみ。
——そんな不気味な街中を、私たちは、目的地に向けて着実に進んでいった。




