第25話 受けた恩は、返さねばならぬよな
私は徐に屋根から跳ぶと、シュタッと軽やかにマナハスの隣に着地する。
そして、マナハスに手を差し出す。
「さ、次はあんたの番ね」
「分かった。失敗するなよ」
そうして、マナハスもお姫様抱っこする。
「ほら、もっとしっかりひっついて」
「う、分かったよ。こうか?」
「もっと、密着して。私と一体になるつもりで」
「なんだそれ……これでいいだろ」
「ふむ……なんかこれ邪魔いな、外してくれない?」
「それは私の胸だ!」
「片方だけでもいいからさ」
「無茶言うなっ」
「仕方ないな……」
——茶番はそれくらいにしときなさいよ。失敗するわよ。
まさか、それくらいで失敗しないって。まったく、それじゃ行きますよっと。
さっきと同じ要領でジャンプする。——跳んだ瞬間、マナハスの髪がさっと私の鼻先をくすぐる。
「あふっ——あ、やべ」
髪に気を取られていたら、着地にミスった。バランスを崩して後ろに倒れそうになる。
マナハスが慌てる。
「ちょっ、おまっ、ばかっ! 落ちるっ!」
「フンっ!」
私は抱えていたマナハスを、屋根の方に投げ降ろす。ふわりと浮いたマナハスは、ちゃんと屋根に着地した。
投げた反動で、私はさらに後ろにバランスを崩す。もはや立て直しは不可能。そのまま後ろに倒れて行く。
落ちる直前に、マナハスの顔が見える。
私は無言で敬礼しながら落ちていった。
「オイィィぃぃ!!」
マナハスの叫びをバックに、私は地面に吸い込まれていき——途中で回転して足から地面に着地した。
「ふう」
まあ、これくらいの高さなら、落ちたところで問題ない。頭から落ちても多分無事だろう。HPが私を守るだろうから。
上を見上げると、マナハスが怒ったような呆れたような顔をしてこちらを見ていた。しかし、その顔がすぐに険しくなる。
「おい、来てるぞ! ヤツらだ! しかも二体! 挟まれるぞっ!」
私は瞬時に刀を呼び出して構える。すぐに刀が発光して放電する。
前後からヤツらがくる。距離は……手前の方が近いか。
そう判断した瞬間、私は一歩踏み込んで、手前の相手に真一文字に刀を振る。間合いは完璧で、刀のリーチいっぱいのところで相手の頭に命中、相手はその場に停止する。
私はすぐさま反転して、今度は後ろに向かって突きを放つ。そちらを見ずとも足音で正確に間合いは測られており、突き出した切先がちょうど喉にぶち当たって、相手はこれまた停止した。
二体の襲撃者はその場に崩れ落ち、そして動かなくなった。
「ふっ、他愛なし」
などと決めゼリフなど言ってみる。
「なーにが他愛なし、じゃアホっ。屋根から転げ落ちよったクセに」
マナハスはそう言いつつも、明らかにホッとした様子だった。
私はぴょんぴょんと二階の屋根まで飛び上がって戻る。
「ごめんごめん、なんか失敗しちゃった」
「まったく、気をつけろよな」
「大丈夫でしたかっ? お怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとね、藤川さん」
さて、三人とも屋根に登ったことで、ようやく落ち着いて周りを見ることが出来た。
……うん、なんかもう、かなりゾンビが蔓延してないか? あちこちにそれっぽいのがいるんですけど。
そこで私はマップの存在を思い出した。そういやこれがあったわ。すっかり忘れてた。
マップを確認してみても、周囲には赤い点がいくつも存在していた。マップに映っている範囲には、満遍なく赤い点が広がっている。
「なんか、一夜にしてゾンビがここらを支配してない?」
「周りがもうゾンビだらけだな……」
「これ……ど、どうしましょう……」
「あ、おいアレ!」
そう声を上げたマナハスが指さした先を見る。
すると、そこには今まさにゾンビから逃げている人の姿が。どうやら、あの女性は普通の人間のようだが……。
「あっ!」
藤川さんが悲鳴のような声を上げる。私も思わず声を上げそうになった。
私が逃げている女性の方を見てすぐに、それは起こった。
進行方向の角にゾンビがいることに気が付かずに、彼女は道を曲がった——そして出会い頭にゾンビにぶつかる。彼女はそのままゾンビに襲われ、首筋に噛みつかれた。
「ぎぃやぁぁあッ!!」
悲鳴を上げる彼女にお構いなしに、ゾンビは食らいつき続ける。そのまま力を無くして倒れ込んだ彼女に覆い被さってなお、ゾンビは彼女を離さなかった。
やがで、それまでもがいていた彼女の四肢の動きが止まる。するとゾンビも、ようやく彼女の元を離れた。
てっきりグジュグジュと食われてしまったのかと思ったが、彼女は原型を保っていた。というか、負傷したのは最初の咬み傷のみだ。それも、噛みちぎられることもなく、ただ噛みつかれただけのような……。
すると、微動だにしなかった彼女が動き出した。ぎこちない動きで起き上がる。しかし、その顔色は青白く、まとう雰囲気はとてつもなく手遅れだった。
マジか……ものの数分とかからずにゾンビになっちまったぞ。早すぎる。インスタントゾンビか。これは、一晩でこれだけ増えるわ……。
見ると、隣の二人も仰天といった有り様だった。
口々に「嘘だろ……」とか、「まさか……」とか、「もうゾンビになったのか……?」とか言っている。
……しかし、これで分かったことが一つ。やはり、ゾンビに噛まれるとゾンビになる。それもすごい早さで。
それに、どうやらゾンビは人肉を食ったりはしないらしい。いや、これはまだ分からないが、少なくとも、さっきの一部始終では肉を食べる様子はなかった。
では、ゾンビが人間を襲う理由はなんなのだろう。やっぱり仲間を増やすためなのか……?
ショッキングな光景を見たことで、私たちはしばらく呆然としていた。しかしいつまでもこうして、屋根の上でボケっとしているわけにはいかない。
太陽の位置を見るに、どうやらすでに正午になりそうなところのようだ。大分、寝過ごしてしまったみたいだなぁ。
——まったく、昨日は徹夜するとかなんとか言ってたクセに、普通に途中で寝落ちしてんじゃない。
ぐっ、まるでいつ眠ったのかも覚えてないや。
——確認作業も、途中で終わってしまったわね。
それでも、いくつか分かったことはある。まだの部分は、また後で調べるしかなかろう。
今はとにかく、また急がなきゃいけないかもしれないからね。
私は二人に視線を移して、早急にやらなきゃいけない話し合いを始める。
「——さて、いつまでも呆けてはいられないよ。今後のことについて話し合わないと」
「あ、ああ、そうだな……。それで、どうする?」
「それなんだけど、藤川さん」
「は、はい。なんでしょう?」
「さっき私、家には他に誰も居なかったって、言ったよね」
「は、はい……っあ」
「そう、藤川さんのお母さんも居なかったんだよね」
「え、じゃあ、お母さんは」
「多分、どこかに出かけてるんじゃないかな」
「え、この状況でか……?」
「いつ出かけたかは分からないけど。でも、家には他に誰の姿もなかったし、車も無くなってるみたいだから、そうだと思う」
「そんな、一体どこに……?」
ちなみに、家には他に死体の類いも無かった。生きてる人はおらず、死体はあった……なんてことはない。
しかし実際、もしも一階に降りた時に誰かの死体とかあったら、なんで報告しようって感じだけど。
——それに比べたら、まだ居なくなってる方がマシね。
だけど、この状況で本当にどこ行ったんだろか。まあ、考えても仕方ない。分からないなら、直接本人に聞けばいい。
「とりあえず、電話してみてくれる?」
「あ、そうですよね! 電話すればよかったですね」
便利な文明の利器、スマホ。使わない手はない。
まあ、この状況だと、電話もいつまで繋がるか分からないですけど。ゾンビパニックのお約束なら、遠くないうちに電話もネットも通じなくなる。
実際、ゾンビが際限なく広がっていったら、その辺のインフラは止まらざるを得なくなるだろう。
そうなる前に、さて、どうするかね。
藤川さんは、スマホを取り出して確認する。
「お母さんから着信来てましたっ……!」
そう言って、彼女は折り返し電話をかける。
しばらくのコールの後、どうやら向こうが電話に出たようだ。
「あ、お母さん!? 今どこっ!? 無事なの?!」
それからしばらく、珍しく藤川さんが語気を荒げて何かを言い募っている。しかし、なかなかその会話は上手くいってないようだ。さて、どうしたのか?
電話の途中で話しかけるのもどうかと思ったけど、埒があかないので聞いてみた。
「あの、どうなってるの? 今どこって?」
「あっ、それがっ……」
しかし、そこで電話の向こうからまた何か言われたようだ。
「ちょっ、お母さん!? ちょっと、待って——」
どうやら電話は、そこで切られてしまったらしい。
「そんな……こんなのって……」
「あのー、一体どうなったの……?」
恐る恐る聞いてみると、藤川さんは泣きそうな顔で私に語りかけてきた。
「お母さん、今、スーパーに居るって……」
「それって、昨日行ったとこ?」
藤川さんは力なく頷く。そして、消え入りそうな声で続きを話す。
「買い物しに行って店内に入ったら、なんかおかしな人たちが居て、それで襲われそうになって、それで……」
ゾンビのことだよね。それで……?
「それで逃げて、今はスーパーの、バックヤードみたいなところに立てこもってるって……」
「ということは、まだ無事なんだよね? 怪我は? 噛まれたりとかは……」
「それは、分かりません……。詳しく話してくれなくて……」
とりあえず、居場所は分かった。なら後はとっとと——
「それで、お母さん、私に逃げろって。お母さんのことはいいから、逃げなさいって。お父さんに連絡して、二人で逃げてって……」
ん、それは……。
というか、お父さんか。そっちも今どうなっているのやら。
うーん、ちょっとこれは、どこから手をつけたものか。
「火神さん……どうしましょう……? 私、どうすればいいですか……? このままじゃ、お母さんが……っ!」
「落ち着いて、藤川さん。場所が分かったなら、助けに行けばいいだけだよ」
「……っえ? で、でも、こんな状況ですよ……?」
「大丈夫。私たちなら何とかなる」
「っでも! 関係ない私の親のために、そんな危険なこと……」
「関係なくはないよ。一泊させて貰ったし、晩ご飯もご馳走になったし、お風呂も入らせて貰ったし……つまりは、一宿一飯、プラスお風呂の恩義ってことだね」
「……そこは別に、一宿に風呂も入ってんじゃないの?」
律儀にマナハスがツッコんでくる。
「本当にいいんですか……? 私とお母さんのために、火神さんに頼っても」
「もちろん、見過ごせるわけないよ。……マナハスもいいよね? ついて来てもらうことになると思うけど」
「私も世話になったし、もちろんいいよ。まあ、私がついて行ったとして、何が出来るとも思えないけど」
「マナハスはついてくるだけで偉いよ」
「犬かなんかみたいに言わんでくれ」
マナハスがそばに居てくれないと、私は常にマナハスのことを頭の隅で考えていないといけなくなりそうなので、視界に入っていてくれれば、それだけで助かる。
「じゃあ、今すぐにでも出発したいところだけど……こんな時こそ、しっかり準備をするべきだと思う。ごめんね、藤川さん。すぐに助けに行きたいだろうけど」
「いえ……焦って行動して火神さん達に何かあったら、申し訳ないですので……」
「まあ、準備はしておくべきだよな。しかし、どんな準備をするべきなのかねぇ?」
「それなんだけど、私から二人にプレゼントがあります」
「え、プレゼント? 今? ここで……?」
そうだよ〜。この状況にピッタリのプレゼントさ〜。




