第一部 エピローグ 〜大宴会だよ、全員集合!〜
——なるほど……すごいな、本当にここが、〈鏡の家〉とかいう異空間の中なのか。
「どっしぇ〜〜!!? これがホントに鏡の中なのぉ〜? すっごぉ〜〜!!?」
とあるショッピングモールで、火神雷火という極めて特異な使い手と接触してから、ちょうど丸二日ほど経とうかという今、現在。
その火神雷火の取り計らいにより、この身はとある〈特殊な空間〉へと誘われる運びとなった。
「すごいすっごぉ〜い! さっすがライカお姉さま! 広いし! 豪華だし! ほんと、しゅごすぎぃ〜……!」
そう……火神雷火の用意した、大きな鏡に入り込んでやってきた先には、広大な空間が広がっていた。
「んふふ……まじで、やばぁ。——ねぇ、ミコちもそー思うよね?!」
「そりゃあ……思わない——わけがないって」
「あは! だよね〜!」
それにしても……危なかったな。
なんだか知らんが……あやうく、『時間凍結部屋』だとかなんとかいう、恐ろしい場所に送られるところだった……。
「——てかさー、ルナの友達になってなかったら、ミコちも他の人たちと一緒に……なんか、別んとこ? いくところだったんよね? じゃあ、ここにこられたのも、ルナのおかげってことー? じゃな〜い?」
「もちろん——その通りだよ。だからとーぜん、ルナちにはめっちゃ感謝してっからね」
「んふふ、いーのいーの! ミコちはもうルナの親友だからね!」
「……うん——ありがと」
まったく、相変わらず調子のいいヤツだな、コイツは……。
——まあでも、事実として、コイツと仲良くなっていなかったら、この身もその他大勢と同じく、どこぞの部屋の中で時間を止めて放置させられるところだったらしいし……。
コイツと仲良くなっておいた過去の自分の選択は、間違っていないどころか大正解だったわけだ。
「まあでもー、それもこれも、みんなを助けるために必要なことなんでしょ〜? やっぱ、さすがライカお姉さま♡ だよね〜!」
「まあ——確かに、そうらしいねー……」
言われてみれば——なるほど、よく考えたものだと思う。
実際のところ——正確な数を把握できないほどに——大量の生存者を無事に匿う方法など……いかな使い手といえども、そうそうあるものではないからな。
こうなると俄然、詳しい話を聞いてみたいところなのだが……いかんせん、今の火神雷火に不用意に近づき過ぎるのは危険だ。
事ここに至っては——目立たず、静かに、大人しく……コイツに引っ付いてきただけの、ただのオマケの一般人を演じておくに限る。
「だってふつーに、ルナならゼッタイむりだし〜。しょーじき、あのショッピングモールにいた人たちだけでも——これからどーしよ? ってカンジだったのにー。それを、みんなまとめて——それも、こんなにすっごいチカラで一気に助けちゃうだなんて……ライカお姉さまったら、ほんとにやばすごすぎて最高♡」
「……」
……ホントに能天気なヤツだな、コイツは。
同じ使い手とはいえ、それだけの実力差があったなら、もはや相手に生殺与奪の権を握られているも同然なんだが……。
しかし、これだけ心酔していればむしろ、それも頼もしいとしか感じないものなのか……。
確かに、ここまで強大な実力を持つ者が味方だとするのならば、もはやこれ以上ないほど頼りになる存在になるという意見には、自分としても同意するしかない。
いや、それにしても、だ……
まさか、ほんの数日——というか、たった二日ばかり目を離しただけだというのに……本当に、その間に一体どれだけ急成長しているというのだ、アイツは……っ!?
——もうすでに、『刀使』と『炎使』と『雷使』と『鏡使』の四つすべてが最終段階にまで到達しているどころか、最終奥義たる秘技すら会得して習熟完了している、だと……っ!?
——一体何をしたら、そんなバカげた急成長をすることが可能なのか……というのは、まあそりゃ、〈領域〉と〈異界〉をまとめて一気に攻略したというのならば、むしろそうなって当然だろうと逆に納得する他ないくらいではあるが。
——それにしても、領域はおろか、もう異界すら攻略しただと……? そんなの、どう考えても最速記録だろう。
——まだ終末が始まってから、一週間も経っていないんだぞ? この『情報屋』の持つ能力で、間違いないとしっかり確かめておいてもなお、「いやいや、嘘だろ、ありえん」という感想しか浮かばん……。
ともかく……もはや下手に突けば蛇どころか龍が出てきてもおかしくないような相手だ。警戒して大人しくしておくに越したことはない。
「てかぁ……ルナたちがここに集められたのって、なんでなんだったっけ〜?」
「え——忘れたの?」
まあ、火神雷火のヤバさについては……この〈鏡の家〉とかいう異空間の完成度一つを取ってみても……その実力というか、すでに到達している技量の凄まじさを容易く推量できるというものなのだけれど。
……いやホント、サラッと出してきたが、とんでもない代物だぞ、コレは……。
チラッと探ってみただけでも分かる完成度の高さには、いよいよもってヤツに対して畏怖の念すらを抱きそうになるのと同時に、今の自身の力不足が悔やまれる……。
——〈領域〉や〈異界〉の閉鎖性と、我が身に宿す『情報屋』の権能は、いささか以上に相性が悪い……。おかげで、肝心のところを観測しそこねてしまった。
とはいえ——この〈鏡の家〉そのものについては、ともかく——異空間というものに対して共通する仕様に関する知識を仕入れた上で観察してみるだけでも、この〈鏡の家〉の異常性ないしは完成度の高さというものが分かろうというものだ。
「いや、忘れたとゆーか……なんか、よく聞いてなかったとゆーか……ノリで聞き流してた——ってゆーか……?」
「……まあ——だから、親睦会ってやつなんだと思うよ、たぶんね」
なにせ、この〈鏡の家〉は……異空間であるはずなのに、まるっきり地球上にいるのと変わらない環境になっている。……これがまず、普通におかしい。
なぜなら……異空間というものは——そもそも作ること自体が難しいのだが、それでも作るだけなら、まだ出来ないことはないとして……だとしても——ただ作っただけでは、こうはならない。
まあ、普通に考えたら、それは当たり前の話なのだが——
異空間とは、何もないところ(——というよりも、現実空間とは位相の異なる次元とでもいうべき、どこか)に、一から作られた空間のことなので……仮に、空間を作ることに成功したとしても、本来ならそこには何も存在しないのである。空間そのもの以外は、本当に何も。
——そんな状態を指して、感覚的にもっとも近いものがあるとするなら、それこそ「宇宙空間」だろうか。
そう……作りたての異空間は、宇宙空間なみに何もない。
——光も、熱も、空気も、重力も……そこには存在していない。
——真っ暗な、極寒の、息も吸えない、無重力空間……。
当然、そんな場所では、一般人はもちろん、我々使い手ですら生存は不可能だ。
「しんぼくかい? ってゆーと?」
「だから——そう、お互いにみんな初対面みたいな人もいるから、この場で一斉に自己紹介しておきましょーねって……まあ、そんなところなんじゃない?」
しかし、この〈鏡の家〉は……もはや何の違和感も抱かないくらいに、地球上の環境が完璧に再現されている。
これは、おそらく……ひとえに、当の火神雷火がこの〈鏡の家〉を作成するのに使用したのであろう、『鏡使』という〈天恵〉が持つ特性の一つである「コピー」というものを、上手く活用した結果なのであろうと推測する。
実際のところ、一人の人間が一から異空間を作り、そこに自力で地球と同じ環境を構築してみせることなど……不可能と断じてよい。——それが出来たら、それはもはや神の所業だ。いわんや、人の子の手には余る領域の御技なのである。
だが……すでにあるもの——すなわち、現実にある地球の環境という、それそのもの——を、そっくりそのままコピーして再現するくらいなら……まあ、なんとかやってやれないことはない、ということなのだろう。
いや、それにしたって……本来ならば、たかだか昨日今日に、そのための力を手に入れたばかりのヤツがやってのけることなど出来ないはずなのだが……。
「なーるほど! そーゆうカンジなんだ」
「そうそう——でも、まあ……どうせ今回の主役はルナちみたいなプレイヤーで、こっちはオマケみたいなものなんだろーけど、ね……」
なればこそ……いよいよもって、火神雷火が手に入れたという〈攻略本〉とかいう——コレの存在についても、俄然、信憑性が出てくるというものだった。
——この〈攻略本〉なる存在については、こちらもまだ噂程度にしか、その内実についてを掴めていないのであるが……。
それにしても、〈攻略本〉——か……そりゃあ確かに、「未来の情報が記された記録媒体」を指して何と呼ぶかと言われたら、それであながち間違ってはいないのかもしれないが。
この〈攻略本〉の内容については……ぶっちゃけ、すごく気になる。
出来ることならば、すぐにでもコイツの中身を洗いざらい暴き尽くしてやりたいところなのだが……。
今となってはもう、そんなことをしようものなら——それはもはや、火神雷火にこの身の正体がバレるリスクを増やすだけの……ただの愚行でしかないと断ずる他にない。
——ヤツの『鏡使』がR5になってしまっている以上は、楽観視などできようもない……。
ここは断腸の思いで、我慢するしかないだろう……。
「じゃあじゃあ、他の人たちともいっぱいアイサツ? とかしたほーがいいってコト?」
「そーだね——とりあえず、お互いに名前と顔を覚えるくらいはしておくべきだろーね」
「おー、りょーかい!」
言うが早いか、我が親友どのは、この立食パーティー会場——確か、〈鏡の家〉の中でも〈宴会場〉と呼ばれているエリアだとのことだった——の内部に向かって、勢いよく繰り出していく。
——とはいえ、どうも今はまだ、実際にその「親睦会」だか「大宴会」だかいうのが実際に始まる前の、おそらくは待ち時間であるような気がするのだが……まあ、いいか。
置いていかれないよう、この身も彼女の後ろに続き——なるべく目立たないように気配を消しつつも——彼女が挨拶していく相手をこっそり観察していく。
「どーもー、ルナはルナっていいまーす! あ、こっちは相棒のヴェルちゃん! よろしく!」
「あ、はい、よろしくお願いします。ルナさん、ですか。——あらあら、可愛いワンちゃんですね?」
「でしょー? 自慢の相棒だし、家族の一員だよ!」
「ほんとだ、可愛いワンちゃんだね。ん、でも……どうやら、ただのワンちゃんじゃないみたいだね?」
「あ、分かるー? そーそー、ヴェルちゃんは、ルナの最強の僕だからね! あ、でも、昨日捕まえたデッカいクジラの方が強いカモ……? ——や、でもアイツ、ルナの言うコトほぼ聞かんしな〜」
常盤冴と、幽ヶ屋霊子……使い手は幽ヶ屋霊子の方だけ、か。
ふむ……常盤冴の方はともかく、幽ヶ屋霊子の方は——いや、やめておこう。
あの犬を見て、一目で只者(犬)ではないと見抜いた眼力……どうにも嫌な予感がする。ここは慎重になるべきだ。
「……ワンワン!」
「おお、よしよし」
「ワンちゃん、いいよねぇ」
なんだろう……気のせいか、ヴェル公がこっちを見てきた気がする。
やれやれ……動物は元から苦手だが、どうもコイツに関しては、それに輪をかけて苦手だ。
どうにもあの、人様を疑っているかのような目——ないしは態度が、やたらと鼻につく。つまりは、気に食わん。
まったく、犬畜生の分際で——
「……ウウウッ、ワンっ! ワンワン!!」
「あらら、どうどう」
「ちょっと触りすぎちゃった? かな? ごめんごめん」
チッ、くそ、何吠えてんだオイ……!
——まさか、こちらの考えが伝わったわけでもあるまいに……?
主人を守る忠犬気取りか? けっ、忌々しい……これだから、人に飼われている畜生ってやつは、下僕根性が染み付いてやが——「ワンワンワンッ!」
っ、ああもう、やたらと吠えるな!
おい、こら……こっちは別に、お前のご主人様に危害を加えようってんじゃないんだ、むしろ——有効利用させてもらうためにも——出来る限りの協力は惜しまないつもりなんだぞ……っ!
分かったら落ち着け、忠犬、いい子だから……!
「——グルルゥ……わふ……くぅん」
「お——落ち着いたみたいね」
「吠えててもカワイイんだけれどね」
ふぅ……ようやく静まったか。
——危ない危ない……あやうく騒ぎになって、変に目立ってしまうところだった。
犬畜生と思って、少しばかり侮り過ぎたな——今度からは、もっと慎重に接しておくようにしよう。
さて、注目を集める前に、さっさと次に行くぞ。
「おっ! ——なんて素敵なおねーさん……! どーも! ルナです! よろしくお願いしま〜す!」
「ああ、よろしく。私は南雲——南雲翠子だ。……そっちのワンちゃんもな、よろしく」
「……くぅん。ハッハッ」
……ああ、同感だな、ヴェル公。
お前ほど鋭くなくても、一目で分かる。
この人は——強い。使い手だとか、そういうのは関係ない。そういう強さを持つ人だ。きっと。
味方である時はまさに、これ以上なく頼もしい存在になることだろう。しかし、ひとたび彼女を敵に回そうものなら……きっと、これ以上ないほどに痛烈な恐怖を味わうことになる。
犬畜生ですら初見でひれ伏す圧倒的な武威……決して侮れるものではない。
触らぬ神に祟りなし……今はただ、味方で良かったと思っておくことにしよう。
さあ、次だ次。
「あら、アナタ……アナタもプレイヤーなの?」
「あ、はい、そーです。じゃあ、おねーさんも?」
「ええ、そうよ。よろしくね。アタシは凛梨子。大道寺リリコよ。リリコお姉さんと呼んでいいわよ!」
「リリコ——お姉さん! ルナはルナっていいます! こっちはヴェルちゃん! よろしく〜! です!」
「あらかわいい! ルナちゃんに、ワンちゃん——ヴェルちゃんね。ええ、よろしく!」
ふぅ……なんだか、さっきの南雲何某氏の後だと、この騒がしさがかえって落ち着くな。
なんというか、この二人はどうにも、似たもの同士な雰囲気を感じさせる組み合わせだ。
我が親友どのも、すでにかなり気を許しているようだし……相手も満更でもなさそうだ。
うん、まあ、仲が良いのはいいことだ。周りはほぼ年上ばかりなのだし、気が合いそうな相手は一人でも多い方がいいだろう。
——いやはや、まったく……これでは完全に保護者か何かの思考だな……。
そういえば、火神雷火に連なる使い手の中には、我々と同年代の者が他にもいるんだったか……。
実際のところ、彼女については……自分としても興味がある。
では、次だ。
「……お、ホントだ。ルナたちと同い年くらいの子がいる」
「うん——あの子が……」
「びゅーん——っと。ハイッ、とうちゃーく! どもども、ルナでーす!」
「……どうも」
「……(ぺこり)」
「こっちはヴェルちゃん!」
「ワン! ワン!」
「……ワンちゃん、かわいい……」
「……(こくこく)」
「あなたたち、お名前は? なんてーの?」
「……わたしは、マユリ。越前万響璃」
「……(あたふた)」
「……そして、こっちはマドカ」
「おっけー。マユりんと、マドマドね。よろしく〜!」
「……よろしく」
「……(ぺこくり)」
「うんうん、よろ〜! ——あ、ミコちもアイサツする?」
「そだね——えと、ミコトです。よろしくね、マユりん、マドマド。……って、そう呼んでも、よさげ?」
「……うん。ぜんぜん、いいよ。……じゃあ、わたしも、ミコち——って、呼ぶね……?」
「あ、うん——どうぞどーぞ」
「……d(^_^o)」
「ん……マドカ——マドマドもいいって」
ほぉーぅ……どーにもシンパシーを感じる二人だ。
特に、彼女——マユりん——に関しては……自分でも珍しいと思うほどに、すでにかなり強い親近感を覚えている。
——もう一人の彼女は、そもそも使い手ではなく使い魔だからな……まあ、だからといって、特に何か態度を変えるつもりはないが。犬畜生とは違い、彼女は知性ある人間なのだから。
「ワンワン!」
うるさいぞヴェル公。
……まあ、今回ばかりは、お前のご主人様に感謝してやってもいい。
自分で言うのもなんだが……他人との距離をつめることに関しては、苦手だという自覚はあるのだ、こちとら。
だからこそ、我が親友どののように、初対面からああして一気に——それこそ、あんな風にあだ名をつけたりなどして——マブダチみたいな雰囲気を出していける無神経さ……もとい、コミュ強的な人種における典型的な肩寄せムーブについては、あれはまさに、天才を自負する自身が持ち得ない類いの才能の一種なのだと素直に認めているところだ。
別に、決して口下手ではないのだが——どころかむしろ、そちらの方も極めて達者だと自負しているくらいなのだが……いや、あるいはだからこそ、か。特に同年代が相手だと、どうにも空回ってしまうのだ。
「——んー、やっぱさ〜、ルナたちくらいの歳だとさー、どーしてもさー、なかなか大人たちには認めてもらえないってゆーか〜。でもでも、ライカお姉さまは、ルナの実力をちゃんと認めてくれてるの! さっすが! だよね〜、ほんと、見る目あるぅ〜」
「……カガミおねえさんは、確かにすごい……色々と。……それこそ、わたしが今の力を得ることができたのも、そのカガミおねえさんが口添えしてくれたおかげだから」
「くちぞえ? ってことは、ライカお姉さまのおかげってこと? え、そーなん? マユりんがプレイヤーになったのって、お姉さまがかんけーしてたんだ?」
「うん、そう」
「じゃあマユりんって、それだけお姉さまに……期待されてる——ってコト?!」
「……そうだと、いいけれど」
「えーじゃあっ、おんなじ期待されてるどーしじゃん、ルナたち! じゃあさ、これからもいっぱい活躍して、お姉さまにいっしょに褒めてもらお!」
「う、うん……よろしくね」
だが、彼女は……彼女となら、対等な話が出来そうな——そんな、予感がする。
……惜しむらくは、自身の正体を隠したままでは、当たり障りのない話しか出来ないだろうということだろうか。
今だって——我が親友どのには悪いが……きっとキミなんかより、この自身の方が断然彼女と波長が合うし、よっぽど上手く手を取り合うことができるはずなのにな……と、そう思わずにはいられない。
……いつか——一体いつになるのやら、まるで見当もつかないし、それこそ、遥か先の話になるかもしれないが——いつの日か、この二人に正体を明かして、同じ使い手として肩を並べられる時が来たとしたら…………。
……なんて、柄にもないことを少しだけ考えてしまうくらいには……ちょっとだけ、楽しくなっているらしい。
新しい友達ができる——ということに……。
「——よし、じゃあせっかくだから、このままみんなそろって、ちょっとお姉さまのところに行っちゃおーよ!」
「……うん、いいよ」
ぐっ、行くのか、火神雷火のところに……。
——気配を消すためにも、そっちには視線すら向けないようにと、こちとらずっと気をつけているってのに……。
……まあ、仕方がない、最大級に気配を消しておこう……。
——エマノンとして、通信上では昨日、すでに軽く話しはしたが……彼女と直接顔をつき合わせるのは、件のショッピングモール以来か……いやまあ、あの時はほとんど接触することも無かったが。
大丈夫……今のこの身はプレイヤーではなく一般人、能力者の友達だからという理由で、お情けで特別扱いされてここにいるだけの、ただの子供だ……。
そう意気込むこちらとは裏腹に、我々を引き連れてズンズン進んでいく我が親友どのは、子供らしく元気よく——なぜか二人して、会場の隅の方にてひっそりと佇んでいた——火神雷火と、もう一人の人物が寄り添うようにいる、そのテーブルに近寄っていった。
……のだが。
「——はいカガミン、あーん……」
「あ、あーん……」
「ふふ、美味しい?」
「……ん、すごく美味しい」
「えへへ、良かった。実はこれ、私が作ったやつなんだよね」
「んむ、どうりで……美味しいだけじゃなくて、やけに体に活力が漲るわけだ」
「んもぅ、カガミンったら……まだまだたくさんあるからね」
「ええぇ〜……えへへ、そんなに食べたら太っちゃうよ〜」
「いいのいいの、ちょっとくらいは。なんせカガミンって、むしろスタイル良すぎるくらいだしー……まあ、そんなところも素敵だと思うけれど……っ。んん——で、でも、ちょっと痩せ過ぎなくらいじゃない? ——その、私に比べたら……」
「ええ? そーかなー? 私はだんぜん、今のマナハスくらいが好きだけどなぁ……。——だってそれくらいの方が、断然良いからね、主に夜の抱き心地(意味深)が」
「も、もう! カガミンったら……!」
「でもまあ、私もマナハスの作った料理なら、もういくらでも食べられちゃうしー……したらもう、スタイル変わっちゃうかもね」
「……変わりたくない?」
「いいや——マナハスの手で、マナハス好みに変えてくれたら……嬉しいな」
「っ!! カガミン……っ!」
「マナハスっ……!」
…………???
「…………わーお」
「…………これはダメ。戻ろう」
「…………(〃ω〃)」
…………え、なにこの二人、なんでこんなにイチャイチャしてんの……??
い、いやいや……思わず回れ右して帰っちゃうレベルでピンクな雰囲気なんだが??
なんて思いながら——正直、気もそぞろに——フラフラと徘徊していたら、まるでピンクで連想したから引き寄せられたかのように……次に我々は、その人物たちの元に辿り着いていた。
「……おーい、さッきからずッと、そンなしてガン見してッくらいならさァ、自分も行ったらいーだろ、あッこに」
「……まさか、そんなこと……出来ませんよ。私ごときが、今のお二人の邪魔をするなんて、とてもとても……」
「ふーン、あッそ……ンなら試しに、アタシが割り込ンでみッかなー」
「はぁ? 何を言っているんですか、チアキさん……アナタ、本気ですか?」
「ハハッ、まさか、ジョーダンだよ——と、言いてェが……それ、アタシが本気だッて言ッたら、オタクは一体どーすッ気なンよ? なァ、透ちゃんよ」
「……させません。お二人の仲は、何人たりとも邪魔させません……!」
「へぇぇ……できッかなァ? はたしてアンタに、このアタシを止めることがさァ〜??」
「……たとえ、この命に代えても——必ず……!」
「……ほぉぅ、いい眼してンじゃん。ま、動機はよく分かンねェが……。——少なくとも、ただのライカの金魚のフンとは違ェみてぇだな」
「……チアキさん? 覚悟は出来ましたか?」
「ふふっ——いやいや……降参、こうさーん。わりわり、ジョーダンだって、トォルちゃん。ンな心配せンでも、だれもあんなン邪魔しねェから、安心しな」
「……あんなん? ですかぁ……??」
「あ、いや……スマン、口が滑ッたわ」
「…………気をつけることですね、チアキさん。口は災いの元ですよ」
「お、おう……」
これは、おそらくだが……珍しい光景なんだろうな。
ピンク髪のヤンキーが、本来は大人しそうな少女の発する圧に押されている……。
さすがにさっきのところほどではないが、こっちもこっちでわりと近寄りがたい雰囲気だった——ので、我々は無言で再び回れ右して、その場を立ち去る……。
そして……
「——〜〜♪ 〜〜〜……♪」
「おや、素敵な曲ですね、マスター。それは一体、何という名前の曲なのですか?」
「……さて、な」
「……? さてな? という曲名なのですか?」
「……」
——あれは……なんだったかな、古い曲だけれど、聴いたことはある。タイトルは忘れたが、印象的なサビのフレーズは思い浮かぶんだが。
「……『想い出がいっぱい』」
……そうだったっけ?
マユりんがふとこぼした一言に、しかして自分でも正解を確信できず、疑問は残るままにして。
そこで我々は——会場の隅で黄昏つつも何やらハミングを口ずさんでいた片方に、話しかけるやたらと無機質で機械的な印象を与えるもう片方という、そろって常人の枠を超えてそうな雰囲気を放つ二人組に近寄っていく……ことはなく、むしろ大回りして、迅速にその場を離れていった。
一目で分かる——というか、一目として見られない、もはや視線を向けるのもはばかられる……あれはそういう手合いだ。
——火神雷火め……イチャコラしている場合じゃねーだろ! なんだあの黒ずくめは……あんなヤバそうなヤツを放置するんじゃないよ、もう、バカ!
間に知り合いを挟んでいたとしても近寄りがたいだろうに、いわんや、自分たちだけで初対面の挨拶なんて……絶対に御免被る。
「——ま、とりあえず……ルナたちも大人しく待ってるとしよーか?」
「……だね——その方がよさげ」
「……うん、そうだね」
「……(こくこく)」
こうして我々は——見かねた火神雷火のご両親が、予定の時刻になっても開始の段取りを始めることなく、ひたすらイチャコラしていた娘に喝を入れたところで、ようやく——親睦会が正式に始まるまで、ひと塊りになって大人しく待機していた。
そしていざ、親睦会をかねた立食会である大宴会が、ちゃんと始まってからは——さすがに、というか——つつがなく……文字通り、お互いに親睦を深め合う機会として、この場は機能することとなった。
それにより、この場に集まった面々は、お互いに最低限の自己紹介やらを済ませることで、お互いの存在を——これから共に過ごす仲間として——認識するにいたった。
聞くところによれば……元々、今回のこの場は、火神雷火たちが当初の大きな目標の一つとしていた、自分に近しい人々を助けるという目的を無事に達成したことを祝うのを主目的として、ちょうど区切りとしてもこれはいい頃合いだというのもあり、であればこれまでの慰労も兼ねて、あとは初対面の者たちの初顔合わせの場としても最適だということもあり、となればせっかくであるし、いっそ盛大に大宴会と洒落込むのも良いのではないか——という意思のもと用意されたのが、今回のこの場である……ということらしかった。
なるほど……となれば今この場にいるのは、そのほとんどが皆、火神雷火が助けた人たちや、それらと関係する人たちだということになるのであろう。
その辺りのことを軽く説明するような、火神雷火が自ら音頭を取った始まりの挨拶もそこそこに……
最後に彼女が言った「本日は無礼講」の言葉を体現するかのように、それからは各自が自由に、豪華な料理が——これまた豪華なテーブルに——山と並べられたこの立食会場の中を、好きに回って、食べて飲んで、喋って笑って楽しんでいく。
一応、始まりの挨拶に際しては、火神雷火の口から多少なりとも、今後の方針についての話なんかも出ており、その辺りについては改めて、この場の皆に周知されることになっていたようだが……まあ、これが関係してくるのは、あくまで使い手である一部の者たちだけであろう。
——事実、大抵の事情がよく分からない一般人は、適当に聞き流しているようだった。
もちろん、一般人に偽装しているだけの自身としては、細部まで聞き漏らさないようにその話をしっかりと聞いていたが。
さて……本来は自分も、この場を使って火神雷火の陣営に所属するメンバーについてを、しっかりと見極めたいと思っていたところだった。
以前にこちらから行った通信においても、軽くそのことには触れていたが——ただの一般人として、向こうには気づかれないように、彼女の作る拠点にこっそり住まわせてもらうというだけではなく——『情報屋』エマノンとして、これから彼女たちとは大いに協力関係を築いていきたいと思っているところなので、まずはなにより、同じクランに携わることになる相手のことをよく知ることは必要だった。
そう……Lv25を超える使い手にとって、〝クラン〟とは二つの意味を持つ。
それすなわち、勢力と同盟。
この二つは、ほとんど同じことを意味しているともいえるが、そこに含まれるニュアンスが、それぞれ微妙に異なる。
勢力としてのクランは、より大きなくくりでの使い手たちの集まりを指す。
それに対して、同盟としてのクランは、使い手に共通するシステムである「同盟契約」を交わしている集団のことを指して、そう呼ぶ。
——元々、使い手には協調契約や従属契約といった、いくつかの形態の契約があるのだが……同盟契約もまた、その内の一つだといえる。
一定以上の規模の使い手の集団となるに当たっては、実際問題として、同盟契約は必要不可欠な要素といえる。
多数の使い手を束ね、従え、まとめ上げる……そのために必要なルールを規定し、同盟に参加者する使い手に、それを確実に守らせることができる。同盟契約とは、そういうものだ。
忘れもしない、先日に火神雷火と通信を繋いだ、あの時——
火神雷火は、自分がこれから作るつもりの「とある同盟」について——このエマノンにも、その立ち上げに加わってほしいとの打診を持ちかけてきた。
確かに……その時点ですでに、彼女は同盟を作成するための条件をすべて満たしてはいたのだが……だとしても、現時点でその辺りの話をするのは、さすがにあまりにも時期尚早だと思ったので、その時その場での返答は見送ってしまった。
この件については、こちらとしても、なるべく早いうちに結論を出したいと思っていたところではあるが——色々と準備も必要であるし——さすがにまだ、その時ではない。
とは、いえ……そう遠くない内に——結局のところ、断ることなく——その話に乗るであろうということは、自分でもすでに分かっている。
それくらい、彼女の提案はこちらにとっても魅力的な話だった。
問題があるとすれば……この共同事業については、彼女の方にその主導権があるということと、このエマノンを誘う意図の中に、裏の思惑などが含まれていないかということだった。
破格の性能を誇る、この『情報屋』の力を——その身柄ごと確保したいと思う不埒な輩など、今後は掃いて捨てるほど現れるだろう……と、とうに確信し、はなから覚悟している身の上としては、いくら警戒しても、やり過ぎるということはない。
……だが、それもどうやら、ただの杞憂に終わりそうだ。
うん、まあ……なんというか、ね……
さっきの、あの様子を見る限りでは……あまりにもバカらしくなってしまって、もはや警戒する気にもならんというか。
なんなら、むしろ……別の意味で心配になってくるくらいなのだが。
あのデレデレと腑抜けた態度が、今後も長く続くようなら……始まる前から付き合い方を考える必要がありそうだからな……。
だからおい、火神雷火よ。
どうかこのエマノンに、お前のことを信じても大丈夫だと思わせるような態度に——とっとと持ち直してくれよ……。
というか、本当に……
一体なにがあったらそんなに——やれ、イチャコラ、イチャコラ、デレデレ、デレデレと……——甘ったるい雰囲気を醸し出すようになるっていうのかね……?
——会が始まる前から相当なものだったが、一応しゃんとしてたのは挨拶の時くらいで、その後は再び二人きりで隅にいってイチャコラを再開しやがったからな……。
いやほんと、アンタら二人に何があったんだ? 前からこうだったっけか? まだ知らなかっただけで、元からこんなだった——?
——いやまあ、初めて会った時点ですでに、あのイカれた「光剣使い」と真っ向からやり合うくらいには、お互いに大事な相手なんだというのは、見ているだけでも伝わってきてはいたが……
それにしても……だろうよ?
なんだかもはや、ただの友達とかではないような気さえするくらいに——いやまあ、仲がいいのは、いいことだけれど……。
その二人のイチャコラは、実際のところ、目のやり場に困る有様だったけれども……
しかし、少しだけ……
こんな世界になってもなお、それだけお互いを想い会える相手がいるという二人に対して、羨ましいと思う気持ちが存在するというのを否定しがたい自分がいるのもまた……偽りのない真実なのだった。




