第248話 はい終わり終わりー、撤収撤収〜〜!
さて、それじゃ……全員揃ったし、立食会を始めるとするかね。
私は、〈鏡の家〉の中の『宴会場』の中の、「立食会場」にて……この場に集まっているみんなと一緒に、「好きに取って食べてね」な“お食事会”を開始した。
妖精ちゃんが張り切ってたくさん作ってくれた様々な料理の数々を、いくつもあるテーブルへと次々に配膳していく分身の“私”を尻目に……本体の私は悠々と「さあみんな、好きに食べてね」なんて周りに言いつつ、自分も料理をつまんでいく。
——いやぁ……なにはともあれ、両親や友達のみんなが無事で良かった……。
霊穴を擁する件の地下施設を掌握して、アニマとも合流したことで————この異世界の攻略は、ほぼほぼ達成できたといえる。
無事に終わったことにホッとするのもそこそこに、まだやるべきことがあるので、私は休まず次なる行動へと移っていた。
そう、それこそは、当初からの一番大切な目標であった、連れ去られた人たちの確保である。
というわけで、それからすぐに私は、収容場所に集められていた生存者たちを回収するために動き——『先導者』の能力をフルに使って——皆を一気に〈鏡の家〉に収容していった。
というか、それに関しては今もやってる。分身たちが。
まさに“先導”の能力のおかげで、もはやこれ以上ないくらいにスムーズに進めることが出来ているとはいえ……助ける数が数なので、さすがに時間がかかっている。
とはいえ、必要な“選別”はすでに終わったので、後のことは分身たちに任せて、本体の私はこうして一休みしているのだけれどね。
——私自身の“声”を手がかりにしてふるいにかけることで、ごく近しい知り合いのみを選別してここに招くことができた。
“選別”が上手くいったので……今この場には、私をよく知る人たちだけがいる。
肉親である父と母の二人を除けば、あとは学校の知り合い——クラスメイトや友達(そして、それらの親御さんたち)がほとんどを占めている。
彼ら彼女らだけを特別扱いしているのは……これはまあ、単純に私の知り合いだからというのが理由のすべてであり、特に他意はない。
そもそも……本来、このダンジョンで助けた人たちについては、全員そのまま、この〈鏡の家〉の中で過ごしてもらうつもりだった。
まあ、過ごしてもらうというか……一箇所に集めた上で、そこと“外”との「タイムシンク」を切ることで、実質的に時間を止めてしまうつもりだった。
まあ、ぶっちゃけそれ以外の方法がないもんで……途方もない数の人間を——長期間に渡って——無事に匿い養えるような、上手いやり方なんてのは。
実際のところ、今回の救助行にて一番の問題となるのは、まさにそこだった。
救助というのは、助けたらそれで終わりではない。むしろ、そこからが始まりなのだ。
いや……本来なら確かに、助ければそれで終わりで良かったのかもしれない。そう……帰る家のある平時の場合なら。
しかし、今は平和な平時ではなく、危険極まる終末である。帰る家が無事に残っているとも限らず、そもそも自宅が安全な場所だともいえない。
さらに、長期的な視点で見れば、先々の問題は無数に存在している。もはや行政もインフラも失われているというのに、代わりとばかりに怪物やゾンビが蔓延っているのだ。
そんな状況に、なんの力も持たない一般人を放り出したところで、はたしてどれだけの間、生き残ることが出来るのか……そんなことは、少し考えれば分かることだ。
——おそらく、ほとんどの人間が、すぐに死ぬことになる。
それなのに、彼らのその後になんの責任も持たないというのは……あまりにも無責任だ。
かといって、彼らのその後の生活のすべてに責任を持てるのかと言われたら、さすがにそれは難しいと言わざるをえないのだけれどね……
人が生きていくために最低限必要となるもの。「衣・食・住」の三つ。
そのうち——まあ、「衣」についてはいいとして——問題となるのは二つ、「食」と「住」だ。
……まあ、普通に無理でしょ。何万という人たちの胃袋を満たす食料を——一日三食、これからずっと——用意するなんて。
家に関しても——まず公共交通機関が死んでいる中、ゾンビが蔓延る街中を進み——無事に自宅に辿り着ける人が、一体どれだけいるのやら……。もうどこにも、安全な場所なんてのは残っていないというのに……。
いくら私がプレイヤーと呼ばれる超常の能力者だとはいっても、やれることには限りがある。今回助けた大勢の人たちすべてを世話できるような甲斐性なんて、さすがに持ち合わせていない。
まあ、少なくとも、今はまだ。
だからこその——それらすべての問題を解決(というより、いったん棚上げ)できる——起死回生の策こそが、件の時間的隔離避難所なのだった。
これを使えば、最低限の場所さえ確保すればよく、食事もトイレも何も用意する必要はない。
なぜなら、時が(こちらから見たら)動いていないから。完全に止まっているので。
お腹も空かないし、座って休む必要すらない。その場に突っ立ったままでいい。
彼らからすれば、そこに避難している時間はそう長くない。どうせすぐに、また出ていくことになる。
その頃にはすでに、彼らをまるごとすべて受け入れるに足る規模を誇る、我らが新天地(その名は〈聖都〉)が完成している……という予定だ。
なのでまあ、今この機会を逃すと、次に彼らと会えるのは——向こうからすれば一瞬なのだけれど——だいぶ先の話になってしまうってわけなんだよね。
だからこそ、特定の人物——すなわち、私と親しい間柄の人たちに関しては、あらかじめこうして連れてきておきたかったのだ……。
なんて————そんな私の思惑一つによって、自分たちが間一髪で時間停止部屋行きを免れたとも知らずに……
今となってはみんな、落ち着いた様子で食事をしつつ、初めて会う人たちなんかは、お互いに挨拶したりなどしている……
そんな様子を眺めながら……改めて私は、みんなが無事に助かって良かったなと思った。
食事をしながら私は——というか、主に給仕を終えた分身たちが——この場の人たちに向けて、大雑把に最低限の説明をしていった。
曰く——ここはどこなのか、安全なのか、これからどうするのか……なんて感じのことを。
詳しい説明をするとなると、色々と長くなるので……この場では軽く訊かれたことに答えるだけにしておく。
あとでちゃんとしっかり説明する機会を設けるつもりですので——と言っておいたので、この場で突っ込んだ話はせずに済んだ。
そして、その“機会”については、食事会が終わってすぐにやってきた。
私としては——皆さん色々あって疲れているだろうし、今日のところはゆっくり休んで、説明はまた明日にでも改めてすればいいかなー、なんて思っていたのだけれどー……
しかし、そんな私の思惑をよそに、肝心の皆さんの総意としては「できればすぐに色々と説明してほしい」という感じだったので……ならもうこれからすぐにやってしまうか、となった。
というわけで、私たちが次にやってきたのは、〈遊戯室〉——の、中にある……「映画館」だ。
いったいなぜに、こんな所にやってきたのか——それはもちろん、今から映画を観るからである。
いやね……説明——っていうけど、ぶっちゃけ面倒くせーじゃん?
だって、まず——何を、どっから、どーやって説明すりゃいいんかって話だしー?
つーかもうさ、口頭で普通に説明しても、フツーにワケが分からんのよ。——「プレイヤーがー」とか、「怪獣がー」とか、「異世界がー」とか言ってもさ。
なので、映画にしました。
——百聞は一見にしかず。
観ただけで直感的に理解できるようにね。
映画の映像自体は、〈攻略本〉の中にすでに用意されていたから、後はそれを放映するだけでよかった。
諸々を説明するための映画を観る前から——なんで映画? どういうこと? 映画館があるの? あるの!? ……なんて感じに——すでに疑問で一杯になっている皆さんを引き連れて、やってきた映画館の中にて。
通常の映画となんら変わらないような流れで——予告映像やCMは無かったけど——暗転した劇場内に映し出される映像の中に、最初に出てきたのは……恐竜くんと私が戦っている映像だった。
——これこれ、やっぱ最初はコレよなぁ。
そんな激しい戦闘を背景にナレーションが入り、そこではまさに、これを観ている皆さんが望んでいるところの“説明”がなされていく。
《——事の発端は、つい五日前に遡る……》
《それまでのあらゆる秩序が崩壊し始めた世界に、現れたる新たなる変化、大いなる脅威……彼女が最初に出会った異変は、まさにこのような——人が想像しうる恐怖というもの……それそのものを体現したかのような——“怪獣”の姿をしていた……》
《しかし、それに対峙する彼女もまた……この時点ですでに、その身に“変化の兆し”を宿していたのだった——》
いやー、なかなか凝ってんなぁ〜、これぁ。
——実は私も、こうして観るのはこれが初めてなんだよね。
映像自体はまあ、プレイヤーの記録から持ってきてるとして——いったい誰が編集したりナレーション当てたりしてんのやら……。
——や、でもなんか、この声聞いたことあるよーな……?
「はぁァ〜、マジかァ。ライカのヤツ、初っ端からこんなバケモンと戦ッてたンかよ……どーりで強えし、やたらと肝が据わッてるワケだぜ。——なァ? マッド」
「まぁな……そりゃあ、あいつなら当然のように、“成り立て”でもこれくらいはこなせるさ。軽くな」
しれっと合流してたマリィとチアキが、後ろの方の席で(一応、小声で)なんか言ってるのが聞こえてくる。
——しっかし……マリィは私のことをなんだと思ってんだろうね?
なんなら私もそっち行きたいかもだけど……でも私ってば、映画は静かに観るタイプだからなぁ——あそこにいったら、色々と喋りたくなるだろうし——今は遠慮しておくか。
ちなみに今の私は、館内の中央らへんで、クラスメイトたちに周りを囲まれるようにして座っている。
——左隣りは神坂さんで、その向こうに続くのが他のクラスメイトたち。んで、右隣りが皆瀬さんで、そのさらに隣が椿紅さん。
隣り合う彼女たちは、繰り広げられる衝撃映像に目を見開いているが、口を開くことはない。むしろギュッと引き結ぶように口をつぐんでいる。
その点ではむしろ、親御さん組や、(神坂さんたちを除く)クラスメイトたちの方が騒がしい。大いに声を上げて、良い反応をしてくれている。
——特に私の両親の二人なんか、さっきからしきりに(画面の中の私がピンチになるたびに)こちらを振り向いてくる。何度も何度も……まるで私の無事を確認するかのように。
大丈夫、大丈夫。生きてる生きてる。あなたたちの娘は、これ——この通り、ピンピンしてるからね。
「——あァ死んだ!? あァ? えェ生きてンの?! なンで生きてンだよッ!?」
——生きてちゃいけないみたいに言うぅチアキェ……
「ふぅん……こんなことなら、己も火神に同行してりゃあ良かったな。この調子なら断然、そっちのが楽しめたろ」
——おいおい、生身でアレとやり合うつもりなん? おめぇマリィ……
映画はその後も——バトルシーンをメインに——私が過ごした五日間の軌跡を辿っていった。
その過程で適宜ナレーションが入り、諸々の事柄について説明していく……。
——プレイヤーの存在や、彼らが持つ能力のこと。
——ゾンビや怪獣などの、敵性存在の脅威について。
——今の世界はそういう、超常的な存在が現れるようになっているということ。
——さらには、〈霊穴〉や〈領域〉の存在にも触れ……今いるここが、その霊穴を通ってやってきた異世界だということまで……。
順を追って、一つずつ……実際の映像を交えることで、分かりやすくも丁寧に説明がなされていった。
映画の尺は、総じてタップリ二時間くらいあった。
しかし、観ている人たちの中には誰も、途中で寝落ちする人はいなかった。
映画の最後の方では、今後についての話というか、この〈鏡の家〉で過ごす間のことについての説明もあった。
この異世界に来た一番の目的である生存者の救出はすでに達成されたので、一応はすでに地球に帰っていい段階にはきているのだけれど。
——ちょうど映画が終わる頃には、この場にいないその他大勢の生存者たちについても、全員の収容がすでに終わったとの報せが(分身たちから)きていた。
とはいえ、それについても——地球へ帰還するための〈D・G〉の設置だとか、アニマとのやり取りとか——まだ少しやらないといけないことも残っている。
なので、地球に帰るまでにはもう少し時間がかかる。その間、みんなにはこの〈鏡の家〉の中で過ごしてもらうことになるので、ここでの過ごし方についての説明やら注意点の周知なんかを、ついでとばかりに映画の最後にやっておいたのである。
生存者の全員救助という最も大切な目標は達成したわけだけれど……地球に帰る前に、これだけはやっておかなければいけないという仕事が、実はあと一つだけ残っている。
それというのは、一言で言うなら「後顧の憂いを断つこと」である。
というのも、私は今回のダンジョンの攻略結果として、「接続維持」を選ぶことにしたので。
もう一つの「完全切断」を選んでいれば、どうせもう繋がらなくなるので、何も心配する必要はないのだけれど……「接続維持」を選んだ以上は、その後のことも考えないといけなくなる。
とはいえそれも、アニマに頼めばどうにかなるらしいので、彼女に任せてしまうつもりなのだけれど。
その辺のことは、すべて〈攻略本〉に書かれている。アニマの正体というか、どういう人(?)なのかについても……。
ただこれ、全部しっかり読むとなると中々の量になるっぽくて、私もまだ全然読めてはいないので、今はまだ少ししか分かってないんだけれど……
それでも、最低限必要な概要については把握した。
それによれば——まあ、超大雑把に言えば——アニマという、あの謎のSF美女は、この〈機械獣ダンジョン世界〉における最重要人物の一人であり、そんな彼女に頼めば、後は万事すべて丸く収まるっていうことらしい。
……うん、まあ、なんか知らんけど、どうもそうらしいんよね。
いやまあ——じゃあなんで、そんなすごい人があっさりこっちに全面降伏みたいに従ってきたのか、とか……そもそも機械獣が人間を集めていた理由はなんなんよ、とか——色々と疑問はあるけれども。
その辺はおいおい——それこそ、アニマが諸々の後処理をしてくれているのを待っている間にでも——〈攻略本〉をじっくりと読んでいけば分かることだから、まずは先に手を動かすのだ。……主にアニマが。
ともかく、その〈攻略本〉によれば、この〈機械獣ダンジョン〉はその後も繋いでおくに足る価値が、ちゃんとあるらしいし……
しかし、接続を維持するには——万が一にも逆侵攻とかされたら困るから——ちゃんと後顧の憂いを無くしておかないといけないし……
そのための事後処理を済ませるには、アニマでも数日の期間を要するらしいので、その間は大人しく〈鏡の家〉で待っておくという感じなのだ。
というわけで私たちは、その後の数日を〈鏡の家〉でダラダラと過ごした。
〈D・G〉もすでに設置完了しており、後はアニマが仕事を終わらせてゴーサインをくれたら、いつでも地球に帰れる。
待っている間に暇していた私は、〈攻略本〉をそれなりに読み込んだので、このダンジョンの事情についてはあらかた把握することができた。
——なるほど……これは確かに、このダンジョンからは、中々に有用な“成果”を得ることが出来るってワケだな。
そうと判れば後はもう、大手を振って地球に帰還するだけだ。
いよいよもって“マナハスロス”が酷くなっていた私は——もちろん、〈地球〉においてはいまだ無事を確保できていない彼女が心配なのもあって——途中からは今か今かと帰還の瞬間を待ち侘びていたくらいだった。
そしてようやく——アニマの仕事がすべて終わり——地球に帰れる時がやってきたところで……
私たちは(アニマを含めた)みんな揃って——攻略成功という特大の成果を引っ提げて——〈D・G〉を通り抜け、地球へと帰還したのだった。




