第244話 ネタバレはクリアの後に——
勝ったッ! 第3部完!
私は思わず、ビシッと人差し指を向けるポーズで右手を突き出し、心の中でそう叫んだ。
もちろんフラグではない。マジで勝った。
カシコマがハッキングを終えるまでの間——謎の巨大地下施設の深部にて戦いを繰り広げていた私たちは……ついに今しがた、カシコマがハッキングを完了させるまでに敵の侵攻を押し留めることに成功し、ひいては施設を完全に掌握することに成功したのだった。
まあ、なかなかに厳しく、そして激しい戦いだった。
敵の数は多く、途切れることなく襲ってくる相手を次々と倒し続けるのは、なかなかに大変だった。
とはいえ……こちらはもっぱら【ATBF】を使って戦っていたので、基本的には一機ずつ異空間に連れ込んで、案の定フリーズした敵を——外部の時間は気にせず——ひたすらにボコボコにしまくるだけで良かったので、戦闘自体はいうほど苦戦はしなかったのだけれど。
まあ、数が多いしひっきりなしに来るもんだから、それにはだいぶ苦労させられたけれど。
まあそれも、戦況的に大変だったというよりは、尽きることのない連戦に次ぐ連戦によって、精神的にかなり疲れたというだけなので、大した問題ではないともいえるけれど。
いやまあ、そんな波状攻撃を受ければ、本来は補給や回復が間に合わずに物量に押し潰されていたはずなので……ただ疲れたってだけで済んでいるのは、これは偏に、こちらの戦い方の妙によるものだ。
つまりはそれだけ、【ATBF】——と、〈鏡の家〉の合わせ技——が強かったということでもある。
実際のところ、その辺は【ATBF】の仕様に大いに助けられた部分といえる。
いかな大群が襲ってこようと、【ATBF】を使っている限り、実質的に一対一での戦いを繰り返すだけで済む。
しかも、その一対一はどれだけ時間をかけてもよくて、敵は一切の抵抗をしてこないフリーズ状態だというのだから……そりゃあ、相手がどれだけたくさんいようが勝てるってもんだ。
さらには、戦う際にはこれまで通り〈鏡の家〉の中から攻撃していたので……連戦の最中だろうが、休憩しようと思えば普通にすることもできたし。
なにせ、外界とのタイムシンクを切断したら、戦いと戦いの合間にいくらでも“時間を作る”ことが出来たので……疲れたらいつでも好きなだけ休めたし、補給もいくらでも出来た。
なので基本的にはただの作業だった。たたひたすらに機械獣を排除していくだけの、それこそ機械的な作業だ。
とはいえ、中にはフリーズしないボス級の強敵というのもいないわけじゃなかったし……事実、今回の戦いの中にも一機だけ、そういうのが紛れていた。
案の定、この——前回同様に人型機体の——ボス級人機はフリーズしないで攻撃してきたから、コイツにはさすがに苦戦したけれど……
でもまあ、このボス級の敵とはすでに——以前の〈D・G〉を回収する時にも——戦ったことがあったし……そういう意味では、特に慌てることもなく。
とはいえ、今回の強敵については、その前回のボスと比べても、一回りから二回りは強力な個体だったんだけれど……でも、こちらは今回——シノブとランディの二人にも【O.J.】を使って参戦してもらったことで——五人で戦うことが出来たので、なんとかこのボス敵にも勝利を収めることができた。
特にランディとか、【超限技】で専用機体呼び出して、めっちゃ活躍してたからね。——アレはマジで強かったな……。
正直、星兵たちの加勢がなければ、前回のボスの時と同様に——いや、あるいはそれ以上に——綱渡りの戦いになっていたと思うから、そこはマジで助かった。
結果的に、やはりシノブもカシコマもランディも、三人ともが欠かすことの出来ない重要なメンバーだったというわけだ。
ぶっちゃけ、このボスとの戦いは負けてもおかしくなかった。それくらいの接戦であり——熱戦だった。
まあ、そうは言っても……仮に、マジで全滅して敗北していたとしても、それでも問題なかったと言えば、そうなのだけれど。
というのも……ATBFでの戦いの場合は、全員が“戦闘不能”になって全滅しても——それで実際に死ぬわけではないから。
全滅した場合は、ATBFと【O.J.】が解除された上で、元の場所に——つまりは、ATBFを使ってすぐの状態に——戻るだけで、ぶっちゃけ無傷で済む。
これに関しては……ATBFの仕様というよりは、【O.J.】や〈G.S.〉にまつわる能力そのものの仕様と言うべきなのかもしれない。
守護精霊というだけあり、〈G.S.〉の能力は使い手を守護ることに特化しているフシがある。
ボスとの初戦の時のチアキがそうだったけれど……【O.J.】中にHPがゼロになったり致命傷を受けたりした場合、マスターは(死なずに)“戦闘不能”という特殊な——ほとんど“無敵”の——状態となり、同時に〈G.S.〉が召喚される。
そして、〈G.S.〉の召喚中は、すべての攻撃を〈G.S.〉が肩代わりしてくれる。——実のところ、非実体を攻撃する方法というのもあるので、〈G.S.〉の“身代わり”効果により、初めて完全に無敵となりえる。
さらに、この状態で〈G.S.〉までやられた場合は——【O.J.】が解除された上で——今度は〈G.S.〉が“戦闘不能”状態になる。しかし、そうなると入れ替わりに今度はマスターの“戦闘不能”が解除され、復活することができる。
——ただし、ATBFは【O.J.】中でないと展開(もしくは参加)できないので……(〈G.S.〉を一体しか【O.J.】していない場合は)〈G.S.〉が“戦闘不能”になった時点で強制退出となる。
——まあ、ATBFが外界と時間の流れが異なる都合上、それでも退出するのは戦闘終了後なので……仲間が生き残っている場合は、“戦闘不能”から回復させて復帰させることは可能だったりするのだけれど。(ただしその場合は、順番的に〈G.S.〉から復活させる必要がある)
全滅した場合は、全員がこの状態となるので——ATBFを使っていた場合は——一応は全員が無事に、ATBFを使う以前の状態に戻ることになる。
ただ、無事とはいっても……その状態は、〈G.S.〉が“戦闘不能”になっている上に、【O.J.】もすべて解除されてしまっているワケなので——他の能力が使えないダンジョン内では特に——無防備といえば無防備な状態になってしまっている。
なので、どちらにしろ、そのままではすぐに敵にトドメを刺されてしまうことになるハズだった……普通なら。
しかし、これが〈鏡の家〉と組み合わせていた場合は——全滅して元の状態に戻って無防備になったとしても、私たちは安全な〈鏡の家〉の中であり、敵は外界にいてこちらに手出しできないので——結局は問題ない、ということになるのだ。
これこそが、〈鏡の家〉の中からATBFを使って行う戦闘なら、安全マージンが取れているという——それの意味するところなのだった。
なのでまあ、最悪の事態として、負けて全滅していたとしても……戻ってきた〈鏡の家〉で——すぐに外とのタイムシンクを切って——じっくりと腰を据えて補給したり回復したりして態勢を整えてから、また何度でも挑めるといえば挑めるので……「諦めません、勝つまでは」の精神があれば、もはや最初から、勝利は我が手にあるも同然だったのかもしれない……なんてね。
まあ、そんなわけで——なんとか戦いは無事に終わり、ハッキングにも成功した。
すると、ハッキングに成功したことで、この施設の概要が判明した。
この施設は——やはりというか、〈霊穴〉とそれに連なるワームホールを管理(あるいは封印)するための施設だったようだ。
それがなんの因果か、今回は私たちの地球と繋がってしまったわけだけれど……ともかく、このワームホールを介すれば、私たちは元の世界に帰ることができる。
そして、肝心の連れ去られた人たちについてなのだけれど……
ハッキングにより判明した情報の中に、彼らの所在についても含まれていた。
それによると……攫われた人たちはみんな、この施設内の特定区画に収容されていて、今のところは全員が無事である、ということが確認できた。
私の両親を含めた——救出対象がみんな無事でいると分かり、私は大いに安心した。
この施設はもはや、全面的にカシコマの支配下にあるといえるので、彼ら彼女らについても、一応はすでに身柄を確保できたものと考えていいだろう。
そうなると、このダンジョンにおける攻略もいよいよ大詰めに差し掛かる。
残りの手順としては、まず第一に、ワームホールに〈D・G〉を設置して、地球への(安全かつ安定した)帰還経路を確立することが一つ。
それと同時に、ゲート付近の安全を確保することがもう一つ。
施設は掌握できたけれど、それで安全が確保できているのかといえば、全然そんなことはない。
確かに現状では、この施設の中の機械獣はカシコマにより沈黙している——どころか、今やカシコマの命令に従い行動するので、もはやこちら側の戦力と言っていいくらいなのだけれど。
とはいえ、それで防衛体制として足りているのかといえば、ぜんぜんそんなことはなく、いまだ不十分だと言わざるをえない。
なにせ——場合によっては、これから各地から大量の機械獣がここに攻めてくる可能性があるので。
機械獣のネットワークは、この地をあまねく全域に渡って張り巡らされている。
なので当然、ここが何者かの手によって陥落したことも、すでに察知しているはずだ。
であれば、相手方はすぐにでもこの事態に反応して、何らかの行動を起こしてくるものと思われる。
だとすれば、私たちに残されている時間は少ない。こちらも出来るだけ対応を急がねばならない。
ダンジョン攻略の最終的な結末としては、いくつかのルートが存在する。
ルート分岐に関しては——異世界と地球を繋ぐトンネルにも例えられるワームホールの、それぞれの世界における出入り口となる両端部に設置した——ダンジョンゲートの機能設定として、どれを選ぶかによって決まる。
ルートは大きく分けて、二つの結末に分かれる。
一つは、その異世界との繋がりを完全に断ち切り、二度と繋がらなくするという——「完全切断」。
もう一つは、その異世界との繋がりを今後も維持していく——「接続維持」。
どちらを選ぶかは、その異世界に対する危険度と貢献度のバランスによって決まるところだろう。
現状……この機械獣ダンジョンは、リターンよりもリスクが大きいように思う。
というか現時点では、特にこれといったリターンは見つかっていない。
であれば選択としては、「完全切断」一択という気がするけれど……。
しかし、いざ選択するとなると……「完全切断」を選べば取り返しがつかないので、迷いも出てくる。
——あるいは、この世界においても、じっくりと探索すれば何らかのリターンが見つかる可能性というのは、十分に残っているし……
とはいえ、ゲートの設置や設定にはけっこうな時間がかかるので、まずはそもそもゲートを設置し終わるまでにここを守り切れるか——というのが一番の問題なのだけれど。
それに、どちらを選ぶにせよ……救出対象の人々はかなりの人数がいるので、彼らを地球に運べるようにするだけでも、かなりの時間がかかる。ゲートの設定をどうするかは、それからの話だ。
となると、まずもってゲートを設置するのに時間がかかり、それに続いて、救出対象を上手くまとめて保護するのにさらに時間がかかる——そしてその間、外部からくる敵による侵攻に絶えず耐え続ける必要がある……
この施設をハッキングしている間に戦ったのとはわけが違う。
——なにせ今度は、大量の生存者を抱えた上で、彼らを守りながらの戦いになるのだから……。
生存者はもちろん、この施設そのものを守りながらの戦いになるとすれば——それはハッキリ言って、無謀な戦いといえる……
しかし一つだけ、こちらに有利な点があるとすれば……これからは地の利を活用できるというところか。
ワームホールの周囲には、特殊な領域であるフィールドが発生する。——地球でもそうだったけれど、それはこの異世界でも同様だ。
すでにここのフィールドは——以前に支配していた機械獣側の設備を排除して空白になったところを、私が新たに掌握したので——今はこちらの支配下にある。
支配下においたフィールドに対しては、Lv20の新機能である『領域制覇』により手を加えることが出来るようになるので、こちらに有利な領域効果を周辺一帯に発揮させたりなど、色々と活用できるようになる。
それを利用すれば……あるいは、どうにかなるかもしれない……けれど——
と、その時。
高速で色々と考え込んでいた私に、マリィが話しかけてくる。
「ほら、また——そう気負いすぎるなよ、火神。もう来るだろうさ。そんなに心配しないでもな」
「……ん? 来る——って、何が……?」
「……もしかしてお前、まだ“ネタバレ”のところ、見てないのか?」
「え、なに、見とかないとマズいの?」
「いや、というか……」
と、そこで、今度はシノブが話に割って入ってきた。
「か、カガミさんっ、な、なにかが、来てますっ……いえ、誰かが、ここに——来ますっ……!」
「えっ?」
その言葉を受けて、私がシノブが指し示した方向を見てみると……
いつの間にやら——そこには一人の女性がいて、こちらに向かって進んできていた。
にん、げん……っ!?
——この世界に来て、初めて見る……?!
彼女の見た目は、完全に人間だ。——私たちと同じだ。
しかし、その顔立ちは——まるで作り物のように——いっそ不気味なほどに、もはや整いすぎているというくらいに、精緻な美貌をたたえている……。
外見は人間……だけれど、いやでも、人間離れしているといえば、そうなのだよね。
透き通るような淡い水色の髪に、深海のように深い藍色を宿して光る瞳。女性にしては高めの身長にまとう衣服は、これまた……見たことのないデザインだ。それを一言でいえば、まさにSFだ。サイエンスファッションだ。
そんな——全体的に青くてSF味の強い女性が、こちらにゆっくりと歩いて近づいてくる。
にわかに警戒心を高める私に対して、彼女が口を開いて語りかけてきた。
『こちらに交戦の意思はありません。あなた方との交渉を希望します。そちらの代表者はどなたでしょうか。こちらからの要求を受け入れていただけるなら、こちらからも最大限の便宜を図る用意があります』
マジか……
彼女はその両手を、こちら側に手のひらを向けるように左右に緩く広げながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
——その様子には、こちらをなるべく刺激しないようにとの気遣いを、そこはかとなく感じさせる。
しかし、そうして慎重に近寄ってくる彼女の口から発せられる言葉には……まるで聞き馴染みがなく——というか……端的にいって、何を言っているのか全然分からなかった。
マジか……言葉が通じないぞ。
——一応、【自動通訳】のスキルは今も使えているはずなんだけれど……
ヤバいな、これ、どう対応すりゃいいんだ……?
驚き迷う私を尻目に……その時マリィが——こちらにチラッと一度、視線を向けてきてから、なんかやれやれって感じの表情を一瞬浮かべてから——一歩前に進み出る。
そんなマリィを見て、今度は青い彼女の方が——どうやらそこで初めて、マリィのことを視界に入れたようで——この場に現れた時からずっと変わらずにいた、それまでの無表情から打って変わって……その顔に驚きを露わにした。
そんな彼女に対して——おもむろにマリィが口を開いて……そして、謎の言語を発する。
『代表者はこいつだが……とりあえず、この場は己が対応しよう。あんたは、“アニマ”だな?』
『——っ、……なぜそれを、ご存知なのでしょうか。あなたは……何者なのですか。私とは、初対面のはずですよね』
『それについては……あとで説明する。まず、あんたの要求についてだが——それに関しては、決めるのはこいつだから、己からは何も言わない。だが、とりあえず、話し合いの席を設けることには、こちらも賛成だ。ただし……そのためには、あんたに一つ、とある条件を呑んでもらいたい』
『……なんでしょう。おっしゃってください』
『ああ——少し待ってくれ』
そこでマリィは、いきなり私の方に向き直る。
「火神、【O.J.】を使ってくれ。こいつで」
そういってダルシ——ではなく、私もまだ詳しく知らない別の〈G.S.〉のスフィアを渡してくる。
「いいけど……アンタいつの間に、そんな謎の言語を話せるようになったのよ? ——てか何語? それ」
「さあ? 知らん言語」
まあ、攻略本に載ってたんだろうな。私もネタバレを見るべきか……
——しかしこれ、マリィの方にだけ【自動通訳】が効いてて、何言ってるのか私にも理解できるのは……スキルの仕様の問題なのかな。
まあいい、それもどうせ後で分かる。だから、今はまず——
『“G.S.O.J.”』
さて……この〈G.S.〉は、どんな能力を持っているのかな。——これはなー……マリィに関する情報だから、あるいは載ってなさそう。
『さて……待たせたな。あんたには、“これ”を受け入れてもらう。それが条件だ』
そこでマリィは、おもむろに何かの能力を行使した。
『“支配契約”』
ビクリ——と、彼女が反応する。
『……これは』
『端的に言えば——これを受け入れたら、以降は、あんたは己に逆らえなくなる。これは、そういう契約だ』
『……分かりました。それで、これは……どうすれば、受け入れたことになるのでしょうか』
『心の中で、契約に同意すると誓えばいい』
『心——ですか』
『……まあ、心無い機械相手でも契約は交わせるが、あんたはそもそも——いや……。別に……その意思を示せるなら、なんでもいい。口で言うなら、それでも』
『……なるほど、では——「私、アニマは、この契約に同意すると——ここに誓い——その意思を示します」……これで、いいですか』
『ああ……条件は——契約は成立した。であれば、今度はこちらの番だ。これから、話し合いの席に案内しよう』
『恐れ入ります』
そこで彼女が——片足を少し後ろに引くと、右手を左胸の前に持っていき——おもむろに頭を下げた。
「さて……それじゃ火神、〈鏡の扉〉を出してくれ」
「……いいけど、どうするの?」
「それはお前が決めるんだよ。——まあ、すでに“アニマ”がこっちについたからな。これでもう、今回の攻略は終わったようなもんだし……ゆっくり決めればいいさ。どうせ、あそこの中なら時間を気にする必要もないしな」
「はあぁん……?」
何が何やら分からないまま、とりあえず〈鏡の家〉の中に、この謎の——アニマって名前なのかな——女性と一緒に入っていった私たちだったけれど……
結局のところ——後から思えば——確かにマリィの言う通り、彼女を味方に引き入れた時点で、このダンジョンはすでにクリアしたようなものだったのだと……
そう私が理解するのは、それからわりとすぐのことだった。




