第238話 不器用な慰めと、超器用なお勤め
なんとなく、他に何もする気にならなくて……
私は——半ば寝たような状態のまま——ベッドの上でひたすらにゴロゴロしていた。
そのまま、本格的に眠りそうになっていた、その時……大きな音で私の意識は一気に覚醒させられる。
《ピン ポン パン ポーン⤴︎》
んお——っ?!
《……あー、あーあー、テステス……、……ん、これもう繋がってるンか?》
いきなりビックリしたぁ……
《まあいいや、とりま試すか。——おい、聞こえてッか? ライカ、なあ》
これは……「管理室」からの通信か。
《あんさぁ……アタシ、腹減ったンだけど、そーいや、晩メシってどーなってンだッけ?》
まさか、それを訊くためだけに全体放送を使ったん……?
いやまあ、別にいいけど……そういう時のために使うものだから。
《あのチビちゃんに頼めばいいンか? つッても、あの——ピクシーッつったっけ? イマどこにいンのか分かんねーし……》
ポエミーな。ポエミーは、えっと……今——キッチンにいるみたいだけれど……
《あ、いや、ここで場所も分かるンだったッけ……? んー、どれだ? こっちのモニターか? ん? でもこれ、一個しか光ッてねーぞ……って——》
そうそう、そこのモニターに映るんだよ。
——まあ、私が今いるこの“自宅”に関しては、そこには反映されないようにしてるから……チアキには私を示す点は見えていないだろうけど。
——それに、マリィもマリィで……マジで、どうやってんのかは知らんけど、この手の探知を妨害してやがるから……なんかアイツの所在も不明なんだよね。
——つーか、マリィに関しては、この空間の支配者である私にすら、その所在が不明っていう……マジでアイツ、なんかの能力使ってるよな、コレ……まったく。
てなもんだから、今それに映ってるのは、チアキとポエミーだけなんだけど……って——
《ウオアァッ!? おま、いきなり出てくるジャン?!》
あ、ポエミーが「管理室」に直で移動した。
——ふむ……渡していた【鏡越転移】(鏡渡り)の〈指輪〉、すでにちゃんと使いこなせてるみたいね。
《……え、ナニ? ……はぁん、もう準備はしてンの? へぇ、そう。んじゃ、アタシは先に食堂で待っとくわ》
まあ、そうだね、そろそろ晩ご飯か……確かに、お腹も空いてきてるかな。
《つーワケだから、ライカ、あとマッドアイも、もうすぐメシだってさ。早く来いよ。んじゃ——》
しかしまさか、チアキにご飯のアナウンスをしてもらうことになるとは……
《ピン ポン パン ポーン⤵︎》
……しゃあねぇ、起きるか。
私は、すでにグダグダにグデっている体になんとか意思を込めて体を起こすと、部屋の出口に向かい、扉を開ける。
扉を抜けて「待機室」に出ると——すぐ横の壁にマリィが寄りかかっていた。
マリィは出てきた私に視線を向けると——珍しくも、どことなく気遣わしげに——話しかけてくる。
「慰めが必要か?」
「は……?」
「悪いが、そういうのは得意じゃないんでね……期待してくれるなよ」
「え、いや、別に……」
「強がるなよ。見れば分かる」
「……なにさ? らしくない……」
「かもな。でもそれは……今のお前も、だろ」
「……分かるって、何が分かるってのよ」
「分かるさ……今のお前が、まるで——『まあ、誘われても結局は断るんだけど——それは初めから決まっているし、そしてそれを相手も、うすうすは察しているんだけれど——でも、だからといって、それで最初から誘われないのも、それはそれで寂しいから、そこはちゃんと誘われた上で断りたい』——みたいな、くっそ面倒くさい心境なんだってことは」
「例えがいやに具体的だしめっちゃ長い……! ——って、おい、なんだよそれ……いやいや、どんな心境だよ、つーかなんでそんな細かいとこまで顔見ただけで分かるんだよっ」
「おいおい、己の洞察力を甘く見るなよ。それこそ——『道を歩いていたら、占い師に呼び止められて、「あんた、占い師になる才能あるよ。いや——本当にすごい才能だよ。なんならあたしを占ってほしいくらいだよ」って言われて、その場で軽く教えを受けて、その占い師を逆に占ってみる』——なんて経験があるくらいには、そういう素質があるから、己」
「だからいちいち例えがおかしいんだって……つーかどんな経験だよそれ……ホントの話かよ?」
「そんな己に言わせりゃ……今のお前は、“気負いすぎ”だね」
「んっ……ず、ずばり言うじゃないの」
「……誰に頼まれたわけでもなく、自分の意思で助けようとしているだけなんだから、失敗したって別に誰にも責める権利なんてないし……そもそも、お前が助けようとしなければ、連れ去られた人たちは助かりようがないんだから……上手く助けてもらえたら儲けもん、失敗しても元の木阿弥、何も変わりゃあしないんだから……文句を言われる筋合いもないだろうよ」
「ん……」
「それでも、お前がいよいよ重圧に耐えかねるっていうんなら……あとは己に任せて、お前は休んでいてもいいんだぜ?」
「……いやいや、アンタ一人でどうするってのよ、能力も使えなくなってるってのに……」
「そこは——そう、お前が例の指輪を貸してくれれば、問題ないだろ?」
「……いや、この〈指輪〉は、私とマナハス専用の指輪だから……アンタは——」
「いや、そっちじゃなくて……己の能力が宿ってる方だよ」
「あ、そっち……? いやでも、この〈指輪〉自体が、コピー能力による産物だから、基本的には『鏡使い』の能力者である私にしか使えないんだけれど……」
「例外もあるんだろ? ——あの妖精の子に渡してたんだから」
「そうだけど……でも、妖精ちゃんについては——彼女は『魔法使い』だから、例外的に使えるって感じなだけみたいだしー……」
「だったらそれこそ、己だっていけるはずだろ」
「いや、アンタのは魔法は魔法でもスフィアマジックじゃん」
「玉響魔法も魔法だろ」
「でも今は使えないでしょ」
「いいや? お前の協力があれば、使えるようになるさ」
「そう言われてもねー。仮に、マリィにも〈指輪〉が使えたとしても……まだ一つ、足りないものがあるみたいじゃん?」
「それは……」
「うん、まあ……じゃあ、おさらいしてみようか?
〈攻略本〉によるところ……能力を使う上では、これら三つの要素をそろえる必要がある。
すなわち、『術式』『魔力』そして、『霊杯』の三つを。
現状では——能力の内容そのものを指す『術式』と、発動に必要なエネルギーを指しての『魔力』の二つは、まあどうにかなるとしても……
続く最後の一つ——それら二つを支えて組み上げる土台となるべき『霊杯』……すなわち、『能力を宿すための受け皿——“器”となるもの』についてが、用意できるアテがない、と。
それこそ、私の持つ〈指輪〉を除けば、ね。
実際のところ——どうにも霊杯が一番、そこんところの扱いが難しいみたいだし——スキルや魔力はどうにか出来ても、コイツばかりは、他ではどうやっても用意できないみたいだからね」
「……だったら、一つでいいから、その指輪も貸してくれよ」
「いや、でもこれ、そもそも私とマナハス以外には装備できないんだけど……」
「……じゃあ、あれだ、その指輪を装備している“お前”を己が装備するから、火神、お前が指輪になれ」
「……はぁ???」
ナニ言ってんだコイツ……??
「出来るだろ? お前なら。変身とか分身とか使えるんだから」
「いやいや……、いやいやいや……」
「まあ、とにかく、己が言いたいのは……いくらでもやりようはあるってことさ。お前一人がすべてを背負わなくてもな。それこそ、お前の調子が悪いなら、己が一人でやったっていい。己は別に……お前に守られて従うだけの——それでも慰めにはなるのかもしれないが——契約者じゃなくて、お前と同じ立場の契約主なんだから」
「……」
「……まあ、己はお前と違って、隠密行動は苦手だし——だから、敵に見つからずに潜入するというよりは、見つかっても強引に突破していくって感じになるだろうから、最良の成果は保証しかねるけどな」
「ふっ……じゃあどっちにしろ、アンタには任せられないじゃん」
「なら、お前はお前のやりたいやり方でやればいい。——そう、最初はな。でもって、それでもし、上手くいかなかったんだとしても……その時は己が引き継いで——引っ掻き回してやるよ」
「ふ……それはそれは、頼もしいと言うべきなのかね……。にしてもまさか——この私が、アンタに励まされることになるとはね」
「そんなに意外か?」
「だってそうでしょ。アンタって——確かに、持ち前の冷淡な雰囲気に似合わず——人の感情の機微にはなぜかやたらに敏感だけど……。でも、だからといって……そうやって察したとしても、そっから何か手を差し伸べたりだとか、そういうことは滅多に——というか、まったくしないじゃん」
「そりゃな、他人になんて、なんの興味もないからな……。わざわざ自分から助けてやろうだなんて、そんなお節介をする気はさらさらないね」
「ほらね……」
「——他人なら、な……」
「……アンタの場合、ほぼすべての人間が他人でしょ」
「例外もいるってことさ。ほんの一握りの例外がな」
「一握りどころか……ほぼゼロでしょ」
「ふ——まあな」
と、そこで、私はふと視線を動かす。
その視線の先——この「待機室」の扉を開けて——その時ちょうど、チアキが入ってきた。
「おい、何やってンだよ、早く食お——おう……マッドアイもいたのか」
「はいはい、分かったよ。んじゃ行こうか」
「ああ」
待ちきれずにチアキが迎えにきたようだった——ので、私もいよいよ「食堂」に向かう。
食堂の中に入ると、そこにあった大きなテーブルには、すでに料理が用意されていた。
私の席には、ちゃんと事前にポエミーに頼んでおいた通りのメニューが並んでいる。
ほおぉ……これはこれは、なかなか豪勢な感じでございますな。
「全員揃うまで食うなッてポエみがゆーから、ちゃんと待っててやッてたンだかんな」
ほう、偉いじゃんチアキ。“待て”が出来るなんて。
てか、なんやかんや、チアキもすでにポエみちゃんと仲良くなってるみたいじゃん。——謎のあだ名までつけてっし……。
まあ、最後は待ちきれずに呼びにきてたけどね。いやまあ、いうて、そんな長くは待たせてないと思うんだけど……やっぱ、せっかちはせっかちなんだな。
ともかく、みんな揃ったので、私たちは食事を開始した。
しかし、マリィはそれからすぐに——コイツは(私という例外を除いて)基本的に他人のいるところで一緒に食事をしないというヤツなので——自分の分のお膳ごと、別室へと引っ込んでいった。
——マリィは超マイペースというか、その辺の協調性は皆無なんだよね……。なので私も、特に何も言わない。
というか私も私で、(妖精ちゃんはいるとはいえ)まだまだ初対面みたいなもんであるチアキと二人きりになるのは、わりと気まずいんだけれど……
でもさすがに、ここで私もマリィを追って引っ込むのは、チアキが可哀想な気もするので……私はその場に残って、チアキと夕飯を共にするのであった。
食事中、なんやかんやとチアキと軽く雑談をする中で——そうは言ってもチアキはチアキなので……私もいまさら特に遠慮することもないし、そういう意味では案外、話しやすい相手だったと言えなくもなかったし——私は対面の彼女に、そんな話を振ってみた。
「——そういやチアキ、借りを返すためとはいえ、危険なダンジョン攻略にまでついてきて、本当によかったの?」
まあ、すでに連れてきておいて今さらなんだけど。
「それこそ、借りを返すだけなら、他にいくらでも——もっと安全なやり方があると思うけど……?」
するとチアキは、
「おいおい、水臭いこと言うなよ。アタシだって、あそこが地元なンだからな……そりゃあ、知り合いの一人や二人はいるさ。それをお前、わざわざ危険をかえりみずに連れ去られた連中を助けに行くッてヤツがいるンなら、自分もついていって手伝うくらいのことはするだろ。しかも、自分がソイツに借りがあるッてンなら、なおさらなァ……」
なんてことを言っていた。
なるほど……チアキもチアキで、一応はちゃんと、色々と考えてはいたんだね。
なんて一幕もありつつ……箸を進めていったポエみん(私がつけた妖精ちゃんのあだ名)の作った料理はどれも絶品で——ここ最近は、ロクな食事をとっていなかったこともあり——私は大いに満足して、食べ終わると気力も大いに回復した。
食事を終えると、あとは再び自由に……各自、あとは好きに、お風呂入るなり寝るなりしちゃってくださいって感じで。
私も今日はもう寝るつもりだったけれど……その前にちゃんと、お風呂にも入る。
ホテルや旅館のお風呂もあったけれど、やっぱり使い慣れた我が家のお風呂こそが至高なので、私はまたまた“自宅”に戻って、お風呂の準備をする。
その際にはポエみんが、アレコレと世話を焼いてくれた。
というかもはや、すべてをポエみんがやってくれた。
——まずはお風呂掃除に始まり、それから湯船を張り、髪や体を洗ってくれて、お風呂上がりにも、髪を乾かしたりなんたりと……
いやまあ、別に——ちゃんとシャンプーとかタオルとかドライヤーとかもあるし——その辺は自分で出来たんだけれど……
でもポエみんの手——というか、“魔法”を借りた方が、断然ラクに出来たので……
——お風呂掃除も一瞬で終わったし(しかもピカピカ)、お風呂入ってる間、本当に私、何もしなくてよかったし、風呂上がりのアレコレも全部ポエみんがやってくれるし……(特に髪を乾かすのが、魔法だと一瞬だからスゲェ便利なんよ。もう毎日ポエみんと一緒に暮らしたい)
マジで私、ただただお風呂の湯船に浸かってゆっくりすることだけに集中することができたよ……。
ほんと……こんなに快適で心地いい入浴体験は、人生で初めてでしたわ……。
思わず長湯しそうだったけれど、ほっといたらマジでそんままお風呂で寝ちゃいそうだったから、一念発起してお風呂場を後にしたよね。
その後もお風呂上がりのケアとか、それこそ歯磨きとかも、全部ポエみんがしてくれたから……
——ヤバいなこれ……たった一晩だけなのに、もう私、今後ポエみん無しじゃ生きていけねぇかも……。
今までにないくらいスムーズかつストレスフリーに、私は就寝の準備を終わらせて、気づけばベッドに横になっていた。
その時の——普段通りの眠る体勢として、マナシィに抱きついた状態の——私の頭の中は……もはや、つい先ほど、晩ご飯の前にここに横になった時にあった不安や重圧は消えており……代わりにあったのは、スッキリとした気分でグッスリと眠れそうな予感ばかりだった。
ああ、そうだ……必要なものは、すでにちゃんと揃っていたんだ……
さすがは〈攻略本〉だ——その采配に、間違いなし……
もう何も……私の眠りを妨げるものはないね……
じゃあ、おやすみ……。
そして、私はまぶたを閉じた——。




