第237話 彼の地にて 君を想えば 寂しけれ 慰みたもう 羊のマナシィ(カガミン心の短歌)
世界で一番落ち着く場所——自室のベッドの上で寝転がっていると……
——ごく自然に、いつの間にやら、それはもはや私の癖というべきか、どうにもそうしてしまうのを避けられぬとばかりに……
なんだか色々なことを、つらつらと考えてしまう。
まず思い浮かんだのは、「ある意味では、すでに私は、ある種の終着点に到達しているのかもしれない」という考えだった。
いえね、ふと思ったんだけれど……終末モノとかで、結末とされる対象としてよくある定番の一つといえば、安全かつ快適な拠点を獲得すること——なんじゃないかと。
だとすれば、今の状況——というか、この“鏡の家”って……これぞまさにそれやんって、気づいてしまったというか。
そう、私はすでに……「絶対に安全で、とても快適な拠点」を、すでに手に入れてしまっているのだ。
とはいえ、この拠点はあくまで、自分と……あとは、よくて数名の——親しい間柄の——人たちが暮らすのでちょうどいいくらいの規模でしかない。
いや、確かに……やろうと思えば、結構な数の人を収容することもできはするけれど。それぐらいの広さというか、容量はある。なんなら、ここからさらに追加で色々と増設することもできるし。
とはいえ……この“鏡の家”自体、そもそもがかなり私的な空間だから、私としては、基本的に余所者はあまり入れたくないという思いが大きい。
まあ、それを抜きにしても、さすがにこの“鏡の家”でも、何千、何万という人々を——匿うだけならまだしも——養って生活させていくだけのポテンシャルがあるかというと……それはさすがに、厳しいと言わざるをえない。
しかし——現状、このままダンジョン攻略を進めていけば、それくらいたくさんの人たちを救出することになるので——ゆくゆくは、それだけの数の人たちの生活の面倒を見なければならなくなることが、すでにほぼ確定しているのだよね……。
となると、次に考えるべきは、まさにその辺りについてだ。
私のこれからの活動や、その結果によって……まずもって、「大勢の人々を無事に助けられるかどうかが、自分の判断や行動の一つ一つにかかっている」ということや、それから、「首尾よく彼らを助けられたとしても、今度はその大勢の人々の生活の面倒をみる責任が生まれる」ということについて……。
正確な人数は分からないけれど……あの機械獣どもは、結構な広範囲に渡って、そこに暮らしていた人々をごっそりと攫ってきているわけなので……事実として、かなりたくさんの人が連れてこられているはずなのだ、この異世界には。
別に……私が助けたいのは、あくまで自分の両親や学校の友達なんかの、その大勢の中でも、ごく一部の人たちだけなんだけれど……だからといって、まさか他の人たちを見捨てていくわけにもいかないので——というかそもそも、自分の知り合いである一部の人たちだけを選別する方法がないという理由もあるけれど——とりあえず、全員を助けるつもりではいる。
しかし、そうして全員助けるとなると……問題となるのはむしろ、助けた後のアフターフォローについてだ。
助けた大勢の人たちの中で、自分の知り合いだけ今後の世話も見るようにして、後の人たちは放置する……だなんて——やれるもんなら、とても楽なんだけれど——そんな所業を行おうとすれば、批判や反発を受けることは火を見るよりも明らかだし。
それに、他でもない私自身が「一度助けた以上は、その後の面倒も見るのが、助けた者の責任というものだ」という考えを持っているので……やはり、放置するという選択肢はない。
とはいえそれも——いかな私とて、数万人を軽く超える規模の大量の人間の生活の面倒を見るだなんて、そんなことは現実的に不可能なんだから、さすがに諦めるしかない……と、言えたなら、事実、そうしたかもしれない。
しかし、幸か不幸か……私にはそれをどうにかしてしまえるだけの手段——というか、能力——があった。
それが出来るなら……出来てしまうのなら、やらないのは寝覚めが悪い。
そのことを思うと……今からもう、ズーンと気分が重くなってくる。
やりたくないなぁ面倒くさいなぁ——なんて気持ちも当然あるけれど……。でも、それ以上に私の気を重くしているのは……私にちゃんと、“ソレ”が出来るんだろうか——という不安だ。
それをこなせるだけの可能性——もとい、それだけの能力を持っているからといって、本当にちゃんとそれをこなしてみせることが出来るのかどうかは……やってみないと分からない。
そりゃそうだ。ゾンビや怪獣が蔓延る終末世界において、何万人という人口を抱えつつも、安全かつ快適に暮らしていける都市を作って運営していく——だなんて、そんなこと……やったことないんだから、出来るかどうかなんて分かるわけない。
そりゃ、ちょっとはワクワクしている部分もあるけどさ。
自分の好きなように街を作れるなんて、そんな経験、そうそう出来るもんでもないし。
でもやっぱり、楽しみな気持ちよりも、不安や面倒に思う気持ちの方が何倍も大きい。
だけれど……そう、やっぱり、いくら考えても、どんなにやりたくない理由を見つけても——だからといって、それをやらないという選択肢はないんだよね。
やっぱり私には、助けた人たちを見捨てるつもりはないし……そして、保護した自分の大切な人たちの安全を確保することに関して、最大限の努力をするつもりである以上——やはり、もっとも最適な手段としては、それしかない。
助けた人たちを、まるごと全部受け入れも平気なくらいの規模があり、他プレイヤーや怪獣やゾンビだとかの、あらゆる外敵をものともしない防衛力を持つ——私たちの主要拠点、もとい鉄壁要塞を作ることしか……!
意気込みは大いに強く——
しかして、不安もまた強く、大きい……
まだ先のことを、今からウジウジと悩んでいても仕方ないのに……しかし、こうして何もせずに休んでいる状態になると、ついついそんなことばかり考えてしまう。
——これでは、休みたくても休まらない……
はぁぁ〜〜……と息を吐いて、私は抱き枕にしがみつくようにして顔を埋める。
——あぁ、マナシィ……私の癒しであるマナハスがここにはいないのだから、今はお前が私を癒しておくれ……
すると——そうやってマナシィを通じて、マナハスへと想いを馳せていたら……
『“君は癒し”』
そのスキルが込められた“指輪”をつけていたので——『待っててマナハス』のR2で新たに覚えた——そのスキルが、半ば自動的に発動した。
すると——マナハスの側にいるだけで、HPやMPなんかはもちろん、疲労や精神的負担すら含めた私の諸々が回復していくという、“君は癒し”のスキルの効果により——地味にまだ尾を引いていた【G.S.O.J.】を使った反動を含めた、私の体を蝕んでいた疲労感や、重圧によって沈んでいた気分までもが癒されていき……徐々に回復していくのを、まざまざと感じ取ることができた。
これは……すげぇや。
そして……ヤバい、めっちゃ安らぐぅぅ……
なんという……極上の抱き心地……天にも昇る心地良さとは、まさにこのこと……——。
……
…………
………………ZZZ——はっ。
やば、すでに若干寝てたわコレ……。
いやぁ……いいね、これ。
安眠グッズとしてはもちろんだけれど、普通に——回復アイテムとしてもスッゲェ使えるし。
さすがは、“緋のマント”を使って真化させた“真想品”じゃあ……“指輪”同様、こちらも破格の性能をしておるわい。
そう……ダンジョンに向かう前に私は——カノさんが自宅から回収してくれていた——マナシィにも“緋のマント”を使って、“真想品”へと真化させていた。
——ちな、“真想品”というのは……“緋のマント”を使って特別な力を宿したアイテムのことだ。そして“真化”の方は、緋のマントを使ってメモリア化させる行為自体を指す。——とりあえず、“攻略本”にもそう書いてあったので、他と区別するためにも今後はそう呼ぶことにした。
私がマナハスに“指輪”を贈った高一のクリスマスに、マナハスが私に贈ってくれた、でっかい羊のぬいぐるみであるマナシィ……
そんなマナシィが、“緋のマント”によって宿した能力は……「このマナシィを特定の人物に見立てて、『待っててマナハス』のスキルを使うことができる」——というものだった。
要は、このマナシィ自体が、『待っててマナハス』のスキルの対象である“特定の人物(器物?)”として機能する、ということらしい。
なので——今まさにやっているように——マナシィの側にいることで、こうして“君は癒し”を発動させることができたり……
あるいは他の、“君の危機”などのスキルについても、マナシィを対象として発動させることができる。
つまり、マナシィがピンチになったら——私はそれを察知した上で、超強化されるってことなのである。
とはいえ——“攻略本”に書かれていたので、なるほどと感心したのだけど——マナシィの真価は、マナシィは道具なので“装備”することができる、という点にある。
マナシィを装備した私は——これ以上ないほど近くに、“特定の人物”がいることになるので——いつでも“君は癒し”を使って最大限に回復効果を発揮できるようになるし……
何より——“装備”したことによる効果により、“特定の人物”と自分自身がほぼ一体となるので——“君の危機”によって自分自身の危機を察知できるようになるのだ。
実際のところ……『待っててマナハス』というジョブのネックはそこにあった。
確かに、マナハスのピンチを救うにはうってつけの能力ではある。しかし、他でもない自分自身の危機にはまるで反応しないというのは、いかにもアンバランスというか……ぶっちゃけ使いづらくてしょうがない部分もあった。
でも、この“マナシィ”があれば、そんな難点も解消することができる。
事実、“マナシィ”のおかげで——それまでは、たとえ思いついたとしても、考えるまでもなく却下していた——「スキルの使い方としては確かに有効なんだけれど……でも、心情的には決して実行できない“使い方”」なんかも出来るようになったし……
それこそ、マナハスを助けに行った分身の“私”が——マナシィを“真化”させてから、大至急で作成して送りつけた複製品のマナシィを“装備”して——まさにそんな“使い方”をしたことによって、マナハスを助けるために必要な役割を果たせるようになったし。
ともかく、新たにマナシィという“真想品”を手に入れたことによって、『待っててマナハス』のジョブがさらに強力になったのは間違いなかった。
それに、なにより……今回のダンジョン攻略に関しては、マナハスと離れ離れになってしまったことによって感じる辛さや寂しさを、こうして癒してくれるマナシィの存在は、とても大きいものだから……
なんにせよ……自宅が無事だったことで、こうしてマナシィを回収して“真想品”にすることができたから……
それに関しては本当に——普段は特に意識していない、神という存在に感謝してもいいくらいに——良かったなぁと思う私なのだった。
それに、自宅からはマナシィの他にも、“真想品”に真化させられそうな“想い出の品”を、いくつか回収することができた。
しかし、それらの真想品候補の品たちは、まだ真化させていない。というより、今はまだできない。
というのも、真想品を作るのには——私と“特定の人物”の二人の強い想いが込められている、ということ以外にも——いくつか条件があって……そのうちの一つに、「作れるメモリアの数は、『待っててマナハス』のランクが一つ上がるごとに一つ増える」というものがあった。
私の現在の『待っててマナハス』のランクは2だから……新たに一つ作れるようになった分を、さっそくマナシィに使った形になる。
なので、新しいメモリアを作るにしても、先にジョブのランクを上げる必要があるのだ。
それと、もう一つの条件として「メモリアにする対象が、二つで一つの“ペア”のアイテムだった場合、二つ揃えてからでないと真化させられない」という条件もあった。
そして、マナシィ以外のメモリア候補については、どれもこの“ペアを揃える必要のあるアイテム”だったので……結局は、今はまだ真化させられないということなのだった。
——ちなみに、メモリアとして真化させられるほどに“強い想い”がこめられている品かどうかは、ペアの片割れだけでもあれば“緋のマント”が反応するので、それで判別することができる。
これらの品のペアとなるもう片方はマナハスが持っているので、まずはそちらを回収する必要がある。
まあ、そのうちの一つは、崩壊した駅にマナハスが置き去りにしてきた手荷物の中にあるらしいので……まずはそれだけでも、サッサと回収しなければと思うところだ。
うーん……こうして考えてみると——やっぱり、やることはまだまだ山積みだなぁ……。
メモリアの回収ならまだしも、他にも色々と、タスクは残ってるんだよなぁ……。
実際、関わる人たちが増えれば増えるほど、それに応じてタスクは増えていくことになる。
なんせそういう人たちは大抵、私が手を貸さなければ終末を生き残れないような“普通の人たち”なのだから……
だけど、なぁ……
私って基本、人見知りだし……あんまたくさんの人と関わるのとか、普通に苦手なんだよなぁ……
いやぁ……マジで、ダルいなぁ……嫌だなぁ……。
どっちかというなら私って、一人でも全然平気なタイプだし、むしろ、そっちのが気楽に感じる方だからなぁ……
……まあ、マナハスとかは例外だけどね。むしろマナハスなら、常に一緒にいてほしいくらいだし……でもだからこそ、長らく一緒にいてからこうして別行動とかしたら、慣れるまでめっちゃ寂しくなる。
——現に今だって、すでにかなり深刻なマナハスロスが発生しているもん……。
マナシィでも癒せない、埋められない、この空白は……。
こんな思いをするくらいだったら、いっそのこと、別行動なんてしなければ……なんて。
……本当なら私だって——もっと自由に、もっと好きなように、この終末世界を満喫できるなら、どれだけそうしたいと思うことか……
だけれど……他でもない自分自身が持つ“責任感”というやつを、私は裏切ることができない。
自由に振る舞うのは——私が自分に対して、そうすることを許せるようになるのは——私がするべきすべてのことを終わらせてからだ。
助けるべき人をすべて助けて、助けた人たちが安心して安全に暮らせる環境を整え終えたら——そこでようやく、私は解放される……。
すべてを終わらせたその時がくることを夢見ながら……
まだその道のりの途中にいる私は……
今はひとまず、一人で、静かに、穏やかに……
安息の地にて、休息するのだった……。




