第23話 ファイナル・ディナー(おかわりもあるぞ)
私が透ちゃんルームに戻ると、マナハスはまだ電話していた。だけどそれも、私が部屋に入ってしばらくすると終わった。
マナハスの電話が終わったところで、私は彼女に話しかける。
「どうだった? 実家の様子は」
「ああ、今んとこ何ともないみたい。そっちは?」
「こっちも無事みたいだった。案外、怪獣が現れたのって局所的だったのかな」
「だとしたら、それに居合わせた私らって、相当運悪いな」
「確かにね」
「しっかしこうなると、もう遊びどころではないよなぁ。どうする? 予定だと、二泊三日くらいで帰るつもりだったけどさ」
「うーん。やっぱ早くに帰るしかないかなぁ」
「でも、どうやって帰るかだよな。まず近場の駅はなくなっちまったから、無事な駅まで行かないとか?」
「どうかな……まあその辺は、また明日考えようか」
「……そうだな。今日は疲れたわ」
マジでそれ。もはや考えるのも疲れるのよ。
そんな話をしていたら、階下から藤川ママンの声がしてきた。
「ご飯出来たわよ〜、降りてらっしゃ〜い」
「分かった、すぐ行くから〜」
藤川さんの返事を合図に、私たちは立ち上がって一階へ降りる。
ダイニングルームに入ると、いい匂いが私を迎えた。テーブルの上には、なんだか美味しそうな料理がたくさん。
「なんか今日豪華だね」
「お友達が泊まるなんて久しぶりだったからねぇ、少し張り切ったわぁ。さ、そこに座って。二人とも、遠慮なくたくさん食べてね」
「あ、はい、ありがとうございます」
「今日お父さんは?」
「さぁー、多分遅くなってるんじゃないかしら」
「ふーん……」
「おかわりもあるからね。欲しかったら言ってね」
「あ、はい、どうも」
おかわりもあるぞ、と。メニューがカレーじゃなくてよかった。
——何言ってんの。
私たちが先に料理を食べ始めてしばらく、何やら後片付けをしていた藤川ママンも食卓にやってきた。そして、テレビのリモコンを手にする。
「あ、テレビつけてもいーい?」
「あ、どうぞ」
「ゴメンねぇ、いつも食事の時はつけてるものだから」
そういってテレビの電源を入れる。最初に映った映像は、なんだか見慣れた光景だった。
てゆうかこれ例の駅前じゃん。
撮ったのは昼間か。上空から見下ろした映像。ってことはこれ、あの時のヘリのやつ……?
「あらまぁ! これは何?」
藤川ママンもすごく驚いている。どうやら彼女は、駅前での事件を知らなかったようだ。
「これ、あの駅の映像なの? ウソでしょ??」
藤川ママンが、座ることも忘れてテレビに見入っている。
すると、横からマナハスが小声で話しかけてきた。
「おい、これってもしかして……」
「たぶん、あのヘリのやつじゃないかな……?」
なので私も小声でそう応じる。
視線を前に向ければ、向かいに座っている藤川さんも、こちらに盛んに視線を飛ばしてくる。その目は如実に「あの時の映像ですよね!?」と語りかけてきている。なので私も軽く頷いておく。
「信じられないわぁ……。あれ、そういえば透、アンタ今日、駅の辺りに用があるとか言って朝から出かけてたわよね。——ちょっと、アンタ大丈夫だった?! ……のよね? まさかアンタ、駅がこんなになったの直接見た?」
「えーっと……」
藤川さんは、何と答えたものかと迷った顔をして視線をさまよわせ、私の方を見た。そして目線で「どうしましょう?」と問いかけてくる。
いや、そんなこと聞かれても……まあ、そのまま事実を言うのは流石にイカンとは思うけど、じゃあ、どう言えばいいのかねぇ。
「ちょっと、どうしたの? まさかアンタなんかあったのかい!? ——ん、あれ?」
そこで藤川ママンは何かを思い出したようで、私の方を見る。
「そういえばアナタ、ウチに来た時すごいボロボロだったわよねぇ。そして、なんか騒動に巻き込まれたとか言ってたような気がするけど、もしかして……」
うん、まあ、その通りなんだよね。……やべぇな、どうすりゃあいいんだ。
「やっぱりアナタも駅に居たのよね!? それであんなにボロボロになってたの? あなた本当に大丈夫だったの?!」
すごい心配してくれてる。仕方ない。心苦しいが、全力で誤魔化すしかないな。
でも、あんまりウソばかり言っても上手く誤魔化せないかもしれない。なので、真実を織り交ぜつつ煙に巻こう。そうしよう。
「あ、大丈夫です。私は全然、怪我も無かったんで」
これは本当だ。私はまったく怪我はしていない。死にかけていたのは、お宅の娘さんの方なので。
「でも、あそこには居たのよね? 一体、何があったの?」
藤川ママンが、テレビの映像を指差しながら聞いてくる。
さて、なんと言おうか。
「……えーっと、私にもよく分からないんです。気がついたら、周りの建物とかがどんどん壊れていったので」
「それはまぁ、大変だったわねぇ。あらそれじゃあ、もしかして、アナタが透と会ったのは駅の近くだったのかしら?」
「あ、はい、そうです。そこで友達——こっちの真奈羽と待ち合わせしてたんですけど、藤川さんとも途中で会って、この後どうしようと思ってたところで、この家に来るように言ってくれたんです。なので、好意に甘えてお邪魔させてもらいました」
「そうだったの……大変だったのねぇ。もう大丈夫だからね。困ったことがあったら、私になんでも言ってちょうだいね。——あらそうだ。親御さんには連絡したのかしら。お泊まりってちゃんと言っておかないとダメよねぇ」
「あ、それは大丈夫です。もう電話で連絡しておいたので」
「あらそーお? それなら私からは言わなくていいかしら」
「はい。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、お子さんを預かるんだから、その辺はしっかりしておかないとねぇ。等路木さんの方も大丈夫?」
「はい、私も電話したんで、大丈夫です」
「そう、それなら良かった。アナタも駅に居たのよね? 怪我とか大丈夫?」
「私はー、はい、今は全然、大丈夫です」
「何かあったら、ちゃんと言ってね」
「はい、分かりました」
ふい、なんとか誤魔化せたか……?
あんまりこの話を続けるのは困るなぁ。やっぱテレビつけないでって言っておけばよかったかー。
しょうがない。せっかくの料理はゆっくり食べたかったが、早めに食べて撤収するか。
しかし、そう思っても、ようやく席について食べ始めた藤川ママンは喋り続ける。
「それにしても、一体、何が起こっているのかしら。——地震? でもこの辺りは揺れてなかったわよねぇ。そう言えば、お昼頃に何か変な音が遠くから聞こえたような気がしてたけど、私その頃部屋の中で運動していたのよねぇ。そうそう、私、最近エアロビクスにハマっていてね、これがやってみると結構楽しくって——」
「ちょっとお母さん、食事中にあんまりお喋りしないでよ」
「あら、ごめんねぇ。でもコレは気になるじゃないのぉ。喋りたくもなるわよぉ」
「関係ないエアロビの話とかしてたじゃん」
「それは話の流れでしょ〜? だって、こんな事件は大事件よぉ。そんなことがあったのに、エアロビで気がつかなかったなんてあるかしらぁ。嫌だわぁ」
「最近はエアロビしてるの? 前はヨガじゃなかったっけ」
「ヨガもしてるわよぉ。エアロビも新しく始めたのよ」
「どうせ三日坊主で終わるんじゃないの?」
「まあ、酷いこと言うわねぇ」
しかし、基本的に藤川さんが話し相手になることで私が話すことは無かったので、助かった。
なんだか、母親と話している藤川さんは、いたって普通なんだよなぁ。なぜか私と話す時は、ちょっと変になる気がするんだけど、アレってなんなんだろうね?
——ちょっと思い込みが激しいみたいだし、出会いが出会いだったから、なんか変な刷り込みでもはいってるんじゃない。
んー、そんな気がするカモ。
その後は終始、藤川さんがママンと会話することで夕食の時間は終わった。食べ終わった私たちは、二階の藤川さんの部屋へ撤収する。いちおう、皿洗いとかしましょうかとも聞いてみたが、お客さんだからいいわよと言われたので、流しに持っていくだけにしておいた。
部屋に戻ると、マナハスがこんな事を言い出す。
「でも、本当のこと話さなくて良かったのかなー」
「本当のことって、恐竜のこと? 信じてもらえるわけなくない?」
「そりゃそうだけどー。てか、テレビの映像に恐竜出てこなかったね。映ってないことはないと思うんだけど」
「カットしたんじゃない? さすがに。ビーム撃たれたところもなかったし。まあ私としては、自分が映ってなくて安心したけど」
「もしも映ってたら、スゲー有名人になったかもな」
「だから嫌なんだよ」
結局、テレビには一度も恐竜くんは映らなかった。テレビでは、他の地域でも何かが起こっているみたいなことは報道してたけど、それも詳しい情報はなかった。当然、モンスターが暴れている映像なんてのはまったく流れなかった。
テレビの情報でも、詳しいことは分からず仕舞いか。やっぱり、様子を見てみるしか無いのかなー。
「こっからどうしよっか? お風呂はもう入ったし、なんかもう少しネットで情報探してみる?」
「これ以上の大した情報は得られないと思うよ」
「だよねー。それじゃあ、どうする? もう寝るー?」
「そうだね。正直、疲れたし、早めに寝よっか」
「寝るんでしたら、布団持ってきますね」
「ありがとう。手伝おうか?」
「あ、じゃあお願いします」
そうして、藤川さんと布団を運んできたりと、寝る準備をする。
まだそんなに遅くない時間だけど、今日はもうこのまま寝てしまう感じか。やはり皆、疲れているのだろうね。
寝る支度を終えたマナハスが、藤川さんに話しかける。
「それじゃ私らはベッドで寝ようか……」
「はい。その、寝相悪かったりしたら、ごめんなさい」
「寝相悪いの?」
「どうでしょう? 誰かと同じベッドで寝るのが、初めてなので……」
「私もそうだよ。こっちこそ、寝相悪かったらごめんね」
おうおう、なんか夫婦の初夜みたいだな。知らんけど。
「おや、初夜ですか」
「黙っとけ」
いっけね、口に出てらぁ。んで速攻叱られたワ。
「それじゃあ、電気消しますね。……おやすみなさい」
「おやすみー」
「おやすみなさい」
さて、ここからはようやく、お待ちかねの確認タイムだよ。
——ようやくね。なんやかんや、二人がいるとじっくり確認できないものね。
この暗闇でも、ウィンドウは普通に見える。これなら、問題なく確認出来そうだ。
——夜は長いし、時間はたっぷりあるわね。まあ、一晩起きてるとするなら、だけど。
もちろん。確認が終わるまでは寝るつもりはないさ。夜間警戒の意味も込めてね。
——何が起こってもおかしくないものね。
んじゃ、やりますか。
そうして、暗闇の中に浮かぶウィンドウを眺めながら——私の夜は更けていくのだった。