第236話 タイムシンク……ちょっと何を言っているのか全然分からないですね(難解)
さて、お試しの戦闘も上々な結果で終わったので……ここらで休むとしますかね。
ATBFでの戦いが終わり……無事に「鏡の間」に戻ってきたところで、今日の活動はおしまい。
あとはもう、のんびり休憩しちゃうとしよう、そうしよう。
というわけで——気兼ねなくゆっくり休憩するために——私はまず、この“鏡の家”の外界との“時元同調”を切断した。
『“鏡界管理——時元同調——同調解除”』
すると——フッ、と——この鏡の間の鏡壁に映っていた外の景色が消失し、元の鏡に戻る。
時元同調を切ったら外の様子が分からなくなるのは仕様なので……これでまた——鏡が鏡を無限に映すという——だいぶイカれた見た目の部屋に戻ってしまったけれど……これはもうしょうがない。
それでまあ——さっきからちょくちょく出てきている——時元同調とかいう、コレについてなんだけれど……
これについては——ぶっちゃけ私も、詳しいことは理解していないというか、あんまり納得できていないというか……そんな感じなんだけれど。
とはいえ、“攻略本”曰く、このタイムシンクというのは、使いこなせたらかなり便利な仕様らしいので……よく分かっていないながらも活用させてもらっている。
というのも……タイムシンクに関しては、この“鏡の家”でも、すでに色々なトコロに利用しているので。
そもそも——この“鏡の家”は、外界とは完全に隔絶された異空間なワケなんだけど……それで実は、この異空間の仕様としては、外界の時間の流れからは隔絶されている状態こそが通常状態だったりする。
しかし、そうはならずに、ここも(さっきまでは)外界と同じ時間の流れになっていたのは……これは、そうなるように——あえて、ある程度の“繋がり”を確保して、外界と時間の流れが同調するようにと——こちらで調整していたからなのだ。
なので、逆に言えば、この同調を解除してしまえば——ここは本来の状態に戻り——外界とは時間の流れが隔絶した状態に戻るのである。
タイムシンクを解除することによる一番の利点は、ズバリ、「時間の創出」にある。
外界とタイムシンクしていないということは、この鏡の家の中でどれだけ過ごしても、外界では一秒たりとも経過しないということなので……その分、文字通り、いくらでも時間を作れるということになる。
なるべく急がなければいけないような状況では、この——外界とは時間の流れすら切り離されているという——異空間の持つ特性は、とても有利に働く便利な仕様として活用することができる。
そういう意味では……実のところ、これとまったく同じことが、地球と異世界の間にも起こっているんだよね。
地球と異界を繋ぐ——ある種のトンネルのようなものだとイメージできる——“魔境界穴”……その地球側の出入口に“異境界門”を設置することで、この両者の間のタイムシンクを調整することができる。
今回、異界に来るときに、ゲートの設定でタイムシンクは完全に解除しているので、私たちが異世界側でどれだけ過ごそうと、地球の方では一秒も経過しない。
次に地球とタイムシンクを同調させるのは、異世界側のワームホールの出入口にダンジョンゲートを設置して、地球と繋げた時になるだろう。
そこで繋げた時点で、繋がるのは「私たちが異界へと出発し、ゲートを潜り抜けて——それから、ゲートに対してタイムシンクを解除した——まさにその次の瞬間、出発直後の時点の地球」となる。
……いやまあ、ぶっちゃけなに言ってんのか自分でもよく分からないくらいだし、めっちゃややこしいんだけれど……
とにかく——“攻略本”が言うところによると、そういうことらしいので——現状、この異界でどれだけ時間を過ごしても、地球の方の時間は進まない(らしい)し……
同様に、この鏡界でどれだけ時間を使っても、外界の方の時間は進まない——ということ……みたい。
なのでまあ——今こうして、タイムシンクを切った以上は——時間を気にせず、ゆっくりしていっても大丈夫なのだぜってこと。
ってな感じのことを、みんなにも説明しつつ……
——まあ案の定、みんなには「ナニ言ってんだコイツ?」って顔をされたけど……
私は一気に寛ぎモードに切り替えていった。
安全な場所でガッツリ休める状態になったので——みんなにも、タイムシンクの説明と合わせて、その旨を改めて伝えつつ——私はまず、楽な格好(あるいはラフな格好)に着替える。
まあ、着替えに関しても時間はまったくかからないんだけどね。要は防具の形態を変えるだけなので、ピカッと光って一瞬で全身換装だ。
それにより私は……今まで着用していた——異界の未知なる環境や、突発的な戦闘を含めたあらゆる状況に対応するための完全装備である、改造により追加した防具の新形態の——「環闘装束」モードから、ごく普通の(楽に過ごせる)服装である「私服装束」モードに切り替えた。
服も変わって、気分もすっかりお気楽モードになったところで……
改めて私は、全員を引き連れて、みんなで一緒に“鏡の家”の内部をひとしきり見て回ってみた。
端から順番に、扉を開けていき——
実際に立ち寄ってみてから、それぞれのエリアについて、より詳しい説明をしていく。
そうして、一通り見て回って紹介を終えたところで……最後にやってきたのは「待機室」だ。
ここは主に星兵たちに使ってもらう部屋ということで……私は改めて、この部屋についてみんなに説明する。
そもそも——ダンジョンにやってきたことで、現在の星兵たちは、召喚者であるマユリちゃんとの“繋がり”が断たれた状態にある。
星兵はマスターとの“繋がり”から、現界するのに必要な魔力の供給を受けている。なので、これが断たれるということは、そのままではいずれ存在を維持できなくなるということを意味している。
一応、対策としては、何らかの手段でAPを回復させることで——本来なら、魔力切れで強制送還されてしまうところを——なんとか現界を維持させることができはする。
ただし……そうやって召喚を維持するのも、結局は“時間稼ぎ”に過ぎず——マスターとの“繋がり”が切れた星兵は、時間経過とともにSTが徐々に弱体化していくことを避けられないので——いずれは回復すら受け付けなくなるくらいに、弱り切ってしまうことは避けられない。
なので、マスターとの“繋がり”が断たれた星兵というのは、どうあがいてもそれ以上は存在を維持できないという——「活動限界」に至る瞬間というのが、遅かれ早かれ、必ずやってくる。
その星兵の“活動限界”がくるまでの期間の長さは、星兵によってまちまちなのだけれど……
とはいえ、今回のダンジョンを攻略するのにどれくらい時間がかかるのかも、予測が難しいところなので……星兵の能力を最大限に活かすならば、この“活動限界”をどうにかする必要があった。
そこで、対策の一つとして“攻略本”が提示していたのが、先に挙げたタイムシンクを活用した方法だった。
というわけで、ここで登場するのが、例の「待機室」なのだ。
この「待機室」は——内部は、さらにいくつかの部屋に分かれているのだけれど——各部屋の内部空間に対して、それぞれ個別にタイムシンクを設定して使うための部屋だった。
つまり……この「待機室」の中の、それぞれの部屋の内部の空間自体を——この“鏡の家”全体という——“外”とはタイムシンクを切り離した個別の異空間として設定することが出来る、ということなのである。
そんなわけで、星兵たちにこの「待機室」に入ってもらって……その上で、内部とのタイムシンクを切ってしまえば——その間、私たちが外でいくら活動していようとも、星兵のいる部屋の内部では一切時間が経過しないので——“活動限界”を気にすることなく、その間は私たちが活動できるようになるのだ。
要は、出番が来るまでは、星兵たちにこの「待機室」で“待機”してもらうことで、その間は“活動限界”までの時間制限が進行しないので、その分、いくらでも星兵の活動時間を温存できる……というわけ。
まあ、そんな風に星兵たちを閉じ込めておいて、そうやって活動限界を引き延ばすだなんて……それはなんだか、いやにシステマティックというか、ドラスティックというか——なんなら、ちょっとドメスティックな雰囲気も感じるというか……
なんてことを、少しだけ思わなくもないんだけれど……でもまあ、そこはそれ、それが一番効果的な対処法なんだから、そうするべきなんじゃないか、とも思うというか……
それに、いうて……星兵たちの側からすれば——閉じ込めるといいつつ、その閉じ込められている期間はほんの一瞬なので……まあ、別にいいのかなっていうか。
てなわけで、現状はまだ出番のない星兵たちには、みんなしてこの「待機室」にそれぞれ入ってもらった。
実際、妖精ちゃん以外の三人の出番がくるのは、それこそ——機械獣たちの基地に潜入する時とか、そういう“本番”になってからなので……現状では特に出番はないのよね。
なので星兵は全員、「待機室」に入って“待機”してもらった。
ただし約一名——妖精ちゃんに関しては、むしろ出番があるのは日常的な部分なので、もう最初から最後まで、ガッツリ活躍してもらうことになると思う。
とはいえ、妖精ちゃんだけそうして出ずっぱりでいれば、当然のように“活動限界”までの期限はどんどん消費されてしまい——攻略完了の時を待たずに、ひと足先に彼女だけ途中で脱落してしまう……なんてことにもなりかねない。
では、どうすればいいのか……
私が妖精ちゃんをわざわざ今回のダンジョン遠征メンバーに入れたのは、攻略期間中の身の回りのお世話の——そのすべてを、彼女に一任したいと強く熱望していたからに他ならないので……彼女が十分に活躍できないのでは意味がない。
でも、大丈夫……
その辺りのジレンマを解決する方法についても、ちゃーんと(攻略本に書いて)ありました。
その答えは、ズバリ——「分身能力」……!
妖精ちゃんに関しては……彼女の本体には、他の星兵と同様に「待機室」で待機してもらいつつ——しかし、そこに入る前に——私の能力を使って分身を作成しておいて、基本的にはその分身ちゃんに活動してもらう……という方法をとる。
これなら——本体は“待機中”なので、“活動限界”が進行しない状態で分身ちゃんの方が活動できることになり……すべてが解決する。
というのも、この分身ちゃんを生み出す方法については、私の『鏡使い』が持つ分身能力である“現創造形”(の指輪)を使うつもりなので……
そうすると、この——私の分身能力によって生み出された——分身ちゃんに関しては……彼女が存在するのに必要な魔力を、術者である私が“繋がり”を通して供給する立場になる。
なので彼女は——私の管理しているこの“鏡の家”の中にいる限りでは——本体の妖精ちゃんと違い、私との“繋がり”が途切れることはないので、“活動限界”がやってくることもない。
それでいて彼女は、分身であっても——私たちの身の回りのお世話をするくらいなら、そこまで大きく消耗することもないし——普通に能力を使うことができるし、能力が使えるなら、メイドさんとしての役割もちゃんとこなせるというわけなので……だとすれば、彼女にすべての家事を任せることもできるというわけなのだ。
まあ、だったらそもそも、最初から妖精ちゃんの分身を連れてきとけば良くない? なんて思うかもなんだけれど……まあ、そうするには、それはそれで色々と問題があるんだよね。
それにそもそも、今の私は妖精ちゃんの小さな分身一つを維持するので精一杯なくらいに、能力が弱体化しているので……その点から言えば、やはりこちらでも能力をある程度は使える星兵がいるのは心強いわけで……
そういう意味でも、星兵は必要な戦力だったし、そんな星兵たちという貴重な戦力を温存しておくためには、「待機室」で“待機”してもらうのもやむなし……なのだ。
なんて感じに、自分の中で折り合いをつけつつも……私は必要な手順を進めていった。
星兵たちには「待機室」の中で専用の個室をそれぞれあてがい、部屋の中に入ってもらったところで、こちら側との“時元同調”を切る。
妖精ちゃんだけは、その前にひと手順——分身を作成しておく。
星兵のみんなは特に文句を言うでもなく、私の指示に従ってくれたので、ありがたいやら、ちょっぴり申し訳ないやら……思うところは色々ありつつも、彼女たちとはしばしの別れである。
星兵たちに“待機”してもらったところで、残ったのは三人のプレイヤー(ただし能力をほとんど失っている)と、一人の分身ちゃんになった。
とはいえこれで、ひとまずやるべきことはあらかた終えることができたので……私はみんなに「以降は各自、自由にしてくれていいよ」と、団体行動の解散を宣言する。
すると、それを聞いたチアキはさっそく「あいあい——じゃ、またチョット見て回ッてくるわ」と言って、「遊戯室」の扉の向こうへと消えていった。
そうは言いつつ私と妖精ちゃんは——彼女にこれから色々とお世話を焼いてもらうためにも——追加で彼女に伝えておく必要のあるアレコレについて、現地を直接見て回りながら説明していこうと思い、さっそく二人で向かおうとしたら……なんかマリィも、そんな私たちについてくる。
「あれ、別に、もう自由行動していいよ?」
「ああ、だから自由行動してる」
「んー……そう」
結局、マリィもついてきたので、私は二人を連れて——キッチンとか、食材を置いている倉庫とか——その辺を回りながら、妖精ちゃんに諸々の使い方なんかを教えていった。
ついでにポエミーには、より仕事をしやすくするために、とあるアイテムを渡しておいた。
それを見たマリィが、自分にもくれと言ってきたけれど……却下する。
だってこれ、どうせ渡しても能力が使えない今のマリィじゃ使えないし……だから文句言ってもムダよ。
どことなく不服そうなマリィを尻目に、私はポエミーと今晩の夕食のメニューの相談を進めていく……。
とまあ、そんな感じで……
ポエミーとのやり取りも、一通り終わったところで……
これでようやく、私も自由に休めるようになった。
さて、では……休みますか。心ゆくまで……。
ポエミーとも別れた私は、「待機室」までやって来ると、その扉を開け——中にある複数の扉の中から、さらに一つの扉を選び、その前に立つ。
そして……後ろを振り返って言う。
「それで……アンタはいつまで、私の後ろをついてくるわけ?」
「ふむ……見覚えのある扉だな、それ」
「まあ、そうでしょうね。——なんせアンタは以前にも、この扉を通ったことがあるからね」
「ああ、そうだな」
「……」
「どうも、己も一緒に中に入らせてはくれない感じか?」
「え? なに、入ってどうするつもりなの?」
「別に……久しぶりに、お前の部屋に入るのもいいかなって」
「いやいや、私の部屋とか、別に何もないし……」
「お構いなく」
「私が構うんだけど……てか今は、えーっと、部屋も片付けてないし……」
「気にしないさ」
「私が気にするんだって……」
「あれ、お前、そーゆうの気にする方だったっけ?」
「……」
「はいはい、分かったよ。一人になりたいんだろ? なら諦めるよ」
「なにさ、それ……察しがいいわりには——なんかやけにグイグイきてたし……いったい何がしたかったのよ」
「別に……それはむしろ、自分の胸に聞いてみろよ」
「はあん……?」
「まあ、一人でゆっくりする時間も必要だろうさ。実際、疲れてるみたいだしな」
「……まあね」
「それじゃ……邪魔したな」
「別に……いいけど。じゃあ、まあ……また後でね」
「ああ」
そう言い残すと……マリィは踵を返して歩み出したので、私はそれを見送る。
——別に……構ってちゃんでもないはずなのに、なんかやけに食い下がってきた気がするけど……どうにも変なマリィだったな。
なんて思いつつも、マリィが「待機室」の扉を開けて出ていったところで、私も目の前の“自室”の扉を開ける。
そう、自室と言う通り——扉の先にあったのは……それは、「私の家の私の部屋」だった。
この自宅(の自室)についても、まるまるコピーして“鏡の家”の中に再現したものだ。
いざ休むといって、私が一番休まる場所といえば、やはり自室をおいて他にはないので……ひとまず、ここへやってきた次第だ。
部屋に入って、扉を閉めたところで……私は、自分が世界で一番落ち着く場所に帰ってきたんだと、そう——改めて実感する。
いや〜〜〜……やっぱり、我が家がイチバン落ち着くわぁぁぁ〜〜〜……。
……なんやかんや、私がこの自室に帰ってきたのも、五日ぶりだからね。
——たかが五日、されど五日……
その五日間にあった出来事の内容が濃過ぎて……以前にこの部屋で普通に暮らしていた頃のことなんて、なんだか——もう遠い昔の出来事のような感覚がするような気が、無きにしもあらずってカンジだし……。
私はおもむろに——装備欄に“装備”していたソレを、ベッドの上に呼び出すと……
そのままその——大きな羊のぬいぐるみ兼抱き枕の——“マナシィ”に抱きつきつつ、ゴロンとベッドに寝転がる。
……。
……。
……。
…………あぁー……。
…………いやー……マジで……“あぁー……”だわ……。
なんやかんや、終末世界になってからこっち……今この瞬間が、ようやく初めてのこと……心の底から、“一息つけた”って感じがする……。
実際、私って案外、一人の時間が大切であり必要な性質というか……
誰かと一緒にいるのは——それが度を越した大人数でもなければ——別に、嫌いではないけれど。でも、ずっと“そんな感じ”だと、ちょっと気疲れするというか……
まあ、そんな感じの人だから、定期的に自分一人になる時間が必要というかね……。
だけど終末世界が始まってからは、様々な事情や理由があって、ついぞ一人きりになることは出来なかったから……。
だから……今こうして、しっかりと自分一人の時間を過ごせることで——
ようやくのこと、張り詰めていたナニカを解放することができる——って感じだわぁ……。




