第234話 恐れを払拭するは、勇壮なる戦いの調べ……
私の目の前には、翼を広げた全長にして十メートル以上はある、巨大な鳥型の機械獣がいた。
遠くからはるばる飛んできたコイツは——私たちが〈鏡の家〉に入り込んだ地点を、まるで正確に把握しているかのように——〈鏡の間〉の鏡壁に映した風景の中に、デカデカとその存在感を誇示するくらいに……今や、それくらいめっちゃ近くにまでやってきていた。
地面に降り立ち、周囲をしきりに探るような仕草をしている巨鳥型機械獣と——次元を隔てた鏡面の向こうの映像として——目と鼻の先で対峙しつつ……私も私で、この巨大な機械の怪物を観察していく。
存在する次元の位相が異なる、まさに異空間にある〈鏡の家〉に対しては、干渉することはおろか、その存在を観測することすら不可能なハズの相手が——しかし、この場所までやってきたということは……
恐らくは、最初に私たちが〈異界突入艇〉でこの異世界に(着陸ならぬ)着界した際に生じた衝撃を、受信したのだろうと思われる。
だとすると……この世界というか機械獣たちの、その感知力というか警戒網というか——それらの高さが思い起こされて、嫌でも危機感を覚えさせられる。
ほんと、とんでもない連中だよ、コイツらは……
マジで、〈鏡の家〉という安全地帯が無ければ、この異界の攻略難易度がどれだけ増していたことやら……。
そんなスーパーハードモードを想像して、たちまちげんなりしそうになった気持ちを切り替えて……私は、この巨鳥機を倒せそうか調べるという、本来の目的に立ち返る。
映像越しには普通に観察することしか出来ないので、私は新たに——見つかりにくいように“透明彩飾”というスキルを用いて透明化させた小さな鏡を生み出し、その透明な鏡に対して“鏡界潜入”を使うことにより——“外”へと繋がる〈鏡の窓〉を生み出すと……
複数の能力を同時に行使することに苦戦しながらも——なんとかかんとか、それを介して巨鳥機を“鑑定”する。
『“鏡映鑑定”』
ふむ、ふむ……
どうやらコイツは、私がまだ地球にいた頃に戦ったことのある通常の機械獣らと比べても、そこまで戦闘力に違いはないみたいだ。
ならまあ、戦って倒せないってこともないと思うけれど……私たちが万全の状態なら。
そう、問題は……今の私たちは、能力がかなり制限されてるってところ。
そうじゃなくても、機械獣は普通に強敵なので……相手が一体だけだとしても、弱体化中の私たちでは、そのままではハッキリ言って勝ち目はないと言わざるをえない。
なので、勝算に関しては……マリィと、ヤツからお借りしたこの能力次第なんだけれど。
私は能力の元の持ち主であるマリィに対して——巨鳥機を指差しながら——問いかける。
「どうかね……コイツ、倒せると思う?」
「そうだな……まあ、大丈夫だろ、いけるいける」
「本当に……?」
「見たとこ、特に上位の個体って風でもないし……問題ないな」
「だといいけど」
「この程度のやつは、すでに何度も倒してるからな……それも、己一人で」
「でも、その時は……今みたいに能力が制限されてなかったわけでしょ?」
「まあ、な。でもま、己の能力は、この機械獣って連中とは相性がいいみたいだからな……実際のところは——だいぶ高い確率で——余裕で勝てるだろうよ」
「えぇ〜、ほんとにー?」
「疑り深いな……まあいいや、それならほら、『“こういう感じ”』——だから……これなら、大丈夫そうだろ?」——そこでマリィは、私に“とあるイメージ”の念話を飛ばしてくる。
「……むー……なるほど。——確かに、これなら……大丈夫かな? まあ、アンタがそこまでいうなら、試しに一戦バトってみっかね」
「はッ、そうこなくッちゃなァ」
私がそう言うと、横で聞いていたチアキも嬉しそうにニヤリと牙を剥いてみせる。
——まあ、今さらやらないなんて言ったら、チアキもなんて言うか分かんないからね……。
それに、さっきマリィが軽く念話で送ってきた話だと……マリィの例の能力と、私のこの〈鏡の家〉という地の利が合わされば、実際のところ、だいぶ安全マージンとって戦えるみたいだし。
それならまあ、私も——マリィの能力ってのも気になるし——やってみてもいいかなと思うところだ。
「じゃあ、いよいよ使ってくれるンか? ここでも戦えるようになる、マッドアイの能力ッてヤツを」
「うん、やってみるよ。——だから二人とも、例のモノを出してくれる?」
そう言いつつ、私も自分の分のソレ——マリィから事前に受け取っていた、マリィのジョブである『G.S.使い』のジョブアイテムの——〈G.S.〉が宿った〈玉響珠〉を取り出すと、右手の上に乗せて持つ。
そして、マリィからコピーした『G.S.使い』のスキルが込められた〈指輪〉をはめていることを意識しつつ——
私は自分の体に——見た目は手のひらに乗るサイズの光る球である——玉響珠を押し付けるように右手を動かしながら、そのスキルを発動する……っ!
『“G.S. O.J.”』
すると——
なんだか口に出して叫びたくなるような技名だぜ——なんて考えながら使ったスキルは、ちゃんと発動に成功し、その効果を発揮すると……
私の身体に、玉響珠に宿った守護精霊を霊格憑依させた。
瞬間——自分の身体に起きた劇的な変化を感じ、私は驚愕する。
凄まじいまでの——圧倒的なパワーだ……っ!
——自らの体から、雷のオーラが弾けるように発光するさまを幻視する。
能力を失っている今だからこそ、分かる。
この力は……かつて私が持っていた、プレイヤーとしてのSTに匹敵して遜色ないほどの強さだ、ということが。
これが……これがマリィの能力か。
なるほど……これがあれば確かに、機械獣が相手だろうが、一人で無双できたというのにも頷ける。
なにせアイツが以前にこれを使った時には、まだ普通にプレイヤーとしての能力もあったハズなので。
プレイヤーの元からのSTに、さらにこれだけの力が上乗せされたのだとしたら……そりゃあ無双もできるってもんだわ。
確かにこれなら、元々持っていた能力を失っていた今の私でも、機械獣と戦える。
なんせ今の私は——元々の能力が戻ったわけではないけれど——以前のそれに匹敵しうる力を、新たにこの身に宿すことができたのだから。
STに関しても……以前の三色ゲージとほぼ同等の力が発揮されているのを感じる。——特に、HPのバリアがあるのは、とても心強い……。
今の状態なら、強機動服も問題なく全力稼働させられるだろうし……ジョブスキルが無いことを除けば、ほぼほぼ以前と同じように戦えるんじゃないかと思う。
それに、そのジョブスキルに関しても……今はすでにそれに代わる、この〈G.S.〉の持つ能力が新たに使えるようになっているのであるし。
この、〈G.S.〉からもたらされた新たなる力——“CA”の使い方については、私もまだ詳しくは知らないから、マリィに教わらないとだけれど……
そこで私が、当のマリィに視線を向けると……マリィもこちらを見ており、楽しげに話しかけてくる。
「どうやら、上手くいったようだな」
「そうね……」
「どうよ、G.S.——〈アールコアーランド〉を憑依させた感想は」
「そうだね……これ、マジで——」
「スッッゲェな……ッ!? いや分かるぜっ、今のお前がッ、なんかマジでとンでもねェ力をその身に宿してるッてコトは——アタシもビンビンに感じてッぞ、オイッ!」
「——まあ、チアキも肌で感じちゃうくらいには、ヤバいってことは……自分でも分かるよ」
「おいっ、おいおいっ、早く早くッ、アタシにも早くやッてくれよッ、ソレッ……なあッ!」
「分かった分かった……すぐにやってあげるから、少し落ち着きなさいな」
チアキが待ちきれない様子なので、私は彼女から玉響珠を受け取ると、彼女にもO.J.させる。
『“G.S. O.J.”』
宿れッ、〈クロコダインフリート〉ォッ!
「——っうおおおおおおおッッッ!!! キタキタキタァーーーッッ!!」
ブオウッ——と、まるで見えざる熱波のオーラを放たんばかりに、チアキが暑苦しく覚醒した。
テンションがブチ上がって、今にもこの場で暴れ出しそうなチアキを抑えつつ……
続けてマリィの方を見やれば、スッと自分のG.S.スフィアを手渡してきたので、私はさっそくそれを用いて、本家本元のマリィにもO.J.を使用する。
『“G.S. O.J.”』
宿れッ、〈ダールシヴァーデム〉ッッ!
マリィにダルシの玉響珠をぶち込んだ瞬間——周囲の温度が一気に下がったような錯覚と共に、凍てつくオーラを幻視する。
全身から——基本いつもクールなやつだけれど、今は普段にも増して——冷徹な雰囲気を発散させながら……マリィが口を開く。
「さて……準備も終わったし——時間も無駄にできないからな、さっそくあいつと戦おうぜ」
それからマリィに言われるままに、私は巨鳥機との戦端を開くため、まずは外へと繋がる窓を開く。
宿したG.S.によってSTが強化されている——どころかもはや、無能力者から能力者に覚醒したかのごとくに変貌している——今の私は、難なく〈指輪〉を扱えるので、複数の能力を同時に行使するのも容易い。
なので私は、外と繋がる“窓”の役割を果たす鏡である——先ほどと同様に透明化させている——〈鏡の窓〉を空中に生み出すと、巨鳥機の手前に浮かせる。
——敵がデカいから、こうして浮かせた方が狙いやすいかな……。
もはやヤツと戦うことに対して、私に恐れはまったくない。
まったくもって、それはマリィのこの『G.S.使い』のおかげであり、こんなん有り体にいってぶっ壊れ性能だし、激レア能力様々といったところだけれど……
マジで、なんか知らんけど——マナハスしかり、マユリちゃんしかり、そしてマリィしかり——私の周りの“マ”がつく奴らってば、みんなして激レア能力に目覚めるんだからね……
はてさて、マリィがこんなぶっ飛んだ能力に目覚めていたのは、これは偶然なのか、あるいは必然だったのか……
いや、やはり必然か……
なんせ、ヤツの使う武器というのが、これまたアレなのだから——
その時、私の目の前には、今まさに〈鏡の窓〉越しに巨鳥機に攻撃しようとしているマリィの姿があった。
そのマリィが構えている武器は——持ち手の部分が回転式銃身で、その先には銃口ではなく、重厚な剣身がついているという——それはまさに、まごうことなき〈ガンブレード〉だった。
マリィ……コイツめ……
テメェのその武器選択センスには、さすがの私も脱帽だよ……
そりゃあオメェ、それを選んだテメェが覚醒させたジョブ能力が——最終幻想のナンバリングⅧにまるっきしソックリな——それだったというのも、それもやはり必然なのだろうよ……
まあでも正直、この身で体験した今となっても——そんなことある? っても思うけどね。
いよいよ狙いを澄ませたマリィが、ガンブレードの銃身の撃鉄を下ろす——と、剣身がガチャンと上下に開いて変形し、そこにまさかの銃口が出現するという驚きの機構が……
ってオイ、マジかよなんだそれ、そんなんアリか——っ?!
——っ、ランスオブスリットッ!?
いやそりゃ、ガンブレードじゃ撃てなくね? とは思ってたけど!
だけれどまさか、そんな変形機構とかあるなんて……っ!?
『“鏡界潜入”』
興奮と同時に驚愕し、狼狽えつつも——〈鏡の窓〉に能力を発動させ、外へと繋げた私に合わせるように……
マリィはあっさりと——〈鏡の窓〉から覗く巨鳥機にピッタリと照準を合わせた——ガンブレードの引き金を引き絞り……
ダァン——ッ!!
と、弾丸を発射する。
撃ち放たれた弾丸が——この鏡界にある〈鏡の窓〉を通り抜けて、現界に飛び出したその先の——巨鳥機に命中するのと同時に……その能力が発動する。
『“ATBF”』
そして、私とマリィとチアキの三人は……
攻撃を受けたことにより、巻き込まれる条件を満たした——巨鳥機も一緒に引き連れて……
全員まとめて、歪んだ次元の内部に発生した異装空間に飲み込まれていった。
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気がつくと私は、荒野が広がる戦場に立っていた。
自然に動いた体が——すっと刀を引き抜き、そして正眼に構えさせる。
そんな私の左隣りではマリィが——初め、祈るように顔の前で天に向けていたガンブレードを、腕を下ろすと同時に、まるで銃を横撃ちするときのように水平に保持しつつ、そのまま腕とブレードをピンとまっすぐ前方に伸ばして相手に向けて突き付けるという、なんとも独特の構えをみせていた。——いやマリィお前、得物はスコール式なのに、構えはサイファー式なのかよ……。
そのさらに左隣りでは、チアキがブンブンと鎖鉄球を振り回しており——そんな戦意十分な準備運動の後には……結局はだらんと、前傾姿勢で手に持つ鎖鉄球をブラブラさせるという、なんともだらしない構えともいえない体勢に落ち着いていた。
そんな私たち三人が横並びに並ぶ目の前には、あの巨大な鳥を模した機械獣が、翼を大きく広げて威嚇——するでもなく、完全に静止している。
しかし、その巨体を間近に目にすると——私の胸には、やおら闘争心が湧き上がってきて、反射的に武者震いの一つも起こしそうになるが……
とはいえ、今の私の頭の中では……
——数あるゲームの戦闘BGMの中でも、一、二を争うくらいに大好きな、今までに何度も聴いたお気に入りの、あの曲が……
——まるで、『Don't be Afraid』と励ましてくれているような……
そんな……勇壮なる調べが鳴り響いているような気がするのは……
これは私の妄想か幻聴か、はたまた……——。