第232話 異次元の空間様式——ミラーハウスへようこそ
〈鏡の扉〉を抜けると、そこには……
——一般的な学校の教室くらいの広さの、壁・床・天井のすべてが全面鏡張りになっている……
〈鏡の家〉の最初の部屋があった。
〈異界突入艇〉を回収してから……私は改めて、〈鏡の扉〉に【鏡界潜入】を使い、鏡界への入り口を開く。
それから、私たちは全員無事に〈鏡の扉〉をくぐり抜け、〈鏡の家〉の中にたどり着くことができた。
そうしてやってきた、〈鏡の家〉に入ってすぐにある空間——「鏡の間」にて。
全員をここに迎え入れてからすぐに——私は、ここに入るのに使った〈鏡の扉〉の、外との接続を切る。
お次に私は——別に、ただ鏡を通り抜けただけなのに……なぜだかチアキを筆頭に、なにやら酷く消耗していたり、やたらと安心した様子を見せているみんなを尻目に——この部屋の中心付近にすでに設置してあった“とある装置”に近寄ると、それを起動した。
この装置——「魔支柱」は、“領域”や“異界”を攻略する際に必須級の活躍をするアイテムだ。
——それの見た目としては、全長としては私の顎くらいの高さがあり、抱きついたらちょうど後ろまで手が届くくらいの太さがある、つるっとした円柱状の物体をしている。
この魔支柱が持つ機能は、「能力が使えない場所でも能力を使えるようにする“領域”を、一定の範囲に渡って展開させる」というもの。
かなり重要なアイテムだけれど、でも入手はそれほど難しくはない。ショップでも普通に買えるし(そこそこ高いけど)、“領域”や“異界”を攻略するミッションを受けると、その時点でいくつか支給されるので……私はすでに複数個所持している。
実は——さっき私が装備欄の“乗り物枠”に収納した——〈突入艇〉にも、これと同じ効果の領域を展開する機能がついていたのだけれど……
件の突入艇のその機能は——今は私が装備欄に“装備”しているので——私以外には、その効果を発揮していない。
それもあるし……どうせ、これからガッツリ利用することになるこの〈鏡の家〉にも、一つは設置しておくべきだろうと思っていたので、元からここに一つ置いていた。
——実際、ここに一つ設置しておけば、それで十分に、この鏡界内の全域に効果を届けることができる。
それに、この鏡界は、それ自体が外界とは完全に隔離された別世界のようなものなので——この異界内では、あらゆる場所で異界効果が発揮されるとはいえ——この鏡界の中にまでは、その異界効果の影響も及ばない。
なので、ここで魔支柱を使えば、外よりも高い効果を発揮することができる。——というよりむしろ、ここでなら魔支柱が本来の機能を発揮できる、と言うべきか。
そもそも、前提として知っておくべき重要な情報として……領域効果は、領域効果で相殺できる——というものがある。
異界効果も領域効果の一種なので、ある程度はこの魔支柱の機能で相殺することが可能だ。
しかし、それは裏を返せば、魔支柱の方の領域効果も、外ではその異界効果に相殺されて、十全にその効果を発揮できないということでもある。
まあそもそも、能力が使えないのには私たち側の問題もあるので……実際のところ、外では魔支柱を使っていても——そもそも能力の発動基盤自体を喪失している——今の私たちでは、能力を使えないままだ。
それでも私はすでに能力を使ってみせたけれど——それができる理由は、偏に私が“特別な指輪”を装備していることにあった。
マナハスとの絆のアイテムである〈指輪〉——これを、〈スキル強化〉と〈魔力強化〉の両方に装備することで……
私は、能力を発動するために大前提として満たす必要がある、三つの条件のうちの二つである——
・『特殊能力を扱う際に必要になる土台、ないしは“器”を成す能力』
・『あの青いゲージ=“魔力”』
という、これらを獲得する。
そう……実は、〈指輪〉をその位置につけた時の効果には、既存の技能や魔力が強化されるというだけではなく……そもそも「能力や魔力を失っている状態でも、それらを使えるようにする」というものまで含まれていたのだ。
まあ、要するに……この〈指輪〉って、とにかく重要で、とんでもなく貴重なアイテムだったってコトなのよね。
私は改めて、指に嵌められている〈指輪〉を見て……うっとりと頬を緩ませる。
私とマナハスとの絆の強さを表すような——その破格の性能に、感じ入るかのように……
しかし、そうやって悦に浸っていたのも束の間——地球から遠く離れた異世界の中にいるという都合上——その〈指輪〉も今は、一番肝心かつ基本的な能力である、“マナハスとの繋がりを感じ取る能力”が失われている……というのもあり、私はふっと我に返る。
この〈指輪〉をつけてからこっち……ずっと感じられていた“繋がり”がないというのは——なかなかに堪えるものだった。
——マナハス…………。
すると一気に、地球に残してきた他のみんなのことも思い浮かぶ——風莉や、カノさんや、藤川さんのことが……。
マナハスだけじゃなく、彼女たちとも——それぞれに関連する、能力的な効果により——それまではずっと“繋がり”があった。しかし、今はそれもない……。
その事実こそが、他の何にも増して——それらの能力的“繋がり”すら、すべて断ち切られてしまうくらいに——地球とまったく別次元にある異世界にいることを、私に実感させるのだった。
無事に帰って、彼女たちにまた会うためにも……このダンジョン攻略は、必ず成功させなければ。
大丈夫……そのための準備は、ちゃんとやってきたんだから。
両手のすべての指にはまっている、〈(双)指輪〉を含めた、それらの指輪……
——能力を使うための三つの条件のうち、最後の一つを埋める要素。
ダンジョン攻略に先駆けて、今回新たに作成したこの指輪たちがあれば……きっとなんとかなる。
〈(双)指輪〉をはめている二つの指以外の——すべての指を埋めている、その指輪たちのことは……「術式指輪」と呼んでいる。
この〈(術)指輪〉は——『鏡使い』のR3スキルである【鏡映複写】をメインに、他にもいくつかの能力を使って——既存の能力をコピーして宿した鏡を、指輪の形にあしらったものだ。
能力を失っている今の私でも、この〈(術)指輪〉を介すれば、ここでも能力を使うことができる。
ただ、この〈(術)指輪〉に込められたスキルを使うためにも、前述の〈(双)指輪〉の二つの能力が必要なので……私は“ 〈(双)指輪〉自体も複製して二つに増やして、それらを二つ同時につけている。
うん……まあ、マナハスとの“絆の証”のような大事なアイテムを、そんなホイホイ複製するのはどうなんだ、みたいな——そんな気持ちもないわけでもなかったんだけれど……
とはいえそれも——分身を生み出す際には、装備も一律で複製されるので——すでに作った例の分身たちが、それぞれ複製品の〈(双)指輪〉を装備している時点で、いまさらな気がするし……。
それに、なにより……実際のところ、マジでめちゃくちゃ有能なんだよね、この〈(双)指輪〉って。
だからもう、どうせなら最大限活用することこそが、むしろマナハスとの絆の力をより実感できるというものだろうってことで……その辺はもはや気にしないことにした。
あとはそう、一部の基本能力に関しては、(私も以前、シス戦の後にお世話になった、あの)〈腕輪〉を装備していれば、この異界内でも使えるようになる。
〈腕輪〉に関しては、チアキとマリィの二人も装備しているので、二人も基本能力なら使える。
とはいえ、この二人は私と違い、“特別な指輪”も“コピー能力”も有していないので——元から能力者であり、魔支柱も機能しているこの鏡界内でなら、十全に能力を使えるであろう星兵たちとは違い——ここでもやはり、ロクな能力を使えないままなのだけれど。
この辺りの手順に関してはすべて、〈攻略本〉に載っていた。
なので私は、書かれている通りに準備を進めていくだけでよかった。
まあ、そうでなければ……まだまだ自分の能力や所持しているアイテムについてすら、すべてを把握しているとは言い難い今の私には、まるで思い至らないような高度かつ複雑な手順が必要だったこんな作業など、到底不可能な難題という他なかっただろう。
まあ……どっちかというと私は、ゲームする時には基本的に、初見プレイは攻略情報とか見ずにやるタイプだったのだけれど。
しかしそれは、あくまでもゲームにおいての話。
今回のように、リアルでガチの冒険をすることになったのだとしたら——そしてそこに、まさに〈攻略本〉と呼ぶに相応しいような、破格の情報源が存在するのだとしたら——使えるものはなんでも使い、少しでも成功する可能性を上げられるようにするだろうし……実際そうしている。
そもそも今回の場合は、攫われた人たちを助けるという重大な責任を抱えた上での攻略なのだ。自分のこだわりなどよりも、効率や成功率を重視するのは当然だ。
まあそもそも、ダンジョン攻略の難易度を考えたら、〈攻略本〉があるくらいでちょうどいいと言えるのかもしれないんだけれどね……
実際のところ、能力有りでもかなりキツそうなのに、能力をほとんど制限された上で、情報も無しに攻略とか……そんなん普通に無理なんよ。
それこそ、私の能力の——ある意味では集大成と言えるような、この〈鏡の家〉があるのとないのじゃ……ダンジョン攻略のやり方が根底から変わってしまうレベルなのでね。
さて、それでは……
いよいよ、その——世にも奇妙なビックリハウスであるところの——〈鏡の家〉の真骨頂を、みんなにもお見せするとしようか。
そこで私は、おもむろに右手を挙げて……
パチンッ——!
と、指を高らかに鳴らした。
そして、それに合わせて私は……この——四方の壁はもちろん、天井や床も含めた、すべての面が鏡で出来ている——部屋の全面の鏡に、外の景色が映り込むように操作する。
まずはそう——色々とややこしくて問題のある——この部屋の模様替えからだ。
それまでの——全面が鏡なので、鏡の中にも鏡が映って、それが無限の彼方にまで広がっていって……と、非常にややこしいことになっていた——部屋の様子から一転して……
外の荒野を映すようになった部屋——と、言っていいのか、天井や床にも空や地面が映っているので、もはやまったく室内という感じがしない——に変わったことで、今度は、さっきまでの鏡映しに無限に広がっているように見える異様な空間とは違い、もっと自然な感じの解放感が生まれる。
……ついでに、それまでは床も含めたすべてが鏡だったせいで、私たちの中で唯一(相変わらずの制服姿で)スカートを履いているために、ちょっとした事故が発生していたチアキの乙女の秘密も守られることになった。——にしてもチアキ……アンタって、オラついた雰囲気に似つかわしくないような、そんな可愛いの履いてるんだね(失礼)。
いきなり部屋の様子がまるっと切り替わったことで、当然のように、みんなの意識はそちらに向けられる。
いったい何事かと、疑問に思うみんなの注意はそのまま、その現象を起こしたのであろう人物——つまりは私への注目へと変わっていった。
そんな風にして——いい具合に注目が集まったところで、私は口を開く。
「それじゃあ今から、この〈鏡の家〉の内部を紹介していくね」
手始めに私は、まずは自分たちが今いるこの場所についての説明から始める。
「——えっと、まず初めに、この場所は『鏡の間』で、外へと通じる〈鏡の扉〉を唯一使える場所がここ。外に出る扉は、〈鏡の扉〉の他に、〈裏口〉ってのもあるんだけど……これについては後で説明する。まあ、とにかく、外に出られる扉はここにしかないってことね。そして、外ではなく中に入るための扉が……これね」
再び私がパチンッ! と指を鳴らすのに合わせて——まるで、地面からニョキって生えてくるみたいに——新しい扉が出現する。
「このドアの先にあるのが『扉の間』で……ここには、他のエリアに繋がるドアが一手に集まっているよ」
話しながら私が——後ろに壁など何もない、部屋の真ん中の空間に、単体でドンと鎮座するように——出現した(それこそ、ドラちゃんの『どこでもドア』みたいな見た目の、いたってシンプルな構造をしている)ドアの左側についたドアノブを右に回し、それを手前側に引いて開けると……
その先には、いくつものドアが立ち並んだ部屋があった。
『OMG……!(おっどろき……!)、不思議な仕組みのドアだね〜!』
「おおー、すごーい! ドアの中にだけ部屋がある〜」
すかさずランディとカシコマが、ナイスなリアクションを返してくれる。
他の面々も大なり小なり驚いた様子なのに気分を良くしつつ、私はみんなを連れてドアを通り抜ける。
そうして、全員サクッと中に入ったのかと思いきや——次々に進むみんなを尻目に——ドアを潜るのを躊躇って、その場に残っている者が、約一名……
「……で、このドアは、下手しても死なないタイプのドアなンか?」
「これは普通のドアだから、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ、チアキ」
「別に怖がってねェし……お前がイロイロと説明不足だから聞いてンだよ、こっちは。そもそも、このドアだって、ぜんぜんフツーじゃねぇだろうがよい……」
私が大丈夫だと言うと——ぶつくさ言いながらも——チアキもようやく中に入ってくる。
——なんだろう……言うことを全然聞かないのは論外なんだけれど、でも、逆にこうしていちいち確認を取られるのも、それはそれで鬱陶しいな……
まあ、少しは聞き分けが良くなったんだと思うし、それでヨシとしておくか。
とかなんとか思いつつも——すぐに気を取り直して、私は部屋の方に意識を戻した。




