第230話 異世界——という名のダンジョン——にて……
〈異境界門〉を抜けた先は、異世界であった。
不安になるくらいガタガタいっていた振動が収まり、最後にひときわ大きくガタン! と揺れてから、辺りは静かになった。
同時に、〈異界突入艇〉から《到着しました》というアナウンスが入る。
着いた……のか? 無事に、異世界に……?
私は首をぐるりと巡らせて、周囲を確認する。
とはいえ、〈ポッド〉の内部は狭く、窓の類いも一切ついてないので、今は向かい合うように座っている皆の様子が窺えるだけだ。
すると、その内の一人であるチアキが、いち早くアナウンスに反応して声を上げ——それに続くように、ランディやカシコマなど、他のメンツもそれぞれ反応を示していく。
「ん、着いたン?」
「うん……どうやら、そうみたい」
『お、止まったね』
「わー、着いたって〜」
「そうか、ならさっそく外出てみようぜ」
「ちょっと、安全を確認するまでは出ちゃダメだって言ってたでしょ。ここはもうガチの異世界なんだから、軽率な行動はマジで致命的な結果を招くんだから……ちゃんと私の指示には従ってよね、チアキ」
「あー、はいはい。分かってるッて……」
「どうだか……」
『Stay.(待て)、待てだよチャーキ〜』
「……まだ出ちゃダメだって〜」
「とりあえず、このシートベルトみたいなンは、もう外していいよな?」
「んー、まあ、いいか。うん、いいよ」
「あいあい」
チアキはさっそく、自分を座席に強固に固定していたベルトを外して、一息つく。
すると、そんな彼女に倣い、他の面々も各々ベルトを外していく。
私も自分のベルトを外しつつ——同時に、〈ポッド〉に搭載されている機能の一つである、外部の環境や周辺状況を調査するというコマンドを実行する。
さて、なにをするにしても、まずは状況を把握してからだ。
なにせ、ここは異世界……
異世界ならぬ異星に行くシーンが印象的で覚えている、“ドラ”のつく二つの作品から——私はこういう時に最初に何をすべきかというのを、バッチリ学んでいる。
そう……まずはしっかりと現地の環境について調べて、そして必要があるのならば「テキオー灯」を使うのだ。
そう……だから決して、地球人最強レベルの二人であるからといって、某“鼻の無いスキンヘッド氏”と“サイヤ人と地球人のハーフ少年氏”のように、本当は何も考えずにナメック星の大地に真っ先に降り立ってはいけないのだ。
ちゃんと某“昼寝と射撃が特技のメガネ少年氏”みたいに、未知の状況に飛び込む際には「テキオー灯」を使ってから行くべきなのです。
なんて教訓を胸の内で反芻しつつも……
外部の調査が完了するまでに、私は自分の状態を確認していく。
ふむ……やっぱり、今の私は——事前の予想通りに——能力が軒並み使用不可能になっている。
外部調査と同時に、もう一つの“とあるコマンド”も実行しておいたので、今は最大限に制限が取り払われている状態なのだけれど——それでもなお、今の私が使える能力は、せいぜいがプレイヤーに共通する(一部を除く)基本能力と、装備類の一部の機能と、一部の特殊なアイテムに宿る能力のみだった。
だがそれも、事前に分かっていたことだ……ゆえに当然、対策もすでにちゃんと講じている。
ダンジョン攻略の難易度が高い大きな理由の一つが、ダンジョン内では既存の能力が——大なり小なり——使えなくなってしまう……という、かなり致命的な制限が存在することだった。
今回の場合は……具体的には——汎用能力(“防御”や“回避”などの系統のスキル)や職業能力(ジョブ経由で獲得した能力)は全部使えなくなるし、そもそもSTの三色ゲージの加護すら消える。てかもう、本来ならすべての能力が消えてしまい、使えなくなる。
それこそ、いつぞやのシス戦の後に私が陥った——いわゆる完全無能力状態と同じと言っていい。
違いがあるとすれば、こちらは再起動するアテは無いというか、出来ないということであり——ある意味、それこそが一番の問題だと言えるのだけれど……
とはいえ、厳密にはすべてが消えるわけではない。残っているものもある。物理的なもの——いわゆる装備品とか、それに付随する(一部の)機能による効果とか。
他にも——汎用能力の中でも、これらは例外として——【刀術】や【体術】なんかの、技術系のパッシブスキルはそのまま残っている。
しかし、逆に言えば、それら以外の能力はすべて使用できなくなっている。
これらの制限に対して適切な対策をしておくためには、Lv25で解放される新機能を使う必要がある——らしい。
つまり、ダンジョン攻略は、本来ならば最低でもレベルが25になってから挑戦するべきコンテンツなのだ。なので、つい最近にLv20になったようなヤツが挑むのは、明らかなレベル不足なのである。
しかし今回の私は、レベルアップを待つことなく挑むことにした。
だがそれは、決して無謀ではなく……ちゃんと勝算があってのことだ。
なぜなら……私には、現時点でもダンジョン内で能力を使えるようにする方法について、心当たりがあったから。
というか、その方法については——例によって、例のごとく——〈攻略本〉に書かれていた。
とはいえ、その方法に関しては、現状では私以外には出来ないような方法だった。
——なんせ、必要になるアイテムと能力として、『鏡使い』のスキルである【鏡映複写】と、私とマナハスの二人だけの特別なアイテムである〈指輪〉が挙げられていたので。
むしろ私、よくこれ実現できたよな……と自分で驚いてしまうくらいには、それはなかなかミラクルな解決策だった。
そもそも、異界で能力が使えなくなる理由は一つではなく、複数の要因が重複している場合なんてのもままあるらしいのだけれど……
なので、能力が使えなくなる原因として、異界側に問題がある場合もあれば、自分たちの側に問題があるパターンもある。
そして今回は……両方に問題があるパターンだった。
異界側の問題と、自分たち側の問題……これらはそれぞれ、別の対処が必要になる。
なのでまあ……要は、異界で能力を十全に発揮させるためには、いくつものハードルを越えねばならないということなのだ。
そもそも、Lv25の新機能を使っていないプレイヤーが異界に行くと——そこがどんな異界なのかに関わらず——問答無用で能力が使えなくなるのだという。
——今回の私たちも、まさにこの状態なので……能力が使えなくなることも、まあ最初から織り込み済みの既定路線だったといえば、実際そうなのだけれど。
さらには、それに加えて、異界の種類によっては、(すでにちゃんとLv25で対策済みであろうと)異界内では常に発揮されている特殊効果——いわゆる「異界効果」により、やはり、能力が使えなくなったりなどの影響を受ける。
——その点で言えば、今回はまだマシな方らしいんだけどね……。
場合によってはマジで、いかに対策を練ろうとも、ほぼ能力無しで攻略せざるを得ない異界とかもあるって話なんだけれど……
でも、今回はなんとか、対策したらある程度は能力が使えるみたいなので……まだマシな方だと言うべきなんだろう、たぶん。
〈調査が完了しました〉
あ、終わったっぽい。
アナウンスを受けた私は——ダンジョンについて、改めて“おさらい”していた思考を切り替えて——さっそく調査結果を確認していく。
ふむ、ふむ……なるほど。
どうやらここは、私たちが目指していた——元々、あの機械獣どもが棲んでいた世界であり、そして、やつらが生存者たちを連れ去った(あるいは、連れて戻った)先である——異界で間違いないようだ。
ここの環境は、地球とかなり近い。——大気の組成や重力の大きさなどは、地球とほとんど同じらしい。
なので一応、特別な対処をせずとも問題なく生存可能ではある。
とはいえ今回、私は事前に、防具に【生存環装】という「あらゆる環境下で生存可能になる」効果を発揮する機能を搭載している。
——これを使っていれば、そもそも空気の無い宇宙空間や深海だろうが、空気はあっても謎のバクテリアが潜んでいるかもしれない異世界の大気圏内であろうが……どんな環境でも問題なく生存できる。
そうは言っても、この機能はあくまで過酷な環境にも対応できるというだけで、もっと実際的な脅威である敵対存在なんかについては、この機能の管轄外なのだけれど……
それについても——環境の測定と同時に行われた索敵によると——どうやら近くに敵影は無いみたいだった。なのでひとまずは安心してよさそうだ。
——それに、防具の改造では、“生存環装”の他にも色々と新機能を搭載したし、防具自体のレベルもがっつり上げている。
だけど念のため、私は【生存環装】を発動しておき、敵にも十分に注意しつつ、ポッドの外に出ることにする。
「……うん、危険はないみたいだから、とりあえず外に出てみようか」
「お、やっとか。よし、行こうぜ」
「異世界だってー、どんなトコロなんだろー、ボクわくわくするなぁ……!」
『I know.(だよね)、アタシも楽しみ〜』
「……」
「……」
「……」
私がそう言うと——集団では無口なマリィと、忍者ゆえなのか(あるいは単なる引っ込み思案か)普段から無口なシノブ、そして、そもそも喋れないポエミー以外の面々が、各々、楽しげな反応を見せていた。
「だけど、十分に気をつけてね。あと、生身の人間の二人はちゃんと、例の機能——【生存環装】も使っておいてよね」
「あー、いるンか、それ?」
「まあ、無くても大丈夫そうな感じではあるけれど……でも一応、やっておいた方が良いんじゃない?」
「無くても平気なら、別に要らンくね?」
「……ならまあ、その辺は各自、好きにしてちょうだい」
「うーい、ンなら好きにさせてもらうぜ」
どうやら——私に目配せで反応していたマリィはともかく——チアキは【生存環装】を使う気がないみたいだ。
事実——そう言うが早いか、チアキはポッドの出入り口を開くと、さっさとそこから外に出て行ってしまった。
それに続いて、ランディやシノブにカシコマも、次々に外へと飛び出していく。
まあ、別に……いいけどね。チアキがそれでいいなら、それで。
もちろん私は使っておくけど。
でも確かに、これって使っている間けっこう消耗するし……ずっと使っておくのは、ちょっと大変なんだよねー。
だから……そうだね。
しばらくしても、チアキが普通に平気そうなら……その時は私も、生身で活動するかどうかを改めて検討するとしよう(笑)。




