第228話 ではいざ——これよりダンジョンに……出発します!
マナハスへの救援として、新たに風莉を送り出した私は——
不安な気持ちはあれど、そっちに関しては、自分自身(の分身)と優秀な妹を信じることにして……
私も私で、自分のやるべきことに取りかかる。
私がやるべきこと……それすなわち——私の両親を含む、たくさんの(大人の)生存者たちが連れ去られていった先である——ダンジョンを攻略して、生存者たちを救出すること……
そして——それを成功させるための準備を、まずは入念に行うことだ。
そもそも、“ダンジョン”って何? って話なんだけど……
ダンジョンとは……そのものズバリ、一言で言い表すならば——「異世界」のことだった。
正直、詳しいことは分からない……しかし、なにやら世界中にゾンビや怪獣やらが現れ出した——“終末”が訪れてからこっち、なんだかそういう別世界へと繋がる「ゲート」みたいなのが、各地に発生しているらしいのだ。
それで、そのゲートが発生する場所というのが、まさかの——“霊穴”のある場所なのだという。
この霊穴については……私もまだぜんぜん詳しくはないけれど、でも一応、すでにその存在を聞いたことはあった。
なにせ他でもない、あの幽ヶ屋神社にも、この霊穴というのがあるということなので。
ただ、その幽ヶ屋神社の霊穴は、幽ヶ屋一族がしっかりと管理しているからか……異世界へと繋がる“魔境界穴”にはなっていないらしいのだけれど。
しかし、私の故郷にあった、自宅からも近い最寄りの神社に——一般人の私なんぞは、寡聞にして知らなかったけれど——実は存在していたらしい霊穴は……どうやら、つい今朝方、その“魔境界穴”とかいうのを発生させてしまったみたいなんだよね……。
そして、結局のところはそれが——今回の一連の救出行を困難にしている——すべての元凶になってしまっているのだった。
霊穴が何らかの要因により“魔境界穴”を発生させて異世界と繋がると、そこから色々な影響——というか、それこそ“機械獣”のような、新たな敵対勢力とか——が発生する。
その影響の中でも最たるものの一つとして挙げられるもの——それこそが、例の“空装領域”なのだった。
そう、“魔穴”が発生すると、同時にその周囲に“領域”も発生する。
“領域”は現実空間を覆うように展開し、内部の法則を書き換えてしまう……という、厄介な存在だ。
しかし、もっと厄介なのは、やはりダンジョン——という名の、異世界そのものの方だろう。
私がこれから向かおうとしているダンジョンというのは……要は、機械獣たちが元々いた異世界のことだ。
そこは正真正銘、まごうことなき……こことは違う、まったく異なる世界であり——
だから当然——文字通り、地球とはまったく異なる世界観を擁する異境の地であり——こっちの世界の常識は通用しない。
どんな危険が潜んでいるのか、どんなルールが働いているのか……すべては未知であり、私には想像すら出来ないような、あらゆる可能性が広がっている。
まあだからこそ——私としてはワクワクする部分もあるのだけれど……とはいえ、危険性を考えたら、そんなことを言っていられるところでもない。
ただ、今回のダンジョンについては……まことに幸いなことに、“攻略本”による事前情報がある。
正直、これが無ければ無謀もいいところなので……今の私の実力では、事前情報無しでダンジョンへの挑戦など出来たものではない。でも今回はコレがあるので、攻略に必要なものを事前に準備することができる。
まったく、持つべきものは“攻略本”だ。
そしてもちろん——その攻略本にも書かれている——一緒に攻略に挑む仲間たちも……とても大事な存在だ。
そういう意味では、持つべきものは、やはり仲間だ。
頼れる仲間たちと一緒なら、きっとダンジョンだってクリアできるはず……! ってね。
今回、私と一緒にダンジョンに挑むのは、次の七名だ。
私、マリィ、チアキ、シノブ、カシコマ、ランディ、そして、ポエミー。
——ポエミーに関しては、マナハスのおじいちゃんの家にいたので、マドカちゃんに頼んで、こちらに送り出してもらった。
“攻略本”的に、このメンツなら何とかなるって感じだったので、私はそれを信じて、この七名と運命を共にする……。
メンバーももちろん大切だけれど……攻略に必要なものは、他にも多岐にわたって用意する必要があった。
中には、用意するのにそこそこ時間がかかったり……もしくは、何らかのリソースを大量に必要とするようなものもあったのだけれど……
時間に関しては——手の空いた分身たちと分担したり、なんなら、そのために新しく分身を出したりして、最大限に効率化を意識して……
リソースに関しては——“領域”をクリアしたことによって入ったPPを惜しみなく使ったり……また、攻略済みの“領域”を支配下に置いたことにより、使えるようになった大量の魔力的リソースも大いに活用することで……
どうにかこうにか……必要なものを、迅速かつ着実に揃えていくことができた。
……そして。
ようやくのこと、すべての準備を終わらせることが出来た私は……いよいよ、ダンジョンへと出発するに当たって——その場所へと向かう。
機械獣たちが築いた、地下深くへと続く要塞の中でも、最奥部にある——そこへ……
メカメカしい内装の施設を抜けていき……たどり着いた、その場所で。
私の見据えるその先には——台座の上に、デンと鎮座するように——巨大な円形の門があった。
これこそは、異世界へと繋がる扉の入り口である——“異境界門”だ。
「——、来たわね……」
「カノさん……」
「準備は——もう出来ているわ」
「うん……ありがとう。——で、これが……異世界へと繋げることができる、ゲート……ってわけかい」
「ええ、そう——らしいわね……」
「いやぁ……これは、なかなか……壮観な眺めっすねぇ……」
「さっきまでは、もっと凄かったわよ。ゲートを設置する前の、“魔境界穴”の時なんてもう——この場所全体の空間が歪んでいるみたいなカンジで……それこそまさに、自分の目を疑うような光景が広がっていたからね」
「おお、マジすか、それはそれは……。でも、なんだろ、それはそれで、ちょっと見てみたかったカモ——なんて」
「呑気なこと言ってないで……最終確認でもしたらどう? 一応、異界突入艇についても——それ、その通り——用意はしておいたけれどね」
「やー、何から何まで……すまないね」
「別に……ワタシに出来るのは、ここまでだからね」
ゲートの前には確かに、ちょっとした家くらいの大きさがある“乗り物”が用意されてあった。
ダンジョンに突入する際に使う、専用の乗り物——異界突入艇。
これは——ダンジョンゲートを設置完了した時点で発生した——「ダンジョンを攻略せよ」って感じのミッションを受注することで、支給されたアイテムだ。
危険極まりないダンジョンへ向かう際の安全性を、少しでも高めるために……使う乗り物がこれだった。
実際のところ、ゲートを潜った先で……どんな場所、どんな環境に出るのかまるで分からない以上——それこそ、宇宙空間や深海とかの(あるいは、もっと酷い)ヤバい環境の中に出ないとも限らないし——逆説的に、どんな状況にも対応できる準備が必要になるので……この異界突入艇もまた、そのための準備のうちの一つなのだった。
最終確認として、突入艇の試運転も終えた私は……
いよいよこれから……起動して異世界に繋げたゲートを通り、ダンジョン攻略を開始する——という段階までやってきた。
ゲートの操作に関しては、この場に残るカノさんにやってもらおうと思う。
とうとう行くのだと思うと——途端に、出立前の緊張感やら、別れを惜しむ気持ちなんかが芽生えてくるけれども……
まあ、そうは言っても、すべてが上手くいけば……カノさんから見れば、私たちがゲートをくぐってからすぐに、いったんゲートを閉じた——ことにより、ゲートリンクを切って、タイムシンクをも解除させた——その次の瞬間には、私たちが向こう側からゲートを開いて帰還することになるはずなので……
私たちからすれば、長い別れになるのだけれど……彼女からすれば、一瞬の別れでしかないので——そのことを踏まえているカノさんは実際、私ほどは緊張していない様子だった。
最終確認も終え——私以外のメンバーがすでに乗り込み済みの突入艇を前にして——いよいよ私も、カノさんに最後の別れの挨拶を告げて、いざ出発しようとした、その時……
私の元に通信が舞い込んできた。
その相手は——ああ、今、このタイミングで来たのか……
間が悪いのか良いのか、よく分からないけれど……どっちにしろ、もはや私には相手をすることはできないから、この人への対応については、カノさんに引き継いでおくとしよう。
まあ実際、この人への対応も、とても重要な案件であることは間違いないので、無下にすることはできない。
なにせ——“攻略本”にも軽く載っていたので、ある程度の概要は把握しているけれど——この、“『情報屋』エマノン”と名乗る未知なるプレイヤーは、実際とんでもない実力を持つ人物らしいので。
——それこそ、情報戦の分野においては、最強と言っていいくらいの破格の能力を。
なので、この『情報屋』さんとは、これから先のことを考えても、是非とも協力関係を築いておきたいところだ。
しかしまあ、それもまだまだ先の話。
今はそう、まずは目の前の難関の攻略に集中して、全力を尽くすとしよう。
そう決心する私だけれど……いざ出発するとなると、さすがに不安な気持ちが湧いてくるのを感じる。
先行きへの不安はもちろんあったけれど、同時にそれと同じくらい——いや、むしろそれよりも強く、私が今一番心配に思うのは……やはり、離れ離れになるマナハスのことだった。
なにせ彼女は、今まさに、類稀なる困難に見舞われている最中なのだから……。
分身は派遣したけれど、本当は私が自ら出向きたい……と、強く思う。けれど、ダンジョン攻略も後回しに出来ないのが実状だ。
——すでに、時計は動き出しているのだ……
こちら側の機械獣の拠点を落とした以上、悠長にしている時間は無い。
モタモタしていたら、ダンジョン側からの侵攻により——今はこちら側から閉じている——ゲートを無理やり開かれてしまい、新たな増援が来たりだとか……っていう事態が予想される以上、すぐにでもこちらから行動せねばならない。
だから私は、断腸の思いで出発する。
マナハスへの心配は——ダンジョン攻略を必ず成功させるという強い意志で、塗り替える。
なぜならそれが、最善の選択だから。
成功させたなら、何の問題もないのだ。その後すぐに、マナハスの元に向かえばいいのだから。
時間は私の味方だ、きっと……。
待っててね、マナハス……すぐに攻略を終わらせて、私もそっちに行くから。
では、行こう。まず先に、私の家族——と、ついでに連れ去られたすべての人——を救いに。
そして私は、ついに——“突入艇”に乗り込んでから——異次元への入り口を超えて、はるかな異世界へと……旅立っていったのであった。




