第224話 酒! 飲まずにはいられないッ!
『“にしても、なかなかやるもんだな、お前の「炎使い」の能力ってやつも”』
そう言いながらマリィが——恐らくは、次に飲むための準備なのであろう——炭酸水やハイボールの瓶、さらにはグラスまでもを、卓上の端に置いてある洒落た氷を入れる容器……の隣にある、“青く冷たい炎”の上にさらしている、もう一つの容器に入れていく。
陽気で愉快な酒宴を始めるにあたって————
私は——雅な風情が気に入って選んだのに、上に乗せている雑多なあれこれが醸し出す生活感のせいで、すでにわりと見る影もなくなってしまっている——お洒落なテーブルの隅に、これまたお洒落な小物を一つ追加した。
それこそが、この——『炎使い』のスキルの一つである、【冷炎】による——“冷たい炎”が燃え盛る卓上コンロである。
——ちなみに、卓上コンロのコンロ部分として利用しているのは、“炎の紋章”を形状変化させたものだ。
この“冷炎”の効果は単純で、炎というものが本来もっている「熱を与える」という性質——それとは真逆の性質を持つ炎を生み出す、というものだ。
つまり、この“青く冷たい炎”に炙られたものは——通常の炎でそうした時とは逆に——温度がどんどん下がっていくのである。
これなら“冷却操作”より早く冷やせるし、何より——いちいち私が能力を使わなくても、こうして勝手に持続してくれるので、色々と手間がかからず楽だという利点があった。
『“まあねー。戦闘でもバッチリ活躍するけれど、普段使いとしても、サバイバル方面でも結構役に立つんよね”』
私は——すでに卒業した——「サワー系」の次に選んだコークビアの入ったグラスを傾けながら、そうマリィに答える。
——飲み食いしながらでも答えられる、という“念話”ならではの小技を使いつつ。
にしても、このカクテル……かなりイケるな。
これは——最初にビールをそのまま飲んだ時に、普通に苦くて不味いって顔をしていた私を見かねたマリィが勧めてくれたのだけれど……実際、マジで飲みやすくて美味しくなったわコレ。
——マリィはシャンディガフもイケるって言ってたけど……次はそれも試してみようかな。
おかげさまで、ついついおつまみが進むし、話も弾むぜぃ……。
実際、アルコールが入ってからこっち——私はいつになく陽気になって、マリィとのお喋りに花を咲かせていた。
お酒を飲むのは初めてだったので、一体どうなるもんかと、当初は(少しだけ不安に)思っていたけれど……
でも蓋を開けてみれば、ぜんぜん大したことなくて、ああこれが“酒に酔う”ということなんだな——と思ったくらいで、事実、ちょっと陽気になるくらいで……別に、私はあくまで普段通りのままで、特になにも変わっていなかった。
『“いや、それはどうかな。——確かに、見た目にはあまり変化は出てない……ようだが、でも、言動には確実に変化が出てるだろ。……まあ、それもお前の場合、普段からわりと酔っ払いみたいないかれた言動してるから、いまさら目立つこともないってだけで”』
『“そういうアンタはめっちゃ顔に出るよね。もう真っ赤になってるじゃん”』
『“気のせいだろ。そんな変わらねぇよ”』
『“いやいや、普通に——なんなら、ちょっと心配になるレベルで赤いが?”』
『“光の加減だろ”』
『“バカ言え、——んにゃあ自分で見てみろにゃん”』
私はおもむろに鏡を出現させると——その真っ赤な顔がバッチリ映るように——マリィのすぐ目の前に浮かせる。
『“……なんだこれは。お前、なんか細工してんだろ”』
『“してないから。てか、マジで大丈夫なん? これ?”』
『“……まあ、そういう体質なんだよ、己は。顔はすぐ赤くなるけど、それだけだから。むしろそれくらいだね、酒による影響は。元々あんま酔わない体質だから、己”』
『“説得力無ぇ〜”』
『“むしろ、お前みたいに表面に反応が出ない体質ほど、内面に影響が出るんだよ”』
『“いやぁ〜? 私はどっちにも影響が出ないタイプなんじゃな〜い? ぶっちゃけ私、この程度のアルコールごときでどーにかなるようなヤワな体質してないんでぇ〜……マジで”』
『“それだけ調子に乗ってる時点で、すでに影響受けてるって——初心者だから自分じゃ分からんか、やれやれ……”』
酒に強い体質だと分かったところで、私はさらに一段上に進む。
そうね……次は——梅酒あたりにチャレンジしてみようかな。
事実、そうして酒が進むごとに……私たちのお喋りも加速していく——。
『“——……で、結局さぁ、アンタは私と合流するまでは、どこで何をしてたんよ?”』
『“ああ、それな……”』
『“もったいぶるなってぇー……もういいから、はよ教えろ?”』
『“いや、別に……もったいぶるとかじゃなくて——普通に、話すほどのことは何も無かったんだよ”』
『“ホントに〜? 何もないってことはないでしょー?”』
『“いやいや……昨日までは実際、この辺では不死者すらほとんど見かけないくらいに平和だったからさ……”』
『“ふーん……じゃあ昨日までは、ほとんど何とも戦ってないカンジなん?”』
『“まあ……それこそ「プレイヤー」くらいか。昨日までの間に、まともにやり合った相手なんて”』
『“は、マジ? プレイヤー相手にすでにやり合ってたん? ——えっ、で? どーなったん?”』
『“どうって……まあ、普通に倒したけど”』
『“じゃあ、従属させたの? それとも、まさか——殺したんか……?”』
『“いいや? 殺してない。まあ、従属もさせてないが”』
『“え、じゃあ……見逃したの? 意外——”』
『“いや、見逃したというより……倒したら、その時点で自動的に相手が能力を失って——んで、己が能力に目覚めた……って感じだったから”』
「………………はぁ???」
『“どうやら、そうらしいぞ? 非能力者が能力者を倒したら——まあ、倒したというか……厳密には、襲ってきた相手を返り討ちにしたら、向こうが勝手に降参してきたんだが……とにかく、そうやって相手に負けを認めさせたら——そしたら自動的に、倒した方は能力に目覚めるらしい。んで逆に、倒された方は、そこで能力を失うみたいだな”』
『“…………マジかよ”』
『“そうそう。だから、お前も気をつけとけよ? 普通人だと思って油断してやられたら、能力を失うことになるからな?”』
『“…………じゃあなに? アンタって、最初から自然に覚醒してたワケじゃなくて……元々は普通人だったくせに、プレイヤーを自力で倒して力を奪って覚醒していた——ってコト……なの?”』
『“ああ、そうだぜ。——だからまあ、実を言うと、お前と電話したあの時点では、己はまだ能力者じゃなかったんだよな”』
『“……いやいやいやいや……いやいや……同じ能力者でもない普通人が、どうやったらプレイヤーを倒せるってんのよ……”』
『“どうやったっていうか……その相手は大した実力じゃなかったし——たぶん、Lv10もいってなかったんじゃないか? 仲間もいない一人だったし。ま……どちらにしろ、Lv15以下だったのは確実だろうな。特殊な能力の類いはぜんぜん使ってこなかったから——それこそ、せいぜいがSP使った武装・身体強化くらいか——その程度のやつなら、普通に倒せるだろ”』
『“いやいや……プレイヤーを——能力無しの素の実力の——自力で倒せる時点で、ぜんぜん普通じゃねーから。……でも、うん——まあ、マリィだしな……そんなこともあるか……?”』
いやまあ……マリィが元から——ウン十人を一人で相手しても、ほぼノーダメで勝てるくらいには——信じられないくらいに喧嘩が強いヤツだってのは、私も知っていたけれど。
でもまさか——素の実力でプレイヤーを倒してしまうほどだったとは……。
ただまあ、マジで……あのマリィなら、確かに出来そうな気がするってんだから——やっぱコイツってイカれてるわね……。
『“え、でもさ……それなら、能力者に覚醒したのは、つい最近なんでしょ? でも、それでもうすでにLv20とかいってるって……どういうことやん?”』
『“ええっと……まず、覚醒した時点で——倒した相手から引き継いだ分の——PPがいくらかあって……あとなんか、お前が「守護君」って呼んでる装置も持ってたから、それを売るだろ? したら、その時点で、もうLv15に上がるくらいのPPになったから、さっそくLv15にして、職業を解放して……あとは、今日になってから機械獣を倒しまくってたら——普通に、軽くLv20になるくらい稼げたぞ”』
『“……ソロプレイヤーがよぉ……普通は売らねぇから、守護君……”』
『“いや、だってこれ使わねぇし。だったら——高く売れるし、売るだろ”』
『“……つか実際さ、アンタの戦い方って、どんな感じなの? ——一人で機械獣の群れとも戦えるなんて、よっぽどじゃん”』
『“それは……いや、ある程度は、お前もすでに把握してんだろ? ほら、なんか——「大乱闘」ですでに共闘してるらしいし”』
『“いや、あれはあれで特殊な戦闘だったし……それを抜きにしても、アンタの能力って——普通に意味分かんなかったし”』
『“まあ、一言で言えば……「“アレ”」だよ。まさにな”』
『“……マジで「“アレ”」なん? ——マジか……”』
『“次に一緒に戦う時には、きっと実際に体験できるさ”』
『“おおう……それはだいぶ、楽しみだね”』
衝撃的な話を聞いていると、ついついお酒もすすんでいくので——なんかもう、ぐびぐび呑んでまう……
……というか、さっきのマリィの話とか——あんなのは本来なら、それこそ酒の席の与太話としか言いようがないような話だったけれど……
でも、マリィという人物を——別に、正直者ってわけではないけれど……でも嘘は言わないヤツだということも含めて、どんなヤツなのかを——知っている私としては、普通にすんなりと受け入れていた。
空いたグラスの数も増え——洗って再利用などせずに、どんどん新しいグラスを出していくので——すでにテーブルの上には入り切らず、以降は床に並べられていく……。
梅酒も飲み終わったし——普通に美味しかった……——次は何がいいかな。
んー、炭酸がいいかな?
それなら……シャンパンだ。スパークリングだ……!
ならばグラスもそれ用に、専用のワイングラスを用意して……
フム、こいつに合うおつまみは……なんなんだろうな。——甘いものよりは、塩辛い系?
『“——……で、そういうお前こそ、これからはどうするつもりなんだ?”』
『“ん、これから……って?”』
『“いや、だからさ、自分の友達や家族なんかを助けた後のことだよ。最初の目標として、知り合いの救出を優先するってのは分かるが……でも本題はむしろ、それが終わってからだろ。まあ、要は——この終末が始まった世界を、今後はどういう行動方針でやっていくのか……ってことさ”』
『“ああ、そういう……。まあ、そうね……、やっぱりそこは、普通に——「ひたすらに強さを求めて……ゆくゆくはトップを目指していく」……ってところかな”』
『“それはつまり……他の能力者とかとも、積極的にやり合っていく——ってことなんだな?”』
『“そうだね。あとはそう……「領域」や「異界」についても、積極的に攻略していくつもりだけどね”』
『“まあ、あれは攻略できれば実入りもかなり大きいらしいからな……。いやまあ、その分、危険度も相当なもんらしいが……”』
『“いやいや、やらない手はないでしょ。リスクを取らなきゃリターンが得られないなんて——そんなのは当然のことだよ。それに、そもそも——この世界で負けることは、それはそのまんま一直線に最悪の結末を意味しているんだからね……。そんな結末を避けたいんだったら、誰にも負けないくらいに強くなるしかない。そのためには、リスクなんて恐れずに、少しでも強くなるための行動を取らなくちゃ。それに、なにより……ダンジョン攻略とか、普通にめっちゃ楽しそうだしよー、やらない選択肢なんてないっしょ”』
『“ま、それについては己も同感だがね。日和って守りに入ったり、強くなることを怠って他の奴らに飲み込まれるくらいなら、盛大に挑んで突き抜けていく方が己好みだね”』
『“……じゃあアンタも、私と一緒に高難度ステージに挑戦する気はあるってこと?”』
『“おいおい、どうした? ——当たり前だろ。そんなこと、今さら訊かれるまでもねぇが?”』
『“……ならいいけど。——いや、だってアンタって、基本いつもゲームはソロプレイ派じゃん? でも私は、ある程度のパーティーを組んでやるつもりだし……集団行動が苦手なアンタだと、その辺どうなんかなってね”』
『“……まあ、他の奴ならともかく、お前がいる集団なら、なんとか——いや……別に、構わねぇけど”』
『“そう。ならよかった。——まあ……私は最初から、アンタに嫌だって言われても、無理やり一緒に連れて行くつもりだったけどね”』
『“ふっ、なんだそれ……”』
『“ま、だからといって、常に一緒に居なきゃいけないってワケでもないけどね。場合によっては、別行動してもいいし……ここぞという時に一緒にやればね、普段はお互い、自由にやればいいし”』
『“それはもちろん、わざわざ言われなくても……己は最初からそうするつもりさ”』
これからの方針についてとかも、軽く話してみたり——しながらもグビリ。
シャンパンも飲み終わった——字面に違わぬサッパリ感……甘口だったからか、酒っぽくなくて飲みやすかった——お次は何にしようか。
ふむ、やはり日本人なら、一度はこいつを嗜んでみなければ……というわけで——次はいよいよ日本酒だ!
——熱燗か、冷酒か……それとも常温か。
まあ、まずは普通に、“ひや”でクイっといきますかね。
使うグラスは、もちろん——“おちょこ”だ。
『“——……なんつうか、マリィってやっぱり、世界が終末になっても、ぜんぜん堪えてる感じじゃないし、むしろ、どっちかってーと……前よりも生き生きしてるよね”』
『“まあな。——実際、以前の窮屈で息が詰まりそうな世界よりも、今の方がよっぽど羽を伸ばせるし、気分も清々しいってもんだろ”』
『“まあ、アンタにしてみれば、そうだろうね……。じゃあマリィはさ、前の世界に未練とか、マジでぜんぜん無い感じ?”』
『“無いね”』
『“マジか……”』
『“お前はあるのか?”』
『“まあ私も……正直、そこまでない。——まったくないってわけでもないけど。でもまあ、これはこれで……なんだかスッキリしたかな、って気もするし”』
『“だよな、己もそうだぜ。——ろくでもねぇ社会や気にいらねぇ連中が綺麗さっぱり消えてくれて、随分とせいせいしたね”』
『“でも——そうね……強いていえば、気になってた漫画とかの続きがもう読めなくなるってのは、ちょっとだけ……いや、わりとショックかも。そこは、やっぱり”』
『“ん、まあ……それはそうかもな”』
『“マリィもそこは、残念に思うでしょ”』
『“まあな……これからの世界では、以前の作品の続きはもちろん、新しい作品なんてのも、もはや出てこないだろうしな……”』
『“いや、それは分からないよ? 創作を志す人ってのは、いつの世にも現れるだろうからね”』
『“それはそうだが……でもまあ、そういう人らも生きるのに必死で、そんな——創作なんて非生産的行為にかける労力なんて、持ちたくても持てないんじゃないか?”』
『“……ぐぬぬ、確かに……そう言われると、確かにそうかもしれない……”』
『“必死こいて生きるか死ぬかの世界だからな……。創作物なんてのは結局のところ、平和な時代にしか存在し得ない贅沢品ってわけだ……”』
『“むむむ……だとしたら——私が作ってやるよ……っ!”』
『“新作漫画をか?”』
『“——いや、それは無理……私に創作の才能は無い……。いやいや、そうじゃなくて……私が作るのは、創作が出来るくらいに「平和で安全な環境」の方さ”』
『“……普通に考えりゃあ、漫画を自分で描くよりも、よっぽどそっちのが難しいと思うけどな”』
『“ところがどっこい——Lv20を超えたプレイヤーにかかれば……それが、そうとも言えないみたいなんじゃなぁ〜い?”』
『“じゃあ、お前は……がっつり「拠点運営」の方もやっていくつもりなのか”』
『“そうだね……実は、すでに構想はあるんだ。——聖女様がすべての頂点に君臨して統べる、聖女様の、聖女様による、聖女様のための都市……その名も「聖都」!!”』
『“……それ、本人の許可は取ってんの?”』
『“何を言ってんの? 聖女様が御座す地に、自然と生まれるのが「聖都」なんだから……許可もクソもないんだよ”』
『“やっぱ無許可独断専行なんじゃん”』
これから作る(つもり)の自分たちの拠点についての構想を語ってみたり——しながらも、グビグビリ。
日本酒を“おちょこ”でちびりちびりとやってみたけれども——いや、日本酒って、これ……めっちゃイケるぞ!——素晴らしいね、次に移るのが惜しいくらいだ……。
でもまあ、とりあえず一通り飲み比べてみようと思ってたから……名残惜しいけど次にいこう。
さて、次は何がいいかな——……。




