第222話 魂友(ソウルメイト)ならぬ、悪友(イービルメイト)
私とマリィは無事に——入り口のガラスドアを壊すことなく——ショッピングモールの中に入ることに成功した。
マリィの右手と自分の左手を繋いで、えいやっと転移能力を発動したところ、私はマリィと右手を繋いだ状態で、ガラスドアの向こう側——つまりはモールの中に出現していた。
——考えてみれば確かに、そうなって然るべきであった。
その瞬間——かつて私が、分身として出現した時に自分の身に起こったのと同様に——利き手が逆になるとかの副作用が発生したんじゃないかと、やにわに焦ったけど……私は変わらずに左利きのままだったし、心臓の位置も右のままだったので……どうやら単純に位置と体勢と装備類の配置が入れ替わっただけなのだと分かり、思わずホッと胸を撫で下ろした。
「いや、露骨に安堵すんなよ……こっちが心配になるわ」
「よかったよかった……ちゃんと成功して。——まあ、仮に失敗したとしても、今の私って分身だし、ならまあ問題ないかなとは思っていたけれどね」
「うーん——やっぱこいつの言うことなんか無視して、さっさとぶっ壊して入るべきだったな」
左腰に移っていた刀を、元の右腰に戻したりなどしつつ——気を取り直して私とマリィは、電気も消えている暗い店内へと連れ立って進んでいく。
「暗いな……。まあ、しゃあないか。すでにこの辺は電力の供給も停止してるしな。——ま、これはこれで、雰囲気あっていいんだが。とはいえこれじゃ、電気を使う機器は軒並み使えないか……」
「おやおや、お忘れですかな? 私がなんのジョブを持っているのか」
「……おっと、そうだったな——『雷使い』……って、なんだよ、お前ならどうにかできるのか?」
「任せな……『雷使い』の真骨頂、とくと御覧じろ!」
ツシュッ——
『“電力供給”』
私が左手を掲げて指を鳴ら——し損ねたのと同時に、周辺のあらゆる電化製品に通電され、頭上の電灯が光を発し、周囲がパッと明るくなる。
「おお、やるじゃん。——まあ、ちゃんと指を鳴らせていたら、もっと決まってたけど」
「……」
「“カシュッ——”とか言ってたな。いやまあ、実際はほとんどなんの音もしていなかったが……」
「…………」
「出来ないなら、最初からやらなければいいのに」
「っせぇなぁーこのやろぅっ! 今ならなんか鳴らせそうな気がしたんだよっ!」
「ふむ……どうやら“体術”の技能の範疇には、指鳴らしのやり方までは含まれないらしい」
「いきなり真面目な考察を挟むやん」
「そういうことなら、己が後でやり方教えてやろうか?」言いながら、指を綺麗にパチンと鳴らすマリィ。
「……まあ、後でね」
けっ、無駄に様になってやがる……。
再び気を取り直して——私たちは明るくなった店内を適当にぶらつく。
「さぁて、それじゃ——お楽しみの、物色のお時間といくか」
さも当たり前のように、マリィはこれからここで窃盗を行うのだと宣言した。
「おやまあ、もしやお前さん、窃盗罪をご存じない?」
「懐かしいね、窃盗罪ときたか。お前こそ、いまさらそんな旧世界の法律なんて持ち出してどうする? いつの時代の話だよ」
「それは——さすがに気が早過ぎじゃない?」
「いいや、まったく? 分かりきったことだろ。もはや世界が元の状態に戻ることなんてないし、よしんば、この崩壊状態から復興したんだとしても……それはどれだけ早くとも、もっと先の——未来の話になるだろうし……それにどうせ、その時の世界は、以前とはまったく違う形になっているんだろうから……もう以前の法律なんてのに意味はねぇよ」
「……一応、ちゃんと考えた上で言ってるんだぁ」
「もちろん。それに——法律がどうとか警察がうんたらとか言うやつがいても、ぶっ飛ばせばいいだけだしって考えもちゃんとあるしな」
「なにが“ちゃんと”なのかは分からないけれど……でもそれなら、私もアンタにぶっ飛ばされるってこと?」
「まさか、そんなことしねぇよ」
「それは——アンタが私の味方だから?」
「いいや、それは理由の一部でしかないな」
「じゃあ、理由の大部分は……?」
「それはもちろん……お前も己と同じだからだよ。——お前も、本当は分かっているんだろ? というか、そもそもお前は、最初から己と同じ考えに至っていたはずだぞ。ただ反射的に常識を語っていただけだろ、さっきのは」
「それは……」
「この際だから言っておくが……火神、お前は昔のお前に戻るべきだ。世界がこうなっちまった以上は、常識や良識なんてのは、もはや邪魔にしかならないからな。——だからお前は、今こそあの頃のお前に戻るべきなんだよ……己と一緒に“やんちゃ”やってた、中学時代真っ盛りの“あの頃”のお前にな……」
「……っ、くっ……」
「中学卒業から二年も経つと……まあ随分と丸くなっちまったもんだよな。あの頃のお前は——まるで鋭く研がれた抜き身の刃みたいに——触れるものすべてを切り裂く……」
「うっ、嘘だッ! わっ、私はそんな——」
「——鋭い舌鋒を操る凶悪な口先でもって、あらゆる口論では勝利を収め、数多の相手を論破してねじ伏せ、老若男女問わず、お前が本気になって煽り散らかしてやれば、誰であろうが一瞬で激怒させることが出来るくらいに、本当に大したやつだったってのに……」
「……ただのクソ野郎じゃねぇか……。待って、あの頃の私って、マジでそんな感じだったの? 客観的な視点から見て、だぞ?」
「うん、そう。もろにそんな感じだったろ。己の贔屓目じゃないぞ。むしろ控えめに言ってるぞ、己は。——なんせあの頃の己は、お前がその気になれば、口先だけでほとんどの奴を自殺に追い込めると思っていたからな。そりゃあ感心していたもんさ」
「くっ、くぅっ……黒歴史だぁっ……!」
私の動揺する精神に呼応するように、頭上の電灯が明滅する……
「そうだ……今こそ——あの頃のお前を取り戻せ……。高校生活で己と接する機会が減ってからこっち、陽るい光を取り戻したお前の世界に……いま再び、陰い影を呼び戻せ……ッ!」
「どこの悪役だお前は! 人を闇堕ちさせようとするなっ!」
「——まあ真面目な話、これからは必要だろ、悪織が。そして不要なだけだろ、良識なんてのは」
「またいきなり真面目トーンなるし……聞いたことねぇよ悪織なんて言葉……」
「己はお前がどんな道を選ぼうが頓着しないが……それでもあえて勧めるとするなら、己と同じ道がいいね。悪路ならぬ悪道が」
「……悪道だか悪童だか知らないけれど、でも私、性質は秩序善良だから、そういうのはちょっと——」
「嘘つけ、秩序中立だろ」
「そういうお前なんて混沌邪悪でしょうが……」
「中立はどちらにも傾く……なら、邪悪と一緒の時は、遠慮なんてする必要はないってことだろ?」
「……秩序は——」
「秩序自体が変わったのさ。——新たな世界の秩序に従え、火神。それは間違っても、もう無くなった国が定めていた法律なんてものじゃねぇ。生き延びること——そのためには、たとえどんなことをしても許される……それが新しい世界の唯一の秩序さ」
「……、だとしても私は、中立を重んじる性質だから……。その新しいルールを是とするとしても——いや、だからこそ、私以外の人が生き延びるためにすることを、極力、邪魔したくないとも思うんだよ、私は。そう——私にとって秩序とは、均衡を保つことだから……あらゆる人や物事との間における、ね」
「……なるほどね、なんとなくは理解したよ。だけど——いや、まだ分からないな。で、実際それが、この——もはや朽ち果てるのを待つだけの商品たちを有効利用しないことと、いったい何の関係があるんだ?」
「私以外の人間にも、ここの商品を利用する権利がある。……いや、むしろ、私たちのような特殊な人間よりも、普通の人たちにとってこそ必要なものでしょうよ、これらは」
「別に、この店の中にある物資をすべて根こそぎ持っていこうってんじゃないし……己とお前が持ち去る分なんて、全体から見りゃ微々たるもんだろ。それに……こう言っちゃあなんだが、今後はここを利用できるような手合いなんて、そうそう現れないと思うね。実際、この辺りにいた連中はみんな——すでに機械どもに連れ去られたか、怪獣どもの餌食になったか、不死者どもの仲間入りをしたか……ほぼ例外なく、このいずれかの結末をたどったんだろうしな」
「……少なくとも、機械たちに連れ去られた人たちについては、私の本体が率いる本隊が、今まさに“助けに行くための準備”をしているところなんだけれどね。実際——理由はいまだに分からないけれど——機械が人間を殺さずに連れ去ろうとしているおかげで、かなりたくさんの人が生き残っているみたいなのは確かだし」
「……まあ、お前の家族も連れて行かれたんだろ。なら、助けに行くしかないよな」
「そういえば……マリィはどうなの? 家族——お母さんと、お兄さんは……」
「伊未満の方はちょうど、今は兄貴のところに行ってる……だからまあ、兄貴がなんとかすんだろ」
「そう……まあ、伊億里くんなら、大丈夫かな……?」
「なるようになるさ。まあ……二人とも悪運は強いからな……きっと平気さ」
「そっか……」
「ま……ここにいないやつのことは、今はいいだろ。それよりも——結局、お前はどうするんだ? お利口なこと言って、ここまできて、本当に見て回るだけで済ませるつもりか?」
「まあ、この期に及んで私が言いたいことが、一つだけあるとすれば、それは……」
「それは……?」
「バレなきゃ犯罪も犯罪にならない——ってこと。誰にも見つからなければ、なんの罪にも問われないのさ……」
「まったく……最初からそう言えよな。——じゃあ、入り口を壊さなかったのも、なるべく証拠を残さないためだったのか?」
「いや、別に? ただ——犯行の手口は、なるべくスマートにするに越したことはないとは思ってるよ」
「犯罪者の鑑だな……お前ってやつは」
「それで上手いこと言ったつもり?」
やれやれ……とばかりに嘆息しつつも、上手いことオチもついたので、私とマリィは何食わぬ調子で散策を開始する。
——雰囲気を出すために、途中からは意図的にやっていた電灯の明滅操作も解除し、普通に点灯させる。
冗談のようで、本気のようで……やはり冗談のようなやり取りを通して——私とマリィは、お互いが“あの頃”とさして変わっていないということを、改めてお互いに再確認することができた……のかもしれない。
まあ別に——さっきのアレを含めた——これまでの会話など、実際のところただの雑談といえば雑談でしかないし、特に深い意味とかないんだけれど。
話題が現在の終末世界について触れているのも、これも結局は、今が現在進行形で終末世界だから——というだけに過ぎない。
そもそも、マリィも最初から理解していただろうし——私が本気で常識やら良識からどうこう言っているわけではない、なんてことは。
私としても、そもそもマリィがここに来ることを選んだ理由が、並んでいる豊富な商品を物色して、何か良さげな物があったら持っていくためだろう——なんてことは、最初から分かっていたことだ。
というか、それすらも口実というか、ただの“ついで”でしかなく——メインの目的は、それを“私と一緒にこなす”ことなんじゃないかというのは……これはあながち、私の思い違いでもないと思っている。
——悪いことっていうのは、一人でやるんじゃなくて、誰かと一緒にやった方が楽しいものだから……。
こんな世界になった以上、マリィのやつが遠慮なんてするはずがないのだ。私が相手の時なら、特に。
そしてそれは、私もまた同じだから……ゆえにこそ私とマリィは、お互いに無二の悪友なのだった。
まあ私も、一緒にいるのがマリィではなくマナハスだったら、こうはいかないだろうけれどね。
マナハスと一緒にいる時の私は、それこそ、もっと“常識”やら“良識”に則った行動を取る。——マナハスからは、普段から散々頭のおかしいヤツ扱いを受けている私だけれど……あれでもまだ抑えている方なのだ。自分でも驚くことに。
だからこそ私は、以前に立ち寄った(ルナちゃんと出会った、あの)ショッピングモールにおいては、この手の略奪行為に手を染めなかった。——それは偏に、一緒に行動していたのがマナハスだったからに他ならない。
翻って、これがマリィと一緒にいる場合だと……確かにヤツの言う通りに、私の中の暗黒面が臆面もなく顔を出すようになる。
それこそまさに、私の中ではすでに黒歴史の暗黒時代となっている、あの中学時代のように……
「欲しい物はなんでも持っていっていいんだぜ。ここはもはや、永遠に全品全額割引販売中だからな」
「あらまあ、それはとっても助かりますわ〜。実は私、ちょうど今、お財布がピンチだったんですわ〜」
なんてバカなことを言ったりしつつ、私とマリィはいくつもの売り場を練り歩いては、目についた商品を次々に懐に収めていく。
それだけではなく……せっかくなので、こんな状況でしか出来ないようなことを、もうなんの遠慮もなく存分に実行していくのだった。




